119:ドン引きするほどに悪役ムーブをやってくる
「伏せろッ!!」
先頭にいたサンドラの警告。
爆音に負けじと放たれた怒鳴り声に続いて、のぞみは顔から押し付けられるようにして地べたへ。
反発する間もなく地面にうつ伏せにさせられた直後。のぞみの頭上で、いくつもの爆音が一連なりに響く。
「ヘヒィイイイッ!?」
踏み潰すように叩きつけてくる音の波。
これにのぞみは悲鳴を上げながら亀のように丸まって、マジックバリアを全開にする。
さらにとっさに庇護欲の鉄巨神から借り受けたヒヒイロカネの装甲を被って、まさに首を引っ込めた亀そのままに、暴力的な音と衝撃の嵐が過ぎ去るのを堪え忍んでいく。
やがて爆音が収まると、のぞみはもう大丈夫なのかと、泥に汚れた顔を上げる。
そうしてのぞみが見たのは、立ち込める土煙と、それに覆われ霞む女剣士と魔神の姿だった。
吹き飛び抉れて、土煙の元を吐き出させられたらしい荒れた地面。
その中に立つ剣士と魔神たちは、それを起こした破壊の元凶を真っ向から弾ききったのか、皆無事にエリアの奥を睨み構えている。
「み、みんな……へ、平気なんだね……ヘヒッヒヒヒッ」
誰一人欠けずにある背中たちに、のぞみはいつもよりも深く口の橋を吊り上げる。
これを受けてマジックバリアより外側の壁をやっていた面々が、振り返って笑みを向ける。
「ああ、オーナー殿も無事なようで……」
だがのぞみの無事を喜ぶ言葉を口に出したサンドラが、その言葉を半ばに吹き飛ぶ!
「サンドラッ!?」
横っ飛びに空を流れたサンドラに驚きの声を上げたイロミダが、続いてジャンク山へ飛ばされる。
そして声を出さずにいたウケカッセと、声を出せずにいたのぞみの頭上に降るものが!
「ヘヒィイッ!?」
踏み潰しに来たそれが、バウモールの装甲とマジックバリアにぶつかり重々しい音を立てる中、のぞみは甲羅の下で再びに体をちっちゃく丸める。
「う、ウケカッセ……!? 無事ッ!? イロミダも、サンドラさんもぉおッ!?」
殺意ある重圧の下で、のぞみはただ仲間たちの無事な声を求めて声を上げる。
しかしこの悲鳴じみた問いかけに答える声はない。
それだけでなく、のぞみを踏み潰しにかかる重圧がさらに力を増し、バリアが軋みを上げる。
これにのぞみは分厚い装甲の下で丸まりながら、手のひらに展開したコンソールを操作する。
「ど、どうにか……どうにかしない、と……ッ!」
「焦るなよ、落ち着けのぞみ。庇護欲の力を上乗せしたバリアは強い。これをひっくり返すのにどうするのがいいか、慌てず考えろ」
「ヘヒッ……わ、分かってる」
自分が生き延びる。
仲間たちを永らえる。
そのために逸るのぞみの手は、ボーゾに諭されなだめられながらも震えが止まらない。
「だから焦るなって。掴むもんが棒か玉か、でかいのか小さいのか。それも分かんないでどうやって出す手を決めれるってんだ?」
そこへ重ねての助言。
この落ち着いて穏やかな声音に、のぞみは手を止めて大きく目を見開く。
「……く、クノ……ボス部屋の様子を探って欲しいけど……行ける? かな?」
そして肩に掴まったヤモリくノ一へ問いかける。
するとクノはハ虫類の顔をハッキリと上下させて主人に応じる。
「もちろんでござる主様。御下知とあらば、このクノ以下ゲッコー忍軍命を賭して!」
「ヘヒッ!? そ、そういうのは、いいから……ッ! 安全第一……確実な、情報のお持ち帰り……ヘヒヒッ」
「承知! しからば御免!」
復活できても命は大事に。
この変わらぬのぞみの方針にちゃんと従ってくれるのか。
いまいち分からないしゃちほこ張った返事を残して、クノは装甲と地面の隙間からのぞみのマジックバリアを出て、目になりにいく。
それを見送ってのぞみは手のひらのコンソールを操作。片目の前に小さなウインドウを展開する。
「よかった。みんな、無事……ヘヒヒッ」
鉄塊の下を抜けてまずクノが探し当てたのは、ウケカッセやイロミダ、そしてサンドラの姿であった。
爆撃からの強襲を受けて吹き飛ばされていた彼らであったが、今は分散して浴びせられる砲撃をかわし、凌いでいる。
のぞみはまず仲間の無事を知りたいだろうと、情報を送ってくれたクノの気づかいを、のぞみは満面の笑みで讃える。
しかしその直後、砲撃の出処をクノの目が捉えるや、のぞみの顔が強張る。
重機の残骸を寄せ集めた巨大な鋼の人型。
その上体から所々に突き出た砲門から、次々に魔神たちやサンドラへ向けての砲撃が放たれている。
そして同時に歪に分厚く重々しい足の片割れが、のぞみを守るバリアを踏みつけているのだ。
大規模な攻撃を行えばのぞみを巻き込みかねない狡猾な位置取りである。
だが今戦列に加わっているメンバーならば、のぞみを傷つけることなくジャンクの巨人を押しのけることは出来るだろう。
ではのぞみが絶句する理由とはどこにあるのか?
