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110:横槍なんぞにやらせるものかよ

「イィヤァアアーッ!!」


 裂帛の声が共鳴し、長柄の先端がぶつかり重なる。


 空気が波立つほどの衝撃が生まれたのはリングの中央。サンドラと女武道家の衝突点からだ。


 槍と棍。両者ともに突きだしぶつけ合った得物をまた同時に引くやすかさず、払い、突き、薙ぎと叩き合わせ始める。


「まさかサンドラ! お前が自分から進んで、先陣きって向かってくるとは思わなかったぞ!?」


「ならば多少はそちらの予想を超えられたということかな? シャンレイッ!?」


「それはそうだとも! 他の誰が離れようと、お前が自分から離れていくと、あたしは思ってなかったぞッ!」


「お前は知らないようだが、先に切り捨てたのは、そちら側だからな!?」


 さばき、逸らし、しのいでと、サンドラとシャンレイは互いに一歩も譲らずに槍合わせと言葉を重ねていく。


 のぞみはそんな二人の様子を見て、自分の谷間へ、そこに収まったボーゾへ目をやる。


「……た、対戦相手の武道家さん……って、サンドラさんと……仲良かった、感じ……? へヒヒッ」


「ああ、そうだな。二人とも前に出るってことで役目としちゃ丸被りだが、そこで役目の奪い合いをしないでむしろ息を合わせて背中を預けて戦ってた感じだな。英雄の取り巻き連中の中じゃ例外な仲のコンビだったぜ」


「や、やっぱり……? む、むごいことをさせてる……のは分かってた、けど……それじゃ、余計にじゃあ……」


 ギスギスした間柄とはいえ同志と戦わせることにすら気が咎めていたというのに、よりにもよって仲の良かった人物とぶつけ合わせてしまったことに、のぞみは震えて青ざめる。


「いやー……のぞみがそこまで気にすることはなさそうだぞ? ほれ」


「ヘヒッ?」


 しかしボーゾが言う通り。のぞみが自責の念に苦しむ一方、当のサンドラは突き出した槍の穂で戦友の頬を裂く。


「だからといって、こうまで躊躇なく刃を向けるってッ!? らしくない、らしくないッ!? お前本当にサンドラなのッ!?」


「これは異なことを。シャンレイが手を抜けない相手だと知っているこちらだから本気で戦っているだけのことッ!」


 反撃にと繰り出された打ち下ろし。それをサンドラは柄で払っていなしつつ、その勢いも借りて穂先を返す。

 しかしシャンレイもまた、伸びるようにして迫る刃を払われたのとは逆の端で叩き逸らして、払い足を。

 それをサンドラが蹴りをぶつけて打ち消すと、密着の間合いで足と柄のぶつけ合いに入る。


「それはともかくッ! らしくないと言えばその格好もッ! 質実剛健そのまんまで、武骨な全身鎧で女と分からない姿で戦ってたのはどこに行ったのッ!?」


「実用第一なのは変わらんさ。だが、こちらにも着飾りたい欲はあった、ということだ。故郷ではそこから目を背けていたに過ぎなかった、ということさ。鎧として万全。しかし遊び心も少々。そんなオーダーメイドで作ったこの鎧は良いだろう?」


「では剣一筋だったのは!? 槍など持ち出すどころか、装備するのも拒否していたのにッ!?」


「それも師の教えを額面通り、盲目的に受けて、目をそらしていただけの事。「乱れなく一つのことに心を傾けよ」とは、なにをするにもまず一つの目標をもって集中せよと言うだけで、自ら目を閉ざして視野を狭めよと言うことでは、ない!」


