17:ダンジョン攻略と思わなきゃ山歩きなんかしないよね
「き、今日は……よろしく……ヘヒ、ヒヒ」
「お世話になりますが、どうぞよろしくお願いします。と、のぞみは言っているな」
山道に臨む駐車場。
集合場所として指定したここで、のぞみはか細い声で、ボーゾに隠れるようにしながらではあるが、同行者にあいさつをする。
「大丈夫か? なんだか疲れてるようだが?」
そうのぞみの様子を気づかうのは、馴染みの探索者である犬塚忍だ。
今日も全身をプロテクターに覆って、愛用の盾を提げたいつものスタイルである。
「ち、ちょっと……来るまで、緊張してて……」
ここに来るまでの道中、着ぐるみじみたドラゴンパピーが無免許で運転する車に乗っていたのだ。気疲れもするというものだ。
「別に危なっかしいトコはなんにも無かっただろうが?」
「そ、ソレとコレは、別……! か、完全に……別問題……ッ!」
そう、グリードンの運転は確かに危なげなく、上手かった。
正直なところ、一応免許を持ってる程度ののぞみがやるよりも、ずっと安全で滑らかな運転だっただろう。
だがだからといって、無免許運転の不安が拭えるか、というのは違う話だ。
「まあ、大丈夫だって言うんなら良いんだが」
そんなやり取りを眺めながら、忍は頬を掻いて苦笑する。
「……本当に大丈夫なの?」
「なんだ悠美、信用してないのか?」
不信感を含んだ声に忍が振り向く。
それに引っ張られるようにして目を向けたのぞみは、ふたたび肩に乗せたボーゾに隠れるようにして、身を縮める。
忍の視線の先にいるのは、忍よりも軽装なプロテクターに身を包んだ女性だ。
肩辺りで切り揃えたサラサラの黒髪に、つり目がちの目が凛々しい。
彼女が今回の同行してくれるもう一人のプロ探索者、高須悠美。背負ったボウガンをメインに使う、斥候型の探索者である。
「こう見えて、白山病院のダンジョンを初潜り、単独で制圧してるんだぜ? ていうか、パークダンジョンのテストにはお前も参加してただろ?」
「そ、その節は、どうも……ヘヒヒッ」
実績を挙げられたのぞみは、ヘコヘコと頭を下げて、上目遣いに悠美の顔をうかがう。
「……そうだけど、アタシはアンタと違って今日が初顔合わせなんだけど? イベントの動画でしか知らないし……」
言いながら悠美はズイッとのぞみとの間合いを詰めて、その顔を覗く。
「ヘヒィッ!? ……ヒ、ヘヒ、ヒヒッ」
急に迫る顔に、のぞみは驚き身を引くも、どうにか愛想笑いを返す。ギシギシと、表情筋が軋むようなものではあったが。
しかしそのままじっ……と目を見られて、その圧力に負けて、たまらずに目をそらしてしまう。
頑張った。これでものぞみなりに精一杯……というか、いっぱいいっぱいになるまで頑張ったのだ!
「……なんか頼りないっていうか、危なっかしいのよね」
悠美はそう言って、ため息混じりに身を引く。
「ヘヒ、ヒヒ……ど、どうも……」
悠美が離れて圧力が弱まるや、はっきりと安堵の息を吐くのぞみ。それに悠美は肩をすくめて頭を振る。
「ま、いいわ。こんなとこで油売ってないで、さっさと行きましょ」
「お、そうだな。じゃあのぞみちゃん、遅れず着いてきてくれな?」
「へ、ヒャイ!」
虎ロープを潜ってずんずんと山の中に入る悠美と忍を追いかけて、のぞみも慌ててその後ろに続く。
しかし、目的のダンジョンがこの上の廃寺やら洞窟やらにあるのか、というとそう言うわけではない。
のぞみたちはすでにもう、ダンジョンに踏み入っているのだ。
そう。この山そのもの、より正確に言えばのぞみたちの踏み込んだ一角がダンジョンと化しているのだ。
悠美は手斧、忍は山刀をそれぞれに振るって藪を払い、獣道にしか見えない通路を広げていく。
その後ろに続くのぞみが、ふと二人の落とした枝葉を拾って念じてみれば、グニャリとその形を変える。
つまりこの枝も、ダンジョンマスターの支配を受け付ける、壁や床と同じモノであるということだ。
「ボ、ボーゾ……これ……」
そうして手にした枝をギュ……ッと凝縮。大振りな爪楊枝といった形に仕上がったそれをボーゾへ差し出す。
「お? 何だこりゃ」
「ぼ、木刀……手ぶらよりはマシ、かな……って、へヒヒッ」
「ほっほーう。なぁるほどね。ありがたくもらっとくわ」
ボーゾは受け取ったそれを具合を確かめるように、素振りを繰り返す。
「へヒヒ……どういたしまして……ヘヒ、ヒヒッ」
自分のプレゼントでご機嫌なその様子に、のぞみは笑みを浮かべる。
「武器と言やあそうだ忍。ウチで拾ったやつの具合はどうよ?」
自分の武器の素振りを続けながら、ボーゾは思い出したように前を行く忍に声をかける。
「おお。いい具合だぞ! 今日ももちろん持ってきてる」
そう言って忍は振り返りつつ、腰に下げた斧に手をやる。
「超高熱を持った「炎の斧」! 固い装甲も高熱で強引にぶち破って、内側から燃やすすげえ奴! おまけに火が欲しい時には、そのつもりでコイツを当ててりゃいいから便利だしな。まあここだと、気をつけないと色々燃えちまいそうだから注意しなきゃだがな」
