141:火山パワーを活かしましょう
「なんとしてもここで食い止めるのだッ!」
火山エリアは炎を冠した山頂。そのほど近くで、巨大なレッドドラゴンの鼓舞の咆哮が響く。
これに群れを成すドラゴンたちは息を揃えて炎を放つ。
一塊となって太陽の如く輝く炎。
しかしこれは中央にきらめきが走るや否や分断。要を失って解けるように散ってしまう。
二つに割れて散るその中央を通り抜けるのはもちろん青い鎧の英雄ケインである。
大技のフレンドリーファイアを避けるべく、スリリングディザイア・火竜連合が用意していた間隙。そこへブレスを破った勢いのままに飛び込んだケインは、正面最短距離にいるドラゴンへ向けて切りかかる。
「させないわよっと」
だがその正面に素早く割り込んだザリシャーレとアガシオンズが構えたカメラから一斉にフラッシュ!
撮影した画像が白一色に焼き付きそうな輝きに、しかしケインは先を読んでいたのか腕でブロック。目を刺そうとする光を弾く。
「うっとおしいな、目障りなんだよッ!!」
そして煩わしいとの思いを込めて切り上げ一閃!
「あらまあ、ずいぶんカリカリしちゃってるじゃない?」
しかしこの一撃が断ち切ったのはザリシャーレが手放したカメラのみ。
素早く剣の間合いから逃れていたザリシャーレは、すでに出していた次のカメラをパシャリ。猛烈なフラッシュをケインに見舞う。
「誰のッ!? 誰の仕業だとッ!?」
とっさに顔を背けてこれをかわしたケインは、苛立ちまかせに大振りの横薙ぎ。
合わせて大きく伸びるオーラの刃だが、薙ぎ払えたのは山道の目印と突き出た岩ばかり。
ザリシャーレは連れのアガシオンズや、フォローに入ったドラゴンと共に、大縄跳びのごとく飛び越えている。
それを睨み、重ねて刃を放とうとするケインを、滝のように落ちてきた炎が直撃する。
「こんなものがなッ! 今さらなぁあッ!?」
だがケインはこの上空からのファイアブレスを受けきり、反撃の刃を放つ。
しかしこれも灰を含んだ雲を両断するばかり。ブレスを吹き付けたドラゴンたちも、ザリシャーレチームもすでに山頂方向へ大きく撤退。
火口を背にした本陣へと合流を果たしていた。
そう。連合の終結したここは、いわゆるボスとの決戦エリア。
本来ならばアムルルーと、この場にたどり着いた探索者が食うか食われるかの戦いを繰り広げるための場である。
「さて、マスター。言われた通りに、ここまで挑発しながら誘導してきたわよ」
火口の縁に立つグリードンと並んだザリシャーレは、坂の下にいるケインに向けて油断なく構える。
手はず通りにこの状況を整えてくれた彼女に、のぞみはこれまでの仕事に対する労いの言葉をかける。
「お、お疲れ、様……せめて壊されちゃったカメラは、弁償させて、ね? ヘヒヒッ」
「あら、それはありがたいけど、あれ結構したわよ? ゼロがひーふーみーよーいつ……」
「ヘヒィッ!? そ、それは……分割じゃなきゃ、無理……ッ! ローン払い、一択……ッ!!」
「値段を聞いてやっぱ無しとか、パークのお金から出しちゃおうとか、そうしたいなって思ってもそうしたくないって欲望が勝つあたり、好きよ。でもオーナーに無理させるのは、アタシもお断り・な・の・よ?」
「おい、楽しくおしゃべりしてる時間はもう無さそうだぜ?」
「ヘヒッ!? じゃ、じゃあ打ち合わせのように……!」
胸元からの警告を受けたのぞみが言うが早いか、長く大きなオーラの刃が山道を駆け上がってくる。
これにグリードンも、火口を取り囲むドラゴンたちも、ザリシャーレとアガシオンズもそれぞれが最大の力を放って迎え撃つ。
この場に集った連合全員の力を束ねた一撃。
だが英雄の放った刃は、藁の束でも切り裂くかのように、この力の奔流を真っ二つに割る。
一方的に打ち破ってなお、オーラの刃は刃こぼれひとつない鋭さで連合へ襲いかかる。
これを避けるべく、結集したチームは散開。バラバラになる。
「その竜の力をもらう! 足しにさせてもらうぞ、アムルルーッ!!」
そして護衛のまばらになったアムルルーの乗るグリードンへ、放った闘気刃に隠れて迫っていたケインが躍りかかる。
斬りかかられるグリードンはもちろん、比較的近くにいたドラゴンたちも、青竜姫を守るのだとブレスを放つ。
「無駄だ無駄だッ! その程度でッ!!」
だがケインは嘲りと共に剣を振るう。それに伴う太刀風が炎のブレスを逆巻かせる。
己の放った炎に鼻先を焼かれたドラゴンたちは怯み、守るべき対象から離れていく。
しかしグリードンは背に乗せたのぞみとアムルルーの二人を隠すように大きく体を広げて、迎撃のブレスを放ちつつ後退。
そして勢いのまま、大口を開いた火口の上へと。
「いいぜ、根性見せてくれるな! だったらお前もいっぺんにこの俺の、ケインの力にしてやるッ!」
決着を急いだケインも飛翔魔法を用いて、後退するグリードンを追って火口へ飛び出す。
「スイッチ、オン……ヘヒッ」
