13:鬼ごっこしよう。アナタが鬼ね
「あれ? ボーちゃんにのぞみちゃん? どしたの、キレイにして?」
一般向けダンジョンのボス部屋。
そこへワープして現れたのぞみたちに声をかける者がいる。
「い、イベントの時間……だから」
「打ち合わせはしただろベルノ。忘れてたのか?」
「そー言えばそんなこと言ってたっけ?」
そう言って首を傾げるのは、ぽっちゃりした少女だ。
ふわふわした蜂蜜色の髪。むっちりとした頬をはじめとして、どこに触れても軟らかそうな肉付きの良い体。
このマシュマロを思わせる愛らしい少女こそ、本日のボス担当「食欲」のベルノである。
「でもそー言うことね。でも、私は今までどーりにしてればいーもんね?」
「う、うん。ベルノも対象……だけど、ここに来た人と、戦うのは、同じ……ヘヒヒッ」
ちなみにベルノから得られるボーナスは、フードコーナーのクーポンである。
他のにカードを当てても得られる特典ではあるが、ボスだけあってベルノから得られる値引率は一段違う。
「だよね? で、それでそれで、ボーナスクーポンがあるのって、私に勝てた人が出たら教えてもいーの?」
「い、いいと、思う! フードコーナーへ、ナイスなお誘い……ヘヒッ」
「まあそうだな。しかし、相変わらずだなベルノ」
「うん! 私、食べるの大好きだけど、食べさせるのも大好きだもん!」
「だからって、コレはあんまりだろうがよ……!」
言いながらボーゾが指したのは、このボス部屋の有り様だ。
入り口側を除いた三辺。その全てで、うどんが茹でられているのだ。
おかげで部屋の中は湯気が立ち込めていて、一気に肌が潤いそうだ。
「ボス部屋にたどり着いたと思ったらうどん屋でした、とか力が抜けるにも程があるだろうが!」
「いーでしょ? 今日はね、フードコーナーのおうどん屋さん出張所。美味しいよ? 食べる?」
「話聞いてんのかお前ぇ!? って、のぞみも素直に受け取ろうとしてんなよ!?」
「ヘヒッ?! だ、だって、お昼……まだだったし」
ツッコミに身を震わせながらも、のぞみはベルノの差し出した釜玉うどんに箸をつける。
この素直な食欲の顕れは、欲望の魔神としては呆れつつも受け入れる他なかった。
「てかベルノ、今日のダンジョンに徘徊してるひやむぎやうどんどもの出どころはまさか……」
「うん! おすそ分け、っていうか試食に出してるよ! みんな食べられたくてウズウズしてたからね!」
堂々と言い放ち、自身もうどんをすするベルノ。
その欲望に正直な有り様には、ボーゾも頭を抱えるしか無かった。
「さっき見たチームはここにたどり着いても、即ひとり脱落だろうな……いや、ここにこれるかも怪しいか」
「ひとり欠けたままで……強行してくる、かも……ヘヒヒッ」
試しにあのパーティーの様子を映して見たところ、うどんに巻かれて脱落したメンバーを欠いた二パーティー四人のまま、ボーナス対象のアーガを捕まえようと追いかけているところだった。
そして彼らはそのまま、警報装置のスイッチを踏んで作動。けたたましいアラームや鳴子を聞きつけ群がってきたモンスターによって、さっきとは逆に追われる形になる。
「……一方的に追い立てている。そう思った時には……こちらの手の内……すでに泥中……ッ!」
しかし探索者パーティーもただでは転ばず、モンスターを引き連れながらもアーガを追う足を止めない。トレインになっても先頭車両役はアーガだ。依然変わりなく。
「へえ、やるもんだな」
罠の決まりぶり。それでも食い下がる探索者。その様子に感嘆しながら、のぞみとボーゾは一杯のうどんを分け合いすする。
「あれ? のぞみちゃんたちは行かなくていいの? おいかけっこしに来たんじゃないの?」
「ああ、それは大丈夫だ。なあ」
ボーゾに言われたのぞみは別の場所を映す。
「のぞみちゃん?」
そうして画面に出たのは、三人組のパーティーに追われて逃げるのぞみの姿だ。
ベルノはそんな画面の中のと、今ここにいるのぞみとを繰り返し見比べて。
「……分身の術?」
「なんでニンジャ?」
首を傾げての答えに、ボーゾが呆れ混じりに肩をすくめる。
画面の中ののぞみの正体は、変装したアーガたちだ。
ただ変装とはいっても、変身魔法で完全に同じ見た目に化けているのであるが。
もっとも、捕獲特典までは同じにしていない。
当然ニセのぞみたちはのぞみのようにトラップを自在に配置する魔法など使えないので、新規のトラップを仕掛けはせず、トラップへ誘導するように逃げるだけである。
