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105:三大欲求をもはねのける欲望

 ベルノとザリシャーレがサンドラたちと共に亡霊牢獄を破ろうとしているちょうどその時。


 会議室で眠っていたのぞみが目を開ける。


「オーナー? どうしたのですかな?」


 主人の突然の目覚めに、送られてくるデータの処理をしていたベルシエルは首を捻る。


「……いかなきゃ……」


 しかし疑問を投げる知識欲に対して、のぞみは半ばにまぶたの降りたまどろんだ目付きのままに立ち上がる。


「いや、いやいや……いったいどうしたのですかなオーナー? 寝ぼけていては危ないですなぁ……」


 重心も焦点も定まっていないのぞみ。この様子に、ベルシエルは辺りに立ち上げ浮かべた情報処理システムをたたんで、支えに行く。

 そしてちらりとのぞみの枕をやっていたスムネムへ視線を。


 オーナーの安眠を守るのはそっちの欲望で役目だろう。

 そんな仕事放棄をとがめる目に、しかし睡眠欲の魔神は、寝袋じみた着ぐるみパジャマ姿のままスヤスヤと寝息を立てている。


 これにベルシエルは疑問に首をかしげる。


「……どういうことかな?」


 スムネム。そしてベルノも。

 三大欲求とも言われる本能に根差した欲望を司る彼女たちは、マスターであるのぞみが肉体的に抱えた欲望を満たすことに妥協はしない。


 事実、パークの一大事を告げる警報に対しても、スムネムの行動はのぞみの安眠維持一択であった。


 彼女らが無理にでも食事や睡眠を取らせようとしている時は、のぞみ本人がいくら「寝たり食ったりしてる場合じゃねえ」と言っていても肉体が、本能が必要を訴えている状態なのである。


