135:ドラゴンの群れとのささくれ立った接触
重なり響く咆哮。
声をぶつけ合わせているのは対峙した二頭のドラゴンだ。
一方は巨大化した紫羽毛のグリードン。
のぞみたちを隠すカーテンを守るそれに対するのは、一回り大きく全身を赤い鱗に包んだもの。
睨みあった竜たちはその背に生やした翼を大きく広げ、再び威圧の声を放つ。
「んだテメオラァッ!? どっこのモンじゃワリャァアッ!? 誰の縄張りか知ってんのかコラァアアッ!?」
「下品な御山の大将のことなんぞ知るかッ!? お前こそ誰の前に出てきてるか知っているのかッ!?」
しかしその内容は、幻想の顔たる伝説生物同士というよりは、チンピラとボディガードといった風であるが。
火山テーマのダンジョンに乗り込み、マグマだまり近くに対応した装備への着替えを始めたのぞみ。
その護衛として、今回も運転手をしていたグリードンが立候補する。
そこへ翼を広げて舞い降りたのが、このチンピラ口調のレッドドラゴンであり、これにグリードンが対抗するため巨大化して今に至る。
赤のチンピラが長い首を伸ばして上から圧をかけてくるのに、しかし大きさの及ばぬグリードンは、微塵も怯まずにその身と翼をのぞみたちの盾にする。
「品がなんだコラァッ!? そっちがドコのどなたかなんぞ知ったことか! ワシらにとっちゃタダのシマ荒らしだオラァーッ!!」
そんな低く構えるグリードンへ、威圧の咆哮に乗せて炎の吐息を放つ。
主人を庇うグリードンに当然それを避けられるはずもなく、滝のように落ちる火炎を真っ向から浴びることになる。
そうして一方的に炎を浴びせたチンピラドラゴンは、息継ぎに入る。
ダメ押しにたっぷりと吹きかけようというのか、胸を大きく膨らませて。
だが、いざ炎に変えて吹き出そうと膨れたその喉笛に突き刺さるものがある。
堪らず開いた顎から、レッドドラゴンは濁った声と共に炎を漏らす。
その喉に突き刺さったものというのは牙だ。
いまだにまとわりつく炎を突き破り伸び上がった、グリードンの口に生えそろった、杭の如く太く鋭い牙の数々である。
「が、げ……テメェ……ッ!?」
炎の息吹をまともに浴びながら、グリードンはその羽毛一枚たりとも焦がしていない。
チンピラ竜はその姿を見下ろして、噛み潰された喉から声を絞り出す。
「小さいから若い竜だろう。そう侮ったお前が招いたことだ!」
対するグリードンは食いついたまま、牙の隙間から籠った声で油断大敵と指摘。鱗を食い破った牙をさらに深く食い込ませる!
