14:出だしは上々、出だしは上々なのに?
出坑市にある蔵野根大学。
その学食に集まった学生たちの中には、スリリングディザイアのメタルカードを突き合せているグループがいくつも。
「どうする? 今日も行くか……ってか行くよな?」
「行く行くー……って言いたいとこだが悪い。今日バイトのシフト入ってる」
「んだよ、ダンジョン行こうぜ? ってか下手なバイトより実入りいいだろ? 遊んで儲かって最高だろうがよ?」
「だからって仕事サボるのはヤバいだろうがよ!?」
「えー!? 行こうぜー? 時間ギリギリまで儲けようぜー?」
「あーもーうっとおしい! 分かった分かった。ギリギリまでな? 今日は俺時間ギリギリまでだからな?」
「おいおい、お前らそんな儲かってんの?」
「引きも良かったんだろうが、コイツのおかげで宝箱パッカンパッカンでよ。てかモンスター退治のスコアだけでも結構なもん入るだろ?」
「そりゃそうだが、特に相性の悪いモンスターがいる奴がいるんだよ」
「まったく……誰のことやら」
「お前のことだよ香川ぁあ! うどんを見つける端から突っ込みやがってって、毎度毎度埋もれててよく普通にうどん食えるな!?」
「おうどん様を受け付けなくなるわけがないだろう? お前は何を言ってるんだ?」
「それは俺らのセリフだよぉおッ!?」
そんなお客様の声を聴きながら、小豆ジャージ姿ののぞみがすみっこの席で口の端をゆがめる。
一般オープンからしばらく。スリリングディザイアの来場者数は調子よく上がってきている。
そういう結果を知っているから、右肩上がりなのは知っている。だが、やはり直に盛り上がっているのを聞くのは嬉しいものである。
自分たちで作った居場所が、周りからも居てもいい場所だと認められたような気がするのだ。
「……ぼちぼち行かないと」
時間が迫ってるのを見たのぞみは、空いた食器を持って席を立つ。
そうしてそそくさと片付けを済ませて出ていくのぞみだが、その動きを気にする者はいない。スリリングディザイアへ今日も行く行かないで、盛り上がる者たちも含めてだ。
普段のと、ザリシャーレらの手によるマスタースタイルとでは、“=”で結びつかないのも無理もない。
大学で絡まれたり、たかられたりしても困るので、のぞみにとってはいい変装になっている、ということだ。
というわけで、知られぬように人目につかないようにトイレに入ったのぞみは、手のひらにマジックコンソールを展開。マスターゲートを開く。
「一瞬で、帰宅……超便利……ヘヒヒッ」
ゲートを潜ったそこは、すっかりのぞみの巣として整っているダンジョン管理室である。
「よお、おかえりのぞみ」
「た、ただいま……ヘヒ、ヘヒヒヒッ」
帰りを迎えてくれる小さなパートナーに、のぞみは高い笑い声で答える。
「ああ、マスターお帰りね……って、またそんな恰好で外へ出るだなんてッ!?」
続けて、のぞみの帰りを待っていたかのように奥から現れたザリシャーレが迎えてくれる。が、ダサいジャージに、髪にもろくに櫛を通していない姿には、たまらずピンクメッシュ入りの金髪頭を抱えてしまう。
「だ、だって……寝過ごしたし、正直、この方が楽だし……へヒヒッ」
「だったら呼んでちょうだいよぉおッ!? そしたらなにがあっても駆けつけて、出来る限りに仕上げたのにぃいッ!?」
「それはちょっと、悪い気もする、し……」
「整えさせてよ! 遠慮されるくらいなら、むしろ手間をかけさせてくれた方がいいわよぉおッ!!」
遠慮するのぞみに、ザリシャーレは頭を抱えたまま身をよじり嘆く。
だがねじり上げるようにのけぞった所で、突然に静止。
これまでの激しさから打って変わっての静けさ。
それにのぞみは、声をかけることもできずに固唾を飲む。
「そう、そうだわ……逆、これは逆よ。逆に考えるべきなんだわ……!」
「へ、ヘヒッ?」
止まったのも突然なら、動き出すのもまた突然。しかしその静かで緩やかな声と動きに、のぞみは引きつり笑いを浮かべて後ずさりする。
「そうよ! 遠慮して呼んでもらえないんなら好きにやっちゃえばいいんだわ! 具体的にはおはようの前からスタンバイして、目覚めと同時にお世話開始ィイイッ!?」
