122:拗らせ系量産家庭とか言われてもなんもフォローできねえ
うずたかく積もった鉄クズの山。
見るからに錆臭い塊が壁をなすその合間に、硬く鈍い音が響く。
「ふん!」
続く気合の息と、それを引き金にした爆発音。
その出どころは将希と、彼が抱えてモンスターに打ち込んだゴテゴテな武器である。
バイクと人の混ざりあったようなメタルの怪物を貫いたそれは、メカニカルなパーツから銃のような印象を受ける。
だが崩れるバイク人間から抜けて露になった先端は、鋭く太い鉄杭である。
メタルの怪物を貫きながら、磨かれたそのままの輝きを保つ先端を、将希はうっとりと眺める。
「いいなぁ……これ。最高じゃないか……クヒヒッ」
「そういう笑いは、オーナー殿にそっくりだな」
「うおぉうッ!?」
見とれていたところへかかった声に、将希は慌てて構えを正す。
「何を焦って取り繕う。資金も手間も惜しまずに準備した武器だろう? 見とれるのも無理はないさ」
そう言って将希へ歩み寄るのは、車のゾンビを切り捨てたサンドラだ。
彼女は漏れた油に火花が触れて立ち上がる炎を刃を一振りして吹き飛ばす。
「そういうこちらも、同じ理由ではしゃいでしまっているからな」
そうしてサンドラが満足げな笑みを向けるのは反り身の剣だ。
いわゆる日本刀の拵えであるが、その刀身にはいくつもの木目のような、あるいはぶつかりあう波紋を刻んだかのような紋様が浮かんでいる。
そう、ダマスカス鋼に独特の紋様だ。
「ああ……純粋な鋼でなく、雑多なものを含んだ鋼がこうも鋭く強靭に、美しく仕上がるとは……不思議なことだ。今、こちらが目指す形、それを見せてもらった気がするぞ」
スリリングディザイアの新エリアであるこのメカ墓場。そこから獲得できる雑多な金属の塊。そこへさらにヒヒイロカネを加えて鋳合わせ、鍛造したのがこのブレードだ。
伝説金属であるヒヒイロカネを混ぜたとはいえ、ジャンク山のでたらめにより集めた金属からはっきりとダマスカス紋が浮かぶようになるあたり、そこはダンジョンと言うべきか、のぞみの創造力ゆえにと言うべきか。
ともあれ、この新しい剣の出来映えは、サンドラをおおいに満足させるものであった。
そのままうっとりとブレードを眺めていたサンドラは、ふと我に返って咳払いをひとつ。もう一振りの長剣と共に腰の鞘に納める。
「まあ、こちらもこんな具合だからな。そちらも見事なヒヒイロカネの杭を備えた機械槍を手にしては、はしゃぐ気持ちもわかるというものだ」
「ありがとうございます。しかし、機械槍……ですか、まあ言い得て妙、だとは思いますが」
「む? こちらの言い方がなにかおかしかったか?」
欲望のままに手を出したニューウェポン。それを将希が持ち上げ呟くのに、サンドラは首をひねる、
その疑問に将希は慌てて頭を振る。
「あ、いや! 別におかしいとか変とかじゃなくて、ただ俺はパイルバンカーって呼んでたんで、ファンタジー世界出身だとそんな風に表現するものなんだなーって、それだけで……!」
手持ち杭打ち機を抱えて弁解する将希。その姿に、サンドラは堪えきれないとばかりに吹き出す。
「えっ……と、なんか、俺おかしかった、ですかね?」
「ククク……いや、すまないすまない。こちらも悪気があるワケじゃないんだ」
半笑いに尋ねる将希に、サンドラはこみ上げる笑いをどうにか抑えようとして、また喉を鳴らす。
「ただ、オーナー殿はまったく似ていないし、嫌われていて仲も良くないと言っていたのに、慌てた姿が思いっきり重なったものだから、つい……ね。気を悪くしたらすまない」
詫びの言葉を添えながら、サンドラはどうにか呼吸を整えていく。
「か、重なります、かね? 俺は、似てるつもりないんですけど?」
「違うには確かに違うけれどね。だが、焦ったときに出てくる地金の部分、とでも言うか……まあそちらが言うほどにまったく違うと言うことはないな、とな」
