144:会議の方向がなんか解せぬ感じに……
「えー……オーナーに頼まれて調査したのであるがな。ケインと巻島マキの拠点の調べがついたのだな。これについて、皆の衆はどう思うかな?」
「そんなのメチャ許せんよなーッ!!」
「ヘヒィッ!?」
スリリングディザイアが深部、そこにある主に会議に用いられている大部屋。
そこに幹部たちが揃った中でベルシエルの告げた報せに、魔神たちは揃って椅子を蹴倒す勢いで立ち上がり叫ぶ!
そのまま怒濤に押し寄せる身内に、のぞみはたまらず悲鳴を上げ、頭ごと耳を庇うように抱える。
「拠点がどこだと調べがついたらどうするつもりだったんです? まさかママ自身が先頭に立って乗り込むつもりだったとでも言うのですか?」
「向こうの動きに注目して、話し合うにしても捕まえるなりなんなりできたら。そういう安全重視の構えでいるんじゃなかった・か・し・ら?」
「あー……うー……や、乗り込む気は無い、よ? みんなと自分の安全第一、そこも変わってないし……ヘヒヒッ」
詰め寄る魔神たちの剣幕に怯んで、のぞみは目玉を右へ左へと泳がせながら、黙って危ないことをするつもりは無かったと答える。
だが、その反応が逆に魔神たちの疑念をあおった。
「ほんとーにー? じゃーなんで私たちに相談しないで調べてたのー!?」
「こうやってワタシたちに反対されるのが目に見えてたから、内緒で進めていたのではない……のよね?」
『当然、断じて、断固として認められる話ではありませんぞ!?』
「ヘヒィイ……そ、そんなことはない、から……ッ! ホントに違うから、ホントに……ッ! ただ、調べといて損はない、かなぁ……って……ヘヒヒッ」
さらに重なる疑いの言葉。
のぞみはこれに慌てて首をフリフリ、心配されるような企みはないと主張する。
のぞみが怯んでいるのもあり、魔神たちはひとまず詰め寄る圧力を弱める。
が、のぞみへ向けた目にある疑いの色はまだまだ色濃く、まるで薄まってはいない。
「ヘヒィイ……ほ、ホントなんだってばぁ……」
「今までの積み重ねだぜ? 大将のクセして進んで最前線に飛び出すようなマネばっかしてるから、いらん方向で信用ができちまう」
身内からの疑いが解けないのにのぞみが悶えていると、ボーゾからの容赦ないツッコミが入る。
「ヘヒィイェエエ……あぁんまりだぁあ……」
「泣きネタ出来るとは余裕じゃねえかよ。まあそっちはともかくとして、のぞみが単純に調べておくだけのつもりだったての。これはマジだぜ。ほんのひとつまみの好奇心って奴でしかねえ」
繋がりを通して直に感じ取った欲望。
ボーゾがそれを根拠に後押しすると、魔神たちも半信半疑ながらに説明を聞く姿勢に入る。
「まあこれまでさんざん自分で抱えて無茶してたのぞみのことだから無理もねえが、こりゃマジだぜ? 受け身で構えるにも向こうの拠点を知ってる分には損はねえってな? なあ、ベルシエル?」
「それはその通りですな。知るだけ知っておいて損はないから。渋る私にオーナーはそう言っていましたな」
話を振られた知識欲は、正直に調査依頼をされたその時のことを証言する。
この証言とボーゾのとりなしを受けて、魔神たちは拍子抜けだとばかりに肩をすくめる。
「なぁんだ。それじゃー別に私たちから言うことは特にないかな、ねえ、イロミー?」
「そうね。敵の居場所がわかったから陥落させに行ってって言うなら立候補するところだけれど、それを言うのぞみ様じゃないものね?」
ベルノの声を受けて、イロミダが流し目を添えて尋ねる。
その色香にのぞみはドキリと肩を弾ませると、慌てて何度もうなづいて見せる。
「でも、これがもし黙って潜り込むつもりだった、とか……一発逆転のチャンスだから乗り込んでくるとか言い出したら・ど・う・す・る?」
「もちろん、縛ってでも止めるわよ」
しかしザリシャーレからの問いかけに、荒縄を取り出しつつ即答。
その口許に浮かんだゾクリとするような笑みに、のぞみは堪らず頬が引きつり強張る。
『然り然り。我もそのような危険に主様をみすみす飛び込ませるなど許せぬ。仮にそうなればイロミダに協力させてもらおう』
