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16:ちょっと待って運転手!?

―アレは今日も部屋から出てこないのか?―


―ええ、学校から帰るなり籠りきりで……―


―まあいいさ。面倒さえかけてくれなければいい。アレがこもっている方が、将希(まさき)の機嫌もマシだからな―


―それはそうね。早く一人暮らしをさせたいものだわ―


―ああ。そうすれば少しは家も陰気臭さが減るだろうからな―


―ええ。頼りになるのは将希だけだものね―



 ※ ※ ※



「……マ……ママ? ママ?」


「フヘヒィッ!? ね、寝てませんじょ!?」


「いえ、思いきり寝ていましたよ」


 跳ね起きたのぞみは、キョロキョロと回りを見回して、情報を目から頭の中へ集めていく。


 隣には心配そうなウケカッセの姿が。


 その逆側にある窓の外では、景色が後ろへと流れていっている。


 そして前の座席には、ハンドルを握る紫の羽毛に包まれたドラゴン、グリードンの姿がある


「ああ、私……送ってもらってる間にウトウトと……」


 現状を把握したのぞみは、寝ぼけ眼をこすりこすり呟く。


「大丈夫ですか? うなされていましたが、やはりお疲れなのでは?」


「へ、平気だよ? ちょっと夢見は悪かった……けど」


 心配そうに覗き込んでくるウケカッセに、のぞみはぎこちない笑みで返す。


 偶然に聞いてしまった、両親の会話の夢。

 身内の正直な思いを突きつけられた、苦い記憶だ。


 こんなモノを夢に見てしまうあたり、やはり疲れているのには違いないのだろう。


「やはり今日は休まれた方がよろしいかと。規模が小さいものとはいえ、ここしばらく繰り返しダンジョン攻略を行っているのですから」


「だ、大丈夫。ヘヒヒ……大丈夫だよ。ちょいウトウトしただけ、だから」


 心配し、休むように勧めるウケカッセだが、のぞみはひきつり笑いのまま首を横に振る。


 ウケカッセの言うとおり、のぞみはここしばらく、先の道場跡から始まって、県内のダンジョンを制圧して回り続けている。


 斥候のゲッコードローンズの活躍もあり、制圧は大きな危険を冒す事なく、順調に進んでいる。


 その甲斐もあって、いくつかのダンジョンコアを吸収できたスリリングディザイアはより広く、深くへ拡張。合わせてモンスターやトラップのバリエーションも増えた。


 これには遊びにきたお客様もニッコリ。さらに吸収、消滅したダンジョン近隣の住民も同じく。

 誰もが喜ぶ、素晴らしい結果となった。


「コア……の吸収で、私のレベルも上がってるし、体力もアップ……! ここで、頑張らないと……ヘヒッ」


 のぞみはそう言って、自分のメタルカードを出してみせる。

 事実、のぞみの肉体は異世界との適応を深めており、この探索者カードに記録されたデータで見ても大幅なレベルアップを果たしている。


「それは事実でしょうが……これもまた現実です」


 しかし、そう言ってウケカッセが読みとったステータスデータ内では、体力・魔力共に最大値から削れていることと、「疲労蓄積」のバッドステータスが生じていることがハッキリと表示されていた。


「あ、あー、うぅ……」


 データとして突きつけられては、のぞみとしては返す言葉もない。


 いくら慎重に安全策をとって事を進めて、のぞみ自身も適応、力を増しているとはいえ、元が戦いに無縁な現代日本のサブカルオタク娘である。


 命の危険があるような場所に潜り続けて疲れないはずが、消耗しないはずがない。


「やはり今日のダンジョンアタックは延期しましょう。お詫びと日程調整の連絡は私にお任せを。グリードン、車をどこかで一度停めてください」


「分かった」


 ウケカッセの指示に、グリードンがパピーにしては渋い声音でうなづく。


「ま、待って……! 待ってウケカッセ! グリードンも……!」


 しかしのぞみの大事を取ろうとするその動きに、のぞみ本人が待ったをかける。


「ママ? しかし、今日の状態では……」


 母と慕う主の言葉である。だがだからこそウケカッセは難色を示し、やはり連絡を取ろうとする。


 しかしのぞみはその手を抑えて首を横に振る。


「し、しし、心配してくれるのは、嬉しい。ホントに! でも、今日のところが、踏ん張りどころ……! 今日行くところは、近場では最大クラス……! 抑えておきたい……是非にでも……ッ!」


 のぞみが主張するとおり、今向かっているところは県内有数のダンジョンである。始動時のスリリングディザイアに並ぶほどの規模のものだ。


 ここを抑えればスリリングディザイアが大幅に拡張されるのは間違いない。


「しかし、ならばこそ余計に万全を期するべきです。不調を抱えて、ママに万が一のことがあっては行けません! 我々も状況が整うまでは助けに行けないのに……」


「そ、それでも……今日のは急ぎでやっておきたい……!」


 ウケカッセの言うことも道理である、ということはのぞみも分かっている。それに大事に思って心配してくれるのはありがたいと思っている。


 だがだからこそ、なのだ。


 今日潜る予定の場所さえ片付けてしまえば、近隣一帯のダンジョンが片付くのだ。


 そうすれば来場者にあぶれたのが出たとしても、潜りに行くようなダンジョンが無くなる。

 いま現在スリリングディザイアを脅かす心配事が、大きく減ることになるのだ。


 心配してくれる仲間たちと、その居場所のため、のぞみとしてはどうしても急いで制圧しておきたいところなのである。


 のぞみはもう、両親と弟とは単なる血縁以上の繋がりを取り戻すことはできなくなってしまっている、と思っている。


 しかしそんな自分でも、大事に思ってくれる、新しい身内たちができた。なら彼らとの居場所を守るため、主と呼ばれるものとしてここで懸命にならずになんとする!