「か、階層それぞれに一人ずつ……ダミーで配置してる……へヒヒ」
「本物ののぞみが担当してるのはこのボス部屋直前の一階層で、いまこの階層にはどのパーティーも来てないからな」
ボーゾがそう言うや否や、ボス部屋に軽妙なメロディが流れる。
「あ、お客さんだね」
ベルノが食事の手を止めないままスタンバイを始めたとおり、この音楽はボス部屋に面した最深部への到達パーティが現れたことを知らせるアラームである。
であるのだが、ほぼうどん屋と化している今日のボス部屋に、緊張感のない選曲も相まって、単なるウェルカムメロディのようにしか聞こえない。
「……まあ、いいや。ということはのぞみも出番だな」
この有り様に何か言いたげなボーゾであったが、あきらめたのか吐き出しかけた言葉を飲み込んで、訪れた出番に意識を向ける。
「う、うん……き、緊張するなぁ……へへ、ヒヒヒッ」
「あ、分かってるとは思うが、無理にしゃべることないからな? むしろ口許を隠して黙ってるくらいでいいから」
「わ、分かってる。それに、助かる。けど、ちょっと複雑……ヘヒッ」
「いい感じに笑ってしゃべれるようになりたい。今の状態でもその欲望を叶えてやれなくはないが、あんまりおすすめはできないな」
「な、なんで?」
第一印象改善の可能性に、のぞみは期待の光を帯びた目をボーゾに向ける。
「力業になるから、どんな反動が出るか分からんからな。イロミダあたりの眷族をお前の中に突っ込むってやり方になるんで」
「へヒェエ……」
正直に明かされた欲望を満たす方法に、のぞみはドン引きする。おすすめしないと言われるだけある、明らかにヤバいしっぺ返しの控えた手法である。
「まあザリシャーレに整えさせて、自信と慣れを重ねてくのが穏当だわな」
「う、うん……そうする」
「さて、とにかく行くか。この部屋で会っちまったら笑うしかなくなるからな」
「だ、だよね……じゃあベルノ……い、いってきます」
「はいはーい。いってらっしゃいねー」
うどんを手放さないベルノに見送られて、のぞみはまたスイッチを踏んでワープする。
そうして転移した先は壁の目の前であった。
「おぉ?」
「ヘ?」
そこでのぞみの頭に降りかかる疑問の声。
それにのぞみが顔を上げると、高くから見下ろす男と目があった。
「ボス前エリアでPOPしたぞ! 今度こそ捕まえろ!」
「ヒイイッ!?」
鉢合わせからすかさず捕獲に移る探索者に、のぞみは踵を返して一目散に逃げる。
「逃がすか!?」
見失ってたまるかと、探索者たちははためくマントを追いかけ、掴まえようと手を伸ばす。
「のぞみ! ここは一発ぶちかませッ!!」
ボーゾに言われたままに、のぞみは自分の踏んだ床にトラップを設置。そのまま追っ手に踏ませようと石畳を蹴る。
「掴んだッ!」
「ヒグッ!?」
しかしそれと同時にのぞみはマントを掴まれ、引き留められてしまう。
「よっしゃ! このままボーナスゲット! ついでにぶちのめして経験値もいただきだ!」
「おお! 本物のダンジョンボスだからな! 経験値的にも美味いに違いない!」
確かにこのダンジョンはそういう遊び場であるし、のぞみも倒れたところで怪我はしない。
だがオーナーとして、あっさりとボーナスと経験値になってたまるかと身をよじる。
そうして身をよじり抵抗するうちに、先に仕掛けたトラップを踏む。
そして、爆発!
激しい光と風が、のぞみと捕まえる手を力任せにほどいて分ける。
「ふぎ!?」
爆風に吹き飛ばされるまま、のぞみは受け身も取れずに大の字に倒れる。
しかしこの後ろでは……。
「目がぁ! 耳がぁ!? 鼻ぁッ!?」
刺激物を撒き散らす爆発を受けて、ひとり残らずに悶える探索者パーティーの姿があった。
普段ダンジョン内では痛覚は元より、嗅覚にもある程度の抑制がかかっている。
気持ちよい冒険気分に、過剰な臭いは避けた方がよいと判断したためだ。
しかし今炸裂したトラップ、スカンククレイモアは、わずかな間その感覚セーブをカット。爆発を浴びたものに、ダイレクトに刺激臭をお届けする仕様になっている。
ということはつまり――。
「えふッ! おっふッ!? す、少し吸っちゃった……ヘヒ、ヒィ……」
「お、お前、のぞみなあ! ゴフ! なんでよりによって、エッフ!?」
のぞみたちにも、同じくダメージがあるということだ。
しかし探索者たちとの距離は開き、のぞみたちのほうが被害は浅い。
のぞみは鼻を押さえて涙目になりながらも、この仕切り直しの機会を逃さず、安いターゲットにはなるまいとさらに距離を開けるのであった。