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ALICE  作者: 焼きプリン
マリア
6/10

ねぇ、マリア

「ねぇ、マリア。歌って」


 そう言って彼女は愛らしく小首を傾げた。


 彼女はよく歌っていた。


「ねぇ、マリア。雨の日の朝って、空気が澄んだ感じで気持ちいいね。

 なんだか歌いたくなってくるわ」


「ねぇ、マリア。マリアは雨は嫌い? 私は好きよ。

 雨が音を包んで世界が少し静かになるの。

 世界が少し小声になるのよ。

 そんな日は、シトシト雨音を聞きながら、本を読むのもいいし、静かな曲を口ずさむのもいいわ。雨って喉にも優しいんだから」


「ねぇ、マリア。とても綺麗な青空ね。あなたの瞳のよう。

 草原に寝転がって空を見上げたら、気持ちいいでしょうね。

 そしたらきっとあなたの瞳を思い出すわ。

 一緒に行きましょう。そして歌うの、楽しい歌を。

 声がよく通って、きっといい気分よ」


「ねぇ、マリア。曇りの日って、陽射しが柔らかで優しい感じね。

 雲間から射し込む光って、神聖な雰囲気で素敵。天使の階段って言うのよ。

 いつか私も昇れるのかしら。

 その時は、私きっと聖歌を歌うのね」

 

「ねぇ、マリア。ケンジって可愛いのよ。子供みたいな人なの。

 私がいないと、食事もちゃんとできないんだから」


「ねぇ、マリア。私、ケンジと結婚するわ。きっと、死ぬまで一緒にいるの。

 結婚式では一緒に歌ってくれる?」

 

「ねぇ、マリア。私がいなくなったら、時々ケンジと一緒に食事してあげてね。放っておいたら、きっと淋しくて死んじゃうもの」


「ねぇ、マリア。私、この子を産むわ。

 それで私の命は消えてしまうかもしれないけれど、ケンジと私の子供を産んであげたい、ううん、産みたいの。

 …ごめん、マリア」


「ねぇ、マリア。見て、ちっちゃいわ。おさるさんみたいね。

 我が子って、凄く愛しいものなのね。

 この子に会えて本当に良かった」


「ねぇ、マリア。お願いがあるの。

 私ができなかったことを、この子にしてあげてほしいの。

 大したことではないのだけれど、いつか二人で行った草原に、この子と寝転んで、空見ながら歌ってほしいの。あなたの好きな、楽しい歌を」


「ねぇ、マリア。この子は私を見てくれるかな。生きてる間に目を開けてくれるかな。

 お母さんだよって、言いたいよ」


「ねぇ、マリア。この子に教えてあげてほしいの。

 晴れの日の空の蒼さ、雨の日の静かな時間、雲間から射し込む天使の階段。

 きっと、私そこから歌うわ。この子を思って」


「ねぇ、マリア。歌ってほしいの。この子に贈る、この歌を」


「ねぇ、マリア…私、死にたくないよ!

 この子の初めて話す言葉も聞けない、お母さんって言葉も聞けない。

 笑ったところも見てみたい。泣いている時はそばにいてあげたい。悩んだ時は支えてあげたい。

 学校に行くところも、働くところも、結婚するところだって見てみたいんだよっ!

 でも、できないんだ… 私にはもう、できないんだ…

 ねぇ、マリア、私、死にたくないよ…」


「ねぇ、マリア。昨日はごめんね。泣き言、言っちゃって。

 もう、私泣かないよ。この子と一緒にいれる、残り僅かな時間を泣いて過ごすなんて勿体ないもの。

 私、どれだけ幸せなのか、気付いたんだ。

 大好きなマリアがいて、愛する夫と可愛い我が子まで。

 ねぇ、マリア。…ありがとう」


 私は彼女のことが大好きだった。


 優しく、そして強い彼女は、私の誇りであり、憧れだった。


 彼女の言葉は、いつも私の心を揺さぶった。


 彼女の繊細な感性に驚き、優しさに救われ、歌声に癒された。


 ともに笑い、ともに泣き、ともに歩んできた。


 そんな彼女がいなくなることが、信じられなかった。


 楽しいときはもちろん、辛いときも、哀しいときも、彼女は歌ってくれた。


 ありがとう。


 ありがとう、姉さん。


 これからは、私があなたの代わりに、歌います、あなたの愛する子に。 


 きっと、あなたの感性を、優しさを、そして強さを伝えます。


 この子に、あなたの歌を、愛を届けます。


 深い愛と沢山の幸せが、この子に訪れますように。

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