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11:誰得だと言っても私得だとゴリ押しされる

「さ、マスター。コレを着てちょうだい」


 スタッフ用更衣室の中、ザリシャーレは衣装を詰めたらしい袋をのぞみに向ける。


「あー、うー……ほ、ホントにコレ着なきゃ、ダメ? い、今までどおり、ローブとマントじゃ、ダメ、かな? ヘヒヒ……」


 差し出された包みを前に、のぞみは消極的ながら受け取りを渋る。

 具体的にはどうあれ、包みの中身が、自分には似合わない華やかなモノであると察しているからだ。


「そんな、のぞみ様……ワタシとザリシャーレが、のぞみ様のためを思って作り直した衣装なのに、試そうともしてくれないだなんて……!」


 そう言って悲しげに口元を隠すのは、ザリシャーレと並び立つもう一人の女性、イロミダだ。

 キンキラと色彩鮮やかなザリシャーレとは対照的な、しっとりと濡れたような黒髪に黒いコートを纏った美女である。


「う、うぅー……わ、分かった。試す、試すから」


 イロミダの妙に色気のある悲しみぶりに負けて、のぞみは二人の作り直した衣装を受け取る。


「自信作だから、期待してちょうだいね」


「あうぅ……ふ、服はいいだろうけどぉ……」


 試着室に急かすザリシャーレを横目に、のぞみはカーテンの奥に消える。


 それを見送って、ザリシャーレとイロミダの二人はピシガシグッグッと手を合わせる。


 ここまでは、すべて二人の打ち合わせどおり。


 イロミダの涙を堪えていた姿は、のぞみの罪悪感をくすぐるための演技だったのだ。


 もっとも、パートナーと作り上げた衣装に拒絶的でな反応をされたことが、悔しく悲しかったことは本当だ。その気持ちを少しばかりオーバーに表現したに過ぎないのだ。


「マスター大丈夫? お手伝いする?」


「へ、へへへ平気だから、ひ、ひひ、一人で、着られるから!」


「あらそう? 服に隠れるだろうところにも最終チェックを入れたかったの、だ・け・れ・ど?」


「ヘヒィッ!?」


 早くしないと踏み込むぞ、とばかりにせっつくザリシャーレ。そんな相方にイロミダは、無言のジェスチャーでやりすぎだと突っ込む。


「冗談よ。でも、分かりにくいところがあったら遠慮なく聞いてちょうだいよ」


「う、うん……」


 そうしてカーテンの奥から衣擦れが漏れ出るようになり、ザリシャーレとイロミダがそれに聞き耳を立てるようになってしばらく……。


「ぎにゃああああああああああああッ!?!」


 奇声を上げたのぞみがカーテンの奥から飛び出す!


「ちょぉ……! なに、この……何ッ!? なぁにぃこれぇえッ!?」


 そう叫ぶのぞみの姿は、一言で言えば痴女であった。


 小柄ながら出るところの出たその体は切れ込み鋭いハイレグのレオタードによって強調され、ふとももまで届いた艶やかなロングブーツとベルトで接続。白くむっちりしたふとももとのコントラストがまぶしい。


 大きなつば広三角帽子と長いマントはある。あるがしかし、マントはどういうわけかうっすらと透けていて、のぞみの起伏に富んだボディラインが影となって覗けるようになっている。


 マントに浮かぶシルエットは、まるでその下が裸であるかのようで、羽織っている方が逆に扇情的に感じられるようになっている。


「なにこれって、これからボーナスタイムターゲットとしてのお披露目なんだから、それなりに華やかな格好にしなくちゃでしょ?」


「そ、それはそうかも、だけど……う、うぅ……こ、こんなカッコで人前になんか、で、出れないよぉ……」


 なにがおかしいと言い放つザリシャーレに、のぞみはヘヒヒと引きつり笑うことすら出来ずに、マントを固く合わせて縮こまる。


「え? 大分控えめにしたんだけど? 本当は、これくらいにするつもりだったのよ?」


 そう言って首を傾げるのはイロミダだ。


 だが今は着ている上着を羽を広げるように広げて、その下に隠していた姿を露にしている。

 白い肌は惜しげもなく晒されて、要所要所を隠す布がレース状の紐で繋がれているだけで、豊満なボディラインを隠すつもりはまるで感じられない。


 イロミダのこの衣装に比べれば、のぞみのレオタードなど大人しいものであった。


「そ、それは色欲なヒト基準ッ! 同じに考えたら、よ、よくない……と、思う!」


 のぞみが言うように、イロミダは色欲の化身だ。


 かつての世界では淫魔、サキュバスの類の元締めをしていた者の感覚で考えられては、のぞみもたまったものではない。


「それに、こういうの……イロミダやザリシャーレとかならいいかも、だけど、私みたいなのが着ても……し、正直、誰得……! 圧倒的……誰得……!!」


 言いながらのぞみは、きゅっとマントを抱き寄せて、卑屈に丸まる。


「大丈夫! 誰が得するって話ならアタシ達は得してるからッ!」


 その言葉にザリシャーレは、ここにいるぞ! と、親指で自分をさし示す。


「うー……で、でもこんなカッコ……勘違いして、いい気になってるみたいで、その……恥ずかしい……ふ、二人には悪いけど、正直前のローブとマントのが落ち着くし……うぅッ」


