序章、βテスト参加?
序章
「夢を視よう」
電子音と共に神崎契――ヒカルはゲーム世界に意識を飛ばした。
Laster Gameはこれから配信されるVRMMOだ。
世界中でわずか一万人のβテスターに選ばれれば今日から始まるβテストに参加することが出来る。
目を開けるとそこは森林だった。
次々とプレイヤーがログインしている。そして視界のほとんどがプレイヤーになったそのとき、クエストログが流れた。
《力試し
作成者:Laster Game運営委員会
クエスト難度:A+
報酬:βテスト参加権
概要:
プレイヤーを殺戮せよ。
このクエストによりβテスターを半減させます。
方法は問いません》
「うっわ、さっそくかよ」
前にやっていたゲームからのコンバートなので、スキルなどはそのまま使える。武器も同様だ。
至るところから血のエフェクトが飛ぶ。叫び声もする。
βテストを降ろされるのは避けたい。
ヒカルは手に自分の武器、名刀鬼丸を手に取った。
そして、後ろから近付いてくる殺気にむかって鬼丸を振り上げる。手応えと共に地に何かが落ちる音がした。
今だに血のエフェクトが舞う場所へ駆け出した。
森林は隠れたりするのにも良いが、敵が見つかりにくいという欠点もある。
そんな中を駆け抜ける。もうプレイヤー数は減っているはずだ。そこを衝く。
「契」
「お? ああ、輝」
ヒカルを契の名で呼ぶのは双子の兄である、輝ことケイしかいない。
森のなかから出てきた彼は既にズタボロだった。ヒカルが呆れたように笑う。
「こっちじゃヒカルだろ、俺は。そんで兄貴はケイだ」
「そうだったね、ヒカル」
この兄弟は完璧なロールプレイを敢行している。
兄は弟に、弟は兄に。
名前も容姿も口調も。全てが逆になっている。
現実のヒカルは今目の前にいるケイの姿。ケイはヒカルの姿に。ゲームなので服装などは違うが、基本は逆の姿で動いている。
「つか、大丈夫なのか、それ」
「いや、HPが危険域まではいってる。これじゃあβテスト降ろされちゃう」
ヒカルがケイの体を見る。コンバートをしなかったケイは、基本的な初期装備である。至るところから血がでていて見るのが嫌になりそうだ。
ゲーム世界のアバターでも自分の姿だ。できれば傷付けてほしくない。
「ポーションやるからβテストを降ろされないように」
「ありがと。ヒカルも残ってよ」
ポーションをケイに渡しながら、そういった。ケイは笑い、短剣を持って森の奥へ走って行った。
ヒカルも当初の目的を果たすため走りはじめた。
結果はヒカルの圧勝だった。
クエスト終了のログが流れたとき、立っていたのは、着物と鬼丸を血の色で染めたヒカルだけだった。
鬼丸をアイテム欄にしまうと、ヒカルはへたりこんだ。ヒカル自身、後半はトッププレイヤーが多くなって来ていて、苦戦を強いられていた。
メッセージが届いたことを示すアイコンが光った。
メッセンジャーを開くと《from:Laster Game運営委員会》の文字が目に入る。その文面は《クリアおめでとうございます。βテスト参加権獲得です。》それだけだった。
ヒカルは小さく溜息をついた。
βテストに参加できる。……そういえばケイはどうだっただろう。参加出来るならおなじようなメッセージが届いているはず。
「やった」
そう小さく呟く。
少しづつ、参加権を得たプレイヤーが復活してくる。
そして木の根本で座っているヒカルを見てぎょっとしている。無理もない。ヒカルはいまだに血塗れた着物のままだからだ。
ヒカルは目だけを動かして、ケイを探す。
まだケイは復活してこない。βテストを降ろされたか。
「ごめん、ヒカル。遅れた」
そういってケイが木の裏から出てくる。
ヒカルは、小さく返事をして立ち上がる。その瞬間、木の幹に体を押し付けられた。
「どう、して」
少しづつケイの姿が薄れていく。後から現れたのは猫の耳を生やしたプレイヤーだった。
「このゲームで最強だと思われている君を、最初に殺すだ」
息ができない。苦しい。
首を絞めている手を、どうにかはずそうとするが、できない。
鳩尾に激痛が走った。
「かはっ……」
蹴られたのだとわかるのには数秒を要した。顔にかかる髪の隙間から目の前の男を睨む。男はニヤリと笑う。
鬼丸をアイテム欄から引っ張り出そうとするが、再び鳩尾に走る激痛にそれを止めてしまう。
右上に表示されるHPがみるみるうちに減っていく。
危険域の一歩手前。
突然、男の手が離れた。
ヒカルが咳込む。何があったのかと上を見るとケイが火を纏った短剣を持っていた。
「ヒカル、大丈夫?」
「なわけあるか。遅い」
アイテム欄から鬼丸をだす。それを、さっきまで首を絞めていた男に向ける。
「名前」
「catだべ。なんかあるのかにゃ」
キャットは首を傾げる。
「今から殺してあげよう。戦うなら武器をとれ」
そういうとキャットはナイフを取り出す。
前のゲームでの二つ名を、侮らないで欲しい。“暗殺者”。それがヒカルの二つ名。
《スキル:空蝉
一瞬プレイヤーの視界から消滅する》
その一瞬でキャットの後ろに回る。
鬼丸を振り下ろすと、キャットはすんでのところで避け、左肩をえぐり取ることしかできなかった。
ナイフを鬼丸で止めると、手刀で鳩尾を刺す。
「あと一発」
血のついた刀を振って血を飛ばす。
ふと周りを見ると面倒臭いギャラリーが沢山いた。
「よそ見するかにゃ? 殺すベ」
走ってきたキャットに鬼丸を一線する。それはキャットの胸を切り、崩れ落とした。
「峰討ちだ。安心しろ」
鬼丸を消す。それから回復していなかったHPをポーションで回復する。
「ケイ。どういうことか説明してもらおうか」
「え、ああうん」
さっきの火を纏った剣は何か。
コンバートして来ていないはずのケイが、こんなに上級の剣を持っているはずがない。
ケイはヒカルの手を掴み、森の奥へ走っていく。
「ちょ、離せよケイ!」
「ヒカル……いや、契。このことは誰にも言わないで欲しい。……僕はコンバートをしていないわけじゃないんだ」
「どういうことだよ、おい」
ヒカルの手を掴んだままケイはそういった。手に力が篭る。
「兄さん、ごめん黙ってて」
ケイが俯く。
まさか、ケイがコンバートをしていたとは思ってもいなかった。
でも、どうして初期装備だったのだろう。
「じゃあ、なんで途中で会ったときも今も、初期装備なんだ」
「これは初期装備じゃないよ。それにクエスト中に兄さんには会ってない」
つまり途中で会ったケイもキャットだった、ということか。だったらなんでヒカルの名を契と呼んだのか。
人気のない森の中、二人の沈黙が続く。
先に口を開いたのは、ケイだった。
「ねえ、兄さん。ギルド、入らない?」