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112:魔神パワー・オブ・魔神パワー!

 手指が走る。


 図面を描く光の板の上を。

 光で出来たキーボードの上を。

 ホログラフのマップの中を。


 走る。

 走る!

 走る!!


 駆け回るその手は一対ではない。

 ひとつの体から何対もの腕が延びているのだ。


 群れ成し働く黒い腕たち。その中心にいるのはもちろん手塚のぞみである。


 己の命。

 傍に寄り添い、共に歩く仲間たち。

 それら欲しいものを、手放したくないものを掴み取る。その欲望の為だけにこれまで猛威を振るっていた黒腕を、今のぞみは動くに任せるでなく、完全に自分の手足として制御していた。


「よーし、いいぞいいぞー。しっかり目的を、欲望を頭の中に置いておけよ? その為に必要なものは何でもそろう。それが俺の力だからな」


「う、うん……が、頑張る……へヒヒッ!」


 のぞみにそれをさせているのは、何を隠そうボーゾの魔神パワー。欲し望むところを叶える程度の魔神の力だ。


「いいな? しつこいようだが、心から欲しいものを見失わず、それを思うとおりに手にする。そのために必要な物を求めて……だぞ?」


「い、イエス……心に逆らっちゃダメ……! 選びたい手段も忘れないで……だよね」


 のぞみはパートナーが口をすっぱくしての警告にうなづいて、無数の手を使っての作業を続行。

 その返しの言葉と、安定した作業の様子に、ボーゾもまた満足げにうなづき返す。


 欲望を叶えて満たす。

 欲望その物を司る魔神の力らしく、実にあやふやで幅広く、それ故に都合が良くて強い力である……ように思える。


 だがそこが落とし穴でもある。


 欲するままに叶える。それはつまり強まった欲望を手当たり次第に叶えるということ。

 欲しいもの。そしてそこに至る望ましい過程が定まっていなければ、たちまちにあれやこれやと叶ってしまい、欲望の迷子になってしまう。

 加えて強力である分、必要とする欲望の力も大きい。願いごとが大きく重たくあればあるほど、その代償も相応なものになる。

 そして本当に必用なモノが手に届かぬところで、欲は満たした、さらばだ。とサービスタイムの終了を迎えてしまうことになる。


 さらにその性質上、下手をすれば心の奥底に封じ込めていた表沙汰に出来ない欲望が露わになってしまう。そんなことも充分にあり得てしまう。


 欲望というエネルギーと同じく、強力な反面手綱を取るのが非常に難しい力。それがボーゾの魔神パワーである。


「全部叶えてもらっちまうんじゃなく、自分も役に立ちたいってか、自分も働かなきゃ不安ーなタイプののぞみだからいい具合に使えてるわけで、そうでなきゃすぐさまお終いになってただろうからな」


 誰かに、世に必要とされて生きたい。

 そんなこじらせた承認欲求から、ことさらまっとうさにこだわる。

 それが故に自分の力を使いこなすパートナーに、ボーゾは得意げに胸を張る。


「ヘヒッ……て、照れる……照れて、しまう……へヒヒッ! でも……ボーゾからも、魔神パワー借りれる、だなんて……し、正直、盲点……へヒヒヒヒッ」


「あん? なんでまた?」


「だ、だって……ボーゾからはもう、パワーもらってる、し……もらったから、こそのダンジョンマスター……ヘヒッ」


 のぞみが言うとおり、そもそもの始まりはボーゾが彼女の生きたいという欲望に惹かれてその場に現れたこと。そして、のぞみと手を結んでダンジョンアタックを可能とする力を与えた事である。

 すなわち、ボーゾの魔神パワーというのなら、常時その状態にあるとも取れる。


 パートナーの言いたいところを理解したボーゾはなるほどと合点し、次いですぐさま首を横に振る。


「そう思うのも無理はねえ。が、そうじゃあねえよ。ダンジョンマスター・ジョブはのぞみが元々持ってたモンだ。お客さんの能力を測定して、その結果でファイターだのスペルキャスターだのに分類するだろ? 俺はソコんトコを引き出しただけなんだぜ」


 間違いなくのぞみ自身が持っていたもの。だから誇っていい。認めていいのだとのボーゾの言葉に、のぞみは照れくささから手で仮面を作る。が、しかしその隙間からヘヒヘヒと笑い声はこぼれ出ている。