「そう、ですかねー? まー、その辺はやっぱり血の繋がりがあるってこと、なんですかね?」
しかしそんなサンドラに対して、将希は半笑いに疑問型で弱々しい否定の言葉を返すだけ。
のぞみやボーゾ、あるいは魔神たち相手ならば噛みつくか、ふてくされるかするだろう、というかしてきた将希が、である。
「いやでも、俺はもっとしっかりしてるし、ハキハキしてるとも思うんですけどね?」
まったく言うほどにハキハキとしゃべれていない。
だがサンドラは、そんな将希に対して笑みを浮かべたままうなづく。
「そうだな。そうかもしれない。だが、あれでいてオーナー殿は……そちらの姉殿は、なかなかにバカにできたものではないぞ?」
「そ、そう、ですかね?」
やんわりと教え諭すような口調のサンドラに、将希は冷や汗混じりの半笑いを返すばかり。
そんな将希とサンドラの様子を虚空に映し出す覗き窓を、のぞみがつかんで丸める。
「あ、おい! 俺は見てたんだぜ!? あの坊主がガチガチになってるところをよ?」
「ボーゾ様の品の無い冗談はともかく、本当にもう見るのを止めて良かったのでござるか?」
グリードンが運転する車の後部座席。
胸元のボーゾと肩のクノからの監視を続けようとの言葉に、のぞみは長い黒髪を振り回すようにして、否と応える。
「やっぱり、こういうのは趣味が悪いし……へヒヒッ」
途中まで見ておいてと自嘲しながら、のぞみは弟のプライベートを除き見てしまった申し訳なさに顔を伏せる。
「しかし主様。あの将希は姉であるあなたを害しようとしたことがござる。そして目付役に名乗り出たサンドラも協力的にはなってござるが、彼女には彼女の目的があるのもまた事実。示し合わせて謀反を企てないとも限らぬでござる!」
クノが必要なことだと忠告するのに、ボーゾもまた腕組みうなづいて後押しをする。
「そうだぜ。ここは罪悪感を飲み込んで見張るべきだと思うぜ俺もよぉ」
「元締め様は出歯亀をしたいだけでござろうが!?」
「おうともよ! それの何が悪い!」
この罪悪感ゼロの堂々とした開き直りに、クノの追求の目が呆れと諦めで鈍る。
「わ、私の心に、悪い……だから、これまで……へヒヒッ」
しかし一方ののぞみは忠告にも、開き直りにも躊躇せずに、ここまでだと告げる。
対してボーゾはジットリとした目をのぞみへ向ける。
「ほっほーう? それであいつらが良からぬことを企てて、パークの危機を招いても構わないってのか?」
取り除きたい。そう欲している不安があることなどお見通しだ。
そう物語るパートナーの目に、のぞみは堪らず目を逸らす。
そうやって内心の不安を、欲望を肯定して、のぞみは小さくあごを引く。
「そこは……分かってる。見張りもなしじゃみんなも……いや、正直なところ……私だって、不安……だし……だから、ゲッコーが見張りについてるのは、いい……仕方ない……ヘヒッ」
「だったら……」
「で、でもそこまで! それ以上、いけない……!」
しかしさらに引きずり込もうとしたボーゾの言葉を、のぞみは頭を振って遮る。
「だ、第一……サンドラさんが、パークの中で企みの話し合い、なんてするわけが、ない……クノたちの目があること、だって知ってるのに……」
義理もあって共闘は積極的にする。が、それはそれとして目的のためならぶつかることも互いに了解している。
そんな立場でありながら、衝突しようという相手のお膝元で企みの話し合いをするなど、よほど自信過剰のマヌケか。あるいは切れ者のブラフか。そのどちらかだろう。
サンドラがそんなマヌケであるはずがない。
こののぞみの主張に、ボーゾもクノも納得の顔を見せる。
「だ、だから……見張りの子をつけて、報告してもらえれば充分……覗き見し続けるなんて必要で、ない……へヒヒッ」
「おっし、のぞみの考えはよく分かった。ってわけでクノ?」
「承知してござる。監視はしても特別に怪しくない動きについては通知しないようにと命じておくでござる! それよりも元締め様こそ」
