148:ディザイアポートへおいでませ
「しっかしのぞみ、お前また思い切ったこと考えるじゃねえかよ」
「そ、そう……かな? 私自身は、臆病で……そんな、思い切りがいい、だなんて、似合わないことこの上なし、だと思う……ヘヒヒッ」
「タダの臆病者がこんな策に踏み切れるかってんだよ」
いつもののぞみ部屋で、ボーゾが苦笑混じりに指さした先。そのモニターには、スリリングディザイアが映っている。
しかしその回りの風景は、元となった出坑市は白山病院の跡地近くとはまるで違う。
半ば海に乗り出して、潮風を浴びている形だ。
「ヘヒヒッ……生駒だけじゃなくて、本格的に出張所の一つや二つ、用意しなくちゃ……だったし? せっかくだからシーを、ね……ヘヒヒッ」
港も兼ねた形で存在する海辺のスリリングディザイア。それは立地のとおり、海浜エリアへのアタックサポートを充実させた新たな出入り口だ。
生駒が停泊してあるように、ダンジョン資材を乗せる貨物船を受け入れることも可能。
そればかりか、ダンジョン内の海上へ自前の船でも乗り込むことが出来るようになっている。
当然普通の漁船で海中のモンスターを相手に漁が出来るはずもない。
お金はかかるが、対ダンジョン用の戦闘船舶を改造、新造で調達させられる造船所も併設されている。
その造船所にカメラを持っていけば、情熱に燃えた目のアルカが作業に没頭している様子が見えた。
それを眺めて、ボーゾがクツクツと喉をならして笑う。
「燃え上がれずに燻ってた創作意欲に、のぞみが思いきり油をぶちまけてやったからな。二つ返事で乗ってくれたぜ」
「それで楽しく、欲望を満たす仕事が出来てるんだから……まさに、WIN-WIN……ヘヒヒッ」
英雄ケインの元で、アルカが不満を溜め込んでいたこと。
それを知ったのぞみがマシンゴーレムの研究援助を餌に口説いたところ、即座に食いついたのだ。
かつては思い人であったはずのケインがいながら、これだけ素早い手のひら返しをするあたり、いかにアルカが不遇な目に遭ってきたか、不満を貯め込んでいたかが窺い知れるというものだ。
「そ、それにしても……研究援助の代償に、仕事やってもらう……って話もした、けど……ハイ喜んでーって、気持ちよく引き受けてくれちゃったし……なんか、申し訳ない……ヘヒヒッ」
「その辺はアルカも納得済みなんだから気にしすぎだと思うがね? 第一タダで研究援助してもらうってのも、アルカにとってはありがたいけど気が引けるってモンだろ? 第一アイツが手がけてる船も、アイツの研究の応用、要はマシンゴーレムなんだぜ?」
ボーゾの言う通り、アルカの作るダンジョンアタック対応の船舶は、いわば船型のゴーレムだ。
援助を得る対価としての仕事が、同時に彼女が欲してやまない研究と実践の場にもなっているのだ。
つまりのぞみは充分以上の待遇で迎えていると言っていい。
だが、そんなパートナーのフォローにも、のぞみの表情は晴れない。
「いや、まぁ……そのことよりも、もう一個の方が、ね……囮っていうか……釣り餌役をさせてるのが……」
釣り餌役とはどういうことか。といえば、ポートスリリングディザイアの所在は、ケインたちの本拠地と目されている地点のすぐ近く。先だって生駒で挑発航行していた海に臨んでいるのだ。
海浜エリアへのアクセスを重視しているとはいえ、結局のところポートはスリリングディザイアダンジョンエリアへのもう一つの出入り口、その外郭に過ぎない。
つまりケインの潜んでいるらしい地域から、常に異世界エネルギーの塊、ダンジョンの萌芽を吸い込むポイントが出来ているというわけだ。
そこへさらに、向こうから寝返ったメンバーが働き手として加わっているのだ。
ケインとしてはとうてい無視することなどできないものだろう。
最悪、ケイン自身が周囲の反対を押しきって乗り込んできかねないほどに。
「気にしすぎだって。その辺だってベルシエルの見立て込みで説明済みの納得済みなんだからよ。むしろちょっとくらいは話しておかなかった事があってもいいと思うぜ? アイツだってウチに寝返ったって言っても、サンドラたちみたいに魔神になってるワケじゃねえんだからよ」
