10:内部の様子はこのようになっております
石やレンガを組んで作られた床と壁。
等間隔に設置された光源に照らされたそれは、これ見よがしなまでにファンタジーな地下迷宮でございと主張している。
「なんとか二階層に来られたな」
上り階段を前に、そう言いながらプロテクターを着けた胸を撫で下ろすのは、剣を握った男子高校生だ。
「ほんとになんとかって感じでな」
「モンスターはサクサク退治できてるけど、トラップがね……」
そう言って頷くのは、男子よりも身軽そうな、短剣、短弓装備の女子高生である。
「それな。そっちは爽快なんだが、足元に気が抜けないっていうかな……」
「あああああああッ!?」
ぼやく二人の耳に、通路奥から悲鳴のような声が届く。
顔を見合わせ、様子を見に行くことに決めた男女一組は、足音を殺して奥へと進む。
やがて二人はT字路に行き着くが、声はその右手側の道から響いてくる
「……とか引っ張り上げて……」
「……でもロープなんか……」
「ケチ臭いことするから……!」
途切れ途切れに聞こえてくる話の内容から、二人はどうやら助けを必要としている状況にあると判断。声のする方へ足音に構わず急ぐ。
「声が聞こえましたが、どうしました?」
モンスターの襲撃かと驚かさないようにあらかじめ声をかけつつ、お困りの様子の男女二人組へと高校生コンビは歩み寄る。
「ああ。実は仲間が穴にハマっちまってな」
「引っ張り上げようにも、探索用ツールセットをケチってね。いい具合の道具もなくて途方に暮れてたのよ」
ツールセットというのはLEDランタンやロープなど、ダンジョン探索に何かと入用になるだろう道具を詰めたセットパックで、ロビーに受付カウンターと併設されたショップで販売されている。
現在はパーク開園セール中で、お値段なんと税込みで1000円ジャスト! これは安い!
とまあ、そんなセール中の必需品セットに出す金を渋った結果が、落とし穴にかかって立ち往生だというのだから情けない話ではある。
「……なるほど。そういうことで」
穴の底で、頭上に半減したHPゲージを表示させている男の姿を確認して、男子高生剣士は苦笑交じりにうなづく。
「これなら役に立てそうだ。ロープ貸そうぜ」
「はいはい。お人好しなんだから、もう」
そうして相棒の女子高生とともに持っていたロープを落とし穴へと垂らす。
「いや、助かったよ。やっぱ割り勘でもひとつくらい買っておけばよかったな……」
「いえいえ。通りがかった俺たちの手に負える程度でよかったですよ。それにしても、また深い落とし穴ですね」
穴の淵に手をかけた男を引っ張り上げながら、男子高生はつぶやく。
底に逆杭のような物騒なものこそないが、かなりの深さだ。ケガをしないダンジョンだからHPバー半減で済んでいるが、外で嵌れば骨を折るかもしれない。
後衛タイプか、それでなくても虚弱な者では一撃で強制送還は必至だろう。
「ああ、いや……落とし穴、じゃあないんだよな」
「……というと?」
“落とし穴”ではない、との言葉に女子高生が首を傾げる。その疑問に答えるように、穴にハマったチームの女性が天井を指さす。
その動きをたどって高校生コンビは上を見る。が、指の示した先にあったのは何も変わったところのない天井であった。
首を傾げる二人を前に、穴から脱出した男はロープを上に放る。
すると投げられたロープは、天井よりもずっと低い位置でブロックに当たる。
ロープの接近を感知して、透明になっていたブロックが目に見えるように現れたのだ。
「あ、“孔明”!」
“孔明の罠”などとも呼ばれる、知らないと引っ掛かる位置に仕込まれた見えない足場。アクションゲームなどに見られる、このお約束のトラップに頭をぶつけて、穴に叩き落とされたということらしい。
「知らずにこっちの道選んでたら、ヤバかったかもですね」
初見殺しのえげつない罠の存在に男子高生剣士は戦慄する。
「ちょっと、気をつけて! 何かくる!」
しかし相棒の警告に対する反応は早く、聞くや否や剣を抜いて身構えていた。
襲撃を察知し構える五人。
はたしてそこへ襲いかかってきたのは、無数の白く細いモノだ。
「なんだこれッ!?」
「喋るな! 口を閉じて鼻もふさげ!」
紐どころか、糸というべき細さのそれがうごめき迫る様に怯む高校生コンビを叱咤して、穴を出たばかりの男が斧を振りかざして前に出る。
重い刃で切り払い、なお絡みついてくるのを引きちぎっていくその姿に、高校生コンビも遅れて切りかかる。
そうして逆撃が始まれば、ほどなく決着を迎える。