これにレッドドラゴンは苦悶の声を上げる。が、タダでは転ばぬとばかりに前足でグリードンの首を掴む。
一方で悶えるに任せて暴れた尾が炎を叩き散らし、その度に紫羽毛に包まれた体を露わにしていく。
だがグリードンの食いつきは緩まない。
それどころか翼で殴りかかる尾を跳ね返すや、お返しのふさふさ尻尾で後ろ足を叩く。
圧し掛かって逆につり上げられていた赤のチンピラは、この一撃で支えを崩す。
すかさずグリードンは押し倒し、踏みつけて押さえ込む。
「我が主のため、この火山は捧げさせてもらうぞ」
片手にのぞみたちの入った更衣室を乗せたグリードンは、振りほどこうともがき続けるレッドドラゴンの首を噛み砕く。
レッドドラゴンは噛み潰された喉から短く濁った音を漏らして動かなくなる。
しかしグリードンは油断せず、念入りに噛み潰す。
数度繰り返して止めが入ったと確信したグリードンは、ようやく噛みついていた口をはずす。
するとその手に乗った更衣室からカーテンが外れる。
「や、やった……の、かな?」
役目を終えたカーテンの内側から現れたのはのぞみである。
その姿は爽やかで涼しげな薄青のレオタードに、透き通ったスカートを重ねたものであった。
そのスカートに加えて、頭からかかったクリアなヴェールに、首を囲うスカーフも、まるで清らかな水が覆い、熱波を寄せ付けぬようにしているよう。
そんな装いを新たにしたのぞみの横では、ザリシャーレがドヤ顔でポーズを取っている。
グリードンはこの手の中の主人と同胞に柔らかな眼差しを落としてうなづく。
「うむ。この下品で無礼な身の程知らずは確実に仕留めた」
言いながらグリードンは、長い尾っぽで横たわる赤い竜を一撃。心配無用であると主張する。
「あ、はい……念入りなチェックで、安心……だね……でも、もう十分に分かった、から……それくらいで、ね?」
「オーナーが言うならば」
へヒヒと笑い声を添えてストップをかけるのぞみに、グリードンはもう一度と振り上げていた尻尾を下ろす。
それを受けてのぞみは安堵の息をひとつ。赤いチンピラドラゴンの骸に向けて手を合わせる。
「そ、それじゃ……鱗や角……骨に、お肉も……残らず有効活用させてもらう、から」
そして手のひらに開いたマジックコンソールを操作。
ドラゴンの肉体というダンジョン資材の塊を戦利品として本拠地に転送する。
「しかしオーナー……いくらドラゴンと言えど、品質には差があるものだ。コイツをわざわざ回収するよりは、ウチのダンジョンで生まれたモノを解体した方が上質だと思うが?」
「そ、それはそうだろうけども……い、いいじゃないか……いいじゃないか……も、もったいない、し……ヘヒヒッ」
「のぞみは貧乏性だからなぁ……」
「そ、そうそう……だからちょっとでも役に立つかもって思うと、処分とか、できなくて……掃除、超苦手……ヘヒヒッ」
相棒の言葉に引きつり笑うのぞみに、グリードンもまた苦笑を浮かべる。
「それでは仕方ない。が、このまま行くと、このダンジョンの制圧を負えるころにはウチに竜の墓場でもできそうだな」
この言葉にのぞみが「ヘヒッ」と首を傾げる。するとボーゾとグリードンが向こうを見てみろとばかりに山頂方向を指し示す。
それに従って振り返ったのぞみが見たのは、火を噴く山を背にした翼あるモノたちであった。
羽ばたき迫るそれらは、ドラゴンの集団だ。
「ほーら、壮観だろう?」
「ヘヒィ!? い、言ってる場合ぃい!?」
のぞみはのんきなボーゾ口から上ずった悲鳴を漏らして、慌てて手のひらのマップを確認する。
すると手元のマップでも、自分たちを示す味方色の光点に向けて敵色が津波の如く押し寄せてきているのが確認できる。
「こ、こうやって押し寄せて来られたらば……!」
のぞみはこの状況に目を白黒させつつも、手のひらに指を走らせる。
この操作を受けて、のぞみたちの前に成竜形態のグリードンに劣らぬ巨体が姿を現す。
「ヘヒッ! コール、バウモール……ヘヒヒッ」
そう、スリリングディザイアの守護者。光り輝くトリコロールの鋼鉄巨神バウモールである。
間近にマグマの流れる大地を踏みしめたバウモールは、背後に庇ったのぞみたちと、それらを抱えたグリードンと目配せ。
迫る敵への盾。壁としての使命を果たすため一歩前に出る。
仁王立ちになる鋼の巨神に対して、群がってきていたドラゴンたちもある程度のところで前進を止める。
そしてホバリングへ移行するや、球状に固めた炎の吐息を降らせる!
これにバウモールは柔らかな緑に光る目を燦然と輝かせてビーム!
