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なんでもない話 〜I'm nothing〜

作者: 深山崇宏

――――昔から雨が好きだった。

恐らくは、この身体に染み付いた罪という名の汚れを洗い落としてくれるような、そんな気がしたからだろう。

何処へ向かうこともなくこの胸に燻り続ける感情に、我知らず吐き気を覚える。

泣き出した空の下、歩きながら、寂しい口元に煙草を咥えた。

偽りに満ちたこの世界で、ただ自分自身だけが真実だった。

酒に女。そんなものに溺れるだけで楽になれるのなら、どんなにか良かっただろう。

この世に生を受けて四半世紀。

それは――嗚呼、きっと我慢の日々だったのだろう。

もちろん、それは自分だけではなく。


交差点で立ち止まった。四足歩行の鉄の獣が雨粒を弾きながら疾走する。

道路を挟んだ向かいに、腰の曲がった老婆が見えた。

多分それは年のせいなどではなく、思い通りに動かぬ現実に圧し曲げられた心が、背中まで歪めているのだろう。

両耳のイヤホンからはアーティスト達の声。雨音に混ざり、耳の奥深くで反響する。

愛、希望、幸福。

巫山戯るなと思う。

それらは実態の無い(まやか)しだ。そんなものを高らかに歌い上げたところで、それが誰もに訪れる筈はない。

綺麗事は要らない。

毒を吐け。絶望を崇めろ。理不尽を讃えよ。

不幸が人生だと理解しろ。そうすればあとは容易い。

その絶望の汚濁に塗れた人生の中に、強く根を張る一輪の小さな花を見つければいい。

荒れ果てた灰色の風景の中に、一筋の光を見出せばいい。

求め過ぎる事は間違いだ。

そんな何でもない発見を心から喜ぶ事が出来るなら、それはきっと幸福だ。


不変はない。永遠などない。

―――――いや、永遠はただ一つだけ存在する。

それは変化だ。

それが真実、それが極論。

人が死ぬ。物が壊れる。永遠など、それこそ生命に、世界に対する冒涜だ。

命に永遠が無いからこそ、人は自分を守り、他人を思いやり、死に涙する。

物に永遠が無いからこそ、人は物を大切に扱い、破壊に恐怖する。

だからこそ、人は突然の死を受け止めて前に進んでいける。

だからこそ、人は物の破損を受け入れて次を考えていける。


夢があった。

誰もが笑ってしまうような、それはもう壮大な夢が。

しかし、世界は残酷だ。

―――――現実を見ろ。

その一言で、大半の夢は崩れさる。

それでも、歩んで行くしかないのだろう。

天まで届く夢の塔。

遥かに霞むその頂に、求めるソレを掴み取るまで。



交差点を渡りきり、いつもの場所で足を止めた。

―――つまらない思考を覚えたようだ。


上を見ろと人が言うから、頑なに足元を見つめてきた。

空には夢が飛び、希望が歌う。

足元には確かな地面。足元あってこその世界。

浮き足立つなんてもっての外だ。

ならば、これからの道をしっかりと踏みしめて歩んでいこう。


雨はいつしか上がり、夕刻が近づく。

家に向けて踵を返す。

胸を張った。いや、見栄を張ったのか。

夢は遥かに、希望は朧。

辿り着く予定もなく、曲がりくねったこの道を行く。

教わらなかった歩き方で、注意深く進む。



頭上には黄昏の空。渡鳥が最果てへと飛んでいく。

この失意に溢れた世界から見上げる(ゆめ)は、泣きたくなるくらい綺麗だった。

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