五人に襲い掛かってきた白い糸たちは、ことごとくが細切れになって床に散乱し、長いものも火に巻かれて焦げ臭いにおいを漂わせて動かなくなっていた。
「なに? その……なんだったの、これ?」
「そうめん、か?」
高校生剣士が短く刻まれ、動かなくなったものをつまみ上げる。
さっきまでうねうねと蠢いていたのが嘘であるかのようにピクリともしないそれは、確かに彼が言う通りそうめんのように見える。
「いや違う。これは“ひやむぎ”だ」
「へ?」
「太さが違うだろ? そうめん以上おうどん様未満……具体的には1.3から1.7ミリ未満だから」
「いや細かすぎて分かんないですって」
どちらであるにせよ、動いて襲ってくる食べ物など、地面に落ちていようがいまいが口に入れるつもりにはなれないだろうが。
「でも、びっくりはしたけど、ひやむぎなんてのに襲われたからって、怖くもなんともないよね?」
「そいつは認識が甘いってもんだぜ」
モンスターの正体を知って軽く見る女子高生だが、その認識をコートに杖を持った魔術師風の男が否定する。
「どういうことです?」
「このひやむぎ、俺らに食われるために口や鼻に突っ込んでくるんだが、当然こっちに遠慮なんかしやしない。口に入られたが最後、のどに詰まらせて意識を失ってもなおねじ込んでくるぞ。まあ実際にはむせたところで強制帰還されるから大丈夫らしいが……」
「ひえぇええ……」
「おまけに切っても一定の長さ以下にしないとまだ動くから、余計に小回りが利くようになっちまう。俺みたいに攻撃型スペルユーザークラスのがいないと始末するのが面倒なんだよ。しかも手に入るのが上質なひやむぎとその汁くらいで、麺はだいたい床にバラまかれるか、炭になるかくらいだから……」
「おぉう、もう……」
油断すると即撃破されて、しかも見返りがおいしくない、厄介なだけの敵。
そう認識を改めた高校生コンビは、徒労感で重くなった肩を落とす。
そんな隙だらけの二人をめがけて、また白い麺が暗がりから迫る。
「危ねえ!」
しかし間一髪、斧使いが腕を引いたおかげで絡めとられずに済んだ。
「あ、ありがとうございます!」
「気を抜くなよ!? まあ痛くも何ともないだろうが……おい! また魔法を一発頼む!」
これを切り抜けた後だとばかりに礼を遮り、魔術師に指示を飛ばす。
が、魔術師の男はその横をすり抜けて、白い麺の前へ出る。
「お、おいなにを……」
「おうどん様だぁああああああッ!!」
そしてそのまま、制止しようとする仲間の手を振り切って、自ら麺の中へ飛び込んでいく。
「か、香川ぁああッ!?」
「ああ、おうどん様! おうどん様のためなら死んでもがももが……ッ!」
「香川ぁあッ!?」
「ダメ! 香川君はもううどんに沈んだわ! 逃げるしかない!?」
「ちっくしょう! こんな時に病気出しやがってぇえッ!」
確かに先のひやむぎよりも太い、うどん麺に包まれて繭のようになってしまった仲間へ叫んで、四人は猛ダッシュでこの場を離れるのだった。
その一部始終をモニター越しに見ていた忍は、冷や汗混じりにのぞみへ振り返る。
「なんかうどんの類の出現率高い……高くないか?」
「えっと……しょ、初日ってことで、最初のぼ、ボス役は……ベルノに任せたから、あの、その、食欲の……へヒヒッ」
「あいつがぁ!? あれに任せて大丈夫なのか!? めっちゃ強かったぞッ!?」
「そ、そこそこお腹膨れてればそんなに強くないし……ヘヒ、ヒヒヒッ」
「まあ、強さの大まかなコントロールが利くって意味では適任、なのか?」
のぞみのひきつり笑いを添えての説明に、忍は分からないでもないがとうなづく。
「ところでのぞみ、ぼちぼち仕度しないとじゃないのか?」
そんなやり取りの間に、ボーゾがタイムアラーム代わりに割り込む。
「あ、あうぅ……や、やっぱ、やんなくちゃ、だめ、かな? ヒヒッ」
「いやダメだろ。てか素直に行っとかないと……」
「迎えに来たわよマスターッ!!」
「ヘヒィッ!? ザリシャーレッ!?」
渋るのぞみに予定を守るように促すボーゾの言葉を遮って、彩鮮やかな衣装に身を包んだピンクメッシュ入りの金髪女が飛び込んでくる。
「さあ準備するわよマスターッ! もう時間も押してるんだからね、さあさあさあッ!」
「ヘヒィイイ! わ、分かった分かったから引っ張るのやめぇええ!?」
そうして彩鮮やかな風となった派手女、ザリシャーレに捕まったのぞみはそのまま抵抗もできずに部屋の外へと引きずられていく。
その様を忍は呆けた顔で見送り、ボーゾは言わんこっちゃないと言わんばかりに肩をすくめるのであった。
いただいた助言に従いまして、レイアウトが変わるように編集いたしました。