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133/154

133:どこからも、どこまでも、かみ合わない

 襖が左右に開け放たれる。

 隣の間との仕切りを大きく開いたそこから、銀髪の男と女が連れたって出てくる。


 ズボンのみで鍛えられた上半身をさらした銀の男は、異界の英雄ケイン。

 その後に続く、毒々しい髪色をした女も、ガウン一枚という装いである。


 そんな薄着の二人組に、和服にエプロンを重ねた狐耳の女中が飲み物を差し出す。


「ああ、ありがとう」


 ケインが受け取りながら礼を言えば、妖狐女中は会釈を返して、後始末のためにケインたちと入れ替わりに部屋の中へ。


 一方ケインたちは、空気を入れ替えるため大開きになったそのままの襖を一瞥して、畳敷きの床を歩いていく。


「お気持ち、晴れたようで何より……ご主人様」


 出てきたのとはまた別の襖を潜ったところで、ケインの後ろについていた女が声を発する。

 ケインはか細いそれを聞き逃さずに振り向いて穏やかな笑みを向ける。


「うん? ああ。そうだな。離脱するときといい、お前には随分と頼ってしまった……寄りかかってしまってたな。ドロテア」


「いい。ご主人様の喜びが、私の喜び……それに、役得はあった」


 ドロテアと呼ばれた毒々髪の女は、感謝の言葉に目を伏せながら頬を染める。

 ケインはそんなドロテアの頭を撫で、髪をもてあそぶ。


「相変わらずの謙虚な忠義者だな」


 撫でる手に頬を緩ませるドロテアに、ケインは柔らかく目を細める。


「お前たちあっての俺だ。魔神の巣窟に攻めこんだのも、お前がフォローに入ってくれていなかったらどうなっていたか。サポート抜きじゃ自爆してたぞ」


 先日スリリングディザイアを揺るがした大爆発。それを目眩ましにして撤退したケインであるが、その動きはドロテアあってこそ成立したものであった。

 ケインがオーラを爆発させた直後。その瞬間に合わせて彼の懐へ飛び込み、緊急離脱のアイテムで瞬時に撤退して見せたのだ。


「お前には潜入と暗殺を任せていたというのに、今回は派手に目を引く役目の俺が完全に足を引っ張ってしまったな」


「いい。ご主人様は私のすべて……任務より、何よりも、ご主人様の安全が最優先」


 そう、暗殺である。

 先の襲撃では、正面から蹂躙するケインが引きつけて、斥候及び死角からの一撃必殺を得意とするドロテアが保険として同時進行するという作戦であったのだ。

 これは押し込まれながらも足を止めさせ、撤退に踏み切らせたスリリングディザイア側の踏んばりを讃えるべき所だろう。


「……それも、巻島からの指示か?」


 遠い目をして失敗を振り返ってあたケインは、ドロテアの髪をいじる手はそのままに尋ねる。


 冷たく、勤めて抑えた調子のその声に、ドロテアは不思議そうに首を傾げる。


「なぜ巻島からの指示と? ご主人様の安全を優先して撤退に踏み切ったのは私の判断。誰に何を言われていようが関係ない」


「ああ、お前はそういうヤツだったよな」


「そう。だから始末されることになった。けれどそこをご主人様に救われた……その瞬間から私の力はすべてご主人様に捧げている」


 ドロテアはそう言って、髪に触れたケインの手を頬に寄せて頬ずりする。

 そんなドロテアの様子に、ケインは張り詰めたモノを吐き出すようにして微笑む。


「……アイツは、巻島は俺の事なんか見ちゃいない。アイツの都合に悪いように、それ以外の方向に俺が動こうとするのが許せないのさ」


「どうして? ここはマキのダンジョン。こうやって住めるところも、食べ物も、色々と支えになってくれてるのに?」


 ドロテアが言う通り、この日本風の建材で形作られた空間は、ダンジョンマスターである巻島マキの作ったダンジョンである。

 と言っても、発生するモンスターは女中妖怪に限定されたており、異空間に存在する拠点としての役割しか持っていない。

 スリリングディザイアで言うところの、スタッフスペースのみで出来ているということになる。


「ドロテアたちから見ればそうなるよな。俺のこっちでの知り合いらしくて、拠点を提供してくれてる親切なパトロンってな」


 疑問が出るのは至極当然。

 ケインはそううなづき前置きすると、眉間に皺を寄せて畳を踏みつける。


「だが、そうして提供されてるこの拠点ダンジョンそのものが、俺を縛り付けたいってアイツのメッセージなのさ!」


 苦々し気に顔を歪めたケインは、そのまま一巡りに和風の装いをにらみつける。


