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137:何がしたいか、そのために何をするのかが大切だ

 空調の効いたリビング。

 このくつろぎの空間の中心に存在する椅子に、のぞみが腰かけて取り囲むように展開したマジックコンソールに手を伸ばしている。


 白と青がベースカラーの涼しげな装いそのままの彼女が見ているのは、赤々と染まった見てるだけで炙られるような錯覚を起こす火山の景色だ。


「バウモール……その辺、足場が脆そうだから、気を付けて……うっかりすると、マグマにダイブ……ヘヒヒッ」


 ここはバウモールの中。ダンジョンを応用して作った居住性抜群のコックピットだ。

 バス・トイレにキッチンも備えて、バウモールを鉄の城として籠城しても問題ないほどにだ。


 撤退したドラゴンたちを追いかけて、その状況を調査、介入することを決めたのぞみたち。

 そこでダンジョンに侵食をかけるための拠点として、強靭無比な鋼鉄の庇護欲巨神の内部に乗り込み、移動する彼の内側から火山エリアへの乗っ取りを進めているのである。


「グリードンを羽に変身させていっしょに飛んでってれば、マグマに落ちる落ちないだのを心配しなくてもすんだだろうによ」


「いや、でも調査は大事、だし……? 特に、こんな環境だと、ウチで抱えてる専門家たちには……キツい、し……ヘヒヒッ」


 そう、斥候部隊であるヤモリ忍軍ゲッコー・ドローンズの徒な消耗を嫌ったのぞみの方針に従って、現在グリードンはザリシャーレと共に山頂方面への先行偵察に向かっているのだ。


 これは一見、無駄な戦力分散な上、本陣であるのぞみの回りを手薄にする下策であるように見える。

 が、グリードンとザリシャーレという戦力を、必要なところへ送り込むことを優先したのだ。

 さらに言えば、のぞみは必要に応じて援軍を呼び出せるし、何より側近にして守護神の内側に籠るのである。

 守りが薄くなっているなどと言うことはあり得ない。


「それに……せっかく立候補もあったこと、だし……? やる気を……欲望を無碍にするのは、ちょっと……」


 ヘヒヒと笑いながらのぞみが目を向けたのは、ワイヤーフレームで出来たホログラムマップだ。


 そこに映し出された、大きな味方色の光点に包まれたのぞみを示す掌マーク。

 バウモールに乗り込んだ状態を示すその近くには、小ぶりな味方色の光が灯っている。


 それが表すのはバウモールの歩く少し先。先導するように進む黒髪の女剣士サンドラである。


 映像に出せば、高熱から身を守る付呪を施したターバンとマントで身を固めたサンドラは、辺りを警戒しながら時折襲い掛かってくる溶岩人形のモンスターを切り払いながら進んでいる。


 彼女が警戒しているのは、のぞみたちが先に一度退けた暗殺者ドロテアの再襲撃だ。

 また密かに素早く近づいてこないとも限らないドロテアに対する備えとして、サンドラは自分を戦列に加えてほしいと立候補してきたのである。


 だが、彼女の頼み事とはそれだけではない。


「……あたしは別に自分から立候補した覚えは無いんだけども?」


 そう抑えた声で言うのは、青いチャイナドレスに身を包んだシャンレイだ。


「それに、こんな給仕の真似事をやらされるとも聞いてないし、やるとも言ってない!」


 茶色の髪を団子ひとつにまとめた彼女は、手に乗せた茶器に目をやって苛立ち任せに声を荒げる。


 この剣幕に、のぞみは小さな体をさらに縮ませる。しかし一方で豊かな胸の谷間を定位置としたボーゾはどこ吹く風と、頬杖をつく。


「……って、言われてもよぉ……そいつはお前のお友達が俺たちに欲して望んだことなんだぜ?」


 そう。サンドラがのぞみたちに願ったもう一つの事というのが、これ。

 シャンレイを傍付きの護衛の一人として使って欲しいというのだ。


「カタリナに裏切られてからこっち、ケインのヤツの復活を聞いても奮い起たないくらい活力を無くしてたお前を心配して、サンドラが俺たちに頼んだって言うのに、お前そう言うこと言うのかよ?」


 このボーゾの言葉に、シャンレイは小さくうめき声をこぼして口をつぐむ。


 スリリングディザイアに保護されてから、ずっとサンドラに庇われ、のぞみたちに養われていたも同然のシャンレイである。

 戦友である女戦士の名前を出されては、ぐうの音も出ないというものだ。


「し、しかし……そのサンドラは、かつての記憶をなくして、お前たちに……!」


 しかし素直に引き下がってやるものかと反論。

 だがこの苦し紛れに出した言葉に、ボーゾはやれやれと肩をすくめて見せる。


「ケインに関する記憶だけだ。現にアイツ抜きで親しかったお前のことは忘れてなかっただろ? それよりなにより、お前らのモノは俺のモノって感じで奪ってったのは、おまえらが慕うケインだっつーの!」


「うぐ……それは、しかし……」


「しかしもかかしも……サンドラから聞いてんだろ? アイツはオルフェリアも取り込んじまったって。お前も実はケインのヤツと比喩的な意味でなくひとつになりたいって口か? だったらこの間の襲撃の時には悪いことしたな。お前だけは引き合わせてやればよかったんだな?」


