115:押せ押せムードだったのに! だったのに!
「おーおー。流石にやるじゃねえか!」
「あーうー……勝手に賭けの出汁に、された……のは、アレだけど……この分なら任せて、安心……へヒヒッ!」
迫る敵の集団。
これを直衛チームの筆頭コンビとして見事に阻む魔神二柱の活躍に、のぞみは安心して防衛を丸投げ。自分の企みに集中しにかかって――
「あ、マスター! 余裕があったらアタシにステージちょうだい! テンション上がる感じの! ライトは自前のがあるから!」
「あー! ずるいずるい! じゃー私も銛が欲しいーッ! ハープーン、ハープーンバルカンするからーッ!!」
「ヘヒィ……わ、分かった、分かったから……」
割り込み注文に入られて、先にそちらに対応することになってしまう。
そんな魔神たちの欲望に応えつつ、のぞみはカタリナ聖堂への対抗計画を進める。
「で、カタリナの要塞に対抗するのにどうするつもりなんだよ?」
種明かしを求めるボーゾに、のぞみはヘヒヒと笑いながら立体マップとして示された割れた球体に手を添える。
「それは……完成を見ての、お楽しみ……といきたいけど、それは無し……かな? ヘヒヒッ」
言いながらのぞみはマップをこねていく。
それにつれてのぞみたちのいるこのエリアが形を変えていく。
「こいつは……このダンジョンを作り替えようってのか? あのぷかぷか聖堂にダンジョンそのものをぶつけようってのか!?」
「そ、そう……ダンジョンにダンジョンで、ぶつかる……! 依然、変わりなく……ヘヒヒッ」
そう。のぞみの考えというのはあくまでもダンジョンで戦う。ということだ。
カタリナが自称する天空大聖堂は、元々彼女が支配していて、のぞみが攻略を仕掛けていたダンジョンだ。
そしてのぞみの備えた力も、そもそもがダンジョンマスター。
自分の領域であるダンジョンを活かして戦うのは、むしろ正道である。
「ダンジョンごとのモンスター化……あ、あんな……やり方、見せられて……専門職としては、その発想はなかった……って感心するやら……先を行かれて悔しいやら、で……ヘヒヒッ!」
嫉妬心を口からさらけ出しての作業。それが進むにつれて、のぞみエリアは穴を塞ぎながら音を立ててトランスフォーム!
「おう? この形は半人……なんだ?」
そしてホログラフに出来上がった形に、ボーゾは首をかしげる。
上部分は多少角のようなものが目立って鬼めいているが、明らかに人型の腰から上だ。
しかし問題は下半分。
人型の上半身を乗せたそれは、二本足ではなく巨大な腕であったのだ!
それはまるでカヌーのように、肘から先を飛ばすタイプのロケットパンチに人が乗り込んでいるかのような形だ。
「こ、このグレートディザイア、は……半人なんちゃらーとか、そういう……固定概念には囚われない、形……へヒヒッ」
相棒の疑問にのぞみは自慢げに笑みを深めながら、自分用のシートに腰を下ろし、御使い人形の迎撃に勤しんでいた皆にも休息の席を用意する。
その一方でグレートディザイアは下半身である大腕のロケットを噴かして、天空大聖堂へ向けて前進。
迎撃の破壊光線をものともせず、右手に握った両刃斧を翼の基部へ叩き込む!
バウモールと生駒、そこへ加えてのグレートディザイア。
この圧倒的な布陣。そこから生まれる安心感に、のぞみはシートにもたれ掛かりながら笑みを深くする。
「ヘヒッ……これで……怪我人が無理したり、危ない目に遭うことも無くなった、わけで……」
「後はカタリナを心が折れるまで叩きのめしてやる。それだけだな!」
「い、いやいやいや……! 救出も、しなくちゃ……! カタリナが養分と兵隊扱いにしてる人たち、の……!?」
「おう! そうだった、そうだったぜ! アイツら、助かりてえって欲望が出なくなるまで吸い尽くされてるからな、うっかりしてたぜ!」
「わ、私は助けたいって欲望、忘れてない……けども!?」
やり残しの指摘に舌を出して誤魔化すボーゾに、のぞみは目を白黒させて突っ込む。
「あんまりボーちゃんのゆーこと真に受けない方がいーよー? 結構てきとーだからー」
「それに、遊びたいって欲望がムラムラしたら、だいたい抑えもせずにやっちゃうものね」
「おいおい。随分とまあヒト聞きの悪いこと言ってくれちゃってるじゃねえかよ!? これでも自重してんだぜ? 十回に一度くらいはよ」
「ヘヒィ!? い、一割ぃい!? 一割だけなんでッ!?」
「おいおい、一割だけじゃねえぜ。一割も、だ。それだけこの欲望の魔神の元締めが思いやって抑えてるんだぜ!?」
「そ、そう考えると……確かにすごい……かも?」
「納得しちゃうんだ!?」
こんな気の抜けた会話が漏れ出ていたのを拾って、カタリナは壁に埋まった体を震わせる。
