最終話:果て無き願いのままに
ダンジョンテーマパーク、スリリングディザイア。
地球に生じ始めた危険生物と未知の素材に満ち溢れた異空間。
そんなファンタジーを程々のスリルで楽しみ、異界の食材、物資を持ち出す「冒険ごっこ」を提供する場、それがスリリングディザイアである。
ダンジョン景気に乗っかり、さらに自分たちで景気を煽る中核となって順風満帆に育ち続けていたこのパークは、崩壊したファンタジー世界の残滓を引き受けることで、それらの地球との融合を軟着陸に収めようという目的もあった。
そんな引き受けたものの中に含まれていた厄介なもの。このために、自分達の存亡に関わる危機をも抱え込むことになってしまった。
そして、今――。
「ヘヒッ! へヒヒヒヒッ! チェンジ、ダンジョン……スイッチ、オン……ッ! へヒヒッ」
指先一つのポチッとな。これを合図にスライドパズルのごとくかき混ぜられる迷宮の様子と、その上で緊張に身を強張らせる探索者たち。それらを眺めて、ダンジョンマスターである手塚のぞみはテンション高く白い顔にホラースマイルを浮かべていた。
「区画限定。事前警告あり、遮断結界付き。安全対策アリアリのアリでとはいえ、よくもまあ中にいる状態でのシャッフル実装に踏み切ったもんだぜ」
「……は、白線の内側まで、お下がりください……ってね……へヒヒッ」
地球を食らいつくし、理想の新世界を創造しようという巻島マキとの戦いを終えたのぞみは、これこの通り。今日も元気にダンジョン運営に勤しんでいる。
そんなのぞみの様子を、相棒であるボーゾはやはり手乗りサイズの少年姿でテーブルに寝転び眺めている。
「世界を救うなんてドデカイことやっておきながら、お前は相変わらずだな」
以前と変わらず青白い顔に、目の下にはクマをこさえたのぞみに、ボーゾは安心半分呆れ半分といった調子で苦笑する。
「そ、それを言ったら……ボーゾだって、小さい、まま……もう、イケメンフォームを自然体にだって、できる……のに……へヒヒッ」
「それはそうだが。もうすっかりこっちに慣れっこになっちまったからな」
ボーゾはのぞみの引きつった笑みにそう返すと、ふと顔に苦いものを濃くしてから改めて相棒を見返す。
「というかだな、慣れっこなのは周りの連中もだろ? ってか、こんなグッズ販売しといて、今さら別形態をベースになんてできるかよ」
言いながらボーゾが出したのはスリリングディザイア内部の販売アイテムカタログだ。
その中に、手乗りサイズボーゾのリアルスケール人形「ボーちゃん」というものがある。
このドール、ただのダンジョンマスターのぞみのなりきりお揃いアイテム……ではなく、持ち主をサポートする探索用アイテムである。
それもモンスターの接近や、トラップの存在を知らせてくれるという類いの、斥候役の補助や代理を果たしてくれる優れものだ。
ちなみに肩や腕に座らせて落ちないように固定できる仕掛けも施されており、これの応用でオリジナルと同じ定位置に納めておくことも可能となっている。
「……しかし、このお知らせ機能の仕様はなんとかならなかったのかよ? 甲高い鳴き声で警告。ポーズを取ってその警報の内容を示す、とか……俺そんなことやったことねえけどが?」
「……そ、その辺は、私が指定、というかこだわったことじゃないので……」
「……おう。しっかり俺の目を見て言ってみたら信じてやるぜ」
目を左右に泳がせるのぞみに、ボーゾはじっとりと疑いの眼差しを。
「たっだいまー! いやー、しばらくぶりの食べ歩きだったけど今日はあんまりーって、あれー? のぞみちゃんもボーちゃんもどーしたの?」
そこへハチミツ色のウエイトレス、ベルノが突然に、光の輪を潜ってお腹をさすりさすりに現れる。
「いまその呼び方は特にやめろ……って。お前のぞみ用の直通ゲート使ってんじゃねえよ。魔神衆用のがあるだろうが」
「えー固いこと言いっこなしだよーあっちのって、色々通らないとのぞみちゃんのいる場所来れないからめんどくさいしさー!」
