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ALICE  作者: 焼きプリン
マリア
4/10

メール

『敬愛する博士。



 僭越ながら私見を述べることをお許し下さい。


 我々の人工生命の研究は現時点で肉体の形成は可能で、それは恐らく人体でも可能でしょう。しかし、肝心の命が宿っていませんでした。


 これは、非科学的かもしれませんが、いわゆる魂たるべき物が欠落しているためではないかと愚考いたします。しかし、今度の実験が最後である今となっては、その魂の組成について研究する余裕はございません。


 そこで私は、まず完全な生命をタンクの中で分解することでそこに肉体の構成要素はもちろん、魂の組成すらその中に封じ込めるのではないかと考えました。


 倫理委員会を通さなくては問題のある実験ですが、それではもう間に合いません。既に培養液が調整され、明日にも最後の実験が始まろうとしている今となっては。


 博士の命題であるこの研究をここで終わらせることは、私にとっても本望ではありません。


 そこで勝手ながら、最後の試みを私の手で始めさせて頂きたいと思います。博士にご迷惑が掛からぬように、私を懲戒免職処分となさって下さい。


 最後のタンクに一つの命を捧げます。


 私の仮説が正しければ、そこには魂の源基が組み込まれるはずです。


 そしてこの研究所を去ろうと思います。実験の顛末を見届けられないのは残念ですが、そのまま研究に携わるわけにはまいりません。


 最後の実験を台無しにしてしまうかもしれませんが、私の最後の我が儘をお許し下さい。』



 このメールは所長のオフィシャルアドレスに届いていた。そして、ケンジのパーソナルアドレスにもまた、メールが届いていた。



『親愛なるお兄様。



 あなた達を残して行くことを許して下さい。


 あなた達を置いていくことは、気掛かりだけど私にはやらなくてはならないことがあるの。きっとそれは私にしかできないこと。そして私が為すべきこと。


 それがあなた達の道しるべになることを、私は信じています。



 博士…、いいえ、ケンジ。


 あなたはもう甘えていてはいけません。辛いでしょうがジュリアのことから立ち直り、過去ではなく、今を、そして未来を見て生きて下さい。


 あなたはマサハルのたった一人の父親なのです。あなたがあの子に人生を教えていかなくてはなりません。


 ジュリアの思い出に生きるよりも、ジュリアが残した贈り物をしっかり見詰めて下さい。そこにはあなたのジュリアとあなたの幸せが詰まっているはず。


 彼を育て導くことが、ジュリアにとってもあなたにとっても幸福になるための近道であるはずです。ジュリアのことを想うなら、マサハルを大事にしてあげて下さい。彼こそがあなたにとってたった一つの宝物です。


 どんなに辛くても、もう逃げていてはいけません。小さなマサハルにとって、あなたがたった一人の家族なのですから。


 私のすることは意味の無いことなのかもしれません。あなたに迷惑を掛けるだけかもしれません。でも、きっとこれが私の為すべき事。これがあなたとマサハルのためになると信じています。


 だから、あなたはあなたの為すべき事を、成し遂げて下さい。


 あなたの夢が叶うよう、あなたと小さなマサハルに幸せが訪れるよう、祈っています。


 


 小さなマサハルへ



 しばらくあなたの環境は困ったことになるかもしれません。私のことを恨んでも構わないわ。もちろん、忘れてしまっても怒ったりしないからね。


 でも、お母さん、ジュリアのことだけは何となくでも覚えておいて。無理だとは分かっているけど、あの優しい人のことを忘れてしまうのは悲しいことだわ。彼女は、あなたのたった一人のお母さんですもの。きっとお父さんがお母さんの話を聞かせてくれる。だから、彼女のあなたへの愛だけは忘れないで。


 きっとあなたも、ケンジがジュリアに出会ったように、たった一人の掛け替えのない人に出会うことでしょう。もしそうなったら、その人を大事にしてね。例え明日会えなくなっても後悔しないように、その瞬間瞬間にめいっぱいの愛を注いであげて。


 それがきっと彼女とあなたを幸せにするから。




 あなたを置いていくこと、本当にごめんなさい。


 いつもあなたのことを想っています。ずっとあなたを愛しています。


マリア』

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