「分かってるって。とっくに魔神衆全員のぞみの考えを聞いて納得済みだっての」
「ヘヒィ!? は、早すぎ!? ま、まさか、全部、読まれてて……試され、てた!?」
「まあそういうこったな!」
のぞみの推測に、ボーゾはビックリ成功と親指を立てる。
その一方でグリードンやクノは申し訳なさそうな視線をのぞみに送る。
「あうあうあー」
全部が身内である魔神衆の手のひらの上だったことに、のぞみは頭を抱えて丸くなる。
「試すような真似をしたのは悪かった。しかしそう言うだろうのぞみだから俺たちも味方してるわけではあるが、どうしたいのかって欲望をしっかり口に出して相手と自分に伝えるのは大事なことだからな!」
しかしボーゾは丸まったのぞみに包まれながら、また堂々と笑い飛ばして見せる。
「それにしても坊主のヤツ、ずいぶんサンドラに良いカッコを見せたいみたいだな。年上趣味なのか?」
「あーうー……うん……頼りがいのあるお姉さん、とか好み、っぽい?」
話を切り換えにかかるボーゾに、のぞみも渋々ながら丸めた体を伸ばして乗っかる。
それまでを無かったことにしたい。そんな欲望があったので、流れを変えるには渡りに舟ではあった。
「でも年上に限らないで、頼りになりそう……とか、甘えても受け止めてくれそうな相手は……好き、なのかな? 私は、そういうのじゃ無かったから……その分も、ある……かも」
のぞみは両親からは先に生まれた失敗作として扱われていた。
将希からすれば親からの期待を、重圧を自分に集中させた原因であり、頼れる相手とはほど遠い存在であった。
「なんでぇ。結局のところはねじれたシスコン坊やだってことじゃねえかよ」
しかしそんな過去から来るのぞみの自嘲も自責も、ボーゾは一言でばっさり。
「……てか、外に求めてるってことは、坊主にとっちゃ両親だってそういう、弱味を見せられる相手じゃないってことだろ?」
実際のぞみと将希の両親は、子どもたちに期待するだけしてそれをクリアして当たり前、できない方がおかしいと見ている節がある。
そんな正直な印象に、のぞみは頬を引きつらせて目を逸らす。
「まあ……あの人たちは……うん。でも……姉と親相手じゃ、求めるところが微妙に……へヒヒッ」
「違わねえさ。安らぎってもんを家の中に求めてて、それが四人じゃ叶わないから外に欲しがってるんだからよ。そこんとこはのぞみと一緒だよな」
のぞみが遠慮がちにフォローするのに、しかしボーゾはまたも容赦無しに両親を評する。
「まったく、先に生まれたのぞみを勝手な期待でへし折っておいて、次の坊主まで脆く育てるとか、親としてってか、学習能力って点でどうなんだよ?」
のぞみへの対応もあって厳しくなりがちではあるが、現実に則した評価である以上、のぞみには何も言えることがない。
「そろそろ到着ですよ」
そこで運転席のグリードンの渋い声が。
つられて前方を確かめれば、のぞみにとって馴染みのある建物が見える。
紺の屋根に白い壁をした二階建ての民家。
のぞみが育った手塚家の持ち家である。
「正直ヤツらのためにってのは気に入らない。気に入らないが、敵の手駒を落とすのは悪い手じゃないからな」
言いながら鼻を鳴らすボーゾである。が、その実、のぞみが心から願うことを叶えるのに否やはないのである。
「あ、ありがとうね、ボーゾ……へヒヒッ」
「……まあ、仕方ないからな。色々とな!」
そこのところを含めてのぞみが感謝を告げると、ボーゾはわざとらしいまでにふんぞり返る。
のぞみはそんな相棒の照れ隠しに、笑みを深める。だが、不意に身震いをひとつ! 前方の実家に目を向ける。
このただならぬ警戒の色に、ボーゾもまた顔を引き締める。
「どうした!?」
「だ、ダンジョンの……気配……ッ!?」
のぞみが輝く手のひらに目をやり答えたその瞬間、手塚家の建屋が膨れ上がり、彼女らを乗っている車ごとに飲み込んでしまう!