 その間にも黒腕たちは、のぞみが願うままにマジックコンソールたちの上を駆け巡り、侵攻の手を伸ばしている。


 そう。侵攻である。


 黒腕が掴むコンソール群の一つ、ホログラフマップは下半分のみの半球に、小ぶりな球体が食い込んでいる形だ。

 かたき色をした半球に食い込んだ味方色をした球体は、黒腕が操作するその度に半球を己の色に染め、半球側からの侵食を塗り返す。


 カタリナに弾きだされたのぞみたちであったが、緊急避難用に作り上げた結界を一個のダンジョンとして成立させ、それを隕石のように叩きつけて取りついていたのだ。


「奴にまともに戦うつもりが無いって分かったんだから、こっちも遠慮してやる必要なんかねえからな!」


 そして立体マップでも明らかな、この猛烈な攻勢の様子にボーゾは口の端を吊り上げる。


「イエー! このまんま丸のみにしちゃえーい!」


 見る見るうちにカタリナの領土を塗り替え、食い潰していくその様に、ベルノは拳を突き上げて歓声を上げる。


「そうだな、もうガンガンいっちゃえよ、ガンガンな!」


「でも、焦らず確実に、ですよ?」


 景気の良いベルノの声に続いて上がる声援に、のぞみは半笑いにペコペコと頭を下げて応える。


 その間にも、スリリングディザイア側からの侵攻は順調に進んでいる。

 ホログラフマップ上ではカタリナの半球が先ほどから切り離しを試みている。だがその度に、のぞみ側の球体から伸びた手が即座に握りしめたり、大口を開けて噛みついたりしている。


 そうして離脱が失敗するその都度に、侵攻は大きく前進。

 食いつき始めたときにはのぞみたち側の方がずいぶんと小さかったというのに、今ではもう遜色ないほどに差が縮まってしまっている。

 もはや大きさが上回るのも時間の問題。そして、スリリングディザイアの勝利も。


 だが、そのまま消化試合を順当にこなして、とはいかなかった。


「うっぐッ!?」


「のぞみッ!? どうした?」


「わ、分からないぃい……けど、急に……苦しいぃ……」


 突然に胸を握りつぶすように押さえ始めたのぞみに、ボーゾは息を呑んで定位置である谷間から抜け出して肩へ。

 合わせて自分の魔神パワーを解除。苦しみからの解放に欲望が持っていかれて、むやみやたらに手が伸び出すのを防ぐ。


「マスターッ!? しっかり、マスターッ!?」


「姿勢だけでも何でもいい、楽な方に持ってってやれ!」


 体を丸めるのぞみの介抱は駆け寄ってきた魔神たちに任せて、ボーゾはモバイルサイズのマジックコンソールを抱えて覗く。


 そこには画面が赤く染まるほどのおびただしい警告が。


「なんじゃあ、こりゃあ……!?」


 折り重なったそれらから問題の内容を読み取って、ボーゾは目を剥く。


「のぞみの……ダンジョンコアそのものの異常だとッ!?」


「それってどーゆーことなのボーちゃん!?」


「そんなこと俺が知るかッ!? ベルシエル調べろッ!?」


 そして動転するベルノへ身もふたもない怒鳴り声をぶつけて、本拠地の知識欲に繋ぐ。


『言われずともすでにですなッ! どうもダンジョンコアに厄介なものを……前にひと騒動あったウイルス型モンスターを忍ばされたようですな……自己崩壊を起こすように、力の循環が狂ってるようですなッ!?』


「なんだとッ!? そんなモンがいつ!? どこからッ!? のぞみと直につながってるそっちからとかかッ!?」


『本拠のパーク内に不審な点は無い、ですな! 巻島マキなら変装していても入れないようにはしてるのですしな!』


「ならいい! 原因は置いといてとにかく対策だ! 何とかなるのかよッ!?」


「ボーちゃん自分で聞いておいて……」


「気に入らなかったなら後でまた詫びるから! それよりのぞみを助けてやらなきゃだろうが!? 違うかッ!?」


『狂った循環を整えるように働きかけてはいるのですな! しかし整えた端から別の乱れが出てて……オーナーが作ったカウンター……ウイルスイーターも使っているのですがな、元を断ち切れない状況なのですな! 循環を整えながらウイルスイーターの調整を、となるとこれがすぐには……』


「クッソ! 八方塞がりってことかよ!?」


 焦りからか、ボーゾはらしくないほどに怒鳴り散らして状況の打開を求める。

 その間にものぞみの苦悶は大きくなる。


「……こうなったら俺がのぞみと、コアと融合して整えてやるッ!」


 そんな苦しむパートナーを救うため、ボーゾは腹をくくって飛び込もうとする。

 だがその小さな体を、後ろから伸びたザリシャーレの手が捕まえる!


