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130/154

130:面と向かって話してみる。それがこんなにも難しい

 穏やかな音楽に、かすかな食器の鳴る音が重なり混じる。


 フォークで持ち上げた肉を口に含んだのぞみの正面には、同じくメイン料理に手をつけている父の亮治。

 その両サイドに母の和美と、弟の将希という形で、手塚家が食卓を囲んでいる。


 着席する前に短く挨拶を交わして以来、前菜、パスタ、メインに入っても誰も一言も発することなく進む食卓。

 この奇妙に張りつめた静けさの中での食事に、のぞみの背中は心から溢れだした冷や汗でびっしょりになっている。


『大丈夫かよ、のぞみ?』


『ヘヒィイ……べ、ベルノの料理で……あ、味を感じないのなんて初めてぇえ……』


 テーブルに座ったボーゾからの、気づかう思念。

 相棒の労りに応答する心の声も弱々しく、涙で湿気ったような色である。


『なんとぉーッ!? それは良くない! そう言うのは良くなーいッ! 味が分からない、それは食欲がきちんと満たせてないということ……そんなこと許されざるよーッ! 食欲を邪魔する空気なんか私がぶち壊してやるんだからーッ!!』


 のぞみたちのやり取りを傍受していたベルノが、厨房を放り出して食事の席へ駆けつけようとする。


『カッカしすぎだぜベルノ』


『そうそう。気持ちは分かるけれど、少し落ち着いたらどうかしら? アタシもボーゾ様もお側についているのよ?』


 そんな食欲魔神を宥め、押し止めるのはのぞみの相方であるボーゾと、席にはつかずに控えたザリシャーレだ。


 確かに会食の機会を欲したのは父の亮治である。が、応じるに当たってスリリングディザイア側からもいくつか条件を出したのだ。


 場所はのぞみ側の本拠地であるスリリングディザイアの内部とする。

 料理を提供するのは食料系担当である食欲の魔神に任せる。

 のぞみの傍に着くメンバーについて口出しをしない。

 そして、実家側として参加するのは親子三人のみとすること。


 救出したとはいえ敵対勢力の操り人形に落ちていたこと。そしてそもそも本人たちが敵対的であったことを考えれば、通常の警戒態勢の範囲だと言える。


 これらの諸条件を亮治と和美が呑んだことで成立したただいまの状況である。

 が、しかしのぞみはこれだけ心強いだろう条件なのにも関わらず、味が分からなくなるほどにガチガチになってしまっているのだが。


『そ、そもそも……四人そろって食事なんて……ずいぶん、久しぶり……だし……』


『そう言えばいつ以来なんだ?』


『えっと……中学入ったくらいからは、家の中では私だけ別になってたし……最後に外に連れてってもらったのが、将希の合格祝い、だから……二年ちょいぶり、かな? ヘヒヒッ』


