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129:必要だけれども気まずいもの。逃げたくもあり、逃げたくもなし

 倒れたモンスターや地形から得られた資材を詰め込んだリュックを背負い、ホクホク顔のチーム。


 一方で探り当てた宝物庫からアイテムに扮したモンスターに追われ、必死の形相で飛び出すチーム。


 また別のチームはダンジョンの守護神をやっているスーパーロボットに、バーサーク化させたモンスターを擦り付けるという頭脳プレイで見事にやり過ごしたりもしている。


「ヘヒッ……平和に冒険ごっこができてて、なにより……へヒヒッ」


 そんなダンジョンアタックの様子を眺めて、スリリングディザイアの持ち主であるのぞみがホラーなスマイルを浮かべる。


「襲撃やら、とんでもな敵やらで……しばらく、怖い思い続きだった、けど……今は平和……このまま何事もないと、いいなぁ……へヒヒッ」


 繰り返されてきた崩壊世界出身者たちとの抗争。

 先日には物量差にモノを言わせてさっさと目標を達成して撤収して見せたものの、真っ向から押し潰すことのできなかった英雄ケインまで出てきて、のぞみとしてはもう怖いやら心配やらでお腹いっぱいの状況であった。


 そんな抗争で心身ともにバテたのぞみにとって、自分の作ったダンジョンで山アリ谷アリな冒険ごっこに興じる探索者チームを眺めるのは、承認欲求を満たしてくれる癒しであった。


「へヒッ……そうそう。食べようとしてくる子も、なるべく美味しいのが食べたいから……ね。食べられたがりなフードモンスターを誘導すれば……スルー簡単……へヒヒッ」


 また上手いことスムーズに攻略を進めたチームを眺めて、のぞみは満足げにニマニマヘヒヘヒと。


「うんうん。のぞみが楽しんでるのはなによりだ。なによりなんだがな、そろそろ目の前も見ようぜ? 具体的には正面の鏡をよ」


「ヘヒィッ!? せ、せっかく忘れてたのにぃいッ!?」


 胸元のボーゾに言われるままに、のぞみは正面の鏡を見てしまった。

 そこにはもちろんのぞみの姿が映っている。


 ただし異様なまでの明るさを帯びて。


 普段部屋着のみならず、気楽な外出時にまで使う地味色ジャージではなく、白やライトブルーを基調とした爽やかなロングスカートスタイル。

 もっさもさに流れるに任せたボリューミーな黒髪も、丁寧なブラッシングとヘアオイルで整えられ、艶を放つほどだ。


 唯一普段どおりに幽霊じみて青白い顔が浮くほどに、明るくめかし込んだ装いとなっているのだ。


「ヘヒィ!? ら、らしくない! すごくらしくない感じに仕上がってるぅッ!?」


「もう! メイクが終わるまでそっとしておいてくれてもいいじゃないのよ!」


 そんな清楚なお嬢様風味に向けた変身の進み具合にのぞみが動転するのに、衣装とメイク担当のザリシャーレが抗議の声をあげる。


「んー……だってよぉ。この後すぐのコトにのぞみは我慢してるだけで、正直逃げたいって欲望でいっぱいいっぱいなんだぜ? 欲望の魔神としちゃあより強い欲望相手でもなきゃあ、欲望を押し込めての行動なんざ認めちゃならねえ。そうだろ?」


「……そこでどうして胸を張ってドヤ顔で言えるのかしら……?」


「欲望の魔神として、何一つ恥じるところがないからな! 逃げたいのなら逃げてもいい! もっと欲望に正直に、自由に生きたっていいんだって俺はいつでも言うぜッ!?」


 ザリシャーレが頭痛を堪えるようにする一方、ボーゾは親指を立てつつ、さらにさらにと後押しを重ねる。


「あ、ありがとうね……ボーゾ……へヒヒッ」


 逃げても良いと、表にしにくい気持ちを堂々と肯定してくれる相棒に、のぞみは感謝を告げる。

 これにザリシャーレはかすかに眉をひそめてため息をひとつ。次のステップに入ろうとする手を止める。


「でも、私は大丈夫……だから……正直、我慢はしてる、けど……逃げちゃったら、後悔すると、思うし……それは嫌だから……へヒヒッ」


 しかしのぞみは心配には及ばないと、胸元の相棒を指で撫でる。


「……ホントに大丈夫なのかよ?」


「ヘヒッ……しょ、正直……今からでもヤメにしたい……っていうか、バウモールやダンジョン弄ったり、お客さんの探索動画を見ながらごろ寝していたい……けども、ヘヒヒッ」


「そうだろうそうだろう。変に我慢する必要なんざねえって。無理なんかしないでもっと自分に正直になっていいんだぜ!?」


 のぞみが正直な気持ちを吐露するのに、ボーゾはにんまりと腕組み、重ねてうなづく。

 しかしのぞみはその反応を早とちりだと頭を振る。


「……けども、先送りにしてたら……いつまでも安心できない、し……それに、この先のは私一人の欲望じゃ、ないから……求められるトコには、なるべく応えたい、から……スリリングディザイアのオーナー、として……ヘヒヒッ」


