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108/154

108:気に入らなくても相手をしなくちゃならない状況

「探索者? のぞみちゃん、別動隊なんか雇って……」


 正面の武装集団に忍が疑問の声を上げる。が、みなまで言うまでもなく、彼らはのぞみたち目掛けてクロスボウを放つ。


 問答無用の射撃に忍はとっさに盾を前にしてのぞみと悠美の前に出る。

 しかし同時に一行のすぐ前の床が畳返しに跳ね上がって壁となる。


「のぞみちゃんかッ!? 助かった!」


 ハリネズミにしてやろうとばかりに迫っていたボルトが弾けて落ちたのに、忍が感謝を口に出す。

 それにのぞみはヘヒヘヒと照れ笑いを浮かべながら頭を下げる。


 傷つけさせるものか。

 取り落としたりするものか。

 ただこの願いだけでのぞみは床にトラップを仕込んで、味方を守る盾として見せたのだ。


「さすがはのぞみだ。こういう場面でドカンと欲が深くなる!」


「相棒自慢は後ッ! 来てるわよッ!!」


 相棒の言葉にのぞみが照れ笑いのまままた頭を下げようとするのを悠美の警告が遮り止める。


 お返しのクロスボウで対抗、牽制する彼女の言うとおり、武装集団は弩のリロードをするものと剣や斧に持ち代えて突っ込むものとに別れて動き始めている。


「じゃ、悠美は後衛の邪魔を! のぞみちゃんははめれるって思ったヤツからトラップに沈めてやってくんな!」


「ヘヒッ……りょ、了解……です、へヒヒッ」


 攻撃してきた以上は敵だ。

 同業者相手だろうが躊躇なく決断して突っ込む忍の指示に、のぞみは反射的に了承を返す。


「おぉらぁあッ!」


 近接班に盾を前にしてぶち当たった忍は、その勢いのまま押し倒す。

 そして転倒した者には目もくれず、横合いから迫ってきた者へ利き腕を一閃。叩き落とす。

 しかし敵を捉えた得物は火を吹かない。

 シールドチャージをぶちこむまでに、炎の斧から持ち代えた対人用の金属こん棒であるからだ。


 この金属バットめいた鈍器と盾でもって、忍は取り囲もうとしてくるものを次々とノックアウトしていく。


 その一方で悠美も、後衛組がリロードしている間に次々と武器を狙撃していく。

 そうしてクロスボウを射ぬかれよろめいた者は、のぞみが後方に仕掛けた鳥餅つきの落とし穴に落ちて身動きが取れなくなっていく。


「……ずいぶんとお粗末ね」


「ヘヒッ? と、言います、と……?」


 ピンとこない様子ののぞみに、悠美はまた敵のクロスボウを射落として見せる。


「ホラ、また。構えかけたのから撃ち抜いてるけど、こっちが一人で何発も撃ってるのに、向こうはあれだけいてその間にまばらに撃ってきてるだけ。お粗末もお粗末、まるきりに初心者の動きよ」