「ヘヒィッ!? な、縄からは守ってくれない? くれないのッ!?」
『主様。申し訳ないが、より大きな危険から主様を守るためならば、イロミダの縄くらいは素通りにさせてもらう』
「よく言った。よくぞ言ってくれました、庇護欲の。それでこそ我らがガーディアン。ママの安全を預けるにふさわしいと言うものです」
バウモールの容赦ないスルー宣言。そしてそれを当然のものとする、ウケカッセを始めとした魔神衆の態度。
これにのぞみはへなへなと力を失って背すじを丸める。
「……ふむ。しかし、調べがついただけで終わらせてしまう。それだけで終わらせてしまうには少々惜しい情報だと思うが?」
そこでそれまで黙って聞いていた闘争心のサンドラが口をはさむ。
「で、ですよねッ!? ですよねーッ!? 調べといて良かった的な、有意義な情報、ですよね? ヘヒヒッ」
これにのぞみは弾かれた様に顔を上げて食いつく。
対して残る魔神衆は、怪しみ、疑問の色濃い顔を向ける。
「たしかに。有用な情報であることは否定しません。しませんがしかし……ママが無茶に走るように惑わすものであるのもまた確かです。その辺りはどうお考えで? まさか仕掛けるならばついていくぞと後押しするつもりではありませんよね?」
ウケカッセが代表しての問いかけ。
これにサンドラはもちろん、その隣に腰かけたシャンレイが頭を振る。
「それこそまさか! もちろん大将が戦うって言うなら、惜しみなく最前線に戦力として加わるわよ? あたし自身の研鑽にもなることだし。ただ、それなら当然先遣部隊として飛び出す形になるから、大将は安全圏に押し込めるつもりよ」
克己心、向上欲求の魔神として生まれ変わったシャンレイの言葉に、残る魔神たちもそう言うことならばと納得の表情を見せる。
「でもさー、活用しようっていうのはいいんだけど、現実問題どうするのー? のぞみちゃんが出撃させてくれるかな?」
しかしとベルノが挙げた問題点にも、魔神たちは重々しくうなづく。
「そ、そう……かな? 割と私、みんなの好きにさせてるっていうか、判断には任せてる、つもり……だけども?」
「……そりゃ安全だって裏付けが取れてる場合には、だろうがよ」
ヘヒヒと首を傾げるのぞみを、胸元のボーゾがバッサリとやる。
標的が通常のダンジョンであれば、のぞみも斥候のゲッコードローンズを含めて、出撃を任せるのに躊躇することはまずない。
だがそれがケインたちの本拠と目されている場所だとなれば話は違う。
ケインはサンドラを相手にした時のように、相手の魂を吸収し、己の力とすることができる。
それが自分と縁の深いものに限ったものなのか。単純に効率の問題で対象を絞っているだけなのか。
否、地球と融合しつつある異世界を一時は主神として掌握していたケインである。
制御不能に陥り崩壊させたとはいえ、ダンジョンがらみのものには大なり小なりの繋がりがあると見た方が良い。
そんな派遣したら食い物にされるような所へ、のぞみが身内を派遣できるわけがない。
自分に親身で、必要としてくれる相手を欲しがり、それが失われるのを何よりも嫌がるのぞみに、身内を帰ってこられないかもしれない場所へ送り出すなど、出来るわけがないのである。
「ホントにのぞみの身内大事はよぉ……過保護ってレベルじゃねえからなぁ……」
「ヘヒヒ……そ、それほど、でも……?」
「いや、褒めてねえからな? ちっとも褒めてねえからな?」
「しかし、のぞみ殿の不安も分かる。仮にこちらから仕掛けたとして、返り討ちに遭ってケインのパワーの足しになってしまう。そんなことになっては目も当てられないからな」
のぞみの間の抜けた反応と、それにツッコミを入れるボーゾ。そんなオーナーコンビのやり取りに、サンドラが笑みを溢しながらのぞみへの理解を示す。
「なので直接攻めるでなく、嫌がらせを仕掛けてやろうと思うのだが、どうだろう?」
そこからニヤリと意地の悪い笑みに切り替えた闘争心の提案に、魔神たちは揃って身を乗り出す。
