誕生
タンクの中でアルファが順調に成長し、ハッキリと胎児と分かるようになると、タンクの外に出すか培養タンクでそのまま経過を観ていくかが議論された。
タンクの中であれば、病気になる確率も低く、無難に実験を続けることができると思われた。
しかし、ケンジにとって、アルファはマリアとジュリアの娘であり、マリアの生まれ変わりであった。
そのアルファを実験動物として、人扱いせずに延々と培養するというのは、とても許容できることではなかった。
結局のところ、生命の誕生という命題に従うならば、出産時期になれば培養タンクという子宮から出してこそ、生命の誕生と言えるとのケンジの主張により、スポンサーを含めた意見の取り纏めが行われた。
初めての生命であり、適切な出産時期というのも不明ではあったが、限り無く人間と近い遺伝子を持つ、というか、言ってしまえば、先天的に部分的な遺伝子疾患を持つだけの人間であるアルファの出産は、最初の細胞分裂から300日、もしくは体重3000gの遅い方を選択することに決まった。
そしてアルファはそのまま大きな問題もなく、母胎の中の胎児と比べると若干遅いながらも成長を続け、ついにその体重が3000g超えた。
そしてアルファが、タンクから出される日がやってきた。
「ようこそ、アルファ、私達の世界へ」
ケンジは並み居る希望者を押しのけ、自らの手でアルファを泉の中から抱き上げた。そして、彼女を高く恭しく掲げ、眩しそうに目を細めて見詰めた。
そして、周囲に聞こえないように小さな声で呟いた。
「お帰り、マリア」
スタッフ達の歓声と拍手が部屋中に木霊し、驚いたようにアルファは元気な泣き声を上げた。
この世界に産み出されたアルファは、まずクリーンルームに運ばれた。彼女の免疫能力は未知数であり、通常空間での落下細菌に耐えられるかも分からなかったからだ。
広大な敷地内に設置された職員用の医療施設にNICUが新設され、そこでアルファは小児科の医療スタッフに見守られることになった。
大方の予想を裏切り、アルファは特に感染症を患うこともなく、問題なく健康に育っていた。
「こうしていると普通の赤ちゃんですね」
アルファの世話を担当している女性スタッフは、眠ったままのアルファを抱いてケンジに笑いかけた。
「そうだな。本当にこの子は一人の人間なんだ」
「博士?」
真剣な眼差しのケンジを、その女性は怪訝な顔で覗き込んだ。
「ああ、すまん。いや、この子にも人として幸せに生きる権利がある。そうは思わんかね?」
ケンジの問いかけに彼女はしばらく考え込み、そしてもう一度アルファを見詰めて頷いた。
「そうですね。この子は人間です。人として、普通の人間と変わりない幸せな人生を送って欲しいですね」
彼女は再びケンジに微笑みかけて続けた。
「生まれる前からこの子を見てますから、ここのスタッフはみんなこの子に愛情を抱いていますし、みんなこの子の家族です。
言わば、皆が母であり父であり、兄であり姉であるのです。ここに、この子の幸せを願わない者なんているはずがありませんわ」
ケンジは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに破顔し満足げな顔で頷いた。
「そうか」
「はい」
彼女はもう一度微笑んで、誇らしげに頷いた。
「ねっ、アルファ? お姉ちゃんだよー。あっそうだ、お父さんに抱っこしてもらおっか」
ケンジはアルファを受け取ると、その顔を覗き込んだ。
「そうか、私がお父さんか」
感慨深く頷くと、アルファに微笑みかけた。
ふと、窓の外を見ると、厚い雲に覆われていた空にほんの少しの雲間ができ、一条の光が世界に射し込んだ。
アルファを祝福するように。