そこでのぞみがほくそ笑みつつ、掌のコンソールをタップ。
するとケインの目と鼻の先に壁が現れる。
決着を急いで飛び出した勢いがなくとも反応できるわけもなく、ケインはいきなりに現れた金属壁に鼻から突っ込む。
総ヒヒイロカネ製のこの壁は吹き上げてくる熱を容赦無く増幅。情熱的なキスをしてきた英雄の顔面全体に、猛烈な熱量を返す。物理的な意味で。
「ぐあがっちゃぁああああッ!?」
顔面を焼かれていながら、大口を開けて盛大な悲鳴を吐き出したケインは、飛翔魔法のベクトルを本能的に上空へ。
しかしその進路をまたヒヒイロカネの板が蓋をする。
直後、空いた方向全てにヒヒイロカネの壁板が出現。ケインを閉じ込める。
「焦らされて、いざ手が届きそうになったら、そうなる、よね……ヘヒヒッ」
計画通りに進んだ戦況に、のぞみはホラースマイルを浮かべる。
そう。ザリシャーレの作っていた膠着状態が解けたのも、抵抗を押し返して山頂へたどり着いたのも、すべてこの場面にもっていくため。そう仕込んだのぞみの罠である。
「おおっと、ここで気を抜かずに締めまでたたみかけとかないと、せっかく掴んだのが……」
「ヘヒッ……も、もちろん……忘れたわけじゃ、ない……ヘヒヒッ」
そして相棒がみなまで言うまでもなく掌のコンソールを操作。ヒヒイロカネの棺桶を火口の中へ落とす。
大口を開けて赤々と輝くそこには当然、煮えたぎった溶岩が待ち構えている。
わずかな火を受けただけで、中の水を湯に沸かすヒヒイロカネの棺桶を、である。
「もちろん加速と、補強するのも……ね、ヘヒヒッ」
しかし封じ込めたのはヒヒイロカネのスーパーロボットを両断する男である。
まんまと嵌めたと油断することなく、さらにヒヒイロカネの板を被せ、巨大な金属球を先端にした振り子トラップを叩きつけて溶岩への到達時間を短縮する。
その甲斐あってヒヒイロカネの棺桶は破られることなく、ケインを示すマーカーを内包したまま光り輝く溶岩へダイブ!
「今だッ! ファイヤーッ!!」
同時にボーゾが号令。
小さな体からは思いもよらぬ範囲に響いたそれに応じて、グリードンをはじめに、火口上に集まったドラゴンたちが揃って灼熱の吐息を溶岩へ向けて放つ!
集ったドラゴンの力を束ねた炎は、大きな大きな球を成す。
火口に収まらなくなるほどに大きくなった炎の塊は、岩肌むき出しの山頂を押しつぶし、引き裂きこじ開けて、無理矢理に山の中へと沈んでいく。
この破壊力を見下ろしてアムルルーはその目を輝かせる。
「すごいの! みんな、あれだけやられたたのに、またこんなに強烈な火が吐けるパワーがあったのッ!?」
「まあ、そう言う狙いで……フリをしてほしいって言ったから、ね……ヘヒヒッ」
景気よく敵陣をぶち抜いた。かと思ったら後ろに敵の大群が出来上がっていた。
そういう状況に追い込む罠のために、ドラゴンたちにはアムルルーを通じてまともに受け止めようとせずに散るようにと指示。
その成果がこの巨大な炎を生み出せる頭数とパワーを温存できたことである。
「ヘヒッ……でも、ここまで上手くいったのは……アムルルーが、私に任せて動いてくれたのも、あるけど……その前に、死にものぐるいに踏ん張ってくれてたみんながいた、おかげ……だから……ヘヒヒッ」
しかしのぞみが言う通り、ケインを火炎地獄に叩き込めたのも、犠牲あってのものだ。
倒れたドラゴンたちがおのれを顧みずに立ち向かっていったからこそ、後退しながらの迎撃を限界を迎えたからだと疑わせることはなかった。
彼らの犠牲こそが英雄を叩き落す罠の要の一つなのである。
そんな死力を尽くしたドラゴンたちへの感謝と申し訳なさにのぞみは顔を伏せる。
が、そこで目に入ったものに首を傾げる。
「……ヘヒッ?」
「どうした?」
「いや、これが、ね……?」
疑問符を浮かべるパートナーへのぞみが示したのは手のひらのコンソールに表示されているダンジョンマップだ。
そこではケインの存在を示すマーカーがいまだに健在である。
溶岩の熱と合わせて束ねたファイアブレス。その熱を大幅に増幅しているヒヒイロカネに封じ込められたケインの反応が、である。
「ここは、逃げッ! 逃げ一手ッ!」
ボーゾと顔を見合わせてからののぞみの判断は早い。
協力関係にあるアムルルーとその配下であるドラゴンたち。そして別行動中のチーム全員を選択。スリリングディザイアへの転移をスイッチオン。
のぞみとその味方達が揃って光りに包まれ消えゆく最中、火山が爆発する。
砕けた山から飛び散る猛烈な炎。
それが届くすんでのところで、転移の光も跡形もなく消える。
そして器を失って無差別無軌道に流れ出した溶岩の中心。
そこには鎧を失い、焼けただれた肌を晒したケインが、魔力障壁を足場に荒く息をしている。
「ちっくしょうがぁ……クソが、クソが! くそったれがぁあッ!?」
重い火傷を修復しながら空へ叫ぶその顔は怒りと憎しみに赤黒く染まっていた。