 シャンレイが打撃と合わせてぶつけてくるらしくないとの言葉に、しかしサンドラは軽く息を吐きながら、棍と蹴りとの織り交ざった乱打を捌き、言葉を返していく。


「鎧も、武を修めるのも、欲するままに好きにやらせてもらえる。故郷で生きている間には終ぞ味わえなかった解放感だぞ? シャンレイもこちらに来るのはどうだ?」


「ぬぐぅう……ッ!?」


 余裕充分に、勧誘さえするサンドラに、シャンレイは苦い顔で呻く。


「おおー。サンドラってば余裕ある感じじゃあねえか。いいねぇいいねえ」


 このサンドラの悠々としたシャンレイに対する態度に、ボーゾは満足げにほくそ笑む。


「う、うん……なんか楽しんでる、感じ? 仲良しと戦わなきゃな……辛さ、とか無い感じで、ちょっと安心……ヘヒヒッ」


 弱み、苦しみは見せないように努めての事かもしれない。

 で、あるとしても、実際のぞみの気は楽になっている。加えてシャンレイの顔にも焦れは見える。

 こうした効果が見えている以上、単なるサンドラなりの強がりであっても意味のあることである。


「だが! 彼に会うためには……ッ!? そのために滅びを乗り越え蘇ったというのに……それさえも放り投げたとでも、言うのかッ!?」


 サンドラの勧誘に内心惹かれるものがあったのか、心を揺らすものを振り払うように声を張り上げ躍りかかる。

 これを受けたサンドラの槍が半ばから折れる。

 しかしサンドラはバックステップしつつ折れた槍を二刀流。交差させて追撃の棍を止める。


「なッ!?」


「そんなことはない、ぞっと!?」


 機を作り、そこへ飛び込んだはず。

 そこであっさりと止められて、シャンレイは目を剥く。ので、サンドラは受け止めた折れ槍を翻して跳ね飛ばし、すかさずの蹴りで相手を吹き飛ばす。

 そしてすかさずに折られた武器を投げる。

 だがそれはシャンレイが体勢を立て直しつつの蹴りと平手で払われ、武道家の体に届かず仕舞い。


 そのまま迎撃にと構えるシャンレイに対し、サンドラも踏み込むではなく虚空から己の剣を抜き取り構える。


「……彼の復活を、悲願を投げ捨てたわけではない、と? それでどうしてこうなる!?」


「のぞみ殿は、それさえも欲するままにすればいいと言うからな」


 言いながらサンドラが目配せをする。と、視線を受けたのぞみは、ひきつり笑いをしながら跳ねるように背筋を伸ばす。


 サンドラはそんなのぞみの反応に微笑んで、視線を正面へ戻す。


「例えそちらのチームに切られて、一人でやるしかないとしても諦めない。騒動の後でそんな啖呵を切ったこちらに、それが願いならしょうがない。そうのぞみ殿は言ったのだ。トラブルを招き入れたこちらを放逐するでもなく、だぞ?」


「だとしても……だったとしても!? それでサンドラが彼の復活のために動くのを、欲望の魔神たちが邪魔しないとは限らないじゃないか!?」


「それはそうだろうな」


 ダメもとで食い下がったのをあっさりと肯定されて、シャンレイは瞠目する。

 そんな言葉を受け止め損ねた武道家に構わず、サンドラは言葉を続ける。


「こちらは欲するままに動く。のぞみ殿たちも欲望のとおりに動く。こちらとしては利用できるところは利用して、のぞみ殿と魔神たちが受け入れられないところから先は、出し抜いたもの勝ち。その程度でしかないのだ……よッ!!」


 そして最後の一音を発すると同時にその姿を消す。


「まずい!?」


 影も残さぬ踏み込みに、完全に虚を突かれて遅れたシャンレイは慌てて振り向き様の裏拳!


