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116/154

116:食客でも手放すつもりは無かったりする

 白銀一閃!

 錆びの浮いた鋼の腕、クレーンアームに一筋のきらめきが走る。

 直後、くたびれていながらも力強さを備えた巨腕が、大木が伐られるように倒れる。


 その重みが地面とぶつかり、重々しい衝撃が響くのに続いて鍔鳴りの音が鳴る。


 音の出処は黒髪の女剣士の腰。サンドラが吊るした剣の鞘から。

 涼しげに鳴くその口と鍔には煩わしくならない程度に飾りが施されて美しい。


 そんな剣と、その刃と技が形作った鏡のような断面を見比べて、サンドラは笑みを浮かべる。


「うん……それなりに時間をかけ、よく練り上げて作っただけあって、こちらの技に良くついて来てくれる」


 満足げな笑みとつぶやきと共に、サンドラは飾り鍔から柄にかけて撫でる。


 そのまま鼻歌でも歌い出しそうな様子である。が、どういうわけか彼女の笑みは引きつり始めて、とうとうため息を吐き出す。


「……いいかげん、警戒を解いてコアを持って行ってはもらえないかな、オーナー殿?」


 サンドラが頬を引きつらせた原因は、のぞみであった。

 彼女が呆れ半分に目を向けた先では、いくつものマジックコンソールを展開して敵性反応を探り続けているのぞみがいる。

 もうこのダンジョンのボスは切り倒し、コアが地面に転げ落ちているにも拘わらずである。


「ボス退治も終わったのだから、コアも早く回収した方がいいと思うのだが?」


「いや、でも……警戒解いた、そのとたんに、サンドラさんグサーッ! とか、コワイ……ヘヒッ」


「カタリナの件があったから、か……」


 のぞみが警戒を解かない理由に、サンドラも剣をいつでも抜けるように手をかけ警戒心を滲ませる。


「ヘヒッ……カタリナを刺した時に言ってた、あの言葉……が、どうしても、気になって……」


「復活する英雄の一部になる……だったか。まあ、無視はできない話だよな」


「で、でしょぉー?」


 同感だと腕組みする胸元のパートナーに、のぞみは不気味スマイルを深くして繰り返しうなづく。


「確かに、未だあちらも行方をくらましたまま……いつ何を仕掛けてくるか、警戒するに越したことはない。そこのところはこちらも異論はないよ」


 カタリナのコアを取り上げて消えたあの後、巻島マキの行方をスリリングディザイア側は全くつかめていない。

 カタリナが捕まえていた人々については、放り出されていたのが見つかったので、救出を急ぐ必要も無くなった。

 しかし同時に利用されていた間の事は全く覚えておらず、マキ側が再接触する気配も皆無。こんな具合で追跡の手がかりになってもらうこともできなくなっていたのだ。


「しかし油断はできないというのは同感だが、こちらとて不意打ちひとつでやすやすと遅れを取るほど鈍い刃ではないつもりだぞ?」


「ヘヒッ……!? し、信頼してないわけ、ではなくて……へヒヒッ」


「分かっているさ。一度は剣を向けた。そんなこちらを心配してくれている、ということは」


 その場で跳ねるようにして慌てて弁解に入るのぞみに、サンドラは笑みを向ける。

 これを受けてのぞみは豊かな胸に手を乗せて、深々と安堵の息を吐く。


 そうしてようやくコアの回収を行うのぞみの背中に向けて、サンドラは口を開く。


「で、剣を向けたその時よりも技の鋭さは増しているのだから、心配のさじ加減は間違ってくれて欲しくないモノなのだが?」


「ヘヒィイ……む、難しいけど……やって、みる……いや、やるよ……? へヒヒッ」


「……そこで疑問型になったり笑いが入るクセも直さなきゃだな」


 コアの回収によってダンジョン化が解除。大型重機の駐機場に辺りの景色が変化していく。

 そんな中でのボーゾの容赦ないツッコミに、のぞみは冷や汗を垂らしつつの引きつりスマイル。

 そして逃げるようにザブザブと視線を泳がせた先に、サンドラの帯剣に行き着く。


「と、ところで……鋭いって言えば、サンドラさんの剣は、らしくないくらい、鋭い……ですよね?」


「……らしからぬ鋭さ、とは?」


 無理矢理な話題転換に出た言葉に、サンドラの目が鋭くなる。

 この不快感をにじませた視線に、のぞみは慌てて、違う。そうじゃない。と頭を振る。


「や、その……らしくないって言っても、悪い意味でなく……むしろ、誉めてるつもり……へヒヒッ」


「ようするに、らしくないってのはサンドラにかかってる言葉じゃねえってことだろ?」


「ヘヒッ! そう、そういう……ことッ!」


 要領を得ない弁解をしていたのぞみは、ボーゾからの助け舟に飛び乗る。


「剣は、思いっきり叩き割る感じ……なのに、スッパスパのザックザクに斬れてる、から……ヘヒヒッ」


 のぞみが言うように、サンドラが使っている剣は、地球で言うところの西洋剣の型である。

 刃物ではあるが、その刃はあくまでも破壊力を効率よく伝えるための楔であり、イメージされるほどに切れるものではない。


「なるほど、そう言うことで……」


 仕切り直しの説明でようやく得心が行ったとサンドラは剣呑な空気を収める。


「確かにオーナー殿の言う通り、こちらの使う……というか、こちらの世界の、暮らしていた地域で普及していた剣というのは、重みや勢いでカチ割るタイプの物ばかりだった。だったが、そこのところはこちらの技というものでな」