それはジャンク巨人の上半身。その天辺にある。
胸の中心部から突き出た縦長のドーム。
ジャンク品だけで構築された巨体の中、ただ一か所だけ透き通ったガラスで作られた首と一体化した頭部。
その中に人間が一人閉じ込められているのだ。
その人物とは――。
「そ、そんな……ま、将希……ッ!?」
唇を戦慄かせたのぞみの実弟、手塚将希であった。
しかし、今のぞみを踏み潰し、彼女の新たな身内を蹴散らそうとしている巨人に取り込まれた彼の顔は虚ろなもの。
以前にのぞみを害そうと襲いかかったときに向けた、怒りと嫌悪に染まった顔つきとはまるで違う。
巨人の頭をやっている今の将希は、怒りどころか自分というもののすべてが抜け落ちた脱け殻のようにさえ見える。
カタリナの消滅とダンジョン崩壊から、将希を含めて囚われていた人々は、みな普段の暮らしに戻っていた。
だがやはり、こうして利用されてしまっているということは、平穏無事に日常に帰還を果たしたように見えて、ひそかにカタリナを消して吸収したマキによる紐付けがされていたということだろう。
「なーるほど。コイツはウケカッセでも、いやのぞみを慕ってるアイツだからこそ手出しをためらうって訳だ。こっちの欲を上手いこと突いてきてくれやがったもんだぜ」
感心しきりのボーゾがつぶやくとおり、自分の意思で敵対してるでもないなら、手塚家の面々に、のぞみの血縁に魔神たちは手出しができない。
操られているだけならばのぞみにとっては倒すべき敵ではなく、救わなくてはならない相手である。そしてのぞみにとってそうである以上、魔神たちにとっても変わらない。
仮にもろともに蹴散らすことが出来たとして、欲してない行動に欲望の魔神がどれほどの力を乗せられるのか。
魔力を放とうとして、ゆるっと煙を吹き出す程度が関の山だろう。
「まったく脱帽するしかないくらいに効果的な手段を使ってくれやがる。思いついたからってマジに実行する辺り、人間ってやっぱすげえぜ。欲望の魔神の俺が引くくらいにな……っと、感心してる場合じゃあねえか」
囚われの弟の姿に対処に迷うのぞみを見上げてボーゾは頭を振って切り替えにかかる。
「おい、しゃんとしろよのぞみ。お前がどうやって助けたいのかって決めなくちゃあどうにもならんぜ!?」
「ヘヒッ!? どうやって助けたいのか……って、そりゃ……もちろん、無事に無傷……いやかすり傷、じゃなくて五体満足に取り返しのつく程度のケガならオッケー、な感じ……でも、具体的にどうするのかは……ヘヒヒッ」
相棒からの一喝に、のぞみは自分の希望を手元でこね回しながら、しかし具体的な形が出来上がらずじまいで眉を下げてしまう。
「おいおい、何を言ってやがる? それこそお前が適任じゃあねえか、傷つけないで動けなくするのにトラップ以上のモンがあるのかよ。ダンジョンマスターでトラップマイスターよ?」
この一言で、のぞみの顔にいつものへヒヒスマイルが浮かぶのであった。




