134:欲しいエリアをもぎ取りに行くのだけれども
「さてさて、ようやく見つけて……やってきた、よ……ヘヒヒヒッ」
遠くを見上げ、引き吊り笑いを浮かべるのぞみ。
その目が見つめるのは黒煙を噴く山である。
煙の根元、炎の色を冠にした山は、大半がむき出しの岩肌をさらけ出した、荒れたモノだ。
のぞみの近くの岩肌にも、赤い光と熱気を吐き出す裂け目がある。
山頂部以外にも、そうした熱を吐き出す出口がいくつもあるのだろう。
舞い上がった煙で空は曇りがちだというのに、空気がじりじりと肌を焼く様な熱を帯びている。
そして曇った空からは、時おり雨の代わりに赤熱した石ころが降ってくる。
そう、ここは活火山。それも噴火の真っ最中の危険きわまりない状態で固定されたダンジョンである。
「ヘヒヒッ……火山のパワーが欲しいなって思って、ベルシエルが調べて見つけてくれた、けど……こ、こんなトンでもないの、だとは思ってなかった……ヘヒヒヒヒッ」
のぞみが思いつき、次に作るエリアのベースとして求めたダンジョンであるが、このあまりに過酷に固定された環境に、のぞみは目を回す。
「も、もうちょっと……温泉が湧いてて、それにのんびり入って……られるようなのを、期待してたんだ……けど、案内されたのは……超、活火山だったでござるの巻……どうしてこうなった? どうしてこうなった?」
頭を抱えて嘆くのぞみの頭上で、火山弾が障壁に弾かれ飛んでいく。
コアさえゲットできれば調節は利くだろうが、今の段階ではのぞみの考えからは大外れになってしまっていると言っていい。
「どうしてってそりゃ、お前が移動を短くって注文つけて、ベルシエルが説明と警告してもここでいいからって踏み切ったからだろ?」
しかし胸元からの容赦のないツッコミがのぞみを襲う。
ボーゾが言う通り、制圧に向かう火山系ダンジョンの条件に、のぞみはスリリングディザイアから陸路に限り二時間以内と注文をつけたのだ。
乗りっぱなしとは言え、長距離移動は申し訳無いし、自分が運転するのも自信は今一つ。
しかし空路は恐いし、信頼できる魔神たちに乗って行くのも目立つので緊急時以外は避けたい。
そんな考えからの要望であったが、その自分のわがままが、欲望が返ってきた結果だと言われては、のぞみにはぐうの音も出せない。
「まあそもそもが火山のダンジョンだ。だいたいはこんな常人にはドギツイ環境になるだろうよ」
「だ、だよね……だって言うのに範囲を絞りすぎたせい、だよね……ヘヒヒッ」
「それでも国内全部オッケーでも一個二個あるかないか程度だろうぜ。それであったとしてもダンジョンだぞ? 強力なモンスターが守ってるのが相場ってもんだぜ」
「そ、それはそれで……国内の温泉なら妖怪系だろう、から……面白い、と思う……したら、スカウトしてもいいし……バウモールみたい、に……やっぱり、もっと広く調べてもらおう……かな? ヘヒヒッ」
ボーゾのフォローをきっかけに動き出した想像に、のぞみは浸って楽しむ。
しかし楽しげなホラースマイルはそのままに、のぞみは体をよろめかせる。
「おいどうした? 大丈夫かよ?」
「ヘヒィイ……あ、暑くて、のぼせ、るぅ……」
「そりゃあそんな格好をしてればそうだろうよ」
ふらつくのぞみにボーゾは半目を送りながらため息をひとつ。
ボーゾをあきれさせたのぞみの格好とは、いつもの真っ黒いウィッチハットに、もっさり黒髪とで二重になった黒いマントといったものだ。
いくらその下がレオタードベースであったとしても、溶岩の露出したような環境でそんな分厚いものを重ねては、自分から熱を纏いに行ってるも同然だろう。
「そ、そんなぁあ……こ、これ……ザリシャーレたちが、温度維持のエンチャントしてくれてるヤツ、なのにぃ?」
