147:鹵獲して調査して開発して
バウモールのいる格納庫風の巨大空間。
そこに、パーク守護神の巨体と互角の大きさの鋼が横たわっている。
ガリバーよろしくに固く縛られているのは、炎を胸に灯した鉄巨人だ。が、しかし本来燃え滾り全身にエネルギーを届けるはずの心臓部は、入り込んだ海水でちゃっぷちゃぷだ。
おまけに排気口など海水が入り込む入り口には、丁寧にシーリングが施されている。これでは入ったものも逃げ出しようがないというものだ。
挑発に出た生駒を叩きに出てきた機械巨人と暗殺者。
それらを捕縛したのぞみたちは、ケインが奪還にと飛び出す前に素早く撤収。敵の戦力であり、英雄が吸収強化するブースター二つを確実に持ち帰ったのだ。
そしてお持ち帰りしたのの内、隠して転がしておける場所として他に選択肢のない機械巨人を、バウモールのところへ運んだところ、というわけだ。
「ヘヒッ! へヒヒヒッ! ろ、鹵獲! 鹵獲!! ヘヒ―ヒヒヒッ!!」
そんな中から錆び付いていきそうな鋼鉄巨人を前にして、のぞみは小躍りしている。
笑い声も高らかに、ハイテンションぶりをアピールしているが、無理もない。
のぞみがクラフトゲームと並んで愛好するのがロボット、それも特に力強いスーパーな系譜のだ。
バウモールへの手のかけ具合から、透けて見えている、というか隠す気のない趣味であるが。
そんな趣味の持ち主がファンタジーなからくり鉄巨人をゲットすればどうなるか。想像に難くない……というか、その一例を今まさに見せつけてくれている。
そんな適当なリズムを刻むステップで弾む胸の谷間から、ボーゾが微笑ましげに浮かれた相棒を見上げる。
「で、とっ捕まえたのまではいいとして、このデカブツのからくり人形をどうするつもりだ?」
『我のように所有権を奪い取り、改修するおつもりか?』
ボーゾに続いて、スピーカーを借りたバウモールの問いかけ。
これにのぞみは足を止めるも、浮わついて緩んだ顔はそのままに、ガリバー状態のからくり人形を見る。
「そ、それはもちろん……! というか、鹵獲したからには設計して、開発して……ジェネレーション的な意味で……! ヘヒッヘヒヒッ!」
完全に置き去りなテンションののぞみに、ボーゾは訳が分からないと首を捻る。
それはバウモールも同じく、太い指をヒロイックなマスクの顎に添えて首を傾げる。
『……それはつまり、我の作りと比較、統合した新設計を生み出すなり、これを基礎にしたマシンモンスターの開発なりをする……と?』
「その通りでございます! ヘヒッ!」
スルッと分からぬなりに理解しようと努めて出した庇護欲巨神の答えに、のぞみはイエスイエスイエスと、何度も首を立てに。
「ヘヒッ! だ、だけども、だからこそ……ちゃんと自分のにしなくちゃ……へヒヒッ」
そして昂ったままに、ケイン側から奪取しようとコンソールを展開する。
だがその瞬間、がんじがらめに横たわる鉄巨人が光を放つ。
「自爆かッ!?」
「そ、その辺の怪しいのは、ベルシエル調べでも引っ掛からなかった、けど……!?」
警戒し、身構えるのぞみとボーゾ。
その目の前で輝いた鉄巨人は膨れ上がって弾ける、のではなく……徐々にその輪郭を小さくしていく。
心臓部を納めた胸部を中心に、みるみると縮んでいくのに、縛っていた鎖はあっという間にブカブカになって外れてしまった。
やがて光の縮小は、積み重なった大量の鎖に隠れるまでになる。
「ゲーッホッ!? エホッエホッエホッ!? グェーホッ!? ゲッホッゲホッ!?」
そして響いたのは盛大なむせかえりの声と、湿った落下音。
合わせてツンと漂う、思わずえづいてしまいそうな臭いに、のぞみはおおよそ何が起こっているのかを察しながらも、クノを放って鎖の山の陰で何が起こっているのかを探ってもらう。
するとのぞみが目の前に呼び出した遠見の窓に、水溜まりにうずくまる小柄な少女の姿だった。
ポケットまみれのレザーベルトを全身に巡らせたツナギ姿。
その藍色の短髪は、濡れてぴったりと頭に張り付いたまま。
そばかすのある鼻は、分厚いメガネの支えになっている。
そしてその口からは、滝のように海水と胃の中身を吐き出されていた。
「おぐぅえぇえ……ま、マシンゴーレムにしか見えないからって、むっちゃくちゃしやがる……! し、しかもあいつ、わたしのことを解体する気でいやがるし!? いや……その辺は無理もないか、わたしだってあいつのスゲーのが手に入ったらそうするだろうし……って、言ってる場合かーッ!? 逃げるんだよォーッ!!」
一人ぼやいていた整備士風の女は、我に返るや酸っぱい臭いの床を叩くようにして立ち上がり、脇目もふらずに駆け出す。
「ぎゃあああああああッ!?!」
が、ダメ!
