12:ミノムシみたいな私でも、支えてくれるのがいるから
「き、キキキ、緊張、してきたぁあ……ヘキキキシヒヒヒッ」
「ちょ、もう。落ち着きなさいな。今までに聞いたことない笑い方してるわよ?」
いよいよというところでガタガタと震えるのぞみに、ザリシャーレは苦笑しつつ、落ち着くように言って聞かせる。
「そ、そそそそんなこと言われても……だ、大丈夫? 私だいじょうびゅ!?」
「大丈夫大丈夫。ワタシたちの仕上げは完璧だもの。ウケカッセだって、興奮して倒れちゃったでしょ?」
しかし言われて落ち着けたなら苦労はない。言葉を噛むのぞみを、イロミダが背を撫でなだめる。
「今のマスターはどこに出しても恥ずかしくない仕上がりよ。アタシたちが保証する! ダイジョブダイジョブー、ザリーを信じてー」
「オネエチャ……って、そうじゃなくて、二人のことは信じてるけど、でも……」
のぞみがボケにノろうとするくらいには落ち着いたことにうなづいて、ザリシャーレはもう一押しと口を開く。
「平気よ。練習した通りにやればいいんだから」
「……その練習の通りだと、大変なのは俺の方なんだが?」
しかしのぞみに勇気と自信を与えようという言葉に反応したのは、のぞみの肩に乗ったボーゾであった。
「あら。マスターのサポートドールと名乗られたのは、御自身だったと聞かされていますけれど?」
「それは、そうだが……」
「そうだが? まさかマスターを助けるのが嫌だなんて言いませんよね……?」
言いよどむボーゾへ言い詰めるザリシャーレたち。
それを真に受けたのぞみが、すがるような目をパートナーへ向ける。
のぞみまでも巻き込んで逃げ道を塞ぎ、じわじわと追い詰める。このザリシャーレとイロミダの意地の悪いやり口に、ボーゾは苦々しげに歯ぎしりをする。
「そんなことは言って無いだろうが! アシスタントならお前らがやっても良さそうなものを、ってだけだ!」
そしてボーゾはそっぽを向き、吐き捨てるように言う。
しかしそんなやけっぱちな物言いであっても、聞いたのぞみは心底から安心したと安堵の息を吐く。
「いえいえ。主様の役職を奪うわけには参りませんから」
「ええ、ええ。こんなちょっとつついたくらいで気持ちが激しく浮き沈みするあたり、やはりマスターの一番近くでサポートするのは、ボーゾ様でないといけないみたいですしおすし」
そんな二人の主を交互に眺めて、美女コンビはニマニマと笑い続けている。
「あうあうあー……」
「お前らなぁ……」
ぐるぐると目を回すのぞみの肩から、ボーゾは旧世界からの付き合いである部下たちをにらむ。
「ひゃーこわいこわーい」
「目からビームされるー」
しかしサイズの問題か、ボーゾが凄んだところで、ザリシャーレとイロミダの二人は棒読みセリフを吐きながら、両手を上げて見せるばかり。
その明らかにふざけた態度に、しかしボーゾもにらむ以上のことをするでもなく、ただ「ぐぬぬ」とうなるだけであった。
『ご攻略の皆さまに申し上げます! 本日はダンジョンパーク、スリリングディザイアにご来場くださり、ありがとうございます!』
そんなやり取りのうちに、アナウンス担当のアーガ・ハンドレッドの声が響く。
『先だってお知らせしておりました、一般オープン記念の特別ボーナス! 気になっている方はいらっしゃるのでは? え? 罠の対処でそれどころじゃない? 知ったことかあ!』
「ど、どどど、どうしよ、もういよいよ!?」
よその状況など無視して進むアナウンスに、のぞみは忘れかけていた緊張を思い出して、ぷるぷると強張り震える。
そんなのぞみの横顔に、ボーゾは小さな笑みとため息をこぼす。
「ここまできたら、もう腹くくれって。その方が楽だろ?」
「で、でもでも、り、理屈はそうかもだけども!?」
「だから、お前は無理して喋んなくていいんだから。俺に任せろって」
「ぼ、ボーゾ……」
お前は一人じゃない。
そんなパートナーからの言葉に、のぞみの引きつっていた口元が和らぐ。
『……では登場いただきましょう! オーナー、手塚のぞみオーナーッ!?』
「さ、いってらっしゃいな!」
「あ、う!?」
しかしのぞみが温まりほぐれる心の余韻を味わう間もなく、アナウンスは進行。そうして呼び声を受けたザリシャーレが背を叩いて送り出される。
