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107:カタリナ寺院にのりこめー!

 天使風のモンスターの肩に斧が食い込む!

 重く厚く、熱い刃を受けた怪物は、焼き切られた傷口からしゅうしゅうと煙を上げながら仰向けに。

 そのまま背中の翼を押し潰して倒れたモンスターを見下ろしながら、犬塚忍は愛用している炎の斧を振り、煙をあげる体液を振り払う。


「……っし! 歌われる前に仕留められたぞっと」


「調子に乗らない。近くに潜んでるかもしれないんだから」


「へいへい、分かってるって。なにせ護衛のお仕事中、だもんな」


 弩を構えた悠美の小言に軽く返しながら、忍は相方のさらに後ろを見る。

 そこにはレオタードに魔女帽子とマントを重ねた戦闘用コスチュームを着たのぞみの姿がある。


 所々をステンドグラスに飾られた聖堂風のここは、とある寺院に発生していたダンジョン。

 倒れているモンスターから推測できるとおり、カタリナが支配していると見当のついているダンジョンだ。


 英雄の復活を願う者たちとは衝突を繰り返してきていて、そこへ先日の襲撃事件である。

 スリリングディザイアとしては、もっと積極的に攻めて、向こうから攻めてくる余裕を奪っておくべきだと幹部魔神衆の意見が一致。

 そこで現在、復活狙い組の主拠点と見られるダンジョンに乗り込んでいる、というわけだ。


「そう言えば、コイツらの体液やらなんやらって何かに使えるのか?」


 この襲撃にのぞみの護衛として名乗りを上げてきた忍は、自分が斧で叩き割った天使風味の遺骸を探りながらつぶやく。


「どうだったかしら? まだ買い取りしてるのは一ヶ所だけだったはずよね? ねえ、オーナーさん?」


「ヘヒッ!? そ、そう……ですね……う、ウチで使い道がないか……その辺、調べてる途中で……だった、かな? へヒヒッ」


 手の及ぶ範囲の制圧作業中だったところへ急に話を振られて、のぞみは泡食い調子にあやふやな返しをしてしまう。


「……ちょっと、大丈夫なの? 自分のところの話じゃないの?」


 そんなのぞみに悠美は、呆れと心配をハーフアンドハーフにして首を傾ける。

 これにまたのぞみは目の前の相手と身内に申し訳ないやら、安心させたいやらで、手のひらサイズに展開したマジックコンソールをお手玉してしまう。


『モンスター「秩序の御使い」のサンプルはまだ少なく、現在は我々が一括で買い取り、各種研究機関に依頼と材料を渡している段階ですな』


 そこへ不意に窓を開けるようにして、ベルシエルとの通信モニターが展開。調査と解説が大好物な知識欲による解説が助け船に入る。


「ってことはコレ持ってけば?」


『もちろん報酬はお支払しますな。ただし、マスターに何かあれば……』


「わかってる。私らが違約金を払うどころの騒ぎじゃ収まらない、よね? 小遣い稼ぎ狙いは余裕があるときだけにするわよ」


 そう言って悠美は天使風味から売却用素材の採集を忍に任せて周囲の警戒に入る。


『分かっていれば結構ですな。ではオーナー。こちらでも収集したダンジョン内部のデータは順次そちらと共有させてもらいますな』


「あ、うん……りょ、了解……ありがとう、さすがウチのデータベース……ヘヒッ」


『いえいえ。知りたいことがあったら何時でも参照してくださいな』


 のぞみの礼にベルシエルは笑みを返して通信モニターを閉じる。

 そうして身内の姿が見えなくなるや、のぞみはため息をひとつ。


「……情けない感じでやだなー……とか、思ってんだろ!?」


「フヘヒィッ!?」


 そこで胸元から上がった声に、のぞみは尻を蹴られたみたいに跳び跳ねる。

 この不意打ちに声をかけたのは、確かめるまでもなく欲望魔神の総大将であるボーゾである。


 小さな魔神総大将はパートナーの胸元から、見下ろしてくるのぞみの目を見上げて言葉を続ける。


「なんでって顔してるが、見え見えなんだよ。惨めな気持ちになりたくない。もっと自分で色々できるようになりたいって欲望がな」


 そこまで言ってボーゾは深々とため息をひとつ。一息挟んで再びのぞみの揺れる目を見上げる。


「それならもっと、頼れる身内に丸投げするのを滑らかに、上手にできるようになれってんだ。向上心って欲望はいいもんだがな。そのまんま真っ正直に上っていっても無理が出るぜ?」