『ほっほーう。それはそれは……ちょいとベルノを止めるのがアホらしくなってきたんだが? ってかけしかけたいくらいなんだが?』


 のぞみの曖昧な、しかしバカ正直な証言を受けて、ボーゾは笑顔のままに口元とこめかみを引きつらせる。


『ヘヒィイ……い、いや、私としては……むしろ一人で部屋で食べてた方が、気兼ねなくておいしかった、くらい……だし? ちょうど、今みたいに……ヘヒヒッ』


『へぇーえ……それはそれは……ウチののぞみちゃんにそんな扱いしてたーなんて事を具体的に聞かされたとあっちゃー……私、食わせるだけで帰したくなくなっちゃうよー?』


『同感だわね。どうしてくれようかしら。魔神衆相手にボスラッシュ? 倒れても別のトコロに飛ばされるだけで、六時間は拘束する感じ、なんて』


『いいねー。いいじゃねえか』


 このフォローになっていないフォローに、ボーゾばかりかベルノとザリシャーレたち魔神衆、給仕のアガシオンズたちもピキピキとしてくる。


「……なにか、寒気がしないか?」


「部屋を冷やしすぎ……ではなさそうだけれど……?」


 部屋に籠り始めた殺気。

 自分たちに向けられたそれに、亮治と和美夫妻は身震いを。

 そして一括りにされて浴びせられている将希は、何が起きているのかを察してか、勘弁してくれとばかりに冷や汗交じりにのぞみを覗き見る。


 この助けを求める弟の目を受けて、のぞみは慌てて口にしていた肉を飲みこんで、喉に詰まらせてしまう。


「おいおい、大丈夫かよ!?」


「のぞみ様!? しっかり!?」


 ヘヒヒとも笑えないほどに苦しみ出したのぞみを見て、慌てたのはボーゾやザリシャーレ達だ。

 すぐさま寄り添い、詰まらせたものを動かそうと背を叩けば、ケホンと小さな咳に続いて息が整う。


 そうして口まで戻ってきた塊を含んだ水で解しながら、改めて胃袋へ送る。


 どうにか呼吸を取り戻して落ち着けたのぞみは、パートナーを筆頭とした身内たちにもう大丈夫だと身振りで示す。


『わ、私は……平気、だから……別々になってただけ、で……食事抜きの虐待じゃ、ないから……むしろ、気が楽で、望むところなとこ……あった、から……や、みんなの気持ちは……嬉しい、けども……ヘヒヒッ』


 だからみんなが殺気立つ必要はない。場の空気をかき乱すことはないのだと思念を送る。


『そうまで言われちゃあしょうがねえな』


 これを受けてボーゾたちは呆れ交じりに殺気を収める。それには残る魔神衆とアガシオンズも倣う形で続いていく。

 素直に矛を収めてくれた身内たちに、のぞみは言葉には出さず思念でもって感謝を告げる。


 その一方で、短く抜けるような笑い声が。

 見ればその出どころは、のぞみの対面に座る亮治の鼻からであった。


 何事かと集まった視線に対して、亮治は咳払いを前に置いて口を開く。


「いや……失礼。随分と変わったようだが……それでも存外、間の抜けたところはあるのだと、つい……な」


「ハッ! 自分達の手に負えない怪物にまで化けちまったかと心配だったのかよ? オトウサン?」


 亮治の失礼な言葉に刺々しく返すボーゾ。


「ああいや、これは言葉が悪かった。我々の知っている娘の様子とは、その……随分と変わったようだが、そうでもない部分も見れて安心したと、な?」


 悪意あっての言葉ではない。

 そう弁明する亮治に、のぞみは安堵の息を吐く。

 が、その一方でボーゾは皮肉げな笑みを深くする。


「ハンッ! アンタがのぞみの何を見てきたってんだよ!?」


 一方的に過大な期待を寄せるだけ寄せて、その上で早々に見切りをつけた。

 そんな風に娘のことをろくに見てもいないのにと、ボーゾは亮治の言うことをバッサリと。


「のぞみがパークをここまでデカくするのに何度死にかけたか、体にムチ打って仕上げてきたか……そんなこと想像したこともねえだろ!?」


 この小さな魔神からの容赦ない返しに、亮治と和美、そして将希も苦い顔を見せる。

 そして押し黙る三人に、ボーゾは勢い緩めずに言葉を続ける。


「のぞみはなあ! 誰かに必要とされたいって、自分を必要としてくれる誰かが欲しいって……それだけを欲しがってここまでやって来たんだぞ!? 誰が育てた欲望か分かるか!? アンタらがなんだぜッ!?」


 のぞみ自身さえはっきりと意識していなかった欲望が、血縁への糾弾の声と共に赤裸々にさらけ出される。

 これにのぞみは戸惑う一方。自分の中できちんと表現できないままに燃えていた欲望がくっきりとした形を持ったことに、ある種の納得も得ていた。


 家族から見切りをつけられて、いっそ消えてしまった方がいいのではないか。

 そんな考えさえ抱いていた自分が、どうしてボーゾを呼び出すほどに生きたいと、死にたくないと願うことができたのか。

 それは必要とされている実感が無いからこそ。満たされたことがないからこそ、満たされたいと願っていたからなのだ。


 だからこそ今の居場所を手に入れられた。

 断固として手放したくない。そう思えるような仲間に、身内に囲まれた場所にたどり着けた。

 すべては今までが、逃げてきた後悔が、惨めさが。それでも欲しいと願える未練があったから。


 この答えに行き着いたのぞみは、その口元に滑らかな笑みを浮かべる。


「……そうさせてしまったことを一度詫びて、今までに救われたことの感謝を伝えるために、こちらもこの機会を、だな……」


「ああいいさ! 取り戻したい、やり直したい。欲望を持って動き出すのに遅すぎるってことはねえさ! だがな、今さらそんなん通してやりたくねえって欲望とはどうしたってぶつかるぜ!?」