降り注ぐ火炎弾を真っ向から切り裂き破裂させていく。
さらにヒヒイロカネで増幅したマイナス方向の熱エネルギーを、渦巻く吐息に乗せて放射。
マグマにあぶられた空気に浮かぶドラゴンは、その高温に馴染んだ体を急激に冷やされ、まるで凍り付いたかのように体を強張らせる。
そうなれば当然翼と、それを補助する魔力のコントロールを失い墜落する。
それを追いかけたバウモールの吹雪の吐息は、赤々と熱気を吐き出し続けるマグマをも冷やし、石と固める。
そこへ叩きつけられて凍てつかされる赤竜たちがいる中で、風を切って巨神の背後に回り込むドラゴンたちが。
攻撃とそれに伴い乱れた気流を潜り抜けて来たそれらは、のぞみをめがけてファイアブレスを吹きかける。
が、主人を抱えたグリードンがひと羽ばたき。絨毯爆撃に落ちる炎を跳ね返す。
跳ね上がる炎を、バウモールを迂回してきたドラゴンたちは翼を翻して回避。
しかしその直後、彼らは急にバランスを失って墜落を始める。
「なんだッ!? 何があったッ!?」
反撃をかわしたにも関わらずの不調。これにドラゴンたちは口々に疑問の声をあげる。
その答えのひとつは彼らの翼にある。
彼らが背に生やした皮膜の翼。空気を受け止め魔力を操り、巨体を飛翔させるその皮膜が深々と切り裂かれて血を流しているのだ。
ではそれを為したのはーー。
「空中のファイアダンス。華やかで良いんじゃないか・し・ら?」
舞い上がり散りゆく炎の中、腕を広げて回るザリシャーレである。
恐れなく宙に舞うその姿は、周囲の炎と相まって、まるで火の鳥であるかのよう。
しかし彼女の広げた翼、両腕はそんな優美なものではない。大きくしなり伸びるムチをそれぞれに握ったその手こそ、ドラゴンの翼を切り裂き、空にある力を奪った刃なのだ。
彼女はグリードンがファイアブレスを跳ね返した翼を打ち上げ台にして、炎と共に空へ舞い上がっていたのである。
「あの一瞬で我々の翼をッ!? だが、飛び上がるのが早すぎたようだなッ!!」
ザリシャーレは宙を舞ってはいるものの、所詮は炎を翼と見立てての跳躍に過ぎない。
そう見切ったドラゴンの内一頭が、バウモールの光線とグリードンの炎をかわして食いつきにかかる。
が、それが落とし穴である。
地面に向かうザリシャーレの下に突然現れた岩。ザリシャーレはそれを足場に再度のきりもみジャンプ。
対して彼女に食いつこうと大口を開けていたドラゴンはその岩に牙をぶつけることになる。
体重と加速を乗せての衝突はドラゴンの牙を深々と岩に沈めることになる。
「ナイストラーップ、マスター!」
そうして動けなくなったあわれなドラゴンの飛翔能力に止めを刺しながら、ザリシャーレがのぞみへ喝采を送る。
この突然現れた浮き岩は、のぞみが設置した壁や地面と同じオブジェクトだ。
カーテンの内側に隠れていた間、のぞみもただザリシャーレにされるがままでいたわけではないのである。
「バカなッ!? 我らが住み処を自在にもてあそぶとはッ!? まさかあちらも、こやつらも囮ですでに姫様がッ!?」
のぞみの見せたダンジョンマスターの力に、一際巨大なレッドドラゴンが顎を落とさんばかりに開く。
一方でその聞き捨てならない内容に、のぞみが目を見開く。
「ヘヒッ!? ちょ……こやつら、はともかく……あちらって!? べ、別動隊なんて……雇ってない、よ?」
自分達以外に現在進行形でアタックをかけている者たちがいる。
うっかりこぼれ出たものにしては重要にすぎるこの話の真偽を確かめようと、のぞみはリーダー格らしい竜へ向けて身を乗り出す。
しかし、停戦と話し合いを求めて動き出したのぞみの後ろ首を狙い、刃が迫る!