 言いながらサンドラは鞘に納まった剣を抜き、のぞみに良く見えるようにと掲げて見せる。


「こちらの場合は、さらに刃を重ねているのだ。こういう風に……な!」


 そしてサンドラがわずかに力む。すると抜き身の白刃が更なる輝きを放つ。


「おお……オーラ、斬りッ!? へヒヒッ」


「うん? なんか独特な言い回しだが……まあそんなものだ。師は気剣法と呼んでいたが、生命エネルギーの刃を重ねて威力と強度を高め、触れ得ぬモノを斬る。そういう技だ」


 オーラを纏った剣にのぞみがテンションアップ。

 サンドラはそれに引きつつも、自分の技を解説する。


「おいおい、良いのかよ。自分の技のタネ明かしなんかしちまってよ?」


 ニヤリと挑発的な笑みを浮かべて尋ねるボーゾに、サンドラもまた強気な笑みを返す。


「構わないさ。これぐらいは基本の基本。こちらの応用の如何でどうとでもできることだからな」


「ほっほう? そいつはつまりあいつの、英雄君の復活を諦めちゃいないってことか?」


 挑発的な笑みを深くして確認するように問うボーゾに対して、サンドラは微塵の躊躇もなくうなづく。


「当然だ。あちらには確実な方法があるようだが、到底協力できるものではない。だがこちらの願いは願い。まさかそこへ待ったをかける欲望の神ではあるまいな?」


「もちろんだ。ウチのパークに欲望を否定するような奴は誰もいねえさ」


 挑発し返すサンドラに、ボーゾは機嫌のよい笑みさえ浮かべて、彼女の言い分を全面肯定。

 しかしその直後に笑みはそのまま。ギラリとした眼光をサンドラへ突き付ける。


「たーだーし、俺らは俺らの欲望優先だから、こっちを台無しにしようってのを応援するつもりがあるやつも一人としていねえがな」


「当然だな。こちらの勝手をそちらにおんぶにだっこしてもらうつもりもなければ、そちらに遠慮してもらうつもりもない。これまでと何も変わらない」


「おう。俺らの勝手とお前らの勝手。都合が合えば手を貸すこともありだが、合わねえんならそれだけのことだぜ」


 釘刺しへのサンドラの反応に、分かっているのなら構わないとボーゾは満足げに返す。


「しかし……おんぶだっこにされるつもりはないと言いながら、現状はシャンレイと共に衣食住で完全に寄りかかってしまっているのだがな」


 苦笑交じりにサンドラが自嘲するその通りに、今のところは先の戦いで確保した女武道家シャンレイと共に、スリリングディザイアに保護されている形である。


「い、いやー……そのあたりは、食客……っていうか、剣客っていうのもあるし……ヘヒヒッ」


 腕前を買ってのこと。だから気にすることはないと、のぞみがフォローを入れる。

 それにサンドラは小さく礼を返す。しかしすぐさまにはっきりと首を横に振る。


「……だが、仮にお抱え探索者扱いだったとしてもだ、動いているのはこちらだけ。割り切れず、立ち直れずにいるシャンレイは無為徒食もいいところだ」


 今の自分が、かつての世界と共に滅びた自分の影から作られたダンジョンボスに過ぎない。

 作り手だという巻島マキから告げられたこの事実に、シャンレイは打ちのめされたまま、スリリングディザイアに引きこもっている。


