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庭園での悶着(物理)

 その日からテレーゼはリィナに格闘技を教わることになった。


 リィナが得意とするのは、相手のミスリードを促すフェイント技。蹴ると見せかけて、大股で相手に詰め寄る。かわすと見せかけて、腰を落として脚を狙う。

 テレーゼはなんというか、とても猪突猛進なので、引っかけや誤魔化しに弱い。


「うあっ!」

「テレーゼ様、よく相手の動きを見てください。あなたの魅力は決断の早さ。しかし、それが時には命取りになりますよ」


 そう言ってリィナは床に尻餅をついたテレーゼを助け起こす。メイベルは少し離れたところで二人の動きを観察しており、おっとり系男子は壁際でぼーっとしている。彼は埃っぽい空気が苦手らしく、テレーゼたちが組み手をしている間はマスクをして待機するしかないのだった。


「相手が動きを見せたら、ほんのわずかな時間、待つのです」

「了解……待つって、どれくらい?」

「いずれ感覚で掴む必要がありますが、瞬きする間程度で十分です。そして、相手の目を見るのです。相手がどこを狙っているのか、視線で捉えるのですよ」

「ううっ……分かった。やってみるわ。もう一本お願い、リィナ!」

「かしこまりました」


 女漢に必要なのは体術だけではない。大攻妃の専属女漢となると、格闘技の知識も必要なのだ。加えて、応急手当法や止血法、片手を失った際の包帯の巻き方や骨折時の三角巾の作り方など、生き残るための知識をまんべんなく身につけなければならない。そうしないと、いざ大攻妃が敵陣に囲まれて怪我をした際、手当をすることができないのだ。


「テレーゼ様は勉強熱心ですね」


 護衛のおっとり系男子がそう言ってテレーゼが読む本を眺める。ちなみにずっと前に自己紹介された気もするが、名前は忘れた。


「応急手当学入門に、人体模型図……すごいですね」

「ごめんなさい、おっとり君。ちょっと読書中だからあっちに行っててくれる?」

「あ、はい……」








 ある日、休憩中にリィナが話題を振ってきた。


「そういえば、テレーゼ様。テレーゼ様はレオン大攻のこと、どう思いますか?」

「いや、どうとも。というか、レオン大攻って強いの? 関節技使えるの? 握力は? 大胸筋はどれくらい?」

「強いという話は聞きませんね」

「ふーん……じゃあ、いいや」


 テレーゼは興味を失って、「できる! 筋肉増量法!」の本を閉じた。


「リィナはどう思う? やっぱり格好いい? 好きになりそう?」

「いえ、私はこれでも七年前から一人だけを思っていますので」


 リィナの口からなかなか興味深い事項が出てきた。テレーゼはにんまりと笑い、リィナを見上げる。


「へぇ……よかったらどんな人か、教えてもらっていい?」

「いいですよ。七年前、私がまだ官僚になる前に城の中庭で出会った男の子です。ノエル、と名乗った彼とは一度、組み手をして相手の顔の原型がなくなるまでボッコボコに叩きのめしただけですが、なんだか忘れがたくて……」

「ノエルねぇ……よくある名前だわ」

「そうなのです。夜だったのですが、金髪に青い目の、なんだかモヤシみたいな少年でした」

「金髪に青い目のモヤシ……」


 テレーゼは眉を寄せる。それは、なんだか、ある人物と同じな気がするのだが。

 だがリィナの方が先に手を打ってきた。


「レオン大攻と、髪と目の色は同じでしょう? 私もそう思ったのですが、半年前にお見かけした大攻はノエルとは全く顔が違いました。私としては、ノエルの方がまだマシだと思います」

「そんなになの!?」

「ええ。……ただ、あれから城仕えになっても彼と再会することはできなくて。七年越しとはいえ、彼の顔ははっきりと覚えています。大人になったからといって分からないことはないですよ」


 そう言ってリィナはわきわきと両手を動かす。


「もし再会できたなら……さらにパワーアップした私を見てほしいのです。こう、彼の胸ぐらを掴んで、空高くまでぶっ飛ばして……千切ってもいで……」


(……なんだか、いいな)


 まっすぐな想いを持つリィナも、そんなリィナにぶっ飛ばしたいと思われる相手の少年も。


 リィナに世話になっているのだから、リィナには是非、思い出の少年と再会して存分にバトルしてほしい、と思わずにはいられなかった。








 リィナたちとの鍛錬は専ら室内で行うが、たまには外に出て日光の下、特訓するようにしていた。リィナ曰く、室内と室外では勝手が全く違い、特に悪天候の時などは今までの技が通用しないこともあり得るのだそうだ。


