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109:先陣を切るのは

「ヘヒッ……ご、ごめんね、みんな……私のわがまま、で……」


 小柄なのぞみがさらに小さくなって、正面の集団に謝る。


「頭を上げてちょうだいマスター。みんなあなたの欲望を叶えるためなら、惜しむのは自分の欲望くらいだって名乗りを上げたんだから」


「そーだよー! だーかーらーのぞみちゃんはこの後のボーナスをどーするのかって事だけ考えてればいーの!」


 先頭に立つザリシャーレの言葉に、ベルノや魔神衆以外の面々ものぞみが謝ることはないのだと続く。

 しかしそんな身内の慰めにも、のぞみの表情は晴れない。


「で、でも……私にとっては助けなきゃな人たち、だけども……みんなにとっては、そうじゃない……っていうか、営業妨害してきたの、だし……へヒヒッ」


 どうしてもモチベーションを下げる。そんな相手の救出のために、身内を駆り出してしまった負い目はやすやすと拭えるモノではない。

 そんなのぞみのどんよりとした気配を吹き飛ばそうと、胸の谷間のボーゾが声を上げる。


「おいおいのぞみ。そりゃ今さらってモンだろ? お前が欲しがって、そのために動いてやろうってもう集まってんだからよ」


「わ、分かってる……けど、当たり前ってふんぞり返る……のは、違う……と思う……へヒヒッ」


 無理をねじ込んだ以上は感謝なりお詫びなりしておくべき。この考えにボーゾばかりでなく集まった面々は笑みを浮かべてうなづく。


「なるほど。いーい欲望だ。のぞみらしい、いい欲望だせ。だがだとしても! いつまでもごめんねごめんねじゃあ辛気くさいじゃねえか!」


「へヒィッ!?」


 ボーゾに胸をピシャリと叩かれて、のぞみは跳ねるように背筋を伸ばす。


「ほれ。お前の欲望のためにひと肌脱いでって奴らにちゃんと言っておきたいことがあるんだろ? なあ?」


「ヘヒッ……あ、ありがとうね……みんな」


 目の前に集まってくれた者たちに、のぞみが改めて頭を下げる。


「マスターに先に労われちゃったら、張り切ってご所望のを取りにいかなきゃ、だわね」


「イエース! のぞみちゃんごしょもーのをゲットー!」


 代表的な立ち位置の彼女らがそう言って見やった先には巨大な円形の台座が。

 それを中心にドーム状に広がったこの空間は、おそらくは闘技場なのだろう。

 おそらくは、と言うのは所々に飾られたステンドグラスやらの内装のせいで、戦いのための場であると断言しかねる雰囲気を漂わせているためだ。


 ザリシャーレはこのちぐはぐな装いを改めて一巡り眺めてうんざりとしたため息を吐く。


「それにしても、相変わらず悪趣味よね。カタリナは……」


「だよねー! 手塚のパパさん達や他の人たちを返してほしかったら、ここに来て勝負しろーだなんてさー!」


 ため息混じりのコメントにベルノが続いて言ったとおり、この闘技場はカタリナが用意したものである。

 円形のリングの上で五名の代表が一対一で戦い、その敗者を互いに差し出さなくてはならない。それがカタリナが手塚家の三人を盾に迫った催しであった。


 のぞみたちスリリングディザイアチームが待機しているゲートの対にはカタリナ側の代表チームの姿がある。

 その中に天使風味の姿は無い。

 だが棒を携えた武道家らしき茶髪の女や、耳長で緑髪の女アーチャーといった、英雄の取り巻きだろう者たちの姿が見える辺り、油断はならない。


「だ、誰……から、出てもらおうか、な? へヒヒッ」


 そこでのぞみが迷うのは先鋒役を誰に任せるか、ということであった。

 まず初戦からきっちりと勝ちを収めて流れを引き込みたい。

 それを確実に、となると魔神たちの誰かにお願いしたいところ。

 であるが、カタリナがそれを読んだ上で欲望の力を奪い取る仕込みをしていないとも限らない。

 だがだからと言って、毒見のように忍たち協力的なお客様方に先陣を切らせるわけにもいかない。


「ヘヒッ……どど、どうしよう……かな……へヒヒッ」