「ヘヒッ!? そ、そんな……ザリシャーレに無理をさせるのは……」
「無理!? それは違うわマスター! 言ったでしょう、あなたを磨きあがることが今ワタシの中で最も、最も最も最もッ! 強く燃える欲望なのよぉおッ!!」
もはや止まらない。
一気にテンションを取り戻したザリシャーレに、のぞみはそんな確信を抱きつつ、苦笑するしかなかった。
「そうと決まればこうしてはいられないわ! さっそくすぐに身の回りのお世話をするために仕度を……って待った、待って、それならいっそのこと、栄養面からも美しさを引き出すお世話をするべき……ならベルノにも一口噛ませて……これは! みなぎってきたわぁあ!!」
「あ、あぁああ……」
瞬く間にのぞみ改造計画を組み立てたザリシャーレは、善は急げとばかりに部屋を飛び出す。
その背に伸びた手は、引き止めようと試みる間すらなく振りほどかれて、ただ虚しく空を握るばかりだった。
「まあ、好きにさせとけよ。ご奉仕したいってだけなんだからさ」
「う、うん……」
悪いようにはならないはず。
そんなボーゾの予測に、のぞみはまだ躊躇いを持ちながらもうなづいて、腰を落ち着ける。
「今、どうなってるかな?」
そうして現在の状態をモニターに出して見る。
平日の昼過ぎということで、さすがに今の時間からいる客層は、余裕あるスケジュールを組んでいる大学生か、アマ、プロの探索者がせいぜいといったところだ。
彼らが各々にモンスターと戦い、トラップに苦心するなか、ダンジョンを駆ける紫色の影がある。
ふわふわした羽毛を纏う頭でっかちのそれは、探索者を取り囲むプラスチックブロックの人形をバラバラに蹴散らす。
そのままモンスターをぶっ飛ばした勢いを殺さずに駆け抜けて、消える足場と滑る床、そのエリア前で立ち止まる探索者の元へ。
攻略に手間取る探索者たち。
その脇をすり抜けた着ぐるみじみた紫の獣は、滑る床の直前で踏み切り、跳ぶ!
点滅するように、現れては消えてを繰り返す足場たち。
それを迷いなく八艘跳びに渡り、向こう岸に待ち構えていたブロックゴーレムを飛燕の蹴りで打ち砕く!
そして倒れたゴーレムの残骸の中心から、追い越した探索者たちへ向けてサムズアップ。
そうして何も言わず何も聞かずに、すぐ先にある下り階段に姿を消す。
「すっげえ! あの体形ですっげえ!」
「ありがとう! ありがとう!」
直後、紫の着ぐるみの動きをたたえる声と、救援を感謝する声が彼の駆け抜けた階層に響き渡る。
「おお。やるねえグリードン」
グリードン。
ボーゾが拍手しながら口にしたそれが、いま一階層を走り抜けた紫の獣の名前である。
着ぐるみじみた外見ではあるが、彼もまたスリリングディザイアのモンスタースタッフである。
当然、中の人などいない!
羽毛に覆われたファンシーなドラゴンパピーである彼は、普段はマスコットとして来園者に接している。
しかし時折、先のように挑戦心の赴くままにダンジョンのショートカットチャレンジや、強敵撃破チャレンジなどにダンジョンへも飛び込んでいるのだ。
「ど、動画再生数もいい感じ……へヒヒッ」
そしてその模様を記録した動画を、“グリードンチャレンジ”と銘打ってウェブに流しているのだが、これがまたなかなかよいCMとなっている。
マスコットや協力者による公式CMに、実体験によるネット上の物を含めた口コミ。
これらによってスリリングディザイアはのぞみの目論見通り、異世界転移気分、冒険ごっこを安全に楽しめる場所として認知されるようになってきている。
現状は軌道に乗り、安定してきているように見える。順風満帆な滑り出しといってもいい。
「……が、このまんまパークの運営だけしてりゃいいってわけにもいかないぞ?」
「どういう……こと、かな? へヒヒッ」
だが放っておいてはダメだ。
その言葉になぜかと首を傾げるのぞみへ、ボーゾは真剣なまなざしで見据えて、続きを口にする。
「のぞみ。ダンジョン制圧に行くぞ」
「ヘヒィッ!?」
そうして切り出された言葉に、のぞみは訳が分からないよと目を見開くのであった。