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M D S.  作者: 夢前 日陰
本編
1/2

My Dear Sou.

 呼び掛けられた声に振り返って、ああ、またかと思った。


「今日こそ一緒に」


 だからか、その言葉を認識した瞬間、私の口はその言葉を遮るように素早く音を紡いだ。


「嫌よ」


 どこか冷え冷えとしていて、絶対的な威圧すら感じられるものだった。

 その圧力のようなものに男は一度口を噤んだが、それで諦めることはなかった。


「これからの予定はもうないはずだ!俺に付き合ってくれても何の問題もないだろう!」


 そう堂々と言い放った男は、残り一歩分にまで私との距離を詰めた。

 ああ、おかしい。

 そう言うこの男こそが、よくわかっているでしょうに。


「だいたい、今から家に帰っても何もすることはないだろう。どうせま」


 わざとらしく大きな息を吐いて、聞いてもいない男の言葉を遮った。

 そうして男の目を面倒臭げに見ながら、私は丁寧に言葉を連ねた。


「本日の予定は既に詰まっております。なので、これから目的地に向かわなくてはならな」


 一歩踏み出し、私の腕を掴んで、男が言う。


「嘘だ!」


 言葉を遮られたことに何か言うつもりはない。

 こちらも男の言葉を遮ったのだし、それに、腕を掴まれる力が強くて、迂闊に動けないというのもある。


「いつも仕事が終われば用事もないくせに帰っていく!飲み会にすら参加することはない!それは」


 言葉の力と掴む力が比例しているのか、どんどん腕にかかる力の圧力が増す。

 いけない、腕に痣ができてしまうかもしれない。

 そうなったら、そう様に心配をかけてしまうだろう。

 私は面倒臭げに掴まれた腕を一瞥し、男を睨む。

 ああでも、どうしようか。


「離しなさい」


 そう様に心配されるのも、悪くないと思ってしまう。

 きっといつもより遅い帰りを心配しているだろうに、痣ができて心配させたくない気持ちと、その心配すらも嬉しく思う気持ちがせめぎ合う。


「さっさとその手を離しなさい」


 ああ早く、そう様に会いたい…。

 その想いと苛立ちを込め、男を睨み続ける。

 男は私を見て少し怯んだようだったが、そこまで酷い顔をしていたのだろうか。

 まあそんなことはどうでもいいのだ。

 私は早くそう様に会いたい。

 会って、おかえりと言って、抱きしめてもらいたい。

 だが、いつもなら簡単に済むはずのその願いが、この腕を掴む手のせいで、すぐには叶いそうになかった。

 私はまた息を吐く。


「…離さないなら、叫ぶわよ」


 もう随分と長い付き合いだ。

 私が本気がどうかくらい、わかるのだろう。

 私の言葉を聞いて、男は逡巡するかのように顔を伏せた。

 そうして解放される腕がジンジン痺れ出したのを感じて、半ば諦めるように痣になっていることを確信した。


「今後またこんなことが起きたら、戸惑いなく叫ぶから」


 俯いたままの男にその言葉を吐いて、私は帰路に着いた。

 だから、男が両の手を爪が食い込むほど強く握りしめて、私の背中を睨みつけていたことを、私が知るはずもなかった。



 ガチャッ、という音とともに鍵を抜いて、玄関のドアを開ける。


「おかえりなさい」


 ずっと玄関で待っていたのだろうか。

 鍵を閉めて靴を脱ぎ、スリッパを履いた私を彼は抱きしめる。

 ああ、そう様だ。


「ただいま」


 帰ってきたことを噛みしめながら彼の背中に手を回すと、片腕にあまり力が入っていないことに気が付いたのだろうか。

 彼が私から体を離して、痣のある腕を軽く握って持ち上げる。


「…どうしたの、これ」


 笑顔の消えた彼が、私の腕の痣を睨みつけていた。

 ああ、心配させてしまっている。

 胸が痛むのと同時に、キュンッと疼くのがわかった。

 そんな自分が彼にバレないように、無駄だと知っていて数十分前に起きた出来事を話してしまうのは、人間の性だろうか。


「へえ…」


 彼が笑って、私の腕の痣に口づけた。

 その柔らかな感触に思わずビクッと震える。

 彼はそんな私の後頭部を、髪の毛を逆方向に辿るように腕を握っている方とは別の手を差し込んで固定して、顔のパーツがよく見えるくらいに顔を近付けた。

 彼の顔は笑っていたのに、見つめあった目だけは、笑っていなかった。


「ねえ」


 ああ、もうバレているのだろう。


「どうして」


 だって彼は、私のことを全てわかってくれているのだから。


「振りほどかなかったの」


 その“心配”が、申し訳ないと思いながらも、どうしようもなく嬉しかった。

 彼の唇がゆっくりと動く。

 ああ――


「ね え … ま た な の ?」


 ――ゾクゾクする。


「そんなに何度も僕の想いを確認して、何がしたいの?」


 彼の目に、私は映ってはいなかった。


「何も変わらないというのに」


 彼は愛おしげに私の腕を撫でさする。


「ねえ」


 息を呑む。


「僕の知らないところで、他の男を見た目で僕を見ないでよ。他の男といる空間で空気を吸った鼻で、僕との空間の空気を吸わないでよ。他の男と話した口で、僕に話しかけないでよ。他の男の声を聞いた耳で、僕の言葉を聞かないでよ。他の男の踏んだ地面を踏んだ足で、僕と一緒の床を踏まないでよ。他の男に触れられて、痣まで作った腕で、僕を抱きしめようとしないでよ。ねえ…」