「わ、悪い……顔……ッ!? わ、私も……正直思わないでも、ない……けども、できるだけ誠実に、やりたいな……って、思った、から……ヘヒヒッ」
ボーゾのフォローを通り越した誘惑の言葉に、のぞみはそれは不義理であり違うと拒絶する。
「んー……そこで目が泳いでないできっぱりと言えてれば、格好ついただろうによぉ」
「……そ、そう言われましても……私が今さら恰好よくだなんて……ヘヒヒッ」
パートナーの指摘に、のぞみはさらに目を泳がせながら冗談めかして自虐する。
「まあしかし、お前がやりたいって言うならやりたいようにやればいいしな」
「ヘヒッ!? あ、あっさり!?」
「あたぼうよ! 何故なら俺様欲望の魔神! 契約を結んだパートナー邪魔するようなことがあり得るか? まさかあり得るはずはねえ、だろ?」
あっさり引き下がるボーゾにのぞみは肩透かしを食らうも、いつも通りのサムズアップとドヤ顔に緩んだ笑みを返す。
「なんにせよだ。一応はこっちについてくれたアルカの扱いに気を使うってのはまあ分る。だが、それ以前から尽力してるやつらにも気を使ってやらなきゃ、だぜ?」
「わ、分かってる……だから、ポートの責任者はベルノに任せてある、し……ヘヒヒッ」
配置はどうあれ、寝返ったばかりで魔神にもなっていないアルカに、当然支部を任せられる訳もなし。
監視と護衛を含めて責任者は魔神衆の中で比較的自由の利くベルノが選ばれた。
「まあ、任せるまでが大変だったんだけど、ね……」
魔神たちの誰に任せるのかの会議の事を思い出して、のぞみは遠い目をする。
その時は魔神衆の誰もが俺が私がと立候補し、アピール合戦で喧々諤々となったのだ。
外の建物の物理的な距離はどうあれ、中で同じスタッフエリアに繋がっていて、ほぼ距離感が生まれないのだから当然だ。
逆にその利点のせいで、任せる相手がまあまとまらないことまとまらないこと。
そこで逆に任せた利点よりも、わずかにでものぞみの近くから離れられない理由を列挙。
結果、のぞみの代理で交渉に立たなくてはならないウケカッセ。近衛役で守護神であるバウモールの二名が完全に候補から外れることになった。
そうして候補が減ってからは、争奪戦も落ち着き、最終的には穏当な形に落ち着くだろうベルノがポート責任者の地位を勝ち取ったのである。
「まあ案の定、魚河岸市場みたいな有様になってるけどな」
「その辺は、ね……予想通りっていうか、だろうね、って感じで……ね? ヘヒヒッ」
そうなれば食欲プロデュースされた港とその周辺が海産物とその料理を売りにするのは自明の理。
ベルシエルを中心に持ち回りで補佐役をやっている魔神衆たちと、のぞみのブレーキの甲斐あって、特化を通り越して偏り過ぎているということはないが。
「今は襲ってきてる相手がいる、から……そこ向けの要塞役がメイン……だけど、ちゃんとダンジョン経済を回す拠点としても働いてもらわないと、だし……!」
「経済が潤わない拠点とかウケカッセ的にも発狂モンだからな。バランスは大事だな、欲望の彩り的にも」
バランスに腐心し、どうにか食欲重視程度で回っているポートパークの状況に、のぞみもボーゾもひとまずは満足してうなづく。
「それで、メインになってるケイン対策だが、どう転ぶかね? 今度は直々に乗り込んで来そうなもんだが」
「ど、どう、かな? 慎重にまた仲間に任せる……のも考えられるし、また捕まえられちゃ敵わんって、乗り込んでくるのも、あるかも? ヘヒヒッ」
まさかね。と、冗談交じりに笑い合うオーナーコンビ。
そこへのぞみ部屋にけたたましいアラームが!
慌ててのぞみは手のひらから警告色のアイコンをつまみ上げて宙に放る。
すると青い甲冑に身を包んだ完全武装のケインが、フードの女を引っ張るようにしてポートパークへ乗り込もうとしているところであった。
「ヘヒッ!? う、噂をしたら……ッ!?」