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126:新たなる魔神と化して

「なあ少年。まさか正面きって俺と戦うつもりじゃないよな? 違うよな?」


 杭を向けられたケインは、自身の剣を揺らしながら立ちはだかる姿勢の将希に問いかける。

 やれやれだと全身で語るその姿からは、実力差を理解できずに、勝ち目の無い勝負に挑もうとする相手への憐れみが漂っている。


 強者ゆえの上から目線。

 しかし将希は見下されて苛立つ事も臆する事も無く、ただ真剣に得物を向ける。


 立ち向かう意思を曲げない将希の態度に、ケインはこれ見よがしにため息をつく。


 そうして両者がにらみ合っている間に、のぞみは奪われて中断していたサンドラの触診を再開する。


「おっと。サンドラはこっちのだ。くれてやった覚えはないぜ。ないよな?」


 ケインがその動きを見とがめて踏み込もうとする。

 それに将希はボウガンを一発。

 胴に向かうそれはしかし、青い装甲に正面からぶつかり砕ける。が、同時に英雄はバランスを崩す。


「なにがッ!?」


 よろめく英雄の足元。そこが砕けて沈んでいたのだ。

 ケインが踏み込みの加減を見誤ったのか。

 まさかそんな訳はない。

 ダンジョンマスターたるのぞみが後出しにトラップを仕込んだのだ。


 そうしてできた隙に、将希が突撃!

 突き出した杭をケインがとっさに剣で受ける。が、弾け伸びての二重の突きが強引に守りを押し込む!

 落とし穴にガッチリと足を掴まれたところへの衝撃にさしものケインも耐え切れずに倒れる。


「おおっと! これ以上は、ね」


 英雄の実力を信頼してか、それまで傍観していたオルフェリアが手下のアンデッドをフォローに差し向ける。

だが屍戦士たちは将希に襲い掛かるよりも早く、横合いから差した輝きが焼き払う。


「ぎゃんッ!? ま、眩しぃいいッ!?」


 それは密かに近づいていたゲッコー忍軍の投げ放った閃光弾によるもの。太陽の光の波長をもつ光を放つ目くらましアイテムの効果だ。


「ぐぅ……ッ! よ、よくもッ!?」


 当然死霊術師と言っても、アンデッドモンスターでないオルフェリアには本来の目くらまし以上の影響はなし。

 しかし、彼女の下僕である死霊の類は、これでほぼ完璧に封殺できた形になる。


 その一方、罠にはまった英雄を脱出させないよう、絶え間なく突きを繰り返す将希。


 そうして時間を稼ぐのを将希たちに任せて、のぞみはようやくサンドラの治療に集中する。


「抜かれたものが……ひどい、から……ど、どうしたら……?」


 命に直結した決定的なもの。それを奪われ虫の息になったサンドラに、のぞみは焦燥感も露わに手立てを探っていく。


「足りなくなってるってんなら、別のモンで埋めてやればいいだろ?」


 何を迷う必要がある。

 そう不思議そうに首を捻るボーゾが言うとおり、奪われたその分を補うのが一番確実な方法だろう。


 だが、その奪われたものというのは、サンドラのかつての世界の思い出を刻んだ魂なのだ。


 それを取り戻さずして、別のモノで補ってしまって、果たしてサンドラを回復させたことになるのだろうか。

 いや、なるまい。


 それがのぞみに見えている方法を取るのを躊躇わせる。


 それをケインは将希の攻撃を凌ぎながら見ると、苛立たしげに歯ぎしりをする。


「おい、そこの! サンドラを早く俺に返せ! 消えちまう。無くなっちまうだろ!?」


「ふざけるなよ! お前ッ、サンドラさんを、仲間を食い殺すんだろうがッ!?」


 将希は杭と共に声を突きだして、ケインの言葉を遮る。

 しかしこれにケインは将希の繰り出す鉄杭を弾いて叫び返す!


「一時のことだ! ずっとじゃない! 俺が力を完全に取り戻せば、復活させてやれる! 前よりも強く、半分モンスターみたいなのじゃなく、完全な人間としてッ! そのためにも、吸い取り損ねた分も取り込まなきゃなんだよッ!?」


 この叫びを、ケインの本音を聞いて、のぞみはサンドラの治療に踏み切った!

 かつては異世界で英雄ともてはやされた男の、仲間の命を、思いを寄せてくれる女の心を軽んじた本心に、任せたくないという欲望が燃え上がったがために!


「生かすために……今のサンドラさんを生き残らせるために必要なの……それは、欲望……ッ!!」


 魂の大半と共に抜き盗られた想い人に向けた心、再会したいという欲望。

 命を支えていて、今体内から失われたそれに代わり補うには、やはり欲望しかない。


 ケインと出会う前から持っていたためか、多くを奪われてなお残っている戦闘にたいする欲求。

 剣術に対する探求心。理不尽に折れず、理想の自分を体現する力を求める心。


 のぞみはそんなサンドラの心に残っていた欲望を膨らませるため、力を注いでいく。

 それに伴い、サンドラの体が生きる意欲を取り戻していくかのように、温もりを放ち始める。


「おいおいおい。新しい欲望の魔神でも作るつもりかよ?」


「ヘヒッ……新しいって言っても『闘争欲』の魔神なんて、すでにいそうなモノ……だけど、ヘヒヒッ」


 順調に回復していく様子に余裕を取り戻したのか。のぞみはからかうようなボーゾの言葉に、引きつり笑いを添えて返す。


「まあそうだな。確かにいたことはいたぜ。闘神タタッカラソってのがな。まあ、どっちかってーと戦いの興奮に酔うに任せて戦えってな脳筋で、ケインたちに打ち倒されてるがな」