「そりゃそうだが、こんな溶岩の近くで、ほぼほぼ炙られてるようなのには対応できてないってだけのことだろ」
ダンジョンマスターであるのぞみの装備は、確かに温度維持と各種耐性を備えた優れものである。が、それでも対応範囲を上回った環境では、いつものようには行かないのだ。
むしろバランス重視の大変な優れものだからこそ、のぞみがまだ倒れることもなくいられるのであると言える。
「はい! そういうわけで新しいコスチュームの出番よぉー! こんなこともあ・ろ・う・か・と、色々準備してあるんだから!」
そこで飛び出したのがザリシャーレである。
呼ばれる前から衣装ケースを抱えて転移してきた彼女は、ウキウキと簡易更衣室を用意し始める。
「おい? ちょい待ち。準備してあるってことは、出発前にはもうあったってことだよな? なんで出さなかった?」
そこへボーゾが待ったをかけて純粋な疑問を投げかける。
のぞみも激しくうなづくそれに、ザリシャーレは設営の手を止めて堂々と胸を張って答える。
「それはも・ち・ろ・ん……欲しいって思ってもらうためよ! 必要だって実感は最高の欲望なんだから!」
「おう。まったくその通りだな」
欲望を煽るための布石だとの一言に、ボーゾは拍手を贈る。
複雑で、深い欲望を持つ生物である人間であるが、それだけに嗜好、こだわりの域になると個人差が大きい。
たとえば、腹が満ちればそれでいいと嘯く者と、体を作るものだからこだわりたいと言う者。
たとえば、寝食の場として不便でなければ十分と考える者と、とことんに快適な暮らしを追求する者。
たとえば、手持ちの服を乾いた端から無頓着に着回すだけの者と、自分自身や組み合わせの相性を考え抜いて整える者。
生活に不可欠な衣食住であっても、どこまでを欲するのかにこれほどに差が生まれるのである。
しかし、仮に着るものに機能性だけを求めている人物であっても、持ってる服ではとても行けないような所に行かないといけないとなれば、あるいは見映えよく見せたい、並びたい相手ができたとなれば、ふさわしい服を求めるようになる。
こうした流れを起こすのだから、必要にかられるということはやはり強烈なきっかけである。
「さぁさあマスター、アタシたちが丹精こめて用意した特化型装備たちよ! 好きなのを選んでちょうだいな! さあさあ! 着方が難しいのはアタシが手伝うから! さあさあさあ!?」
「ヘヒィェエエエ……わ、分った……から、押さないでぇええ……と、ところで、過激じゃない、のも……あるよね? ヘヒッ」
「……さあさあ! このままだと熱に浮かされる一方じゃない。早く交換、衣装コウカーン・し・ま・しょ!」
「ヘヒィイエェエエ!? な、なんで!? スルーなんでぇえッ!?」
中断していた簡易更衣室の設営を手早く済ませたザリシャーレは、のぞみの抵抗も右から左に、その背中をグイグイとカーテンの中へ押し込んでいく。
「それじゃあ、順番にアタシコーディネートを試着してって、気に入ったのを選んでもらっちゃおうか・し・ら? あ、安心してちょうだい。どれ着ててもマグマの近くでダンジョン侵食その他もろもろの作業ができるようにはなってるから!」
「ヘヒィイ……ざ、ザリシャーレのセンスや、装備の品質……は、信頼してる……そこんとこに不安はない、けどもぉ……派手なのばっかり……っぽい?」
「それならまずはイロミダチョイスの奴からにしようか・し・ら?」
「ヘヒィイッ!? それって結局派手に色気主張するヤツゥウッ!?」
「騒がしいなあ、おい」
視界を遮るカーテンに囲われててんやわんやするのぞみに、ボーゾは呆れ声を一つ。
「……まあ、コスチューム変更は必要だからいいんだけどよ。着替えの最中にこのカーテン周りをガードするヤツを呼んどいたほうがいいんじゃあねえのか?」
言いながらボーゾはカーテンの外へ鋭い眼差しを送るのであった。