 そんなスムネムが、夢遊病のように立ち上がったのぞみを放置して眠りこけ続ける。

 ベルシエル、いや欲望の魔神衆から見れば断じてあり得ない事態である。


「……ワケが分からないな……いったいぜんたいこれは……?」


「……ワタスモノカ……」


 ベルシエルが未知の状況を前にして分析に入ってしまったその横で、のぞみは寝ぼけ眼のままにまたつぶやく。


「渡さない? ああ確かにベルノとザリシャーレ、それに数名のアガシオンズとサンドラが、侵入者の作った檻に閉じ込められはしましたな」


 寝言同然の片言言葉を受けて、ベルシエルはゲッコー忍軍から送られてくる映像をはじめとした現状を確認する。


 魔神たちやアガシオンズらスタッフモンスター。身内同然に考えている彼らが害されるのを嫌う――というよりも、怯えてすらいるのぞみである。

 その危機を察し、蓄積した睡眠欲をはね除けてまで動き出したのだろう。

 そうベルシエルはこの状況の原因を察して息を吐く。


「ご安心を、ですな。閉じ込められはしたもののベルノもザリシャーレもあの程度ならば、大した苦もなく抜け出せますからな」


 そうして不安になって動き出すことはない。と、主人をなだめあやすように背中を撫でる。


 実際亡霊で作った牢獄は遮断する能力こそ見事であるが、欲望の魔神を相手に捕らえ続けるのは荷が勝ちすぎている。

 ちょいと無茶をするか、簡単な工夫でもすれば内側からでも苦もなく破れる。

 そして程なく制圧して状況は終了。

 それが送られてきた情報を分析したベルシエルの見立てである。


 そんな見立てを根拠に、子守唄を聞かせるようにしていたベルシエルであった。

 だが唐突に彼女が展開していたマジックコンソールにノイズが走る。


「何があったのかなッ!?」


 ベルシエルはこの不意打ちの状況変化に、慌てて自分が預かるゲッコーたちに報告を求める。


『……うたで……よくぼ……けす、歌が……』


 弱々しく、所々を重なる音にかきけされた不明瞭な報告。

 しかしそれが故にベルシエルは状況を察した。


「あの歌をッ!? 秩序の手先がやるのをここで鳴らしたのだなッ!?」


 欲望の魔神。その元締めであるボーゾをパートナーとしたのぞみのダンジョン。それがスリリングディザイアである。

 幹部の顔ぶれは元より、欲望の魔神の影響濃密なダンジョンである。

 そんなダンジョンで欲望を否定し、枯らす力を使えばどうなるか。


 知りたいと言う欲求で集められる情報に齟齬が生じてる段階で、その影響の大きさは察せられると言うものである。


「発生地点はやはりベルノとザリシャーレたちの……こうなれば、魔神衆全員総出ででもやるべきですなッ!」


 幸い厄介な歌の発生したことで、その地点こそが最重要防衛点ということははっきりとした。

 侵入者撃退に総力を集中すべく、ベルシエルは分散対処している仲間たちへ向かうべき場所を伝えようと呼び掛けはじめる。


「……わたさない……だれにも……」


 その一方でのぞみはまた低い声を漏らす。


 これにベルシエルが振り向くと、のぞみはすでに胸元や身体中から黒い腕を伸ばして周囲のゲートにそれらを突っ込んでいるところであった。


「オーナーッ!?」


 そしてベルシエルが止める間もなく、のぞみは伸ばした己の欲望に引かれてゲートをくぐったのであった。


 そうして今、のぞみは自分から身内を奪っていこうとした敵と直接対峙しているというわけである。


「シシシ……これはこれは、お遊びダンジョンのオーナー自らおもてなしに出てきてくださるとは、なんとも丁寧なことで……」


 胸や背中から生じた無数の黒い腕で、身内を次々と拘束から解き放っているのぞみに対して、オルフェリアは一定の間合いを保ち悠然と立っている。


「シシ……それにしても……」


 そんな一言に続けてオルフェリアは笑みを深くして掠れ笑いをこぼす。


「ずいぶんとまた、私の従える死霊に自然と混ざれそうな風体ね? シシシ……」


 鏡を見てオバケと驚いてしまうのぞみ。それが長い黒髪を揺らして立つ様を、オルフェリアは身近なものとして笑い声を大きくする。


「ボス、ダンジョンコアはともかく、ボディはこっちでもらってもかまわない?」


「気に入ったっての? あれを?」


「だってあんないい感じのゴースト感、なかなかいないでしょ? ね、どうせダンマス本人は要らないんだから、もったいないし? シシシ」


「……好きにすればいい」


「シシシ! いいじゃないボス、話が分かってる! じゃあどんな感じで仕上げようか? 経歴を活かしてゾンビメイド長とかいいかもね! シシシ!」


「おい、もう勝ったつもりなのかよ」


 オルフェリアの悪趣味な話を遮る声がある。


 それにネクロマンサーとそのボスが目を向けた先にはのぞみが変わらずゆらゆらと立っている。

 しかし口を挟んだのはのぞみではない。その胸元に収まったボーゾである。


「俺の相棒をどうこきつかってやろうかだのと、ずいぶんと好き放題ほざいてくれるじゃねえかよ? なあ!?」


 豊かな胸と無数の黒腕に埋もれて、モンスターの核か苗床といった感のボーゾは、不快感も露にして睨み付ける。


「おやおや。まっすぐに欲しいという欲望をさらけ出しているだけなのに、まさかそれを欲望を司る魔神様が非難されるとは……シシ!」


 しかし魔神の怒声にも、オルフェリアはまるで堪えた様子もなく笑って返す。


 対してボーゾは腕組み、鼻を鳴らす。


「欲望の魔神である俺が! 俺の相棒をぶんどってやろうって欲望を気に食わねえって言って何が悪いってんだッ!!」


「シシ! なるほど、これは道理で! シシシシッ!」


 しかしこの堂々とした開き直り同然の言葉を、オルフェリアは手を叩いてはやし立てる。


「で、そうやって対立する欲望がぶつかり合ったら、欲の深ぁーい方が勝つ、ですよね?」


「おう、その通りだ。だが俺らを相手に軽々と欲深さで勝てるだなんて……」


「でもそっちの欲の力が無くなっちゃえばぁ、私たちの勝ちで文句はないですよね? シシシ!」


 そしてボーゾの言葉を高まった笑い声で遮りながら、傍らのボスへ合図する。


 しかし何も起こらなかった。


「あ? なんで? なんで鳴らない!?」


「え? どしたのボス? 浄化の歌は? 聖女気取りの下僕が使ってたのを写し取ったのは?!」


「そんなこと私が知るかぁッ!?」


 動き出さない切り札に、オルフェリアとそのボスは戸惑うままに言葉をぶつけ合う。


「へッ! なにも別におかしいことも難しいこともねえよ」


 そんな彼女らの疑問に、答えは自分の手の中だとボーゾが。

 それにオルフェリアらが振り向けば、無数の黒腕に音響装置を握ったのぞみの姿がある。


「ここはのぞみのダンジョン。のぞみの世界だぜ? 異物オブ異物なんざいつまでもほったらかしになんざするわけがねぇだろうがよ!」


 ボーゾが胸を張って種明かしをするのに続いて、のぞみは黒腕に掴んでいた音響トラップを放り投げる。


「うっひゃあッ!?」


 まっすぐに音を立てて迫る塊に、オルフェリアたちは揃って声を上げて飛び退く。

 しかし身を引くや何ものかにぶつかり遮られる。

 それに恐る恐ると二人が振り返り確かめると、そこには編み上げる形で壁を成した黒い腕が!


「ぎゃぁああッ!?」


「キ、キモイッ!?」


 自分たちが死霊を使っていることを棚に上げ、おぞ気に震えて悲鳴を上げる。


「……ワタス、モノカ……ッ!」


「ウチにこんなモン仕込んで、挙句にウチのモンをかっさらおうとしたんだ、チャンスだって渡すものかよ……って、のぞみは言ってるぜ!?」


 ボーゾは半ば暴走状態にあるパートナーの胸元に沈んだまま、その言葉を敵へ伝える。

 それを肯定するようにのぞみの体から伸びた黒腕が糸をねじりより合わせるように固まって、巨大な拳を形作る。


「い、いや……今回は未遂だったわけだし、ここはひとつ大目に見てもらえないもの……かな? シシシ」


 背後には壁。そして正面には自分たちを狙って振りかぶられた巨大な塊。

 この状況にオルフェリアは、その場にひざまづいて許しを請う。


 自分たちの優位を信じていた先ほどまでの余裕はどこへやら。拝むように慈悲を求める。


「……いや、ダメに決まってんだろ。ここで見逃したらお前ら絶対また仕掛けてくるのは見え見えなんだからよ」


「ですよねー」


 ボーゾの無慈悲な宣言を合図としたかのように、のぞみは黒腕で作った拳を叩きつける!

 その一撃はオルフェリアたちのいる地面を大きく沈ませる。


「チッ……うまく逃げやがったな」


 しかし叩きつけた塊を解いてみると、そこにはバラバラになった人形が転がっているだけであった。

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