一章、一幕
第一章、“軍”
「は?」
突然のことにヒカルは驚きの声を上げる。
ギルドがβテストが始まってわずか一時間、最初のクエストを抜けば、まだ三十分。それなのにもう完成したと言うのか。
「さっき、スカウトが来たの、兄さん……ヒカルに。どう、受けてみない」
「嫌だね。ギルドは絶対入らない」
ヒカルが頑固たる意識を示す。
しかし、ケイも引き下がらない。ギルドに誘ったのはそのギルドリーダーだったのだ。
「私からも、ぜひお願いしたい」
「誰だ」
森から出てきたのは中世ヨーロッパの貴族のような格好をした男だった。
「私が君……ヒカルかな、のスカウトをした、ギルド“軍”のリーダー、クレイ」
この人が、ギルドのリーダーだとは思わなかった。どちらかというと商人や、職人クラスのプレイヤーかと思っていた。
クレイが手を差し出す。それをヒカルが跳ね退けた。
「殺し合いで決めよう。君の強さで決めるから」
鬼丸を出す。クレイもレイピアともとれる細剣を出してくる。
「わかった」
クレイからのデュエル申請が目の前に浮かぶ。それの細かい設定を終えてスタートアイコンを押す。
『クレイ対ヒカル、HPが危険域に入りましたら試合終了です』
カウントダウンと共に無機質な声が森に響く。
双方が剣を構える。
ケイがどうにか止めようとするがもう制止は効かない。
『ファイト』
その声で二人が駆け出す。
《スキル:空蝉》
《スキル:火炎属性
武器に火属性がつく。ただし、HP半減》
スキル発動と同時に鬼丸が火を纏う。ケイが持っている火属性の短剣とは性能が異なっている。
細剣を避け、鬼丸を振り抜く。
火が舞ってクレイの服を少しだけ燃やした。
クレイのスピードが尋常じゃない。避けるのも、攻撃を与えるのもギリギリだ。
高速系のスキルを使っているはず。それに攻撃が単調だからなんとかなる。
ヒカルがクレイに迫る。
クレイは紙一重で避ける。そして細剣での突き。鬼丸で突きを受け止めた。
「案外強いじゃん。伊達にギルドリーダーやってないな」
「当たり前でしょう。負けるわけにはいかないので」
クレイのスキル発動。風がヒカルを襲う。
ダメージを最小限に留めるため、腕を顔の前でクロス状にして、後ろに飛ぶ。
しかし吹き飛ばされて、木に背中を打ち付ける。口から呻き声が漏れる。
今のスキルでHPが、全体の三分の一程度まで減っている。
「負けるわけにはいかねぇんだよな」
《スキル:火龍
火炎属性の龍が放たれる》
ヒカルの龍がクレイに襲い掛かる。
それはクレイに直撃し、吹っ飛ばした。
クレイはゆらりと立ち上がる。そして細剣を構えた。
「あと一合。それで決着」
ヒカルもクレイもHPがギリギリの所まで来ているのがわかる。あと一合というのも嘘ではないだろう。
スキルを解除する。鬼丸の纏っていた火が消える。
まっすぐにクレイを見つめる。いつ動くか。その一瞬を、見逃すわけにはいかない。
双方動かない。
不意に、音が消えた。無音の世界のなかにいるようだ。
ヒカルが、まっすぐに切り込む。不意をついたわけではないが、ヒカルの剣はクレイを貫いた。
『決着がつきました。勝者、ヒカルです』
その声を聞くと、クレイにポーションを使う。このまま死なれては困る。
「クレイ、だったな。君について行こう」
結果はヒカルの勝ちだったがクレイの強さは本物だ。だからヒカルはクレイについていくことを決めた。
「それでいいのかい」
そういうクレイにヒカルが頷いた。
クレイは小さく笑うと、ギルドホームに招待しよう、と言った。
「ケイは」