一歩目が飛沫を跳ね上げるや、その足に鎖が絡まり、空中へ一本釣りに。
さらに放物線を描く彼女へ、次々に鎖が絡まって。
そうして瞬く間に頭は上、足は下に向けて宙吊りになった整備士風の少女の姿が完成する。
「は、吐いてた……から、なるべく楽な姿勢に……ってね? 大、丈夫……かな? ヘヒヒッ」
そんな宙吊りの整備士に、のぞみはおずおずと声をかける。
これにツナギの女がまず返したのは舌打ちだった。
「お気づかいどーも……って言いたいところだが、鎖が食い込みやがっていてーんだよッ!?」
「ヘヒッ!? ご、ゴメンね?」
怒鳴られたのぞみは肩を跳ねさせてからコンソールを操作。すると女整備士を吊るすのが鎖から寝袋に変わる。
「ど、どう……かな? ちょっとは、楽になったと、思うけども?」
「そう言うことを気にしやがるくらいなら、解放してくれやがらないかね!?」
のぞみの気づかいを的外れだと、女整備士は歯を剥き怒鳴り返す。
この空を噛む猛犬さながらの剣幕に、のぞみはビクリと震えて怯む、だがそれは許可できないと、首を左右に振る。
「い、いやいやいや……それは、ダメ……断固として、ダメ……ッ!! 身内と自分の安全と、気持ちが、優先……!! 自由にはできない……まだ!」
「なんだとッ!?」
見るからに気弱な陰キャからの断固としての拒否に、整備士は重ねて凄んだ。
だがのぞみの反応は変わらない。怯え、申し訳なさそうにしながらも、了承はない。
これに女整備士は苛立ち任せにもがいて、ミノムシ状態の体を右へ左へぶーらぶら。
拘束は柔らかく、しかし脱出不可能であるその様子に、のぞみはひとまず恐れる必要はないと緊張をほぐす。
そうして威嚇を凌ぎきったのぞみに、ボーゾは深い谷間から這い出てきて頬を撫でる。
「よーしよしよし。よく頑張ったな。ビビってすぐにでも逃げたい欲望が膨らんでも、一番大事な欲望からぶれなかったな! よーしよしよしよし!」
「い、今までの、修羅場もあるし、多少は……ね? ヘヒヒッ」
パートナーからの誉め言葉に、のぞみはくすぐったそうにホラースマイルを浮かべる。
そんなオーナーコンビのじゃれ合いに、女整備士は歯ぎしり。
のぞみはこれを受けて咳ばらいを一つ。捕まえ直した捕虜に、パートナーと共に改めて向き直る。
「え、えーと……話に聞いたことがある、けど……アルカ、さん? で、いい……んだよ、ね? ヘヒヒッ」
「いや、尋問なんだから俺に聞いてどうするよ? 俺が知ってる顔で、その通りだけどよ」
質問の言葉が進むにつれて、のぞみは徐々に問いかける相手を捕虜から相棒へ移す。
これにボーゾが呆れ笑いを添えて返すと、のぞみは面目ないと引きつり笑い。
一方の女整備士アルカは、目の周りをビキビキと引き攣らせる。
「聞きたいことがありやがるならはっきり聞きやがれ!?」
焦れたアルカの怒鳴り声に、のぞみは飛び跳ねる勢いで背すじを伸ばす。
「……えと、じゃあ……今度こそ、あのマシンゴーレム、聞いた話だと……あなたの、設計……でも、あなた自身っぽい、よね? ヘヒヒッ」
そして姿勢を整えて出た問いかけは、英雄ケインの弱みや最新情報ではない。
機械巨人が消えて現れたのはどういうことか。という、目前の疑問の答えを求めてのものである。
これに肩透かしを食らってか、敵意むき出しに身構えていたアルカが真顔になる。
「そ、そんなことを、聞きやがる……知りたいっての? 本気で?」
「おいおい、のぞみをあんまり見くびってくれるなよ!? 自分の知りたいって欲望を間違うような事があるわきゃねえだろ!?」
「そう……その、とおり……すごく、重要……分解したり、調べたりしたかった、のに……ヘヒヒッ」
「誰がバラされてやるかってのッ!?」
のぞみがよだれと一緒に欲望を垂れ流しにする。これにアルカは反射的に怒鳴りつけて、滑らせた口をつぐむ。
しかし取り繕ったところで、出してしまった言葉はもう飲めない。
しっかり耳に入れていたのぞみは、がく然とした顔で寝袋ミノムシを見上げる。
「誰がバラされてって? じゃあ、あのマシンゴーレムは……?」
「コイツが化けてた、モンスター形態だったってこと、なんじゃねえの?」
「え? じゃあ、アルカさんが作ったっていう……ファンタジーなスーパーロボットは……?」
「図面しかねーんじゃーねーの?」
ボーゾから容赦なく現実を突きつけられて、のぞみは肩を落とす。それこそボトリといわんばかりの勢いで。
それにこれまで黙って堪えていたアルカがもう我慢ならんとばかりに歯を剥く。
「ああもう! その通りだよ露骨にがっかりしやがってッ!! わたしだって作れるもんなら作りてーんだよ!? だけどケインの奴が作らせてくれやがらねーんだよッ!?」
唾を飛ばし、涙目になって不満をぶちまけるアルカ。
その剣幕にのぞみが返す言葉を無くして瞬きしていると、アルカは大きく息を吸い込んで吐き出しきれなかった残りを口に出す。
「だいったい今さらわたしのマシンゴーレム調べたいって、嫌味かアンタァッ!? あんな、なに? わたしが考えもつかないようなスゲーの持っていやがって……うらやましいわぁーッ!?」
嫉妬と欲望。そのありったけをぶちまけて、アルカは肩で息をする。
「ヘヒッ……う、うらやましい? うらやましいかぁ……ヘヒヒッ」
対するのぞみは自慢のスーパーロボットな身内をうらやましがられて、申し訳ないやら嬉しいやらでニヤニヤと抑え気味の笑みをこぼす。
「おいおい、その笑い方じゃあ挑発だと思われるぞ?」
「お、おっと、そう言うつもりじゃなくて……ちょっと、いいことを思いついちゃった、から……ヘヒヒッ」
「お、欲望をくすぐるささやきをするのか? 煽ってやるのか?」
のぞみが閃きを得たと聞いて、ボーゾはワクワクとその内容を聞かせるように促すのであった。