「ヘヒィ……それは、私の能力が……足りない、から?」


 自信のないその言葉に、ボーゾは目を瞬かせる。

 そしてたっぷりと間を置いて、先程とは比較にならない盛大なため息を頭をフリフリに。


「……まあ、そうと言えばそうだろうよ」


 自己否定の言葉をボーゾが肯定すると、のぞみは自分が言い出したことながら、目に見えて萎れてしまう。


「勘違いすんな。のぞみが考えてる理想型ってのは、どんな人間にだって土台から無理なんだよ。体一つに心一つの人間にゃあどうしたって限界があるって話だ」


 ボーゾはそんなのぞみの落ち込みを見当違いだとバッサリやる。


「大体が向こうの世界に渡った英雄だってだな、お手付き女ばっかとはいえ仲間つくってよ、それでも世界の管理者の座をぶんどって破綻させてんだぜ? 全部自分で面倒見ようったって、遅かれ早かれ無理が出るもんなんだっつうの!」


 ワンマンチーム、等という言い方はあるが、本当の意味で一から十まで一人で動かせているものなどあり得ない。

 スリリングディザイアものぞみ一人に深く依存しているものではある。が、のぞみ一人ではどうにもならない規模のものでもある。


「ヘヒッ! そ、そう……だよね? 異世界行きして……ずるいくらい優秀になった英雄さん、だって失敗する……んだし、私なんか……みんなが、助けてくれなかったら……ダメダメ……だから、ね……へヒヒッ」


「まぁ、いいか……それで」


 のぞみが自分をこき下ろしながら、しかし満面のひきつり笑いで繰り返しうなづくのに、ボーゾは嘆息しつつ良しとする。


「へヒヒッ……じゃ、じゃあ……頼れる仲間が動けるように……私は私の仕事、しないとね……ヘヒッ」


 知らない人には不気味に見える笑顔のまま、のぞみは手のひらのコンソールに指を走らせる。

 そうして取り返そうと逆撃をかけてくるカタリナの手を弾いて、魔神たちを呼び出せる範囲を広く確保し続ける。


 今回攻め込んだダンジョンは、持ち主であるボスがボスで、うろついているモンスターも欲望を力の源とする者たち、特に魔神たちの天敵となるもの揃いである。

 それ故に強力で頼もしい魔神たちに主力として活躍してもらうわけにもいかず、自在に対応できるだけの安全圏・行動範囲拡大が第一になるというわけだ。


 そうしてのぞみがカタリナとのダンジョン陣取り合戦を繰り広げていると、サンプル採集作業を終えた忍が立ち上がる。


「さて、ボーナスもゲットしたところで、先に進むとするかね?」


「ヘヒッ!? そう……ですね。い、いきましょうか……ヘヒヒッ」


 集中していたところにダンジョンアタック再開を促されて、のぞみは跳ねるように背筋を伸ばしてカクカクと首を振って賛成する。


「そうね。ここって反ダンジョン団体が出入りしてるって話もあるし……アレの現役連中には目の敵にされてて正直ムカつくけど、一般人を保護しないわけにはいかないしね」


 悠美が歩き出しつつにつぶやいたことも、このダンジョンの攻略に乗り出すことにした理由の一つである。


 出坑でこう市役所やスリリングディザイアにデモ活動に来た団体も、このダンジョンの発生した寺院に度々出入りしていることをベルシエルが調べ上げている。


 つまりは手塚家の面々も関りがあるということであり、養分やのぞみに対する脅迫の材料として利用されることも充分にあり得る話である。


 そうした被害を減らすこと。

 そして、自分達に対して強みを持つ相手を叩くこと。

 これが巻島マキへの直接追跡と攻撃でなく、カタリナのダンジョン攻略を優先した理由だ。


「で、オーナーさん。クノたち斥候を放てないから見える範囲は少ないんだろうけど、一般人の固まった反応とかないの?」


「ヘヒッ?! そ、そうですね……今のところは……」


 問われてマップを参照するのぞみであるが、しかしハッキリと反応の表示される制圧・奪取済みの範囲に、一般人らしい反応はない。

 取り囲もうとしてか、方々から範囲内に踏み込んだ敵のマークがあるだけだ。


「あ……こ、このまま進んでると、かこまれそう……です、ね……次の角右に曲がった方が……へヒヒッ」


「オッケー右な」


 のぞみのナビを受けて、忍はそのとおりに道を進む。

 その後ろに続きながら、のぞみは進行方向の制圧範囲を広めていく。

 すると突然に前方に敵とも味方ともつかない曖昧な反応が発生する。


「ヘヒッ!? なぁにぃ……これぇ……?」


「どうしたのオーナーさん?」


「いや、その……変な反応のが前の方に……」


 のぞみが戸惑いつつも答えている間に、一行は大きく開けた部屋に出る。


 その対面の出入り口からは武装した、探索者とおぼしき人間たちが入ってきているのであった。

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