「このダンジョンは、俺が転生する前にこの世界で過ごしていた……吉田健一として暮らしていた家に似せてあるんだよ……!」


「思い出の家、ということ?」


「ああ、その通りだ。俺にとってはただ惨めで……思い出したくもないモンだがな!」


 舌打ち交じりに吐き捨てたケインは漆喰調の壁に荒っぽく手を突き、爪を立てる。

 すると見た目以上に強固なはずのダンジョン壁が段ボールのハリボテのように引き裂かれていく。


「それをアイツは……こっちでの幼なじみだったからって、俺に無理矢理に押し付けてきやがる! 俺を、戻りたくもないあの頃に戻そうってつもりらしくてなッ!」


 ケインは叫び、苛立ちに任せてむしり取った壁材の一部を放り投げる!


「分かるか!? 来世に期待するしかなかった俺が、本当に異世界転生して、出来てッ! それで充実した人生を……最後には大きな失敗をしたが……それはそれとして生き甲斐の合った生をまっとうしたっていうのにッ! あの頃に戻れと……せっかく蝶になれたのに、芋虫に戻れとアイツは……ッ!!」


 溜め置けない勢いで湧き上がる憤りを吐き出すケイン。

 その荒ぶる様に、ドロテアはまるで夏場の雪でも見たかのような顔になる。

 だがすぐに我に返ると、控え目にうなづいて英雄の怒りに理解を示す。


「……つまり私で言うところの、ご主人様に出会う前に戻れということ……? それは、耐えられそうにない」


「分かってくれるか!? ドロテアなら分かってくれると思ってた、信じてたぞ!」


 当てはめた想像図に毒色髪が渋い顔をしたことで、ケインは落ち着きを取り戻す。


「そう言うことだから、いつまでも巻島の手元でくすぶっていちゃいられない。地球と混ざり合った俺の世界の欠片を集めて、一刻も早く俺の世界を取り戻すんだ」


 そうして銀髪の英雄は拳を握り、自分の目的をはっきりと言葉にする。

 ドロテアも明示された方針に否やはなく、首を縦に振って見せる。


「ご主人様の望みは私たちの願い。それは変わらない。けれど、本当にいいの? 狙いはどうあれ、復活のチャンスを作ってくれたのが巻島だということは……」


 従う意思に添えて示されたこの懸念に対して、ケインは予測済みだとばかりにうなづき返す。


「お前が言いたいことは分かるさ。アイツとは知らない間柄でもないし、恩もある。その願いを無碍にする形になるのは、正直いい気はしない」


 気が引ける部分はあると認めて、「しかし」と置いてから答えの後ろ半分を口に出す。


「だが、巻島の考える最終的な到着点は、さっきも言ったが俺には断固として受け入れられない。それはつまり、ドロテア達にも受け入れられないものだってことになる」


 最終的に離反する計画を、さも正当なことであるかのように言うケインであるが、ドロテアも従うという前言を撤回しない。

 そんな彼女に、ケインは心配ないと笑いかける。


「まあ、最終的にはどうしても別れることにはなるが、酷い仕打ちにはしないさ。俺の世界で俺の傍にいられるように導くつもりだ。俺の復活は俺との再会が目的なんだろうし、またお別れじゃあ俺の気がすまないからな」


 誠意は果たすつもりだからと、話をまとめるケイン。

 しかしその誠意は、相手の考えを無視した一方的なものでしかない。

 だが、それを指摘する者はこの場にはいない。


「さて、と……予定語りはこれくらいにして、だ。ダンジョンとして現れてる俺の世界の断片を集めにいかないとだな。こうなると、最大規模な上に、シャンレイまで抱えてるっていうあの根暗女のテーマパークのコアを回収し損ねたのが惜しくて仕方ないな」


「あそこはまだ一筋縄じゃ行かないと思う。でも、それは力が足りないままだから。だから地道に力を取り戻して、攻略できるまでに蓄える回り道こそが最短距離」


 焦りは禁物というドロテアの考えに、ケインは渋い顔をしながらも納得を示す。


「……そうだな。それしかないか。しかし、もとの世界じゃ多少厄介でも力を振るって破れなかったものは無かったってのに……やっぱりこの世界は合わない。俺の世界じゃないってことか」


 ケインはそう言って、肩を解しながら歩き出す。

 するとドロテアもその背中を追いかけていく。


 そうして二人が離れた後で、襖をゲートに現れる者がある。

 声もなく、ただ恨めしそうに英雄とその取り巻き娘の背中を見送るのは、巻島マキその人であった。

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