 そんな思いが、いま強い意欲となって、気弱で流されやすいのぞみを駆り立てているのだ。


「ですが……やはり無理を押しては……」


 そんなのぞみの思いを受けても、ウケカッセは大事を取るべきではとの考えを曲げない。


 主の安全をできる限り保ちたい。


 大切な身内のために、多少無茶でもできることをしたい。


 そんな互いを思い合う二つの欲求が、その方向性ゆえにぶつかり合ってしまう。


「……のぞみのやりたいようにやらせてやるべきだと思うぜ」


 そんなせめぎあいの中、今まで上がらなかった声が上がる。


「ぼ、ボーゾ……」


 それまでだんまりだったパートナーからの助け舟に、のぞみはへヒヒと笑みを深くする。


 その一方でウケカッセの表情は渋いものになる。


「しかし、我が主よ……それでママに万が一のことがあっては……」


「だからって頭っから危ないからやめとけって言うだけか? そんなのはつまらないだろ? せっかくのやる気が、欲望が萎んじまうってもんだ」


「それは、分かりますが……」


 ボーゾのいかにも欲望の魔神な言い分に、しかしウケカッセは、理解はできても納得はできないと渋る。


 そんな頑なな経理にボーゾは苦笑混じりにかぶりを振る。


「おいおい。交渉ごとでお前がそんなんでどうするよ? 一方的に要求ぶつけるだけでまとまるのは、一方が強い時くらいなモンだろ? 相手の欲しいところにも答えてやんなきゃあな」


「……ふむ、確かに……」


 アドバイスを受けて、ウケカッセは神妙な顔になってうなづく。


 そんな反応にボーゾは「金庫や財布の中身が絡んでない時はこれだから」と呆れ交じりに肩をすくめる。


「ママ……どうしても今日制圧に向かう予定は変えられないのですね?」


「う、うん……今日のが終わったら休むから……ちゃんと、へヒヒッ」


 ボーゾの呆れたような目を無視して、ウケカッセが念押し。対するのぞみが遠慮がちながら素直にうなづくと、ため息を吐きながらやれやれと首を横に。


「……仕方がありませんね。頑固なママのところに生まれてしまったものです」


 そう言ってウケカッセは指を鳴らす。

 するとその手の中に、緑色の液体に満たされた小さなガラス瓶が現れる。


「どうしても行くと言うのであれば、これをお持ちください」


「ヘヒ……なに、これ?」


 のぞみは差し出されたガラス瓶を受け取りながら、これがなんなのかと出した本人に尋ねる。


「フフ……それは私たちがかつて生きていた世界で手に入った秘薬です」


「じゃ、じゃあ……と、とっておき?」


 渡されたのが、滅びた世界に由来する品と聞いたのぞみは、その希少さに手が震えてしまう。


「まあ確かにその通りですが、ママの安全には代えられません。それに私の能力であれば値は張りますが手に入らないものではありませんので」


  代金を引き換えに知っている物品を。あるいは物品を消耗してお金を手に入れる。この、どこでも売買取引ができるというのが金銭欲のウケカッセの能力である。


「う、うう……こんな貴重なものを私に……じゃ、じゃあ、へヒヒ……さっそく」


「おっとお待ちを。それは確かに即効果があって強力ですが、反動も大きいのでここぞという時に使うようにしてください」


「う、うん……分かった、ありがとね……へヒヒ」


 のぞみはさっそく飲もうとしたところへの注意に怯みつつも、もらった秘薬をしまう。


「なんの。しかし、この秘薬が使われず仕舞いにすむようにねがいますよ」


 そう言ってウケカッセは、グリードンに目的地そのままでいいと、先の指示を取り消す。


「う、うん。ありがとう。気をつける、ね……ヘヒ、ヒッ」


 保険をつけてくれた上で出撃を認めてくれたウケカッセに、のぞみは頭を下げて感謝を告げる。


「そうそう。やりたいって欲があるなら、応援してやるべきだよな」


 そうして話のまとまったのを見て、のぞみの腿にいるボーゾも満足げに繰り返しうなづく。


「ぼ、ボーゾもありがとうね」


「俺はただ、いい欲望は止めちゃならんって自分の考えのまんま動いてるだけだぞ?」


「そ、それでも……ありがとう。た、頼りに、してる……へヒヒッ」


「おう。存分に頼ってくれて構わんぞ。お前の欲しいって思いに応えるのが俺たちの望みだからな」


 胸を叩くボーゾの姿を見下ろしながら、のぞみは受け取った薬を入れた場所に手を添える。


「……ところで、ちょ、ちょっといい、かな?」


「何だい?」


「何です?」


 ボーゾ、ウケカッセ二人からの了解を受けて、のぞみは遠慮がちに言葉の続きを口にする。


「今、グリードンが運転してる……けど、免許は……あるのかなって……へヒヒ」


「大丈夫だ。挑戦前に練習してある」


「や……あの、グリードン? だから、免許……」」


 渋い声で答えたグリードンであるが、重ねてののぞみの問いには何も答えない。


 その無言の返事に、のぞみの顔がみるみる内に青ざめる。


「ちょ! ま!? こマッ!? ダメ! 無免ダメッ!? 絶対ッ!」


「おいおい落ち着けって、到着までに息切れするぞ?」


「その前に死んじゃうか逮捕されるでしょおッ!?」


「ハッハッハ。ご心配なく撮影だと関係各位には話を通していますので」


「ヘヒィッ!? 待って、私聞いてない、私聞いてない!」


 そんなのぞみの涙ながらの訴えも虚しく、グリードンがハンドルを手放す事はなかった。

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