「……わざわざアイツらの都合に合わせてやる必要はないと思うがね……」


「ぼ、ボーゾはそう言う、けど……そうしたいっていうのもわたしの欲望、だから……逃げたい気持ちには負けちゃうくらい、だけれども……ヘヒヒッ」


 自分の欲望からの行いであることに偽りはない。

 のぞみが自虐的でありながらもそう主張すると、ボーゾは軽く鼻を鳴らしながらうなづき返す。


「……分かった。お前がそこまで言うんなら、今回はもう止めねえよ」


 聞きたかった言葉を、確かめたかったところをのぞみの口から聞いたからか、ボーゾはあっさりと折れる。

 この素直な反応にのぞみは安堵の息を吐く。

 が、それもつかの間。油断しきったのぞみをよそにボーゾはザリシャーレと目配せを。


「そんじゃ腹が決まってるウチに始めちまうとするか!」


 いきなりなこの合図にのぞみが「ヘヒッ?」と声を上げる間もなく、辺りの景色が変わる。


 染み一つ無い白いクロスのかかった広いテーブル。

 アンティークな燭台にキャンドルを灯して客の着席を待つその横には、シオンの一人が給仕として控えている。


「フッヘッヒィッ!? ちょ、ま……!? そんな、いきなり……ッ!?」


「どうした? 心の準備は出来てるんじゃなかったのか?」


「い、いや……! まぁ……そう、かも……だけどぉ……」


 のぞみは合図も何もなく放り出されたことに動転していた。が、ボーゾにニマニマと先の発言を突かれては何も言い返すことができない。


 しかし視線を泳がせて傍らの飾の欲望魔神に行き当たると、まるで流されている最中に藁を見つけた様に瞳を輝かせる。


「や、準備っていうか、まだ化粧も完成してない、し……早い、早いよ……へヒヒッ」


 見つけた逃げ道を、まだ数分は先延ばしに出来るだろう理由を前に出して、時間を稼ぎにかかるのぞみ。


 しかしこれに対するボーゾは、ニヤリと笑みを深くする。


「化粧ならとっくに終わってるぜ? なあ、ザリシャーレ?」


「ヘヒィッ!?」


 容赦なく叩き落しに来るこのセリフに、のぞみはザリシャーレへ振り返る。

 が、この縋るような目に、ザリシャーレは申し訳なさそうにしつつも、手鏡を目の前に出す。


「フヘヒィイッ!? 特殊メイク……完成ッ!? 完成してたんッ!?」


 ザリシャーレに差し出されたその鏡には、クマも無くて血色も良い黒髪のお嬢さんの顔が映っている。


「そりゃあもう! ホントはじっくり丁寧に仕上げたかったんだ・け・ど・も……」


「サプラーイズ」


 ザリシャーレから苦笑を向けられたボーゾは、イタズラ大成功とばかりにニンマリ。

 先の目配せはこのため。パートナーを振り回していじり倒すためのものであったのだ。


 時間稼ぎも封じられた形ののぞみは、ひきつった笑みを一つ。

 メイク効果でゴースト感の薄れたそれを映す鏡をまじまじと見る。


「いつも思ってる……けど、今日の出来栄えも……お見事、お見事……にござる……ほぼ、ほぼ別人……ヘヒヒッ」


 出来上がった仮面が崩れると恐れて、のぞみは化粧を施した顔に手を出そうとはせずに、鏡の前で首を巡らせ角度を作りつつ、出来栄えを絶賛する。

 が、褒められた当のザリシャーレの返事は、ため息混じりの半笑い。


「何度も言ってるけど、土台を埋めるほどのメイクはしてないわよ? 元の良さを塗り潰すようなやり方は変装用のメーキャップの時にしかやらないんだから」


「い、いやいや……普段の私を知ってる人……から見たら、この出来は……ほとんど、変装……へヒヒッ」


 しかしのぞみはザリシャーレの言葉に、またまたご冗談をとばかりに笑って返す。


「……どうしたら自分の顔やらなんやらの、素材の良さを信じてもらえるのか・し・ら?」


 頑ななまでの自信の無さに、ザリシャーレはため息をもう一度深々と。


「ふん? 自信の溢れたのぞみか……悪くないが、らしくなさすぎて逆に不気味だな」


「だ、だよねー? へヒヒッ」


 これにオーナーコンビは、ドヤ顔で気付けと化粧の完成した姿を自慢するのぞみの姿を想像してか、揃ってあり得ないと笑い飛ばす。

 そんなのぞみとボーゾに、ザリシャーレは困り笑いをそのまま肩を上下させる。


「……そこまで自信満々になって欲しいなんて言ってないわよ。口ではホントに? とか言いながら、実はちょっとその気になってる、くらいで、ね?」


「ヘヒッ……そ、それくらいは……み、身内に望まれたらば、やらなきゃならない……かな?」


「スリリングディザイアのオーナーとして?」


「そう、オーナー……として……へヒヒッ」


 のぞみはうなづき、密かに拳を握る。


「まあそう言うんなら、頑張んないとな。お前の欲望のためにも」


 その言葉にヘヒッとのぞみが顔を上げれば、転移ゲートを潜って部屋に入ってきた男女三名の姿がある。


 スーツにドレスに制服と、揃って身なりを整えたその三人とは、亮治に和美、将希の手塚親子であった。


 そう、のぞみが逃げ出したり先送りにしたがっていた用事とは、先日救出を果たした両親から持ちかけられた、家族そろっての食事の誘いであった。

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