後日談
「さて、つい最近、また奇妙な事件が起きたそうよ」
「あれ、前の人形の事件(前作Mine.参照)からそこまで経ってないのに、もう?」
「まあ、私も驚いたわ。こんなに早くあんたが気に入りそうな事件が起きるとは思わなくて」
「おおっ?自信満々だねぇ…それじゃあまずは事件の概要について聞かせてよ!」
「言われなくても。まず、発見されたのは午後17時過ぎ。死亡推定時刻とそこまでの差はないみたいよ」
「あれ、それじゃあ人通りが多いところでの殺害とか?」
「いいえ。簡単に言ってしまえば、大通りにある病院の屋上から、入院してた患者さんが飛び降り自殺…ってところかしら」
「ふーん…それだけならただ珍しいだけであたしの気は引けないけど…つまりそれだけじゃないってことでしょ?」
「ええ。今回の事件も前回の事件に負けず劣らず不思議で狂気的よ」
「おお、それは楽しみだね!」
「続けるわよ。その患者さんの性別は女。入院し始めたのはつい二日前で、遺体を発見されるまではずっと部屋で眠ったまま目覚めなかったみたい」
「それはつまり、起きてからすぐ、誰にも見つかることなく屋上まで行って、それから飛び降りて自殺したってこと?」
「そうね。その通りよ」
「でもそれってぶっちゃけ、不可能じゃない?いや、可能っちゃ可能だけど、低確率すぎるっていうか」
「だんだんノってきたわね。まあそうね、普通なら無理よ。でも今はそれを置いておきましょう。次に話すのは、何故女が入院することになったのか」
「うう、結構気になるんだけどな…しょうがない、続けて」
「包丁で腹部を後ろから刺されたようね。貫通してたみたい。その状態で家の廊下に倒れているのを保護されたようよ。」
「そこまで力があるんなら、犯人は男性かな?」
「そうね。女を刺したのは男。けれどその犯人らしき男は、同じ家のリビングで全身の切り傷と胸に刺された痕から血を流して出血多量で死んでいたようよ」
「あれ、女性は刺さったままだったの?だから生きてた?」
「そう。凶器に使われた包丁は女の家の包丁だったみたいだから、指紋では女と男両方の指紋がついていたけれど、女が先に男を刺して、その次に男が女を刺したようね」
「なになに、痴情の縺れとか言っちゃう?そんなんじゃあたしは気に入らないよ」
「安心して、まだ話は続くわ」
「なんだ、そうだよね。これだけなわけないよね」
「ええ、もちろん。男が倒れていたのはリビングだって言ったわよね?」
「言ったねぇ」
「そのリビングに、男の指紋のついたライターと、燃えかすのようなものが見つかったのよ。燃えかすの中で唯一残ったのは紙の端の部分で、書かれていたのは「My Dear Sou.」という文」
「おー?なんだかあたしの好きな匂いがしてきたね!」
「先に言っちゃうけど、燃やされたのは女が描いたたくさんの絵。描かれていたのはそうと言う名の男の絵」
「そのそうとやらは今回どういう位置にいるわけ?」
「あんたの大好きな位置よ。そのそうという男を女はそう様と呼んで愛していたようね」
「じゃあつまりこういうことか!愛する人を描いた絵を燃やされて怒りに狂った女性が男性を殺した。どうして男性が絵を燃やしたかも考えると、あれかな。男性も実は女性を愛していたとか!そして自分が刺され、もう助からないと知った男性は、いっそのこと女性も殺してこれでずっと一緒だ的な感じにしたと」
「ここまでの流れでそこまでの答えを出せるんだから、大正解だと褒めてあげたいけど、残念ながら情報はまだ出揃ってないのよ」
「ええー…でも、ここまでなら大正解なんでしょ?それならいいや。続きをどーぞ!」
「全く…時々聡いあんたが憎らしくなるわ。私が言ってない情報は残り三つ。一つはそう様のことよ」
「ふんふん…」
「そう様は生きていないわ」
「ふんふ…ん?」
「尚且つ、そう様は実在していない」
「………え、つまり妄想ってこと?」
「そうね。女性の妄想とも、空想とも、想像とも言えるわ」
「へぇ…そんな存在を愛してたんだ。確かにあたしの好きな流れだね」
「そんな存在を愛して、そう様を描くためだけに絵に打ち込んで、家中に貼っていった。そうして日常的に話しかけて、返事を想像して、過ごしていた。そうしたらあら不思議。そう様が体を持ってしまった」
「……はぁ?」
「前回の事件の人形の最期と同じような感じかしら。実体を持たないものを懸想して、日常的に存在しているかのように話しかけて返事を想像して、一年半くらい経った頃かしら。女の想像通りの“そう様”が実体を持ってしまった。自我付きでね」
「…そんなのが有り得てしまうほどの狂気?人形が最期に動くってだけでも狂気的だって言うのに………すっっっごく面白そうだねっ!」
