138:打って出るのは必要がある時を逃さずに
「あ、辺り一面の敵、で……その中には暗殺者……ッ!? おまけに目も塞がれて……ッ!?」
バウモールもろともに自分達を取り囲む状況を数えて、のぞみは頭を抱える。
「おい、落ち着けって。土石流に紛れてバウモールに目潰し食らわしたドロテアのヤツは確かにすげえよ。だがよ、外から簡単にこじ開けられるバウモールのボディじゃねーだろ?」
フルヒヒイロカネ合金製の頑健極まるバウモールである。
さらにのぞみのいる空間に通じるハッチを外から開けるには機械的、魔術的な二重ロックを解除しなくてはならない。
戦闘技能を暗殺者としての技術に依存したドロテア一人では、まず乗り込むことはできない。
動転のあまりに中から開けてしまわない限りは。
ボーゾはそんな安全性を主張して、とにかく落ち着けとなだめる。
この言葉を受けてか、のぞみは抱えていた頭を手放す。
「ヘヒッ……そ、そうそう……落ち着いて考えれば簡単な、こと……ヘヒヒッ」
そしてホラーなスマイルを浮かべながら、右手でマジックコンソールをキータッチ。同時に左手を耳に押し当てる。
「も、もしもし……? サンドラさん? 聞こえて……無事なら、返事して……あ、無事じゃなくても返事できるなら状況報告、求む……ヘヒヒッ」
口に出して、電話のようではあるが、返事を求めて送っているのは思念である。
サンドラはすでに、闘争欲求の魔神としてスリリングディザイアに加わっている。
つまりは他の魔神たちや直属モンスターたちと同じく、のぞみとは思念通話するチャンネルが出来上がっているのである。
そしてコンソールの操作を受けて、バウモールの目潰しというバッドステータスが解除。モニターが回復する。
これで慌てて本陣を危険をさらすことなく、欲しい情報が得られるという寸法だ。
すると開けたバウモールの視界に、ターバンマント姿のサンドラが現れる。
無事な様子にのぞみが安堵の息を溢したのもつかの間、マントで口許を隠した彼女から喜ばしくない情報が告げられる。
『……怪我はないが、状況は良くない。砕けた岩から出てきたこの霧……猛毒だ』
そう言ってサンドラは背後に向けて剣を一閃。この一撃で跳ね飛んできていた岩が両断。しかしその断面から吐き出された煙がサンドラを包む。
「ヘヒィッ!?」
これにのぞみは急ぎゲートを展開。
猛毒だというガスをもろに浴びてしまったサンドラを自分の近くへ転移させる。
そうしてのぞみが招くままに空間を飛び越えて来た女戦士は、しかし自分の体を支えることすらできずに倒れ伏してしまう。
その横顔の色は酷いもので、それだけで彼女が浴びた毒ガスの有害さがうかがえる。
「サンドラッ!?」
のぞみはすぐにでもとバッドステータスの消去に取りかかる。が、それよりも早く戦友の危機にシャンレイが動いていた。
シャンレイは毒におかされた戦友を仰向けに抱えるや、柔らかな光を灯した手を向ける。
すると青ざめていたサンドラの顔色がみるみる内に健康な血色を取り戻す。
「あ、ありがとう、ね……ヘヒヒッ」
「な、なにもアンタに礼を言われることはないわよ……あたしにとってもサンドラは友達で、大きな借りがあるんだから……」
気功による治癒術か。
それによって、サンドラが肩も使って苦しげに呼吸していたのが落ち着いていくのに、のぞみは感謝を述べる。
するとシャンレイは決まり悪そうに目をそらす。
そんな女武道家の様子に、のぞみは込み上げるに任せてのホラースマイルを浮かべる。
「さて、サンドラが無事だったのはいい。そいつはいいが、捨て身で見せてくれた情報はなかなか厄介だぜ?」
しかしボーゾの手を叩きながらの言葉に、のぞみは緩んでいた頬を強ばらせてうなづく。
今なおバウモールに向けて転がってきている岩たちは、その中に有害なガスを含んでいる。
今もバウモールが派手に迎撃し続けてはいるが、それ故に庇護欲巨神の周囲には、濃密な毒ガス溜まりが出来上がってしまっている。
そしてその髪色のままに毒に馴染んでいるのか、ドロテアがこの毒ガスを隠れ蓑にして、のぞみたちへの妨害や致命打を与える隙を窺っているのである。
恐らくは毒ガス岩を転がしたのもドロテアの、ケイン側の仕込みだろう。
刺すなり盛るなりする隙を作るためなら今以上の状況も作りかねない。
正直言って、とても落ち着いて構えてはいられない状況だ。
「……ど、どうしようか? ヘヒヒッ」
助けを求めるようにのぞみは胸元のパートナーを見る。
「どうしようもこうしようも。求めるところがあるんならそれに向けて動く。それだけだろ?」
だがそれに対する答えはシンプルかつ曖昧なもの。
いつも通りのブレない反応に、具体的なアドバイスを求めていたのぞみは頬をひきつらせる。
ボーゾにとって、のぞみの欲望は筒抜けである。つまり今、欲望の魔神は欲しいものを分かった上で、自分からは与えないようにしているのである。
「あーうー……ってうことは……解決策は、もう持ってる? じゃなくても、知る方法を、持ってる?」
しかしのぞみも馴れたもの。
ボーゾが自分に何を求めているのか。その辺りの見当はつけられるようになっている。
「えっと、じゃあ毒をどうにかとか、その辺の調査はベルシエルにお願いして……でも、バウモール回りで好き放題されてて落ち着かない、のは……」
