102:無理だとか無駄だとかを決めるのは誰かじゃない
閃く白刃。
抜き打ち気味に放ったそれは、しかしオルフェリアが残した影だけを裂くに終わる。
剣の間合いから逃れたオルフェリアは、左右の手に暗黒色をしたエネルギーの塊を産み出す。
戦士を相手にした術師の基本。魔法による遠距離攻撃である。
だがサンドラも、間合いの外から攻めようというこの目論見をみすみす見過ごす訳もなし。
振り抜いた剣を振りかぶる間も惜しいと踏み込む!
しかしオルフェリアは筋書きどおりとばかりに構築中の魔法を放棄。
暗いオーラをまとった手を突き出す。
先にサンドラの左腕を枯れさせたドレインタッチ。
必殺のタイミングで繰り出されたそれを、サンドラもまた計算通りとばかりに身を屈め、すり抜けかわす。
そして無防備な背中へ向けて、振り向きざまの剣を見舞う。
しかしそれもまた切ったのはオルフェリアの残したもの。彼女が従えた死霊のみである。
そしてまた間髪置かずに気配のみを頼りに間合いを詰め、刃と魔力を纏った手をぶつけ合う。
そのまま互いに必殺の一撃を叩き込める距離。この間合いを保ちながら、一撃必倒の攻撃のぶつけ合いを繰り返す!
「シシシ……片手だというのに、やるやる……」
片手が利かぬ分、全身の加速で補い四方八方からサンドラが斬りかかる。
それを両手、障壁、手下の死霊を駆使して捌きながら、オルフェリアは掠れた笑いをこぼす。
「フン! そっちは捕まった者などと軽く処分してやるつもりだったろうが、あいにくと一方的に切り捨てられてやるつもりなど無いぞッ!!」
怒りの言葉を合図としたかのように、サンドラはさらに加速。刃の嵐となる。
しかし対するオルフェリアは、嵐の中心にありながら掠れた笑い声を大きくする。
「シシシ……! 処分や切り捨てるだなんてそんな。一応は救出のつもりで来たんだけどね?」
「ふざけたことをッ!? こちらを殺すつもりのものを仕掛けておいてッ!!」
高くなったオルフェリアの笑い声に、サンドラは頭に血が上るに任せて切りかかる剣にさらに力を籠める。
「いやいやいや、私ウソ言ってないヨーホントホントー」
「この! わざとらしい! 棒読み調子ぃいッ!?」
挑発されるがままに剣はその激しさを増す。だがそれゆえに単調化し、見切りは容易に。オルフェリアにはまるで届かない。
「本当だって。まあ、私の手下のリビングデッドにして……だけどね?」
静かな一言。これに合わせて放たれた暗黒色の魔力にサンドラは弾き飛ばされる。
しかし宙返りに勢いを殺し、膝をつくこともなく利き手を前に出した半身の構えを取る。
「……どういうことだ? こちらが目障りだから失態を理由に切る。そういう策略ではないのか?」
「まさかそんなもったいないことを!? あの聖女気取りじゃああるまいし」
いつでも切りかかれるよう油断なく構えるサンドラに、オルフェリアは掠れ笑いをこぼしながら答える。
「まあ、私たちも色々な意味で枠が限られてるからね。サンドラの言うとおり、捕まっちゃうような失敗をしたのを、そのままにしておくわけにもいかないって言うのも本当だけれども」
英雄の取り巻きたちは、同じく慕う男の復活を目的とした仲間であると同時に、ごく限られた席を巡って争う敵でもある。
競争相手は減らせるときに減らす。
サンドラも自分で口にしただけあって、この答えは予想どおりのもので驚きはない。
「でもさっきも言ったけれど、それじゃサンドラの戦闘力があんまりにもったいないじゃない? ボスに言われて来たけれど、枠が空くなら文句はでないでしょって、死霊騎士にして迎えようって、ね?」
「なんだと……ッ!?」
しかし、ただ厄介な邪魔者として潰す算段どころか、リサイクル品同然として扱う計画を聞かされては、さすがに困惑に切っ先が揺れる。
「ブレたね?」
そのほんの僅かな、しかし確かな隙を見過ごすオルフェリアではない。
掠れた笑いを一つ添えて、影を広げるように黒い風をサンドラへ!