「はいはい、目をキラキラさせて私を見ないの。続きはちゃんと話すわよ。そう様は実体を持ったけれど、飽くまで女の絵と女の狂気的な想いでできた紛い物。女のいる場所で、女以外がいなくて、女の描いた絵がある場所でしか現れることができない。そして、絵を全て燃やされてしまえば、それは実質死と同じ」
「…それを無意識に理解していたから、怒りに狂って女性は男性を殺したと。でもどうして?男はそう様のことを知っていたの?」
「厳密に言えば少し違うけれど、知っていると言えば知っているわね。で、ここで三つのうちの二つ目。男は女の幼馴染なの」
「えーっ?なんかどんどん面白くなっていくねっ!」
「はいはい、続けるわよ?男はずっと好きだった幼馴染が突然そう様とやらの話をし出して、しかも同棲してると言う。なんとか約束をこじつけて女の家に行けば、家中同じ男の絵ばかり。肝心のそう様とやらは今はいないみたいと言われる。そこで幼馴染の女が妄想癖でも持っていて、実在しない男を愛してしまっているのだと思った。だからいろいろそう様とやらは実在しないとか一緒に病院行こうとか言うけど、そのせいで幼馴染との仲は修復不可能なほどに歪んでしまった」
「もうそれ、普通なら愛想尽かすよねぇ?まあ、あたしにとっては面白いからいいけどさ」
「普通なら尽かすわねぇ…なんで尽かさなかったかは、あんたなら想像つくんじゃない?ま、とりあえず続けるわ。男は女と同じ会社に務めていたの。仕事が終わるたびに一緒に病院に行こうとか、そういうことを言うけれど、いつも冷たくあしらわれてしまう。それでもめげずにいたのに、遂には叫ぶとか、心配している自分を愚弄するようなことをされそうになり、堪忍袋の緒が切れたんでしょうね」
「女にとっては余計なお世話、男にとっては恩を仇で返されるようなことってわけかな」
「間違ってはいないわね。さて、ここで三つのうちの最後ね。最初にあったじゃない?看護婦とかに会わずに屋上に向かうのは無理、とか」
「ああ、あったあった。衝撃ですっかり忘れてたけど」
「それと、リビングの燃えかすの一部、覚えてる?」
「リビングの燃えかすの…ああ、覚えてる覚えてる、「My Dear Sou.」って書かれた紙切れでしょ?」
「そう、その紙切れが重要だったの」
「どういうこと?」
「絵が燃やされるってことはつまり、そう様にとって死と同じって言ったじゃない」
「言ったね」
「でも、屋上まで人のいない道を使って女を連れ、普通は掛かっているはずの鍵を解錠して中に入る。それをしたのは、そう様よ」
「最初じゃ全く予想できない内容で、最初に無理やり聞こうとしなくて良かったと思ったよ」
「驚きすぎ。ほら、さっさとその真顔を直しなさい」
「おっと、いけないいけない」
「続けるわね。そう様にとってその時間が最後に実体を保てる時間だったの。でも、女はそんなことを知らない。その時間を最後に、二度と愛しいそう様に会えなくなったら…」
「…今まで実体で会えていたのに、突然また想像に逆戻りなんて、無理だね」
「私の言葉を取らないの!まあでも、その通りよ。で、そう様は自我を持ってるって言ったわよね?そう様は考えたの。自分が消えて、女はどうなるかと。良くても女は自分を探し続ける。きっとそれは家の外にも広がる。そうしたら、高確率で外での女の評判は下がるでしょう。女の家で起きた事件もあるからね」
「良くても女性の生きづらい未来しか見えないと。でもなぁ…そう様しか見えていなさそうだし、そこまで気にしないと思うけど」
「まあ女は気にしないでしょうね。でも、周りは放っておかないと思うわ。しかも、事件の直後だしね」
「…あー……」
「わかったでしょ?で、そんなことを考えて、そう様は思ったのよ。厄介なことになるくらいなら、女も連れていこうと。そう様自身も、女を愛してしまっていたから。女の“そう様”という設定に関係なく、ね」
「真実、相思相愛だったわけか」
「ええ、そうね。ちなみに、一度は愛しているが故にやめようかとも思ったみたいだけど、女の選択に任せたみたい」
「ふー…ん?あれ、でもそれさ、女にとって答えなんて一つしかないじゃん」
「その通りね。だからこの事件が起きたんだし」
「成る程…っていうか燃えかすの話はどうなったの?」
「ん?ああ、あの唯一残った「My Dear Sou.」という文章に込められた女の想いが、二人にとっての最期の時間を生み出したって言いたかったの」
「りょー、かいっ!それじゃ、これで終わりなのかな?」
「ええ、終わりよ。満足していただけたかしら?」
「うんっ!大満足だよ!」
「それは良かったわ。それじゃあ、次はあんたの番だからね」
「もちろん、ちゃんとわかってるよー!それじゃ、また明日ね!」
「ええ、また明日」
「本当は、君の――のままでいれたら良かったのだけど」
伏字のところは、“想像”、“空想”、“妄想”などの好きな言葉を入れてください。
読了、感謝感謝でございます(-人-)