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いざ、戦場(ガチ)へ!

 残念ながら、テレーゼの家には城に着ていけるような立派な格闘着がない。よって、おっとり系男子の実家からいくつか借りてきた。彼の姉も、有名な武闘家らしい。城に着ていけるだけの立派な武闘着も貸してくれた。


「いいですか、テレーゼ」


 出立直前、母はテレーゼの両肩に手を乗せ、くわっと目を見開いた。母の万力が肩にめり込んで、ちょっとだけ痛い。


「あなたがすべきこと、それは?」

「はい、『殺られる前に殺る。そして覇道を極めて女漢の座を手に入れる』です!」

「よろしい! テレーゼ、わたくしはあなたのような娘を持てて幸せです。そういうわけで、あなたにはこの『確実に敵を倒すためのメソッド集』を授けます。城でも頑張るのですよ、テレーゼ」

「はい! ありがとうございます、お母様」


 そうして母と娘は、互いの愛情を確認するように拳をぶつけ合って別れた。


 準備万端でテレーゼは城に向かった。この日のために公国内から集められた令嬢は、三十人以上。大広間に集まった令嬢たちは誰もが皆、とても強そうだ。

 令嬢たちは、「やんのかオラ」「首締めたろか」と言いたげな眼差しで互いを牽制し合っている。

 彼女らは新しく部屋に入ってきたテレーゼを見て、その力量を推し量っているようだ。テレーゼが得意なのは、一撃必殺の急所狙い。令嬢によって得意分野が違うので、相手がどのような手に出るのか、観察しているようだ。


 そうこうしているうちに、ころりとよく肥えた大臣から説明があり、その後でレオン大攻のお言葉があった。


「私の妃にふさわしい女性が生き残るという魔法のリングだが、あいにく私もすぐにこの儀式を行えるわけではない。よって今後一月、皆には城に滞在してもらい、儀式の日まで待っていてもらいたい。それまでは、自己鍛錬や筋トレ、走り込みなどをしてゆるりと過ごすとよいだろう」


 えー、と一斉にブーイングが上がる。皆、自分の自慢の格闘技を今すぐにでも披露したくてうずうずしているのだろう。テレーゼも気持ちは分かるので、そわそわとグローブを弄る。


 レオン大攻は令嬢たちが殺気立っているのに気づいたのだろう、「文句があるのなら、帰ってもいいけど……」とボソボソと言い残して、さっさと候補たちに背を向けた。









 その後、テレーゼの専属騎士として例のおっとり系男子が就任したが、それほど重要でもないので子細は省いておく。

 テレーゼの実家からメイベルという、熟練の女戦士がやってきた。彼女は使用人であるが、幼い頃からテレーゼの格闘技の師範として活躍した女傑である。今はメイベルも歳を取ったので往年ほどの威力はないが、テレーゼの武術はメイベルと、そして永遠の目標である母から学んだのだ。


 そうしてテレーゼは大攻妃の専属女漢となるべく、メイベルから武術を教わる日々を過ごしていた。








 ある日、買い物を済ませてきたメイベルは、袋とは別にハンドサイズの手紙を持っていた。見るからに頑丈そうな、ぶ厚い封筒だ。見ただけで、実家の母や父からではないと分かる。


「テレーゼ様、太后様からお手紙です」

「何て?」

「武術大会を開催する、優勝者には褒美を取らせる、ですと」

「乗った! ……やってやるわ! マリーとルイーズの新品格闘着のために!」


 テレーゼの決断は早い。大変よいことである。







 そうして迎えました、武術大会当日。

 レオン大攻の母親であり、前大攻妃でもあるソフィア太后の指揮で、参加者たちは特製のアリーナに集まった。すり鉢状に観客席が設けられ、夜間でも特製の照明があるために活動可能な最新型である。


 部門はいくつかに分かれており、「足技禁止」や「リングから落ちた方が負け」や「瞬殺勝負」などがある。テレーゼはひとまず、「リングから落ちた方が負け」部門にした。一番それが手っ取り早く、何も考えなくていいからだ。


 壇上の太后の目に留まるべく、大攻妃候補の令嬢たちはそわそわとしている。今日の武術大会は、女性であれば身分を問わず参加できる。ソフィア太后に己の肉体をアピールできる最高の場だ。


「足技禁止部門六十五番、リィナ・ベルチェ!」


 レスラーの紹介を受け、リングに若い女性が上がる。さらりとした灰茶色の髪に紅茶色の目の娘だ。纏っている服は、城の官僚が着る胴着。

 対戦相手の令嬢がリングに上がる。二人の娘がにらみ合い、そして試合開始のゴングが鳴り響く。


(! な、なんて凄まじい攻撃……!)


