親と子
母親が、やっと拙い言葉を話せるようになった我が子に自分の名前を呼ばせようとしている。
「さあ、お母さんの名前を呼んでみて。お母さんの名前は『みさき』よ、み・さ・き…」
「み…」
「さ」
「さ…」
「き」
「き…」
「そう、続けて呼んで。みさき」
「み…さ…き…。みさき…」
「やったわ。私の希望の名前を呼んでくれたわ。 私の名前は今日から『みさき』よ。ずっと大好きな女優さんと同じ名前にしようと思ってたの」
母親は喜び、その様子を見ていた父親は羨ましがり、自分もそれに続こうと我が子に言う。
「お父さんの名前も呼んでくれ。お父さんの名前は…」
「にゃあにゃ…」
「え?」
「にゃあにゃ」
母親は大笑いしながら言った。
「あなたの名前は今日から『にゃあにゃ』ね」
「そんなのなしだ!! もう一度…」
「それは無理よ。やり直しは許されない。政府がカメラで監視してるんだから。今のやり取りも見られていたわ。もう既に登録の手続きがされているでしょうね」
母親の言葉を聞いた父親は、自宅のリビングに設置された政府直結の監視カメラを恨めしそうに見た…。
「キラキラネームなどという軽んじてふざけた名前を付ける傾向を廃し、純粋な子供こそ名付け親になって然るべきである」
政府が打ち出した『子供名付け親政策』のもと、自分の子供が自分の名付け親となる世の中が完成した。名前を付けられた親は一喜一憂し、生涯独身を貫く者は名無しである。