「まどろっこしいわね。そっちはあたしが行くわ!」
のぞみが思い付く限りに自分で動き方を決めようとしているところで、突然にシャンレイが立ち上がる。
「ヘヒッ!? しゃ、シャンレイさん……? でも……」
「心配なら要らないわ。さっきサンドラを解毒するとこ見てたでしょ? それにあたし一人なら気を練ってれば毒を体に入った端から消してけるの」
出撃の許可を出し渋るのぞみに対して、シャンレイは効かないから平気だと胸を叩いて見せる。
「だからここはあたしの出番でしょ? 安心してよ。さすがに戦友もいて世話になった義理もある側に砂かけるような真似をする気はないから。そんなみっともない」
唇を尖らせて言う武道家に、のぞみは慌てて首を横に振って、疑っているわけではないと主張する。
これにシャンレイはならばと一歩踏み込む。
「……いや、出るべきではない」
が、主張の言葉が出るよりも早く、制止の声が割り込む。
「サンドラッ!?」
その声は身を起こしたサンドラの物であった。
彼女は無理をするなと素早く支えに入る戦友の様子に笑みを返す。
「そちらは、ようやく振り切れたようだな」
「……まあ、ね。欲望の魔神には厳しく尻を蹴られたけれども……友情と恩に報いる。とりあえず今はそうしたいって思ってる」
そう言うシャンレイに、サンドラは笑みを深くする。
「いい欲望じゃないか……だが、焦ったり先走ったりすることはないな」
戦友の心構えを認めつつ、しかしそれでもサンドラの意見は変わりなく待ったひとつ。
「どういうこと?」
これにシャンレイは説明を求め、のぞみも同じくうなづく。
「一言で言えば向こうに、ドロテアの挑発に乗る必要はどこにもないということだな」
相手の土俵に上がる必要はない。
こう主張するサンドラの一言に、シャンレイはピンと来たのかすぐさま首を縦に。
一方でのぞみも回りを見るように促すサンドラの手に従って視線を巡らせてから手を合わせて納得の表情を見せる。
「どうしたって、毒ガスは入ってこない……から、浴びにいくことはないって、ことか! ヘヒッ」
「正解。挑発に乗らずに、籠城を続けるのが上策と言うことね」
のぞみの得た答えに、サンドラは指先をくるりと回して丸印を描く。
「そもそも、こちらの世界の機械鍵と魔法の封に精通してないドロテアには、バウモール殿を攻略する手立てはケインを連れてくるしかない。だから挑発したり、巨神殿の目を塞いだり。そうしてこちらを自分の射程圏内に引っ張り出そうとしてる。それにこちらが付き合う必要は?」
「無い……です、ね……ヘヒヒッ」
まるで教え子の理解を確かめるような問いかけに、のぞみはおずおずと回答を。
これにサンドラはまた機嫌よくうなづいて丸印をもう一つ。
「それにむしろ今の状況は、巨神殿が一人の方がやりやすい。そうだろう?」
そうしてニヤリとサンドラがモニターを見やる。
するとバウモールは呼びかけに応じたかのように口部を全開。渦巻く猛吹雪を吐き出す!
斥候役も兼ねていたサンドラが内部に引っ込んだ以上、周りにいるのは敵ばかり。
何の遠慮もなく広範囲の殲滅攻撃が可能になるということだ。
そんな容赦のない猛吹雪が、バウモールを覆い隠すようにしていた毒ガスを吹き散らし、高熱に馴染んだ岩肌を凍てつかせ、砕いていく。
そうして巻き上がった石が氷を纏った飛礫となってまた岩を砕いていくのだ。
猛烈な吹雪で立ち込めた毒ガスを吹き飛ばしきったバウモールは、息継ぎをするように吐息を止める。
そんなバウモールの目から見た周囲の景色は、風と冷気によって均され固まり、開けたモノとなっている。
動けるものは伝説金属に常の高い不変性を持つ、ヒヒイロカネの巨神バウモールばかりであるように見える。
「一緒に吹き飛んだか、しちゃった……かな?」
「さて、あれほどの強烈な吹雪は、こちらもかつての世界で直接浴びた経験はないからな……」
「無事ではないにしても倒しきれたかどうかまでは……ちょっと分からないね」
のぞみたちはそんなバウモールの目を通した凍てついた景色の中に、ドロテアの姿を探す。
『オーナー! そちらは平気かッ!? 今応答できるかッ!?』
すると別行動を取っているグリードン組からの思念がのぞみに届く。
「ど、どうしたの……!? 今は平気だけど、なんか、トラブル?」
切羽詰まったその様子に、のぞみもグリードン近辺の様子を探るべく、別個のレーダーマップを虚空に呼び出す。
『このダンジョンの勢力。ドラゴンたちとは中立関係を結ぶことができた、が……戦っている相手が案の定……』
「あーうん……確認できた、よ……ヘヒッ」
頬を引きつらせてのぞみが見るのは、中立色をした光点の中心。ドギツイまでに敵色をした要注意のマーカーである。
押し寄せる中立色を薙ぎ払い続けるそれは、グリードンが思念とともに送ってきた視覚情報によれば案の定、青い甲冑を纏った銀髪の剣士、転生英雄ケインである。
「それじゃ、今すぐそっちにバウモールを……」
この危機的状況に対応すべく、のぞみは転移の準備にかかる。
しかしそこで不意にバウモールの視界が揺れる。
「なに!? なんなのッ!?」
のぞみが動転する一方で、バウモールが背中から襲ったものを振り払いつつ向き直る。
そして真正面に現れたのは、バウモールとは別の鋼の巨人。
マグマの輝きを胸にたぎらせた炎の鉄巨人の姿があったのであった。