「それは……知らされた話からすると、仕方のないこと、だと思う……」


「重ね重ねかたじけない。しかし、こちらとしては申し訳ない。せめて借家でも住まいを得て、こちらがシャンレイを引き取るべきかとは思う……家事をしなくてはならなくなれば、いくらか気の紛れるところもあると思う」


 借り分を減らして、自分の引け目を何とかしたい。

 戦友に気分転換の機会を増やしたい。


 そんな欲望から出た言葉に、のぞみはサンドラの思い通りにさせるべきなのではないかと考える。


「おっとおっとおっとぉ! 待った待った、そいつはダメだ。ダメだぜ二人とも!」


「なぜにッ!?」


 しかしそんな内心を見透かしたかのような――否、実際に欲望を感じ取っての事だろうが――ボーゾの制止に、のぞみもサンドラも声を揃えて聞き返す。


「なぜかって? あの女がカタリナに持たせたコアを回収したみたいに、せっかく生かしておいてるお前らを刺しに来そう。これがひとつ。そんな回収されたお前らを利用して、ウチの城にいらん危険を招きたくない。これがひとつ。で、世話になってる負い目と義理でがんじがらめにしておきたい。ってのがもうひとつだぜ」


「……さ、最初のひとつ目は、同感……だけど、そこから先ので……良い話感どころか、思惑も全部、台無し……へヒヒッ」


「あり?」


 あまりに欲望ド直球な物言いに、のぞみは呆れ笑いを添えて突っ込む。

 魔神たちやアガシオンズが抱えている警戒心を含めた、パークの総意には違いない。

 だとしてもこうも素直にさらけ出しては意味がないだろう。


「いやだがよ。サンドラたちを外に出すってなると、刻印の影響力を強くすることを条件に出すヤツは絶対出てくる……ってか、ほぼ全員が譲らない条件にするだろうよ」


 だがこのボーゾの言葉には、のぞみもうなづかずにはいられない。

 のぞみにとってももっとも大切なのはスリリングディザイアの身内たちで、彼ら彼女らの間に不安を招くのは許容できるものではない。


「……それは妥当な判断だろうな」


 のぞみが苦みばしった顔をしていると、サンドラが諦めたように受容の言葉をつぶやく。

 これにのぞみが顔の苦みを強める。が、サンドラはそれには及ばないと、首を横に振る。


「オーナー殿の心遣いはありがたい。だが、こちらには剣を向けた過去があり、さらにこちらなりの譲れぬ目的がある。こちらの引け目ひとつで無理に崩すには惜しい環境であるのは間違いない」


 サンドラが気持ちの整理をつけて納得している。

 それならば。と、のぞみも顔を揉み解していつものものに戻す。


「さって、そんじゃ帰ろうぜ? ここのダンジョンもコアの回収しか旨味がなかったからな」


「旨味を出すのは私が、これから……だから仕方ない、ヘヒヒッ」


 言いながらのぞみたちがゴーホームと歩き出そうとしたところで、辺りの景色が歪み始める。


「なにッ!? これはまさか……」


「だだ……ダンジョン化ぁあッ!?」


 コアは回収済み。にも関わらずの再度のダンジョン化に戸惑うまま、のぞみたちは広がる異空間のなかに閉じ込められてしまうのであった。

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