 だがのぞみが答えと納得に至った一方で、ボーゾによる糾弾は続いている。


 それに気づいたのぞみは慌ててテーブルの上でふんぞり返るパートナーを捕まえる。


「のぞみ?」


 この突然の動きに、手塚夫妻は虚を突かれて目をぱちくりと娘の名をつぶやく。


「……お父さんと、お母さん……二人から久しぶりに名前を呼ばれた……」


 感慨に浸るようなのぞみの言葉。

 これに娘を長らく「アレ」呼ばわりにしてきた手塚夫妻は揃って喉をつまらせる。

 そしてじわりと脂汗を額に浮かべながら頭を下げる。


「その事も含めて、謝ろうと思った。将希との扱いにあからさまに差別をつけたりして、すまなかった。そして、そんな私たちを何度も救ってくれたこと……感謝している」


 ボーゾに宣言したとおりに告げられた謝罪と感謝の言葉。

 これにのぞみが応じるよりも早く、ザリシャーレが「一つ良いかしら」と前に。


「欲望を持って動き出すのに遅すぎると言うことはない。これは我々全員の共通した意見です。で・す・が……どうして今になってそんな欲望を抱くようになったのか・し・ら?」


 どういう風の吹きまわしか。

 そう問いかける派手な美女に、手塚夫妻は脂汗を額に浮かべながら目を伏せる。


「気づいてしまった。分かってしまったのだ。私たちの魂の一部を繋げて産み出したという、あの巨大な人形の怪物を見て……」


「私たちはのぞみにも、将希にも、自分達の理想像を……エゴを押し付けていただけだったのよ! 自分達の思うままに成長して当たり前なんだって、そんな傲慢を……!」


 自覚させられた己の過ちを吐き出す夫妻。

 告解、懺悔にも似たその言葉には、のぞみのみならず、将希も込み上げるものがあったのか胸に手を添える。


 そんな子どもたちに向けて、亮治は再び頭を下げる。


「これまでのことを許してくれとは言わない。だが、悔いていることも、感謝していることも、どうか知っておいて欲しい……!」


 まっすぐなものだと感じられる詫びと感謝の言葉。

 両親が自分に向けて言うとは期待二割諦め八割であったこれに、のぞみの目は答えを求めてパートナーへ行き着く。

 するとボーゾは不承不承といった風に腕組みうなづく。

 それは亮治の言葉にした願いが、心にある欲望から発したものであるということの何よりの証明である。


 この欲望を司る魔神からのお墨付きを受けて、のぞみから溢れたのは涙であった。


「のぞみ様ッ!?」


 化粧を流し崩してしまうほどの勢いでほほに川を作る涙に、ザリシャーレが素早くハンカチを。

 のぞみは当てられたハンカチに顔を埋めながら、擦り付けるようにして何度もうなづく。

 涙でふやけた上に摩擦で削れて、化粧は台無し確実である。が、それを手掛けた当人であるザリシャーレはそれを責めるでなく、のぞみの涙を受け止め続ける。


「わ、私は……変わって、ない……」


 やがてハンカチの下から、くぐもった声が漏れ出る。


「や、ちょっとは……みんなのお陰で、前向きになれた、かな……ってところも、あるけれど……根っこのところは、やっぱり……あんまり……」


 まとまりを今一つ欠いたままにのぞみが言葉を続けるのに、ザリシャーレは目隠しになっているハンカチを外す。


 しかしその下から出てきたのは、化粧の整ったままののぞみの顔。

 転移の一瞬で化粧を完成させられるザリシャーレにしてみれば、ハンカチを外しながら復元と耐水補強をすることなど造作もない。


 ともあれ、のぞみはまだじわりと滲む涙に目元と声を濡らしながら、改めて口を開く。


「だから、その……お父さんと、お母さんから……認めてもらえた……のは、嬉しい……! 嬉しい、けども……いきなり、は……どう接していいのか、分からない……から、その……まずはいい距離感で、いい具合ので……やっていけたらな、とは思う……へヒヒッ」


 そうしてのぞみは辿々しくも、自分の正直な気持ちを告げる。

 溢れてきた鼻を覗かせながら、しかし自分の気持ちを自分で言葉にしたその姿に、亮治も和美も、将希も口許をほころばせて首を縦に振る。


 これを受けてのぞみは、収まりかけの涙と鼻を再びに溢れさせるのであった。

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