声を弾ませて武器の力を語る忍に、悠美は呆れたような目を向ける。
「分かってるならはしゃいで振り回さないでよ?」
そんな念押しの一言の後、悠美の目は忍の腰へ向かう。
「でも、本当にゲームみたいな武器よね。不思議だわ。どういう理屈で出来てるのかしら……」
「それを言っちゃあ、俺らが仕事で潜ってるダンジョンが不思議の塊だろうが」
「そうね。別にその斧が初めての例でも無し、今さらな話よね」
そうなのだ。
忍が手にした「炎の斧」のような不思議な武器は、ダンジョンの発生以来、その中からちょくちょく持ち出されている。
ダンジョン内部に発生した宝箱の中身や、倒れたモンスターとともに消えるはずだったその得物だったりと、様々な形で探索者たちの手に渡るのだ。
それらの中には放つ矢が風を纏う弓。稲妻をまとった刀剣。変わり種としては、浮遊して独りでに持ち主を守る盾。などなど、本当に様々な不思議な武具・道具がある。
それらのドロップ品の中では、忍の持つ炎の斧は大人しい部類のものだ。
そんなものが手に入るどころか、モンスターが湧き出し、度々に形を変えるダンジョンに不思議だなどと、本当に今更な話である。
悠美はそんな忍の言葉にうなづきながら薄く笑う。
が、不意に和らいでいた表情を引き締めて立ち止まる。
「待った!」
「ヘヒ!」
鋭い声でのブレーキに、のぞみはビクリと体を跳ねさせて立ち止まる。
「お、トラップだな」
のぞみが何事かと尋ねる前に、忍が地面を見下ろしてうなづく。
のぞみが背中の陰から覗いてみれば、なるほど確かに下生えに埋もれた形でロープが張ってあるのが見える。
「ええ、たぶん鳴子のだわ。お得意よね、ダンジョンマスター?」
「へ、ヘヒ? で、ですね。私もよく仕掛けてます、です……はい! で、でも、私ならロープは草色のを使う、かな……へヒヒッ」
「ああ、そう……」
「へ、ヘヒ、ヒヒヒッ?」
自分がやるならさらに見つけにくい細工を足すというのぞみに、悠美は軽く引く。
のぞみはその反応に失敗を悟って、首を傾げつつ愛想笑いを浮かべる。
ひきつり強ばったそれでは何のごまかしにもなっていないが。
「ほれのぞみ、解除解除」
「そ、そう、だね……だよね! 待ってて!」
ボーゾにうながされたのぞみは、慌てて手のひらにマジックコンソールを展開。
表示されたダンジョンマップを操作して目の前のトラップを解除していく。
しかし解除し終えた瞬間、急に一行の周囲に敵を示す光点がいくつも現れる。
「ヘヒィッ!?」
「ッ!? 敵ッ!?」
警報装置は解除したはず。にもかかわらずの敵の出現にのぞみは動転。その一方で悠美と忍は、察知した敵の気配に身構える。
「ヂゥエアアアアアッ!」
「ふんッ!」
直後に繁みから飛び出して来たモノへ、二人は刃物を一閃。叩き落とす。
「ギ、グェッ!?」
「ヘヒィ!?」
濁った音とうめき声を上げて落ちたモノに、のぞみの顔が青ざめ引きつる。
それは中型犬程もある大ネズミであった。
カウンターの形で入った刃に割られて、血と中身を地面に撒いたその有り様に、のぞみはたまらず胃袋がひっくり返りそうになる。が、涙目に口を引き結んで込み上げたモノを出すまいとこらえる。
一方で忍と悠美は血生臭さに顔こそしかめたものの、次々と飛びかかってくるモノを返り討ちにしていく。
「ギギィイイッ!」
そんな中、吐き気をこらえるばかりののぞみへ、頭上から巨大な何かが躍りかかる。
「いかん!」
それに忍と悠美がフォローに動こうとするも、絶え間なく襲いかかるネズミを叩くので手一杯だ。
「はいよぉ」
だが軽いかけ声とともに、のぞみへ襲いかかるものが吹き飛ぶ。
突撃した時の逆回しのように、巨大な虫が跳ね返っていく。
その様を呆然と眺めていたのぞみの肩に、ボーゾが宙返りして降り立つ。
「ほれ! ボケっとしてないで援護しろって」
「う、うん……ありがとう、へヒ、ヒ」
化け物虫を吹き飛ばしたボーゾに言われて、のぞみは青い顔のままではあるが、罠魔法を発動させる。
幹の合間から飛び出そうとした大ネズミと巨大な虫がのぞみの張った網にぶつかり止まる。
同時に壁になっている木々がその密度を急上昇!
モンスターたちを挟み、出口を塞ぐ。
「ナイス! のぞみちゃん!」
「ど、どもです。ヘヒヒッ」
「それより走って! 落ち着ける場所にまで突っ切るのよ!」
「フヒャヘイッ!? はいです!」
忍の喝采に照れ笑いを浮かべるのぞみであったが、悠美の声に引っ張られて慌てて走り出す。
そうしてついでに、網と樹木の壁を避けての追っ手に向けての罠を張ろうと、のぞみは手のひらのマジックコンソールを操作する。
だがその瞬間、のぞみの足下がぱかりと大開きになる。
「ヘヒ?」
「んなぁ!?」
二人は踏んでも平気なのに?
どうして?
そもそもあった?
ミスった?
私だけをはめる落とし穴?
「ヒィイイイイイイイッ!?」
「ギャアアアアアアアッ!?」
「のぞみちゃんッ!?」
そんな纏まりのない思考を抱えたまま、のぞみとボーゾは重なる悲鳴を尾と引いて、穴の中へと消えてしまうのだった。