 そういうわけでテレーゼは外が雨模様だろうと風が吹こうと、定期的に外で特訓するようにしていた。


「テレーゼ様、前をしっかり見てください! リィナ様の爪先がこちらを向いているでしょう、構えるのです!」

「はいっ!」


 メイベルの指導の元、テレーゼはリィナと向き合う。

 今日の天気は晴れ。やや風があり、結んだ髪が首筋を擽ってくる。


 こういう不利な状況に慣れることが、いっぱしの女漢になる第一歩だ。いざ戦闘になると、額から血が流れて視界を塞ぐ、殴られて腫れた顔で前が見えなくなる、足元が草地だと滑りやすくなる、などのトラブルが発生する。いかなる状況でも冷静に戦えるようにしなければならない。


「行きますよ、テレーゼ様」

「ええ!」


 リィナが駆けだす。リィナの方がテレーゼより脚が長く、動きが滑らかだ。そして思いがけないところでフェイントを仕掛けてくる。

 対するテレーゼはリィナより力と体力があるが、動きはややぎこちない。それに一度体勢を崩されると立ち直るまでに時間が掛かる。


 そんな欠点を克服するための特訓なので、リィナはわざと足元を狙い、フェイントを仕掛ける。

 リィナの体が一瞬、傾ぐ。彼女がフェイント攻撃を放つ直前の癖だ。


(見えたっ……!)


「てぇいっ!」


 いつもよりほんの少しだけ左側に、テレーゼは拳を放つ。リィナの目が見開かれる。テレーゼの拳の先にはいつの間にか、リィナの腹部があったのだ。フェイントを掛けたリィナの行動を、テレーゼが読み取っていたのだ。


 ちっ、と舌打ちし、リィナがギリギリの体勢で後ろに跳ぶ。そこへ、テレーゼの蹴りが。

 リィナはよろめきながらも、振り上げた太ももで蹴りを受け、衝撃を和らげる。


「そこまで! ……テレーゼ様、よくリィナ様の動きを読みましたね」

「やった! ……ありがとう、リィナ、メイベル!」

「今日はやられましたね……」


 そう言ってリィナは微笑んで立ち上がる。メイベルが制止の声を掛けたため、一旦組み手は中止。


「おっとり君、お茶持ってきて。喉乾いたわ」

「あ、はい。ちなみに私の名前はジェ――」

「早く」

「……はい」


 メイベルからタオルを受け取って、二人並んでベンチに座る。そこへ。


「……どうやら今日は、他のご令嬢たちも外で鍛錬されているようですね」


 リィナが声を上げる。見ると、テレーゼたちがいる訓練場所から少し離れた場所に、見覚えのある後ろ姿が。


 あれだけで凶器になりそうな鋭利な縦ロールの金髪。確か、リィナを武術大会の日に虐めていた令嬢の筆頭。名前は、クラリス・ゲイルード公爵令嬢。

 ゲイルード家と言えば、関節技の祖と言われるほどの武術の名門で、代々の令嬢は秘伝の技を受け継ぎ、あまたの女戦士をも千切っては投げ千切っては投げの殺戮劇を繰り広げるという。


 そんなクラリスが愛するのは、深紅の格闘着。話に聞いたところでは、あの黒に近い赤の格闘着ならば相手の返り血を浴びてもそれほど目立たないため、ゲイルード公爵家の令嬢は赤の衣服を好むことが多いとか。


「組み手かしら? いっちょ挑戦状を叩き込もうかしら」

「訓練以外の私闘はご法度ですよ、テレーゼ様」

「それはそうだけど……」

「……いい加減身の程を知りなさい! 伯爵家の分際で!」


 ドゴオッ、と何かがえぐれる音。少女の怒声。

 テレーゼははっと振り返った。テレーゼの心情を察したメイベルも顔色を変え、テレーゼの服の袖を軽く引く。


「テレーゼ様、お気持ちはよく分かりますが……」

「分かってくれてありがとう。……メイベルはここにいて。大丈夫、殺さない程度に抑えるから」

「テレーゼ様……」

「私も行きます、テレーゼ様」


 そう言って立ち上がるのは、リィナ。

 テレーゼはそんなリィナを見、言葉に詰まる。これはテレーゼが首を突っ込んでいくのだ。それに、リィナはかつてあの令嬢たちに一方的にやられている。


「それは……」

「効率を考えてください。私のフェイント技とテレーゼ様の正面攻撃、それらを合体させると?」

「最強だわ」

「そういうことです。行きますよ、テレーゼ様」

「了解!」


 かくしてテレーゼとリィナは意気揚々と、声のする方に向かったのだった。

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