ボーゾの小言に、ベルノは唇を尖らせて不満を露にする。
が、そんなベルノの態度に、ボーゾは叱るでもなく憐れむように頭をフリフリ。
「残念だぜ。俺はちゃんと普段は自分達用のワープルート使うようにって警告したからな?」
「えー? なにそれなにそれー? どーゆーこと? どーゆー意味で? ねーのぞみちゃん?」
「……えっと、その……後ろ、見てみれば分かるんじゃない、かな……?」
思わせぶりなボーゾの態度を訝しんでいたベルノであったが、目を逸らして歯切れの悪いのぞみの答えから察したのか、冷や汗混じりに背後を振り向く。
するとそこには、やり手ビジネスマン、ウケカッセの大変によろしい笑顔があった。
「うきゃああッ!?」
「やあ、お帰りなさいベルノ。外出は楽しかったですか?」
驚き跳ね退くベルノに対して、ウケカッセは笑顔を崩さずに迎えの挨拶を。
このあまりに崩れない仮面じみた営業スマイルに、直接向けられたベルノだけでなく、のぞみも迫力負けしてたまらず目を逸らしてしまう。
「あぁ、うんただいまー……いやーのぞみちゃんたちにも言いかけてたんだけど、今日はちょっと不作だったかなぁー……ってねー」
「そうですかそうですか。それは残念でしたね。それでどちらまで足を伸ばしたので?」
「それが聞いてよー諦めきれなくてハシゴし続けてたらいつの間にか県三つくらい越えちゃっててねー。歩くのもダルいし乗り物代もなくなっちゃったしでさー……ハッ!?」
愚痴の勢いのまま自白してしまったことに気づいて、ベルノは慌てて口を塞ぐが、もう遅い。
ウケカッセは仮面めいたスマイルのまま、なるほどなるほどとうなづき、計算機を弾いている。
「そうですか。それで緊急用の直通ワープゲートを使ったと。緊急時以外には使わずに公共の交通機関使って移動を、最悪迎えを求めて連絡するか、騒ぎにならない形で帰ってくるように、ときちんとルールを決めてありましたよね? 今回の理由ではとても緊急とは言えませんよ?」
「……のぞみちゃんのお食事の支度に間に合わせるためだー……っていうのは、通らない、かなぁ?」
ベルノは冷や汗混じりに舌を出しつつ、オーナーを出汁にした苦しい理由を挙げてみる。
この茶目っ気を含ませたごまかしに、ウケカッセのマスクスマイルが深くなる。
「なりません。というわけで、ルール破りには罰則です。本来使うはずだった公共交通機関の料金は、ベルノの料金から差し引いてそれぞれに支払いに当てますからね。加えて減俸です」
「ノォオオオッ!? 勘弁して、勘弁してちょーよー! そんなことされたら次の食べ歩き行脚が先のばしになっちゃうのーッ! もー私カツカツなんだからーッ!! ……あ、カツ食べたぁーい」
「ずいぶん余裕じゃあありませんか。じゃあそういうことで。ああ、ママの食事の支度はきちんとしてくださいね」
「ノォオオッ!? のぞみちゃんの食事の支度は喜んでーだけどそっちはノォオオーッ!!」
用は済んだと出ていくウケカッセ。ベルノはその腰にすがり付いて引きずられていく。
「う、ウケカッセ……つ、強い……ヘヒッ」
「三大欲求の魔神だなんだっても、それを満たすための銭を押さえられたら形無しってこったな」
「た、単純に……お腹満たすだけ、なら……お金が無くてもやりようは、ある……けども……へヒヒッ」
「特にベルノはな、ダンジョンで狩りさえしてれば飢えはしないが……だが食べ歩きしたいって欲望は別問題ってもんだからな」
「いわゆる……別腹、ね……へヒヒッ」
「うむうむ。我慢するこっちゃねえさ! 金が足りないなら負けない勢いで稼げばいいってモンだしな!」
「ヘヒッ……い、言うは簡単だけども……ヘヒヒッ」
ボーゾが言いながら満足げに繰り返しうなづくのに、のぞみは引きつった笑いを返す。
欲望任せの散財を上回る勢いで稼ぐ。
言葉にすれば単純であるが、誰でもできることではない。
だがそんなのぞみの反応に、ボーゾはやれやれとばかりに頭を振って見せる。