 どちらもそれぞれに危険で、出来ればどちらも避けたい。

 そんな欲望から、のぞみはどちらを取ると決めることができずに揺れ続ける。


「迷っているようなら、一番槍の誉れはこちらがいただきたいな」


 そこで名乗りを上げたのは、スリリングディザイアチームに混ざったサンドラだ。

 深い赤をベースに銀の装飾を施した金属鎧を身に纏った彼女は、房飾り付きの槍で風を切りつつ前に出る。


「ちょっとーッ!? 一番美味しいトコを真っ先に持ってこーだなんてどーゆーつもりなのーッ!?」


 そこへベルノが待ったをかける。

 出しゃばりすぎだとのその声に、ザリシャーレも同意する。


 スリリングディザイアの最高戦力であることを自負する魔神たちからすれば、自分たちを差し置いて先陣を切ろうだなどと、とても認められるものではない。


「すまないが。ここはこちらに任せてもらえないか? のぞみ殿がそちらを行かせていいと思えるのなら、迷いなく指名しているはず。そうだろう?」


 しかしサンドラは詰め寄る魔神たちに動じた様子もなく、改めて自分に任せてほしいと主張する。


「……そうなの、オーナー?」


「ヘヒッ!? えっと……う、うん……みんなの強さは知ってる……けど、向こうも知ってる、だろうし……罠とか、怖くて……ヘヒヒッ」


 ジトリと問い詰めるようなザリシャーレに、のぞみは指をくるくると絡めながら、おずおずと不安を主張する。


「であるから、ここはこちら向きの場面ということになる。カタリナが何かしかけていたとしても、腹心の魔神チームほどには惜しくはないだろうからな」


 そんなのぞみの不安に乗っかって、サンドラが自分が先鋒を担う理を説く。

 するとのぞみはこれに慌てて頭を振る。


「ヘヒッ!? お、惜しくないってことはない……けども!? 出会いはどうあれ……い、今は味方……だし……へヒヒッ」


「それはどうも……しかし、他に出せるものがいると?」


 穏やかな笑みを添えたこの返しに、のぞみはたまらず言葉を呑む。


 実力がある人間で、なおかつお客様ではない。

 確かにのぞみがこの時この場で求める条件に、サンドラ以上に合致した者はいない。


 だがかつての仲間であるカタリナたちに、目的を同じくして動いていた相手に、刃を向けさせてよいものか。

 そんな思いが、のぞみにうなづくのをためらわせていた。


「のぞみ殿はたぶん、こちらと昔の仲間を戦わせるのはむごいことだと思っているのだろうが……なに、気にすることはない。こちらとしては、ヤツらに目にモノ見せてやりたいくらいなのだからな……ッ!!」


「おーおー! なかなかいーい具合の欲望じゃねえかよ。早々に切り捨てたのは惜しかったって後悔させてやりたい。そんな感じで燃えてるじゃねえか!」


 サンドラ自身の。そしてボーゾの欲望を裏付けする言葉。

 これを受けてのぞみはおずおずと首を縦に振る。


「わかった……ここはサンドラ、さんに……お任せ、する」


「承知した!」


「あ、ちょ……ちょっと……!」


 いざ出陣!

 そう言わんばかりに長い黒髪を翻してリングへ振り向くサンドラを、のぞみは慌てて引き留める。

 出鼻をくじかれ、何事かと目で訴えるサンドラに、のぞみは伝えるべきをまとめる間を置いてから口を開く。


「……サンドラさんを……いや、サンドラさん一人に限らない、けど……危険に飛び込ませる、のは……私の欲望、だから……! だから、何かあったら……それは、私が原因……私が、背負うこと……!」


 たどたどしくも気骨を見せたのぞみに、サンドラは微笑を浮かべる。


「分かった。では、どうなろうと任せるぞ」


「ヘヒッ……がが、頑張ってみ……いや、頑張る……!」


 のぞみはいつものクセで断言を避けようとしたのを慌てて訂正。出来る限りの尽力を約束する。

 そんなのぞみにもう一つうなづいて、サンドラは改めて先鋒としてリングに上がるのであった。

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