 呆れたような調子での指摘を受けて、のぞみはなるほどとうなづく。

 巻き上げ機構の扱いもたどたどしく、拙いとしか言いようがないリロード。

 狙いも乱戦中の忍に向いて、フレンドリーファイアを避けるためにまごついてばかり。

 悠美の狙撃に反応して狙いを変えるも、すぐに目の前の乱戦に目を持っていかれてしまう。

 さらには自分の役目をクロスボウと一緒に投げて、乱戦中の近接組の加勢に飛び込んでいくものまで出る始末。


 言われてみればまったく悠美の言う通り。探索者として戦った経験がまったくない、ずぶの素人の動きである。


「で、でも……胆が据わってる……っていうか、躊躇はない、感じ……ヘヒッ」


 しかし最初の引き金をはじめとして、斬りかかったり撃ったりにまったくの躊躇いがない。

 まるで熟練の戦士であるかのように、標的の命を狙うことを割り切っているかのようにも見える。

 動きの素人くささに対して、なんともちぐはぐな様子である。


 のぞみの感想に悠美はうなづきながらクロスボウを狙撃する。


「それもそうね。なんか……気味が悪いわ」


「ですよねー……ぼ、ボーゾ……その辺、どう……? へヒヒッ」


 不気味がる悠美に同意してのぞみは相棒の鑑定眼を頼る。

 するとボーゾは軽く鼻息をひとつ。どれどれと敵集団をじっくり眺めにかかる。


「あー……ふんふん、なるほどなるほど。そういうことなー」


「いや、分かったのなら一人で納得してないで説明してちょうだいよ」


「おう、悪い悪い。まーぶっちゃけちまうとだな、あの襲ってきてる奴ら、欲望がねえんだわ」


 促されて語ったボーゾの鑑定結果に、悠美はがく然と引き金にかけた指を固まらせる。


「欲望が……ない?」


「おーう。人間らしい欲望がまるきり空っぽで脱け殻もいいところだぜ。あ、脱け殻っても人間ではあるからな? 欲望が抜かれてあやつられちゃいるが、人間に化けたモンスターとかじゃあねえからな」


 悠美のおうむ返しに、ボーゾはソコんとこよろしくと、大事なところを念押しする。


「ヘヒッ!? よ、欲望が抜かれて……脱け殻って、それって……ッ!?」


「ご明答だぜ、相棒。アイツら……カタリナに欲望を、生きたいって気持ちまで抜かれ切っちまってるってこった」


 敵をトラップの中へ脱出不可能な勢いにはめ込んでいたのぞみは、パートナーからの正解宣言に喉の詰まったような顔になる。


「ってーわけで、ここは早く突破した方が良さそうだぜ?」


「それって……?」


 素早い突破と離脱を推奨する理由を確かめようとしたところで、のぞみのマップに変化が。

 敵集団の後方。部屋とのぞみの制圧範囲をから外れたところに、敵性の反応が現れたのだ。


「ヘヒッ!? ここでおかわりッ!?」


「だろうぜ。こっちが保護しなきゃならんのを盾にしたい。そういう欲望をもっての人間の出撃だろうからな」


 天使風味はやっかいだが容赦なくぶちのめしていい。しかし操られた人間と入り混じってこられてはそうもいかない。

 まったく。呆れるほどに有効な戦術だと言う他ない。


「人の命を何だと思って……ッ!? 不気味で悪趣味なのでも天使みたいなのを使っておきながら、こんな……ッ!?」


 敵を倒す有効極まる手段であるとはいえ、人道に悖るやり口を実行するカタリナへ、悠美は憤りも露わに敵の撃退を急ぐ。


 それに続いてのぞみも出し惜しみは無しだと頭をフル回転。部屋中にトラップを配置し、起動!