「……ギリシャ辺りの、主神様、と正妻様の息子の片割れ? かな? へヒヒッ」


「あー似たような神の出てくる神話があるんだったっけか? まあそいつの後釜になるようなのになるんじゃねえの?」


「お、おんなじ神話の感じ、のなら……女神様、のが……いいなぁ、なんて……ヘヒヒッ」


 そんな風にのぞみとボーゾがのんきに話をしている間にも、のぞみの影をゲートにして、妨害をもくろむシャドーゴーストが這い出そうとしてくる。

 が、のぞみの髪から伸びた黒腕が妨害に出てくるものを片っ端から掴んで、別の空間へ引きずり込む。

 そうして妨害を受け付けること無く進んでいく治療に、ケインは全身からオーラを吹き出す。


「うぐわッ!?」


「サンドラを魔神になんてさせるか! させねえよッ!!」


 爆発的に膨らんだオーラに、将希が地形もろともに吹き飛ばされる。

 そして拘束を解き、邪魔者も押し退けたケインは自分のモノを取り戻そうとのぞみへ走る。


「返してもらうぞッ!!」


 突撃のまま気合一閃。

 しかし響いたのは鋼と鋼がぶつかり合う固い音。

 その音の源は交差する刃。

 ひとつは英雄の剣。

 そしてもうひとつはヒヒイロカネのロングソード。


「ヘヒッ、サンドラさん……!?」


「心配をかけたな、のぞみ殿ッ!」


 そう。息を吹き返して立ち上がった、サンドラの愛刀の片割れである!


「サンドラ……!? くっそ! 間に合わなかったかッ!!」


 勢いをつけた剣を微動だにせずに受け止めてのぞみを庇うサンドラの様子に、ケインは悔しげに顔を歪ませる。


「そちらは……敬意を表するに価する剣の使い手のようであるが、ずいぶんと馴れ馴れしいな」


「なに!?」


 対するサンドラの口振りに、ケインは豆鉄砲を食った顔になる。

 初対面のように振る舞われるとは、予想だにしていなかった反応なのか。完全に虚を突かれた風のケインに対し、サンドラは重ねた剣にさらに逆の曲刀もぶつける。

 この衝撃に宙へ舞い上がったケインへ、サンドラが剣に乗せて放つオーラと、のぞみのトラップがたたみかける。


 しかし、伊達にファンタジーの世界の英雄と呼ばれたわけではないというべきか。ケインは空中で身を翻すや飛び迫る刃を叩き払い、迎え撃ちに飛び出すスパイクやブロックを踏み台にしてしのいで見せる。


 そうして着地し、閃光弾の呪縛から解放されたオルフェリアと合流。

 のぞみと、サンドラへ剣を向け、油断なく構えを取る。


「おい、ちょっとどういうことだよ!?」


 立て直していたらしい将希が慌ただしくのぞみたちの所へ駆け寄る。

 血相変えて割り込んできたその様子に、対峙していた両陣は揃って首をかしげる。


「サンドラさんが無事なのは何より。それはいい! けどなんか、記憶が欠けてる感じじゃないか!?」


 つまり将希は、最近の自分との記憶もサンドラが無くしてしまっているのではないか。そこのところが心配で、いてもたってもいられなかったのだ。


「魔神なんかにしてしまうばかりか、記憶を塗り替えるだなんて、何てヤツ……ッ!?」


「いや、奪った張本人が何言ってやがるのか」


 歯噛みし、剣を握り込むケインを、ボーゾは冷ややかな視線と言葉でばっさりと断ずる。


 一方、渦中のサンドラは周りの反応に置いてけぼりを食らって首を捻る。

 しかし正面から不安げに見つめてくる将希には、柔らかな笑みを向ける。


「心配ないぞ、将希くん。こちらはなんの異常もない! それどころか、不覚を取る以前よりも調子がいいと思うくらいだ!」


 サンドラがきちんと将希の事を認識しているその様子に、将希は頬を緩めて胸を撫で下ろす。


「クッソ! 俺が全部を回収し損ねたのをいいことに、自分たちの事で埋め込んでまんまと成り代わったってことかッ!!」


 対して悔しがるのはケインの方だ。

 たとえ記憶がまっさらになったとしても、横やりが無ければまた奇跡の出会いを経て心を引きつけることが出来ると信じていたのだろう。


 そんなバカなことがあり得るはずもないが。


 しかし本気で言っているらしいケインに、サンドラは不快気に眉をひそめて刃を振るう。

 そしてうなりを上げて飛ぶオーラの刃。

 真っ向正面からのそれは、ケインに叩き落されてしまう。


 それによって意識を向けてきたケインに対し、サンドラは鋭い切っ先と眼を返す。


「そちらが何者かはこちらは知らない。覚えていない。だがそうなって、忘れてしまえて良かったと思う。呪縛から解き放たれたような気持でさえあるぞ!」


 決別の意思を込めた言葉に、ケインもまた殺気立った目を返すようになるのであった。

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