殴るように吹き付けるこれに、サンドラは歯を食いしばり腰を落として堪える。
「片手が利かぬとはいえこの程度で……ッ!」
影の波を凌ぎ切り、サンドラはすかさずに当てた間合いを詰め直そうと体重を前へ。
しかしそのバネが放たれるよりも早く、暗いものがその体に絡みつく。
それは警備アガシオンズに絡みつき締めあげているモノと同じもの。影亡霊である。
急ぎ振り払おうとするサンドラだが、しかし一対一でアガシオンズを締め上げる影亡霊。それが一体や二体ではない、無数にである。
いかに英雄と並び立つ女戦士とはいえ、とても振りほどけたものではない。
ならばと影の手に覆われた全身から光を発する。
これは生命エネルギーの輝き。
太陽光と並んでアンデッドには覿面に効くものである。
「シシシ……無駄無駄。いくらサンドラでも、片手がそんなじゃあね」
しかしオルフェリアが嘲笑うとおり。生命エネルギーの放出ということは肉体のコンディションに大きく左右される。
拳、指先への一点集中であれば誤魔化すことも出来るだろう。
しかし今サンドラがやっているのは全身放出。
左腕を欠いた状態では、夕日程度が関の山。その程度ではいかに光に弱い死霊の類と言えど、うっとおしくいらつかせてくる程度のものでしかない。
そのためにサンドラにまとわりついたシャドーゴーストたちは、不快な輝きの元を断とうと輝かぬ左腕の側から押しつぶしにかかる。
「ぐぅう……まだ、まだぁああ……ッ!!」
しかしサンドラは剣を支えとして圧し掛かる重みに堪え、生命エネルギーの放出を続ける。
「いや、いやいやいや……だから無駄だって、諦めて大人しくしといたほうがいいと思うけど? 生命力の絞り出しなんて続けてたら、ほら」
オルフェリアが銀色の髪をいじりつつ諦めを促す。
しかしそれが警告であることも間違いはない。
ためらいなく命の光を放ち続けるサンドラ。しかし影からのぞくその肌には細かな皺が、現れ始めている。
生命の力を垂れ流しに使い続けているのである。
萎れ、枯れていくのも当たり前のことである。
「フン……警告をどうも、ありがとう……だが、言われて素直に諦めてやると、思うかッ!?」
だがサンドラは脂汗を流しながらも闘志を、放出する生命力の勢いを断固として緩めない。
その姿にオルフェリアは呆れたようにため息を吐く。
「んんー、止めといた方がいいと思うよ? パワーが足りてないのに続けてても振りほどけるわけがないんだからさ」
無駄無駄無駄と、諦めを促すオルフェリア。
だがサンドラは放出する生命力を弱めるどころかさらに輝きを強める。
「だから、そんなことをしても生命力を使い果たして死霊になるのが早くなるだけで……」
「無駄だろうが、なんだろうが……このままただ諦めてやることはしたくない……それだけだ……ッ! 納得するまで、あがいてやりたい……と、こちらの思いのままになぁ……ッ!!」
「……暑苦しい」
思いの丈を叫ぶサンドラに対して、オルフェリアの感想は冷ややかな一言のみ。
「まあいいや。それならそれで手早く決着をつけてやるとしようか。首を切り離して、デュラハンにでもしてあげようか」
そうして影に縛られたまま命の輝きを放つサンドラへ無造作に近づいていく。
対してサンドラは歯を食いしばって自分に死をもたらそうとする者を見据え続ける。
そして暗黒色のオーラを纏った手がサンドラへ触れようと――。
「よーく言ったよサンゾーッ!!」
だがその横合いから猛然とぶちかましをかけるものがある。
「うぎゃぁあッ!?」
「お前は、食欲の……!?」
「イエース! 食えぬものなしのベルノ・グラトニーッ!」
オルフェリアをぶっ飛ばしたハチミツ色の乱入者は、もちろんベルノである。
ご機嫌に名乗ったベルノはサンドラへ近づくと、彼女にまとわりついたシャドーゴーストらをひっぺがしては吸い込むように胃袋へしまっていく。
「うーん、やっぱりアンデッド系のは美味しくないなー……特に実体がないのはお腹にも溜まんないから食べてる気がしないしー」
「なぜ……? どうして、こちらを助ける?」
不満を漏らしながらもズルズルと吸い込んでいくベルノに、サンドラは疑問を投げ掛ける。
サンドラは魔神たちにとっては主人に切りかかった敵であり、今回も更なる敵を本陣へ招き入れている。
オルフェリアもろともにまとめて始末されるのならばともかく、救助される云われなどないはずである。
「いい欲望を見せてもらった。それ以外に理由が必要かしら?」
その疑問に答えたのはベルノではない。
派手な装いの美女、ザリシャーレである。
「いい欲望、だと?」
「そう。生き延びたいっていう欲望。あれだけ強いの見せてもらったらそりゃあ手を出したくもなるものじゃないか・し・ら?」
ザリシャーレは言いながら、アガシオンズから剥がした影亡霊をベルノの目の前に放り出して始末させる。
「……ふん。甘いことだな。だが、助かった……礼を言う」
なんとも欲望の魔神らしいその理由に、サンドラはそっけなくも確かに感謝を述べる。
「シシ……ここで魔神たちがやってくるとは、まさかよね」
そこへ吹き飛ばされていたオルフェリアが黒雲に運ばれて戻ってくる。
「そこは、そっちの計算違いに強かったサンゾーの欲望を誉めてあげるべきじゃないかなー」
「シシ……なるほど、欲望の強さか。欲の魔神たちらしい考えじゃない」
ベルノの言い分にオルフェリアは掠れた笑い声を上げる。
「でも、欲望って言うなら、私たちの未練も、死者を現世につなぎとめる欲望もなかなかのものだと思うけれど?」
その言葉に続いてオルフェリアの乗る黒雲が一気に膨れ上がる!
膨張の勢いはすさまじく、一息に辺り一帯丸ごとにベルノにザリシャーレ、サンドラにアガシオンズを巻き込み、覆い隠してしまう。
「さて、この強烈な未練で出来た檻を破ることができるかな? シシシ……」
そしてかたまり、雲を成した亡霊たちの上に寝転がって、オルフェリアは挑戦的にかすら笑いをこぼすのであった。