「そうだね、君も招待しよう」
クレイの先導で街まで歩く。ログインしたのが森だったヒカルは街に行くのは初めてだった。
始まりの街の扱いである“エース”の中心に、ギルドホームはあった。
イタリアのコロッセオのようなギルドホームだった。
ヒカルはそれを見上げて溜息をついている。
「ようこそ、我がギルド、軍へ。さっそくだけど、テストをしよう。簡単な、ね」
「テスト?」
ケイが問い返すと、クレイが笑った。
ギルドホーム内の闘技場に連れていかれた二人を待って居たのは武装したNPC達だった。所々にプレイヤーが混じっている。
「さて、テストだ。ここのNPCやプレイヤーを倒してね。じゃあ、健闘を祈るよ」
「クレイ、ちょっ……」
呼び止める暇もないまま、クレイは闘技場の外へ行ってしまった。
ケイとヒカルは仕方ないというように、それぞれの剣を構えた。
襲い来るNPC達に向かって駆け出した。
初っ端からスキルを使う。
《スキル:火炎属性》
《スキル:神速(防御低下)
速さ上昇。防御低下》
《スペシャルスキル:削除
半径ニメートルの敵をPKする。攻撃力PK数×1.5倍》
ヒカル自身が作ったスキルを使い、敵を消す。ケイもケイなりにスキル等で応戦している。
“軍”にスカウトされるプレイヤーは、トッププレイヤーばかりなようで、二人とも少しずつHPが減って行く。
「ケイ、大丈夫か」
「うん、ギリギリだけど……ね」
向かってくる、プレイヤーを消しながらケイに問う。
既に二人の合計は百五十人を越えている。それでもまだ三分の一にも満たない。
なかなか減らない敵に、最終手段を選ぶ。
《スキル:流星(無差別、攻撃力補正)
空から星が降る。無差別攻撃、攻撃力が高いほどダメージが高くなる》
ヒカルを中心に、星が降り注ぐ。ヒカルのスキル、削除によって蓄積された攻撃力が絶大な力を誇る。
星が止むと、そこには強制ログアウトを受けたプレイヤー達とボロボロのケイ、そしてヒカルが居るだけだった。
「ヒカル、酷いよいきなり《流星》なんて」
「すまん、最終手段だ」
そういうと、ケイは肩を竦めて笑った。クレイが闘技場に入ってくる。
「戦いを見せてもらったよ。流石“ナディア”のトッププレイヤーだね」
ナディアとはこのLaster Gameに来る前、ヒカル達のプレイしていたVRMMOだ。今は配信を休止している。
クレイは拍手を止め、二人に細剣を突き付けた。
「私に勝って。ケイ、君だけで」
ヒカルは目の前に現れた鉄格子に四方を囲まれ、動けなくなってしまう。
ケイは短剣を構えてゆっくりとクレイとの間合をつめていく。
「待て、クレイ! 今のケイに勝てるわけ――」
「ヒカルは黙ってて!」
ヒカルでも苦戦したというのに、まだレベルが五十前半のケイに勝てるわけがない。
鉄格子を揺らしてどうにか抜け出そうとする。しかし、鉄格子は音を立てて揺れるだけで、一向に壊れそうもない。
「くそっ」
目の前で繰り広げられる、一方的な攻撃にヒカルは目を背けた。
血だらけになるケイを、見ていられなくなったのだ。いくらアバターといえど、自分の姿だ。それに、ヒカルの弟。見ていられるわけがない。
結果はクレイの圧勝。当たり前だ。ざっと見てもレベルが三桁と二桁では力量の差が大きすぎる。
「ヒカルは銀軍、ケイは……青軍かな」
クレイによれば“軍”は、虹の七色に銀を加えた八の組織が存在していて、そのプレイヤーの強さにより、八段階に分けているのだとか。
クレイから“軍”の制服と、各部屋のロックナンバーを受け取り、今日は解散となった。