 縄や網が敵集団を中心に溢れかえり、武装集団を次々と転がし、からめとっていく。


 この捕獲罠の氾濫に、ほどなく部屋の中で動ける者はいなくなり、戦いが止まる。


「おいおいおい! 合図の一つでもしてくれよ! びっくりしてうっかりヒヒイロカネの金棒を網に絡めて持ってかれちまったじゃねえか!」


 そんな静けさの中を割って、サブウェポンを取り落とした忍が文句を言いながら姿を現す。

 そう。手加減用の予備武器だけを無くした状態で、あとはちょいちょいと防具の留め具などに引っかかった網を外しながらに動けなくなった敵の中から出てきたのである。


 乱戦の最中。しかもじっくり綿密に場を整えたでもなし。

 それで味方を巻き込まず、敵だけを捕らえて見せたのぞみの能力は、それだけで驚嘆に値するものである。


「悪いが、文句は後にしてくれ。とにかく時間が惜しかった」


「そうは言うがな……」


 なだめるボーゾに、忍は納得いかないと不満顔。


「ホ、ホント……す、すみません……です……ヘヒッ」


 しかしそれものぞみがふらりと崩れるまで。

 謝罪の言葉を口にしながら倒れていく護衛対象に、忍も悠美も慌てて支えに入る。


「のぞみちゃんッ!? どうした!?」


「心配いらねえ。取り戻してやろうって手を跳ね返しながら、味方を巻き込まずに敵を根こそぎ取っ捕まえてって欲張ったからな。目を回すぐらいするぜ」


「そ、そうか……? ボーゾが心配いらないってんなら、そうなんだろうが……」


 大丈夫だと言う小さな魔神の言葉に、忍は今一つ安心しきれない様子で悠美と目配せをする。


「とにかく、今はのぞみを担いで移動をはじめてくれって! でないと……」


 ボーゾがとにかく移動をと急がせる。だが、武装集団の現れた出入り口には部屋に乗り込もうとしている天使風モンスターの姿が。

 羽根つきの人形じみた怪物は穴にハマって身動きが取れずにいる人間を掴むと、無造作に引っこ抜いて脇に抱える。


「アイツ! せっかくこれから治療に送れるって人を!」


 再び無欲に粛々と仕事をこなす手駒として利用しよう。そんな考えの透けて見えた動きに、悠美がクロスボウを向ける。

 しかしそのトリガーを忍が止める。


「落ち着け! お前の腕は知ってるが、盾にしようとするに決まってる!」


 相手の卑劣さを訴えての制止に、悠美は唇を噛んでボウガンを下ろす。


『あらあら。すいぶんな言いぐさですわね』


 そこで不意に響いた声に、全員が出どころを探って視線を走らせる。


「カタリナか……ッ!?」


「ここのダンジョンボスのッ!? どこにッ!?」


『どこを見ているのですの? ここですわ』


 居場所を教えるその声。それは脱け殻人間を抱えた天使風味の口から出ていた。


「チッ……歌を聞かせりゃ早かっただろうに」


 効果覿面な武器をいつでも浴びせられる。すでに喉元に刃を突きつけられているに等しい状況にあると察して、ボーゾは舌打ちをする。

 カタリナはそんな魔神の苦い顔が見えているのか、悠々と天使風味のあごをカクカクと腹話術人形のように上下させる。


『そうして差し上げてもよかったのですが。やろうとすれば、魔神のどれかが巻き添えも気にせずにこれの頭を吹き飛ばしに現れる。そうですわよね?』


 お見通しだとばかりの口ぶりに、ボーゾは軽く鼻を鳴らす。

 おそらく。いや間違いなくカタリナの言うとおりに魔神衆はやるだろう。

 彼らにとってすればのぞみの安全こそが最優先。

 今はダンジョンマスターであるのぞみの言葉があるため自重できている。だがのぞみの前で浄めの歌が使われるとなれば、誰が制止しようが飛び出して有害音波の元を断つに違いない。

 実際この瞬間も、怪しいそぶりが見えたらば即動けるように、のぞみの周囲をうかがい構えているのである。


「……で、アンタは何がしたいんだ? まさかこの場は彼らを回収するのを見逃せ。とでも?」


 要求があるならハッキリ言え。

 忍はキツい視線と合わせて、腹話術人形をやっている天使の背後にいるものに訴える。


『別にそこは邪魔してくれても構わないですわ。ここに出したものは吸い付くした後で、収穫にはまた時間をおかなくてはならないのですもの。なんなら差し上げてしまっても困らないのですわ』


「この……ッ!? 収穫だの、やっても構わないだのと……人を何だと……ッ!」


『あら? 欲にまみれた心から刈り取ってキレイにして、私の信じる御方のために奉仕してもらっているのですわ。なにか問題があるのかしら?』


「こンの……ッ!?」


 カタリナの人の扱いに悠美がたまりかねて足を踏み出す。

 だがそれをいつのまにか肩に跳び移っていたボーゾが頬をつまんで制止する。


「挑発するのはこれくらいにして、いい加減本題に入って欲しいもんだが? わざわざ使い魔の口を使って、俺らに声をかけたからにはそれなりに目的があるんだろうが」


『目的だなんて大したものではないですわ。ただ。こちらとそちら、欲しいものをかけた催しを用意しましたので、その誘いに来ただけですわ。そちら風に言うと、イベントの告知、というものですわね』


 ボーゾまで加わって促してようやく告げられた本命の話題。

 これに忍たちはいつでも動き出せるように身構える。


「ほーう……で、そのイベントに俺たちがつき合う義理がどこにあるってんだ?」


 天使風味の歌は厄介である。が、力の大盤振る舞いで押し通すことは出来なくもない。

 カタリナも対話の間になにか仕組んでいるのかもしれない。しかし時間を得たのはスリリングディザイア側も同じこと。目を回していたのぞみもよろめくことなく自分の体を支えられるまでに回復しているのだ。


 これだけの条件を背にして、ボーゾの挑みかかるような問いかけ。


『そうですわね。そう言うだろうと思って、こちらもそちらが参加したくなるモノは準備済みですわ』


 しかしカタリナの代弁者である天使風味は、動じた様子もなく白い翼を大きく広げる。

 すると翼をスクリーンのようにして、ここではないどこかの光景が映し出される。


「ヘヒッ……お父さんに、お母さん……ま、将希、まで……」


 そうして天使風味の翼に出てきたのは、虚ろな目をしたのぞみの父母と弟であった。

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