「ああ、そんなに恥じらってアルマジロみたいに! なんて愛らしいの、ああ! マスターッ!」


 そうしてますます縮こまるのぞみの姿を見て、ザリシャーレは身悶えする。


「それにしても、前のほうが落ち着くとまで言われてしまうだなんて……これは何とかしないといけないわね……」


 しかしのぞみのあんまりな恥ずかしがり様には、どうにかしないとと首をひねる。


 そのデザイン変更も考えているようなつぶやきに、のぞみはザリシャーレを輝く顔で見上げる。


「ヘヒッ!? じゃあ前のローブとマントに戻してくれるの!? ヘヒ、ヒヒヒッ!?」


「それは断る」


「ヘヒィッ!?!」


 しかしその希望は、一言でさらりと切り捨てられる。


「このザリシャーレが今抱えている最も強い欲望は、自分を醜いと思っている方を磨き上げて差し上げること! そう、あなたのことよマスターッ!!」


 ズアッとポーズを決めて欲望を語るザリシャーレ。だがしかし、対するのぞみはうつむくばかり。


「……そ、そんな、私みたいなのを飾ったりなんだりしたって……ヘヒヒッ」


「ノンノンノンノン!」


 そうしてのぞみが鬱々と浮かべた自嘲的な笑みとつぶやきに、ザリシャーレは怒濤の否定を叩きつける。


「諦めないで、美しくなりたいと欲して! 望んで! その思いを、望みを助けるのがアタシの喜び!」


「……でも、私なんかが思ったって仕方ないし、キレイになりたい……だなんて……」


「ノンノンノン! マスターのソレはなりたくない、じゃなくて、なれるわけが無いって諦めよ! それじゃあやめるわけにはいかないわ! だってマスターが閉じ込めたその欲を引き出し叶えるのが、アタシの願い! アタシの欲望! さっきも言った通りにッ!!」


「でも、なれるわけがないよ……こんなチビっこいのが」


「小柄で可愛いじゃないのよ。それにマスターは背は小さくても出るところの出たトランジスタ・グラマー! 背丈とのギャップがただでさえ大きなのぞぱいをおっきく見せるのよ!?」


「の、のぞぱいって……」


 いい笑顔でサムズアップしつつ、堂々とセクハラ発言を放つザリシャーレに、のぞみは大きな胸を押しつぶすように抱き隠す。


「で、でも……だとしても、顔はクマがきついし、笑っても陰気臭くなるだけ、だし……」


「そんなのちょっと整えたら後は魅せ方次第よ。無口でミステリアス、でも実はぶきっちょで一所懸命なマスター……ああッ! そんなのたまらないじゃないッ!!」


「う、うぅ……け、けど、整えてもらったとしても、私……ものぐさだし、キープ、できない、と思う……」


「だからアタシとイロミダがいるんじゃない! 毎日手入れして磨いてあげるわ。私たちにとってはご褒美でしかないのよ、ね?」


「もちろんよ!」


「あうぅう……」


 自己否定を繰り返すものの、その度に大幅に上回る勢いで否定され続けて、のぞみは返す言葉を無くしてうめくばかりになってしまった。


 そんなのぞみに対して、ザリシャーレはそれまでの怒涛っぷりとは打って変わって、視線を合わせて柔らかく微笑む。


「でも、今すぐに自信を持つっていうのも無理な話よね。だからここは、マスターの可能性を信じてるアタシたちに思いっきりやらせてちょうだい。こんな人がパークの主なんだって、お客さんたちをびっくりさせてやりたいのよ」


 ザリシャーレは柔らかく言葉を重ねて、任せてほしいと訴える。


「う、うぅー……わ、分かった……でも、素材のせいでイメージ通りにいかないかも……」


「大丈夫、マスターはアタシたちを信じて、任せて、どんと構えててくれればいいの! ばっちり今のマスターで出せる最高の仕上がりがイメージ出来てるんだから!」


「あーうぅ……お手柔らかに、ね?」


「約束はできないわ! この欲望のほとばしりを抑えるなんてできないもの!」


「う、うー……」


 笑みを深め、手をワキワキと迫るザリシャーレとイロミダを、のぞみは顔をひきつらせながらも逃げることなく受け入れるのであった。

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