「待った!? そんなことをしたらボーゾ様は戻ってこれないんじゃあ!?」


「そうとは限らん! それにそうなったとしても消えてなくなる訳じゃねえ! のぞみがどうにかなっちまう方がよっぽどだろうがッ!?」


「だとしても! のぞみちゃんは悲しむよ!? ボーちゃんがいなくなっちゃったりしたらッ!?」


『そうですなッ!? ここは慌てて捨て身になったりせずに、確実な解決策を探るべきですな!』


「それを探ってる途中でのぞみがどうにかなったらどうするってんだッ!? 俺はやるぞッ!! 一度無くした俺たちの世界、それを取り戻してくれたのぞみのために……投げうって惜しいものなんか無えんだッ!?」


 しかしボーゾは制止しようとの説得も聞かず、捕まえる手を振りほどこうともがく。


「だからッ!? マスターの欲望はそれを否定するって、言ってるのに!? パートナーの本気の欲望を叶えようともしないで……それでもアンタは欲望の魔神かぁあッ!?」


『そうですな! オーナーは必ず生かす。欲望は叶える。どっちもやってやるって覚悟は無いのですかなッ!?』


 頑なに手っ取り早く自己犠牲での打開策を取ろうとするボーゾと、断固としてそれをさせじと押し止めるザリシャーレ達。

 ベルノはそんな押し問答と、苦しげなのぞみの顔を交互に見やり、眉根を寄せてうめき声をこぼす。


「うぅー! のぞみちゃん! しっかりして、のぞみちゃん!? 変なモノ盛られたからって負けちゃダメだよーッ!?」


 ベルノの声援に、のぞみの身悶えが大きくなる。

 この反応を受けてベルノは顔を輝かせる。


「のぞみちゃん、頑張って! 私は……他の魔神のみんなも……のぞみちゃんに居なくなって欲しくなんかないんだからーッ!?」


 のぞみに生きていて欲しい。

 そんな自分たちの欲望を、願いをぶつけるようにベルノはさらに声をかける。


「あ、うぅあぁ……み、みんな、が……」


「そーだよー! だから、だから負けないでよーッ!!」


 のぞみを力づけようと、ベルノは重ねて声をかける。

 そこで、スリリングディザイアチームが拠点としている空間に小さな裂け目が入る。


 その裂け目をこじ開けるようにして、天使風味のモンスターが内部へと体をねじ込んでくる。


「クッソ!? こんな所にまで入り込んできやがったッ!?」


 侵入しようとしてくる敵に、魔神や探索者たちは迎撃態勢を固める。


 守りを固め、魔力弾にクロスボウ、投げ斧や投げ槍などの投擲武器でもって侵入者の撃退にあたるスリリングディザイアチーム。


 それらを受けたモンスターたちは、粘液を垂らしてぐったりと穴に引っかかる。

 しかし倒れた同胞をゴミのように押しのけて、あるいは別の裂け目を作って次なる天使風味が侵入を図る。


「キリがねえッ!? こうなったら、のぞみを守るためにもやっぱり……ッ!!」


 自分たちの本丸に完全に手をかけられてしまった危機的状況。これを一気に打開するため、ボーゾはザリシャーレの手を振りほどいてのぞみへ向けて飛ぶ。


「ダメッ!? それは諦めでしか……ッ!」


 慌てて捕まえようと手を伸ばすザリシャーレ。


「ええ。それはさせられませんわ」


 だがその手がボーゾを捕まえるよりも早く、虚空から落ちてきた杖が、小さな魔神を叩き落す。

 しかしボーゾの自己犠牲を止めたそれは、のぞみたちにとっては救いでも何でもない。


「困りますわ。ワールドイーターの中に逃げようだなどと……邪神と言えども、アナタにはまだまだ使い道があるのですもの」


 ボーゾを叩き落し、押さえつけている杖を握っているのはカタリナであるからだ。


「カタリナッ!?」


 自ら裂け目を開き現れた白と金の女の姿に、スリリングディザイアチームは一斉に向き直る。

 が、同時に杖から音が響く。

 波紋のように広がったそれは、この場に満ちた欲望を、生き抜こうとする心を萎えさせる。


 呻き、次々と膝をついて倒れる魔神たちや人々。

 カタリナはそれらを眺めて、満足げに微笑みうなづく。