 思わずテレーゼは己の口元を押さえた。口をついて出てきそうになった野太い悲鳴をこらえるためだ。

 相手の女性が間合いを詰め、手刀を繰り出す。心臓までえぐり出すような、鋭い突きだ。


 だがしかしリィナも負けていない。体勢を低くして攻撃をかわし、殴ると見せかけてひらりと身をかわす。相手の身体が傾いだところに、腹部に右拳の一撃を見舞う。


(あれは、フェイント技! ……私がもしあの部門に出ていたら、間違いなく引っかかっていたわ……!)


 鮮やかなフェイント技に、テレーゼは感動のため息をつくばかりだった。








 結果から言うと、テレーゼは「リングから落ちた方が負け」部門の第二位に輝いた。


 最終決戦まで上がったのはいいものの、最後の最後で相手のベテラン女漢の脚払いに引っかかり、リングの外の観客席までぶん投げられてしまったのだ。

 それでも準優勝の商品を贈られ、テレーゼはほくほくだ。


「ほら、メイベルもこれ、持ち上げてみてよ! 最新型の鋼鉄製ダンベルよ!」

「い、いえ、私のような者が持ち上げるなんて、とんでもない……」

「そんなこと言わないで。周りには誰もいないし……」


「――って言ってるのよ、分かってる!?」


 テレーゼが言ったそばから、風に乗って届いてきた女性の声。鋼鉄製ダンベルをメイベルと押しつけあい状態になっていたテレーゼは、はたと動きを止める。

 声がしたのは、テレーゼの背後の方。そちらにはぽつぽつとランタンの明かりが灯る、薄暗い裏道が延びている。


「……今、声がしたわよね?」

「左様ですね」

「……嫌な予感がする。ちょっと、見てくるわ」

「まあ! テレーゼ様、どうか相手を殺害しない程度に……」

「うん、気を付ける」


 というわけで、テレーゼはダンベルをメイベルに押しつけて声のする方に単身向かったのだった。

 そこはやはりと言うべきか、一人の女性が複数の令嬢に囲まれていた。


 テレーゼは建物の陰に身を隠しつつ、顔をしかめる。筋肉がウズウズするのを抑えられない。今すぐにでも令嬢たちに飛びかかって決闘を申し込みたいのだが、面倒ごとは避けるべきだろう。

 決心したテレーゼは指先で自分の鼻をつまみ、大地の底から唸るような声を出した。


「……そうなの! こっちにゴリラのように勇ましい女漢がいると聞いて……」


 テレーゼは裏声を出して、令嬢たちを追い払った。ゴリラのように勇ましい女漢でない彼女らからすれば、第三者にこの場面を見られるのはまずいと思ったのだろう。

 令嬢たちが駆けていった後、地面に座り込んでいるのは、灰茶色の髪の女性だった。確か彼女は、「足技禁止部門」で一位になった女性だ。


「リィナさんですね、大丈夫ですか? わたくしはテレーゼ・リト覇ルトです」


 そう言ってテレーゼは女性を助け起こしてから、容赦なくその顔面に拳を突き出す。相手の女性はテレーゼの攻撃をかわし、お返しとばかりに回し蹴りを放ってきた。テレーゼは後ろに跳び、鋭い蹴りをかわす。