 しかし遅れを取り戻すべく先読みしての拳は虚しく空を裂いただけ。


「心が固いぞ」


 その一言と共にシャンレイの首筋に背後からの刃が添えられる。


 首を取れたがやらなかった。


 決着を告げるこの剣に、しかしシャンレイは後ろ蹴りから身を翻す。

 が、そこには剣を突きつけていたサンドラはいない。

 そして再び首筋に、今度は左手側から刃が。


「心が固いから構えも固い。だから柔らかく、素早く対応することができない」


「それをお前が……サンドラが言うのかッ!? 心身共に堅く鋭い刃を目指していたお前がッ!?」


「それを言われると痛いが、痛いと思うこちらだから言わせてもらうぞ。鋭さだけでなく、しなやかさが無くては……」


「うるさいッ!!」


 そうしてシャンレイが決着を拒み、幾度と無くサンドラを追いかけ手足を振るう。

 しかしその度に、サンドラはやすやすとかわして致命傷の寸止めを重ねていく。


 それは納得するまで思い知らせようとするかのように。

 あるいは駄々をこねる子どもをなだめるように。


 そうして刻み付けられ続ける敗北の積み重ねに、やがてシャンレイは地に膝を着く。


「……気は済んだか?」


 うちひしがれた戦友に剣を突きつけながら、サンドラは問いかける。

 この傷口に触れる手のように抑えた声に、しかしシャンレイはなにも答えない。


 そのまま無言で歯を食い縛り、じっとなにかを待ち構えるシャンレイに、サンドラはため息をひとつ。

 戦友の待ち望む「それ」のために剣を振りかぶる。


 その瞬間、光が走った。


「ぐふっ」


「サンドラッ!?」


 光が駆け抜けたのはサンドラの胸。

 紅に銀で飾ったブレストアーマーには穴が開き、血が溢れ出す。

 この深手に女戦士は振りかぶっていた剣を支えにして片膝だちに。


「なんだ!? これはッ? なんなんだッ!?」


 自分を打ち倒そうとしていた相手が突然に膝を屈したことに、シャンレイは当惑のまま入れ替わるようにして立ち上がる。


『まったく。危なっかしいですわね、シャンレイ? しかしサンドラも言うだけあって、あそこでとっさに心臓は避けたのですわね? 対したものですわ。それよりほら。せっかくの好機ですわよ。見逃す手はありえないですわ』


 しかし混乱のまま動けずにいるところへ響いた声に、すべてを察して床を踏みしめる。


「カタリナッ!? お前の仕業かッ!? 二人の勝負に水を注してッ!?」


『あらあら。何を言っているのか見当もつかないですわ? そんなことよりも、サンドラはどういうわけか膝をつくことになっていますわ。これは絶好のチャンスですわよ?』


「お前!? ふざけるな……!? ふざけるなよッ!? こんなやり方をしてるからサンドラに見捨てられるんだろうがッ!?」


『あらあら。裏切り者の言いがかりの方が信用できると? ひどい話ですわね。せっかく奇跡的な天の光が、貴女に勝利の好機を導いたのですわよ?』


 見え透いたシラを切るカタリナに、シャンレイは歯軋りして虚空をにらむ。


「これは私とサンドラの、背負ったものをかけての勝負だった! だのにそれをこんな……こんな勝ちを……勝ち方を認められるものかッ!?」


 シャンレイはそう吐き捨てるなり、サンドラに背を向けてリングの端へ向かう。


『なんのつもりですの?』


「知れたこと! 勝利を本来あるべきところへ。手にすべき者のところへ届けるまでよ!」


 カタリナの問いを蹴飛ばすように、シャンレイは場外敗けのための歩を進める。


『……仕方ありませんわね』


 そこへ響いた冷ややかな声。

 これに背筋を震わせたシャンレイは慌てて振り返り、サンドラへ向けて走る。

 そして重なった二人を、いくつもの光が刺し貫く。


「さ、サンドラ……さん……ッ!?」


 折り重なって倒れた二人。その下に血だまりが広がるのに、のぞみは青ざめる。


「なんてヤツッ!?」


「この残虐聖女ーッ!? アイアンメイデンッ!」


 不利な状況に横やりを入れるばかりか、仲間もろともに沈めたカタリナのやり方に、魔神たちも口々に罵倒の声を上げる。


そんな喧しさにたたき起こされてか、血だまりに沈んだ二人が起き上がる。

 いや、起き上がったのはサンドラだけ。シャンレイはぐったりとしたままサンドラに担ぎ上げられているのだ。


「この場合は……こちらの勝ち、で文句はない、な……?」


 かつての戦友を担いだサンドラは、血にむせながら宣言すると、のぞみたちの方へ剣を杖に歩き出す。


『それを認める。なんてことは無いのですわ』


 対してカタリナは冷ややかに返すと、満身創痍のサンドラたちへ向けて再び光を落とそうと――。


『……なぜ? なぜ動かないのですわ!?』


 だがサンドラの歩みを止めるモノは動かない。


『やすやすと干渉出来ないように仕込みはしているというのに……どういうわけなのですわ!?』


 狼狽えつつ疑問を口にするカタリナ。

 対して止めている張本人はのんきに大あくびをしている。

 いや、この緊張感の無いあくびこそ、彼女の力なのだ。

 そう。カタリナが使っている光線砲を強制的に眠らせているのは、睡眠欲の魔神スムネムの仕業なのである。


 こうして安らかな眠りに守られたサンドラは、リングの端にたどり着くや、迎えに寄ってきていたのぞみたちへ向かって、倒れながら落ちるのであった。

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