「結構。これでのんびりと回収できますわ。魔神の力も。この世界最大のダンジョンコア……我々の故郷の断片も」


 欲望を拒絶する杖をボーゾに乗せて封じたまま、カタリナは悠々とのぞみへ歩み寄っていく。

 これにのぞみを抱え支えていたベルノは、力の入らない足を震わせながら、敵に向かって立ちはだかる。


「……お前なんかに……思うがままになんて……!」


「欲望のままに動く魔神が自分を犠牲にだなんて、感動的な姿ですわ。でも無意味ですわ」


 その一言に続いて、ベルノの両手足に白く輝く鎖が絡み付く。

 するとベルノはまるで電撃でも受けたかのように身を震わせ、その場に倒れてしまう。


「あが……が……ッ!? ち、ちから、が……?」


「まだ立ち上がれるようでしたので、直に奪わせてもらうことにしたのですわ」


 倒れたベルノを見下ろして、カタリナは軽く腕をひと振り。

 それに従ってベルノを縛る鎖が、彼女をカタリナの通り道から引きずり出す。


「しかし、邪なる欲望の神々とはいえ、神を名乗るのならば私の悲願を否定しないで欲しいものですわ」


「……ハンッ……それを言うなら、お前の崇めてた秩序の神だって……自分ルールを押し付けるばっかで、人間たちの祈りなんて、ガン無視だったろうがよ……ッ!?」


「お黙りなさいですわ」


 ボーゾの鼻を鳴らしながらの言葉に、カタリナは杖へ手をかざし、その下敷きになった魔神へさらに重圧をかける。


「おぅ……ッ!? ぐぅう……!?」


「余計なことを口走るからそう言うことになるのですわ。口は災いの元……慎みというものを備えるべきですわ」


「へッ……痛いところを突かれた。だから締め上げる……お前らは、どこまで行っても……そういうやり方でしか、まとめられやしねえんだな」


 懲りずに挑発するボーゾに、カタリナは形の良い眉を跳ね上げる。

 だがしかし、ひと呼吸を挟んで気を静めると、余裕の笑みを作ってみせる。


「フ、フフ……口の減らないことですわね? ですがその不遜な態度も、どこまで続けられるか見ものですわね?」


 そう言ってカタリナはボーゾを放置してのぞみへ向けてまた近づく。


 しかしその足を掴むモノがある。


「マスターに、手は……出させない……ッ!!」


 のぞみを守ろうと、力を振り絞ってカタリナの足を止めるザリシャーレ。

 守りたいものを守る。そのために泥臭く這いつくばって粘るその姿を見下ろして、カタリナはつまらなそうにため息を吐く。


「欲望の魔神たちというものは……本当に、無駄で無益なことをするものですわ……ねッ!!」


 懸命なザリシャーレを苛立ちを乗せて蹴散らし、ベルノと同じ白い鎖で縛り上げる。


「もういい加減あなた方にはうんざりですわ! ですがここで元を断ってしまえばそれも終わり! せいせいするというものですわッ!!」


 こうして自分の邪魔をできるものを排除し終えて、カタリナは改めて悠々と欲しいものを求めて手を伸ばす。



「がふぅッ!?」


 だがその瞬間、白と金の法衣を纏った身体が折れ曲がる。

 その原因は彼女の腹部を突き上げる黒いもの。

 黒い拳だ。


「お……ごっ!? そんな……なんで?」


 邪魔するモノはもうない。

 そう思い込んでいた緩みを突いた一撃に、カタリナは法衣の重みに潰されるようにふらつく。

 だが倒れつつあるその体を掴んで支えるものがある。


 それもやはり黒い腕。

 カタリナをはらわたから揺るがした拳とは別の腕だ。


 それらがつながった先。

 そこはもちろんのぞみだ。カタリナを捕まえるのとはまた別の黒腕に支えられて立ち上がった手塚のぞみだ。


「そんな、ありえませんわ!? 病原を受けて……欲望も封じて、立ち上がるなんて……到底、出来るはずもないというのに……ッ!?」


 理解不能の状況に戸惑うカタリナを、しかしのぞみは無言のまま黒腕で持ち上げて地面に叩きつけた!

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