 ア喰らうド公国に伝わる、女性同士の挨拶の一つだ。


 リィナは瞬きをしてテレーゼを見つめていたが、徐にその場で深く頭を下げた。


「助けてくださってありがとうございます。何かお礼をしたいのですが」

「お礼なんて……」

「いえ、お礼をしなければ私の気が済みません。というわけで、また後日お伺いします」


 そう言って、リィナという女性は去っていった。

 テレーゼは何とも言えず、両手の関節をぽきぽき鳴らせながら彼女の後ろ姿を見守った。








 「後日必ず」と言ったリィナはなんと、翌日の昼にテレーゼの部屋に来訪してきた。


「改めまして。ア喰らうド公国官僚補佐官、リィナ・ベルチェと申します」


 そう言ってきちっと礼をした後、出迎えたメイベルと拳の応酬をするリィナ。


「彼女がどうしてもテレーゼ嬢に礼を言いたいというので、お通ししました。よろしかったですか、テレーゼ嬢」

「構いません」


 おっとり系男子が尋ねるので、テレーゼはきっぱり答えた。まさか昨日の今日ですぐに来るとは思わなかったが、テレーゼもリィナが来たときのための心の準備はできていた。


 テレーゼは一息つき、自ら切り出す。


「それで、あなたはわたくしにお礼をしたいとおっしゃってましたね」

「はい」

「そこでわたくしからの提案なのですが……わたくしが今欲しているものをあなたから譲っていただきたいと思っていますの」


 そう言うと、わずかにリィナが動揺したようだ。


「……かしこまりました。あまり蓄えはありませんが、ダンベルでもナックルでも、テレーゼ様のご希望に添えるものがありましたらお持ちします」

「ああ、違うの。そういう目に見えるものじゃないのよ」


 そしてテレーゼは一つ息をつき、真っ直ぐリィナを見つめる。


「わたくしは現在、レオン大攻の妃候補として城に留まっておりますが、わたくしは大攻殿下の妃になるつもりはありませんの」

「……なんですって?」

「いろいろ実家にも都合があって、わたくしは妃よりも城での永久就職――大攻妃付きの女漢になることを目指しております。三十数名いる妃候補で、妃に選ばれなかった者は女漢などに抜擢されることがありますので、わたくしの本命はそちらなのです」


 リィナが信じられない、とばかりの眼差しで見つめてくる。それもそうだろう。

 おそらくテレーゼ以外ほぼ全員の妃候補たちは、レオン大攻の妻になろうと必死に武者修行を重ねているのだから。


「ですが、女漢になるにはまだまだわたくし自身の力が足りていないと自覚しています。特に、フェイント技です。女漢になるには、今のままでは不十分……だからこそ、あなたの力を借りたいのです、リィナ」


 そこでテレーゼの言わんとすることが分かったのか、リィナの目から鋭い光が消える。


「……つまりテレーゼ様は、女漢となるために必要な格闘技術を私から吸収したいと……?」

「話が早いですね、そういうことです」

「……確かに私は城の官僚です。しかし、偉そうに教鞭を振るってテレーゼ様にお教えできるほどの力があるとは思えませんが」

「それでいいのです。それに、わたくしは他のご令嬢たちと違い、まだ付添人を選んでおりません。どうか、格闘着の師として、そしてわたくしの付添人として、『リングの儀式』までの間、わたくしの側にいてくれませんか?」


 付添人は簡単に言うと、令嬢のお世話係だ。令嬢と組み手をし、格闘着談論をし、一緒に新技を開発し、「今日もお強いですね」と褒めちぎる係。

 といってもテレーゼは「今日もお強いですね」など言われたいわけではない。リィナの技術がほしいし、あまたの令嬢たちに詰め寄られても強い眼差しを失わない心に、惹かれたのだ。


 リィナはしばし考えた。考えた後――ふわり、とその頬がほんのり赤く染まった。


「……そ、そのようなお願いでよろしければ、もちろん、喜んで」

「ええ! ……ああ、そうそう。ここにいるおっとり系男子君とメイベルは知っているけれど、私は堅苦しいことは嫌いだから。気軽に接してちょうだいね、リィナ」


 そう言ってテレーゼは立ち上がり、拳を突き出した。

 ぱん、と音を立ててリィナはテレーゼの拳を手の平で受け止め、にっこりと微笑んだ。


「……はい、よろしくお願いします、テレーゼ様」

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