「おーいおいおい。何を言ってやがんだよ。ここまででかくしておいてよ!」
ボーゾがのぞみの展開したコンソールをいじる。
すると迷宮内の様子を映すモニターに被って、パークを上から俯瞰する映像が。
クエストボードやアイテムの販売所、換金施設を整えたエントランス。
それを中心に四方八方に各エリアに向けたゲートを納めた棟が並んでいる。
だがボーゾの操作に従って視点はさらにグンと高く、広い範囲を俯瞰する。
等間隔に並ぶゲート棟の外には病院、武器防具の工房に、レストランや宿泊施設が数多軒を連ねている。
それはもう、町と呼べてしまう規模で。
だがここは、人々が整備を続けてきたスリリングディザイア周辺の地区とは違う。
どこが違うかと言えば、ダンジョンゲートを中心に広がったこの町を少し外れてしまえば、断崖絶壁になっているのだ。それも一方向一部ではない。全方位で空へ続く断崖に囲われている形で宙に浮かんでいるのだ。
しかもその絶壁は、なんと内側からムクムクと地面を盛り上げたり、近くに生じた小さな浮き島を吸い寄せ取り込んでは、そのサイズを緩やかに拡張し続けている。
そんな成長を続ける浮遊島の周囲には、同じように浮かび、成長を続ける陸地がいくつもある。
豊かな森に包まれた山や、煙の上る温泉郷。昼と夜でハーフ&ハーフな砂漠。それに鉄クズ山に、浜辺や洞窟付き岩礁を乗っけた海水の塊。
それら全てはスリリングディザイアで冒険ごっこを行うエリアとして開放され、お客を受け入れ続けているダンジョンたちである。
こんな幻想オブ幻想な光景からも分かる通り、ここは出坑のパーク周りでないどころか、地球ですらない。
「いやぁ……まさか、こんなところにまで広がるだなんて、思って、なかった……ヘヒヒッ」
「いや……宇宙どころか、この世界の狭間にまで飛び出して、取っ組み合いの噛みつき合いのをやっておいて今さら何言ってやがんだよ」
そう。ボーゾが言ったとおり、現在スリリングディザイアのダンジョン部分が展開されているこの空間は、のぞみの生まれた地球の外にある世界と世界の狭間にある空間だ。
世界を食らうモノと化し、地球を食い潰そうとした巻島マキ。
それと戦う場として、のぞみはこの場へ踏み出し、爆散しての決着を迎えた。
しかしそれからのぞみは、何事もなく自分の本拠地、その最奥である自分の部屋で目を覚ました。
違ったのは、スリリングディザイアの受付エントランスを含めたダンジョン部分がすべて、今のように浮遊島として狭間の空間に移転していたことだろうか。
「まぁ……もしかしたら、最初からこういう状態、だったのかも……? ヘヒヒッ」
「ああ、気づいただけだったってことか?」
「そ、そう……ッ! 元の建物より広くなってるのは、明らか……! そんな不思議異空間が、どこに広がってたのか、いつも不思議だった、けど……世界と世界の隙間空間なんて、都合のいい場所があったって、気づいたから……!」
新たな認識を得た。だから景色が変わっただけ。
その推測にボーゾはなるほどとうなづいて、のぞみは得意げにホラーじみたスマイルを。
「つまりこれまでと変わってない。ってことはだ、俺たちのやることも変わらんってこったな?」
「ヘヒッ……昨日も、今日も明日も、ダンジョン広げて、遊び場を、お金稼ぎのネタを提供……ッ! ヘヒヒッ」
身勝手な惨い欲望のままに一度全てを滅ぼそうとした敵は、逆に討ち果たすことができた。
だが無事に勝ったからこそ、のぞみたちのこれからは続いていく。続けていかなくてはならない。
生きていたいという願いに果てはない。
人々に必要とされて、胸を張って生きていく。こののぞみの願いをこれからも叶え続けていくために、のぞみたちは今後もスリリングディザイアを健全に経営、拡張し続けていくのだ。
「ヘヒッ……スリリングディザイアへ、ようこそ……ッ!! ってね、ヘヒヒヒヒヒッ!」
拙作に最後までお付き合いくださりありがとうございました!