「この私を相手に……消化試合扱いとはどういうつもりなのですッ!?」
カタリナは軽んじられている憤りに任せて、浮遊聖堂全体から白い輝きを放射する。
広がった光はグレートディザイアやバウモールの装甲を焙りながら紋様を為して連なっていく。
「おおっと。カタリナのヤツむかっ腹立てて大技ぶちかますつもりだぞっと」
「ヘヒッ! これは、ちょっと大人しくしてもらわなきゃ……!」
己を中心に法力の儀式陣を描き始めるカタリナ。
のぞみはこれに、グレートディザイアに斧の二刀流をさせ、猛攻の構えを。
左右から畳み掛ける斧。これをカタリナの周囲に浮いた手のひらが受け、砕かれながらも致命傷を避け続ける。
バウモールたちに対しても外壁の一部を変形。腕として振り回して寄せ付けまいとする。
「勝つのですわ! 私は勝つのですわ! そして生きてあの方と……!」
男と再会する。
その一念でもがき続けるカタリナ。
そしてそんな彼女の執念を受けてか、法力で編み上げた陣がひときわ強い輝きを放つ。
だがそこで、カタリナの胸を刃が貫く。
「へ……ッ!?」
背中側。カタリナが一体化した壁の奥から突き出た刃。
白い粘液の滴らせて生えた鋭いものを、カタリナは呆然と見下ろし、そして濁った吐息と共に白い液体を吐き出す。
「おいおいおい……!?」
「ど、どゆこと!?」
これにはモニター越しに見ていたスリリングディザイアの面々も、現実を受け止め損ねる。
そんな外野たちなど問題としないほどに、カタリナはあり得ない方向から襲ってきた痛みの当事者として、激しく深い混乱に襲われている。
そうして当惑していたカタリナは、背後の壁が崩れたのを受けて振り返る。
「そ、んな……なぜ? なぜ、あなたが……?」
刃の持ち主の顔を認めて、カタリナは絶句する。
なぜならばカタリナを突き刺しているのは、彼女の同盟相手である巻島マキであったからだ。
「おい、確かあれってブラックリスト入りしてた……」
「パークでテロを起こしてる一味の一人が、なんで味方をやる?」
これにはスリリングディザイア側にも少なからず動揺が起こる。
一方で刺したマキは、困惑するカタリナに対して苛立たしげに眉を跳ねさせる。
「なぜもなにも……アンタが邪魔になったからでしょうが!」
「いっぎゃぁあああッ!?」
そして怒鳴り声を浴びせながら刃を捻る。
自然、カタリナから流れる白い液体はさらに勢いを増して噴き出し、激しい悲鳴が上がる。
「彼の復活を進めるどころか、敵を強くするばかりで! だというのに自分が主導気取りで……鬱陶しいったらないのよ!」
「あっが!? ぎぃやぁああッ!?」
そこへさらに刃をかき混ぜる勢いを増して、鬱憤をぶつける。
「い、いくらなんでも……それは、よくないッ!」
マキのあまりにも容赦なく残忍な仕打ちに、のぞみは反感のままグレートディザイアで掴みかかる。
だがそれは、いきなりに割って入ってきた黒い靄の塊に止められてしまう。
「……お遊びダンジョンのマスターか。相も変わらず幽霊じみたツラ構えでいい子ぶって……私が作ったモンスターを私がどうしようが勝手でしょうがッ!!」
くちばしを突っ込まれる義理はない。
この言いぐさにスリリングディザイア側のメンバーは揃って顔をしかめる。
しかし、反応したのはのぞみの味方たちばかりではない。
「い、今……なんと?」
貫かれた胸をそのまま、驚きに凍った顔でマキを振り仰ぐカタリナ。
対するマキは告げられた事実を受け止めきれないと語る女神官の顔に、嘲笑を落とす。
「ああ、教えて無かったものね。アンタはこの私が拾ったダンジョンコアから作ったボスモンスターの一体に過ぎないの。コアの中にあった断片が大きかったからか、完全に生き返ったつもりでね。せっかくだからそのつもりにさせて働かせていたけど、こんな結果しか出せないでガッカリだわ……よッ!」
言いながらマキはカタリナを貫く刃を無造作に引き抜く。
その半ばには串刺しになった光の玉が、カタリナに宿っていたものであるダンジョンコアがある。
「う、あぁ……そ、そんな……」
コアを抜かれたカタリナの体は、端からドロドロと白い粘液となって溶けていく。
それは彼女そのものである大聖堂も、そこから飛び出した天使風味の尖兵たちも同じく。
「心配しなくていい。お前は彼の一部としてその内に復活することになるのだから、本望だろう?」
言いながらマキはカタリナのコアを吸収。黒い霧に包まれて姿を隠す。
そこへバウモールがすかさずに熱線を浴びせるも、吹き飛んだ霧の後には何もない。
置き去りになった形のスリリングディザイアチームには、ただ気味の悪い不安だけが残されるのであった。