押された勢いでよろめくのぞみだが、二歩目を踏むこともなく、その姿が掻き消える。
ワープトラップ。
その応用で移動したのぞみとボーゾは、バニースーツ風味な衣装を来た実況役の横に出る。
「ご紹介します! 当パークの若きオーナー! 真なるダンジョンマスター! てづーかー、のぉぞぉおおみぃいいいッ!!」
リング入りをさせられそうな勢いでの紹介。
そして今の姿が登録カードを通してお客様方に送られているという事実に、のぞみは背すじが寒くなるのを感じた。
今ののぞみの姿は透けたマントに、切込みのきついレオタード。
髪は黒で豊かで長いところに変わりはない。が、ザリシャーレの手によってハサミや櫛で念入りに整えられている。
そして顔にもまた化粧が施されて、目の下のクマは目立たなく、血色がよく見えるようにされ、普段前面に出ている不健康さを和らげている。
このザリシャーレらの手による変貌はのぞみにとっても感動的なものであった。だがその一方で、本性との乖離ぶりに戸惑いも感じていた。
たとえ美しく飾り変身したとして……いや変身しているからこそ、自己不信に凝り固まった卑屈な自分を知られれば落胆させるだけではないか。
せっかく整えてくれたザリシャーレの苦労を台無しにすることになるのではないか。
そんな不安に、のぞみは己の体を抱くようにマントを握る。
「よ、よろし……」
せめて支えてくれる面々には応えたい。
そんな思いでのぞみは頭を下げるも、声がまるで出なかった。
台無しだ。
仲間たちが苦労して整えたものを、自分がぶち壊しにした。
その悔しさに、情けなさに、そして足手まといと疎まれる絶望の予想図に、のぞみは目を潤ませてうつむく。
「うんうん。よろしくどうぞお客様、手塚のぞみです。と、のぞみは言っている。ちなみに俺は助手人形のボーゾだ。気軽にボーゾ様って呼んでくれな?」
そんな声にのぞみが顔を上げれば、肩の上でふんぞりかえるボーゾの姿があった。
ボーゾはのぞみに目配せをすると、とにかく声を出せというようにジェスチャーをする。
のぞみはそれを受けて、打ち合わせていたことを思い出す。
「……イベン、ト……」
「じゃあこれからのボーナスイベントの説明をさせてもらうな! これからダンジョン内にのぞみたちがうろつくようになるから、それを捕まえろってゲームだ! 捕まえるっていうのは受付で発行したカードを体のどこにでもいいから当てること。きっといいことが起こるぜ? 具体的には換金にボーナスがかかったりとかな!」
「そ、それだけ……じゃない」
「おう! もちろん捕獲特典は換金ボーナスばっかじゃないぜ!? でも、その以外に何があるかは自分で確かめてくれな!?」
のぞみが口に出した言葉の切れ端から、ボーゾが補足、というよりもむしろ完全に代弁するかたちで語る。
これで計画通りに違いないとはいえ、任せっきりにしているのはどうなのだろうと、のぞみは目を泳がせる。
すると手のひらを見るようにとジェスチャーするボーゾと目が合って、のぞみはその勧めに素直に従う。
手のひらの中に呼び出した、トラップその他を制御する魔法の端末。
その中にエントランスホールの様子を映し出してみれば、カードやモニターでのぞみたちの告知映像を見る客の姿が見える。
その顔はイベントで得られるボーナスへの期待にあふれている。具体的に言うと瞳の中に¥のマークが見えるくらいに。
そうであるから、のぞみには不満どころか、注意を払っているのもまれなくらいで、のぞみとしては安心である。
一部ののぞみも見ている層からは、「素晴らしい低身長グラマラス」「その上で恥じらっているのがよい」などという声が出ていて、シャイガール程度に受け止められているようだ。
のぞみとしてはちょっと騙している気もして申し訳なくも思う。が、そのためにみんなが衣装やら髪やらを整えてくれたので、それらが無駄にならなかっただけ良しとすることにした。
「じゃあ……始め、る」
「おう、そうだなのぞみ! それじゃあイベント開始だ! がっつり欲張って挑戦してくれよお客さんがたッ!!」
そのボーゾの宣言に続いて、のぞみは再びワープトラップに乗り、その姿を消すのであった。