「いーじゃん、いーじゃん」
「そうですね。悪くないアイデアですよ。具体的にどんなことを仕掛けるのか、その叩き台はあるのでしょうか?」
「もちろんあるとも。だが、皆の叩き潰してやりたいとの欲求を大盛りに上乗せしてもらいたいな」
「それはそれは、テンションが上がってきちゃうわね」
サンドラの提案を受けて、悪い笑顔を突き合わせる魔神たち。
そんな楽しみに盛り上がる身内から外れて、のぞみはおずおずと手を挙げる。
「あ、あのー……あ、争わなくて済むようになったら、私はそれでオッケー……なので、あんまりヘイト集めそう、なのは……ちょっと、ね? ヘヒヒッ」
水を差すのは申し訳ない。
そんな思いから頬をひきつらせたのぞみの言葉。
これに魔神たちは揃って顔を難しくしてうなる。
ベルノに至っては、はっきりと不満であると唇を尖らせている。
そこへ響く手を叩く音。
これに一同が振り向けば、そこには両手を合わせたグリードンの姿が。
着ぐるみじみた紫ドラゴンは、皆の注目が集まったのを確かめた上で口を開く。
「オーナーが平穏無事に事を乗りきる可能性を手放せない、そういう欲が深い人だと言うのは分かっている。我々としてもオーナーの欲望は尊重するところだ。なあ?」
確かめるようなグリードンの問いかけ。これに魔神たちは言われるまでもないとうなづく。
だがこの流れで、逆にのぞみがうろたえることになる。
のぞみとしては不満、欲望を呑み込んでまで、自分の意見だけを押し通したかったわけではないのだ。
この事をのぞみが口にするよりも早く、グリードンが口を開き、話を続ける。
「では、オーナーの第一の欲望をもう一度ここで改めて整理して、はっきりと伝えてもらいたいが、どうか?」
「ヘヒッ!?」
そしてグリードンから飛び出した言葉に、のぞみは目を白黒とさせる。
しかしボーゾは相方が戸惑う一方で、面白そうに口許を緩める。
「おう。その辺は大事だな。はっきりさせといた方がいいよな」
「では……オーナーが戦いを避けたいのは我々が消耗するのを、欠けてしまうのを嫌がってのこと。だな?」
ボーゾの了解を受けて始まった質問に、おいてけぼりを食らったのぞみは、戸惑いながらも正直にうなづく。
「となると敵が、ケインたちがこちらの手に負えないほど強大になるのは防いでおきたい、防ぐべき。ここにも間違いはないな?」
「そ、それは……うん。みんなが無事じゃなきゃ……意味ないし……」
これまでのケイン側との戦いでは撃退に、目的達成した上で撤退に成功と、勝利と言っていい結果を重ねてきている。
しかし、相手の力が増して来れば、犠牲がでないとは限らない。あるいは完膚なきまでに打ち破られ、食い物にされてしまう可能性もある。
のぞみとしてはそれは断じて受け入れられない、認めるわけにはいかない未来図だ。
「つまりは、オーナーは我々パークスタッフに欠けて欲しくない。我々を、パークの安全を守りたい、というのが敵勢力に対する上での第一の欲望である。と、そういうことでよいか?」
「それは、まあ……その、うん。そういうこと……だね、ヘヒヒッ」
のぞみは自分の願いを、欲望をはっきりと言葉にされたことに照れつつも、誤魔化すことなく肯定する。
「ってーことは、だ。のぞみとしちゃあケインどもに遠慮して、手に負えないくらいパワーアップされるのは本末転倒ってことになるな?」
そしてボーゾがニマニマと顔を緩めながらまとめるのに、躊躇しながらもうなづく。
これを受けて、ボーゾとグリードンは言質を取ったと目配せする。
「というわけだからお前ら! 俺らの安全が第一! 和平とかその辺の可能性を残すのは二の次程度の優先度でいいってよ!」
このボーゾの宣言を聞くや、魔神たちは揃って椅子を蹴って立ち上がり、拳を突き上げる。
「あれもこれもと欲張るのは悪くねえ。が、最優先事項ってのはいつでもはっきりさせておかないと、な」
「そ、そう……だね、ヘヒヒッ」
明確になった目的に敵うよう、ああでもないこうでもないと意見交換が加熱する様を眺めて、のぞみはパートナーと笑みを交わすのであった。