「ぼ、ボーゾ……それ、言い過ぎ……!」


 立て続けにトゲ付きの言葉を投げつけられるシャンレイに、のぞみが見かねてフォローに入る。


「……ったく、相変わらず甘いこった。プリンにジャムと練乳ぶちまけて、生クリームを乗せたのより甘いぜ」


 この例えに画面向こうから食欲が食いついてくる。が、それをボーゾは手で押さえて言葉を続ける。


「……とにかく、俺としちゃまだまだ言い足りねえぜ? 言ってやりたいって欲望をみたなさなきゃ気分が悪いんだからよ!?」


 欲望の魔神が欲するままに吐き出していると言うのであれば、のぞみとしては困ったように笑い返すしかない。

 そんなパートナーの視線に、ボーゾは迷いを振り切ろうとするように頭を振って、やがて疲れたように項垂れる。


「……分かった、分かったよ! だから手心を加えて欲しいって欲望を直流しに送り込まねえでくれよ……すっかり萎えちまったじゃねえかよ」


「ヘヒヒッ……なんか、ゴメンね?」


「謝んなっての! 満足しながら謝んなってーの!」


 歯を剥いて見上げるボーゾである。が、その剣幕に反して実は怒ってはいない事を分っているため、のぞみのゆるい笑いはそのままである。


 ボーゾはそれにため息を一つ。渋い顔をしてシャンレイへ向き直る。


「フン! まあお前がケインに吸収されたい派じゃねえってのは、欲望を見て分かってたがな。だが、そうやって見えてたからこそ気に食わねえ!」


 見透かしている。

 そう宣言するも同然の言葉に、シャンレイは顔をこわばらせる。

 そこへ畳みかけるようにボーゾは続きの言葉を放つ。


「結局お前はどうしたいってんだ? 諦めたい、消えてなくなりたいってのも欲望だ。それは周りの心を振り切ってまで押し通したいってんなら好きにしたらいい。だがお前はそうじゃねえよな? 奪われる前のサンドラみたいに自分の理想形を目指す訳でもねえ。休んでる間にしたってそうだ。目的のために休むでも、到達点を見定めようとするでもねえ……宙ぶらりんの気持ちをそのまんま、サンドラとのぞみの行為におんぶにだっこで。死なずにいるだけ。欲望を司る魔神としちゃあ気に入らねえよ!」


 一番言っておきたかったことを言い放って、ボーゾは鼻を鳴らしてそっぽを向く。


「ぼ、ボーゾ……萎えちゃったって、言う割には、ぞの……」


 のぞみがそこへ困り笑いに声をかけると、ボーゾはパートナーへ向けてニヤリと口元を吊り上げて見せる。


「ああ。これだけはどうしてもってところを考えてるうちにまた盛り上がってな。これでも一点突破の直球にした分抑えたんだぜ?」


「……お、抑えておいて、これぇ……?」


「おうよ!」


 堂々と親指を立てて見せる小さな魔神に、のぞみは苦笑を深める。


「で、でも……人間、心が傷つけば、立ち直るのに時間がかかる、のは仕方ないし……個人差も、ねえ……? それに、そこのとこをあんまり責められると、私も……痛い……ヘヒヒッ」


 そしてシャンレイを襲った衝撃に配慮しつつ、冗談めかしてフォローに入る。

 するとボーゾは、分かっているとばかりに口の端を吊り上げうなづき返す。


「だからこれ以上は言うつもりはねえよ。さっきのだって、俺としちゃコイツら相手にならケツを叩くくらいだろってくらいには加減してるんだぜ?」


「け、ケツって……女の子、だよ……!?」


「別にそれくらい良いだろうがよ。実際おさわりしてるわけでもなしに」


「ヘヒィイ……そ、それは、そうだけどもぉ……」


 のぞみとボーゾがそんな他愛ない言い合いをしていると、不意にのぞみを取り囲むコンソールが警報を鳴らす!


 何事かと二人が慌てて虚空に浮かぶ画面に目を向けると、今まさに山の上から岩が津波のごとく押し寄せて来ているところであった。


「ヘヒィッ!? バウモールッ!?」


 モニターを埋める勢いのこれに、のぞみは悲鳴じみた声で守護神の名を。

 対するバウモールは、皆まで言われるまでもないとばかりに目からビーム!

 岩雪崩を真っ向から切り裂き、その軌跡に沿って爆発を起こす。


 そうして黄色く異臭のしそうな爆煙が巻き起こる中へロケットパンチ!

 ロケット噴射で飛翔する巨大な鉄拳が、一方的に押し寄せる岩たちを砕き、煙へ変えていく。


 その繰り返しで、バウモールへ鉄砲水と迫る岩たちは真っ二つに割れて流れていく。


「ど、どうにか……しのげそう、かな? で、サンドラさんは?」


 頼もしい守護神の働きに、のぞみはホッと息を吐いて、3Dレーダーマップに、スーパーロボットに随行していた女戦士の安否を求める。

 しかしそこに映し出されていた情報に、のぞみは首をかしげる。


「ヘヒッ? なぁに、これぇ?」


 のぞみの頭上に疑問符を浮かばせたのはその色だ。

 自分達を示すマークを中心に、すでに周囲が敵を示す色一つで埋め尽くされていたからだ。

 しかもその大群が押し寄せてきているのは、マップによれば山の上の方から。

 だが、それは岩の流れてきているのと同じところからだ。


「ヘヒッ!? この雪崩れてきてる岩って、隠れ蓑ッ!?」


 そう考え、のぞみはすでにバウモールを取り囲んでいるらしい敵の姿を探す。


 だが見えるのは岩。岩。岩。

 薄黄色の煙で霞みがかった岩ばかりである。


 そんな岩の中から跳ね飛び、バウモールの眼前に迫るものがある。

 ビーム発射直後の間隙を狙ったそれは、赤茶けた土色の覆い布を剥ぎ取り正体を現す。


「ドロテアッ!?」


 毒々しい髪色をした暗殺者が何かを投げつけ炸裂。モニターが埋め隠されてしまう。

 それはリンクしているバウモールが目潰しを食らったことを意味する。

 つまりは視界を奪われた守護神に、暗殺者が取り付いたということである。

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