 ゾクッとした感覚と同時に、体が震える。


「本当はね、君を閉じ込めたいと思っているんだ。君のお世話だって僕がしてあげる。ああ、でもね、君が僕に頼むから、制限付きで許しているんだよ。仕事が終わったら寄り道せず帰ってくること。それが条件だって。ねえ…そうでしょ?」


 腕を愛おしげに撫でられ、ゆっくりとしたトーンで言い聞かせられる。

 全てにゾクゾクして、彼だけでいっぱいになってしまう。

 彼しか、見えない。


「…ねえ、どうして何も言わないの?」


 彼は唯一笑っていなかった目元さえも緩ませ、私に笑いかける。

 そうして少し動けば、互いの唇が触れてしまうくらい近くに顔を寄せた。

 何か言葉を発すれば、それだけで簡単に唇に触れてしまうだろう。

 それでも、その状態で、彼は私に返事をすることを望んでいるのだ。


「…は、っ…い、そう…で…す」


 柔らかい感触を微かに感じて、一度言葉に詰まったが、それでも私は言いきった。


「ねえ…君を愛しているのは、誰?」


 私が喋れば唇が触れてしまうのなら、それはつまり、彼が喋っても同じということで。

 時々掠める柔らかな感触にゾクゾクしながら、私はその言葉を呟く。


「そ、うさま…で、す」


 動けば触れてしまう緊張と、少しでも触れないようにと離れようとしても後頭部の彼の手に邪魔されて力むだけになってしまうせいで体が震えてしまうの感じながら、私はその言葉を聞いた。


「それを受け入れているのは、誰?」


 (私です)

 そう言おうとして、その言葉は彼の唇に吸い込まれた。



 冷蔵庫を開けて中身を確認すれば、材料が少し減っていた。

 それはつまり、彼が既にご飯を終えているということ。

 それを確認して、私はいつものように自分の分だけご飯を作るのだ。

 だから彼もまた、いつものように私の腰に腕を回してひっついている。


「…あ、ちょっと遠くのもの取りたいんだけど」


 そう言えば、彼は私から体を離して、私の手を握った。

 その間にと、私は彼を連れながら目的のものを取り元の場所に戻る。

 同時に私の手から彼の手が離れて、また腰に彼の腕が回る。

 この状況にも既に慣れているので、私はさっさと料理を作ってしまう。

 そうして作った料理を机の上に置くと、ひっついていた彼は定位置に座る。

 私も彼の隣に座って、両手のひらを合わせる。


「頂きます」


 そうしてさあ食べようと箸を手にした時、ずっと感じていた視線を感じなくなった。

 不思議に思って隣を見ると、彼は珍しく立ち上がっていた。


「もうこんな時間だからね。先にお風呂に入ってくるよ」


 その言葉に「えっ」と呟いて、時計を見る。


「21時…」


 いつもなら20時には食べ始めているのにと考えて、玄関でのことを思い出した。


「それじゃあまた後でね。ゆっくり食べてな」


 その言葉に彼を見れば、彼は私に背を向けていた。

 そうして彼が出て行ったとき、私はそのドアを見つめたまま固まってしまっていた。

 どうしてだろう。彼がいない。

 気付けば、部屋に一人きり。

 ああ、おかしい。彼がいない。

 ――一人、きり。

 ガタッ、と音を立てて立ち上がり、そのまま自分の部屋へと向かう。

 勢いよくドアを開けて、タンスの引き出しから一枚の紙を取り出した。

 その紙を口元に当てて、息を吸う。

 そして吐いて、吸う。


 ハッと我に返って、私はその紙を口元から離した。

 紙には、そう様が描かれていた。

 強張っていた肩から力が抜ける。

 私は絵を持ったまま部屋を出て、ご飯を食べるために歩き出した。

 …もう何回目だろう。

 けれど、その度にこれに助けられてきた。

 ああ、これを描くためにどれだけ努力しただろう。

 そう様にも手伝ってもらった。

 ああ、私のそう様。

 ――私の、宝物。



 風呂上がりに髪を乾かして、さあそう様と寝る前の会話をと思ったときだった。


「ねえ」


 彼は何故か改まって私を見ていた。


「ん?なに?」


「…キスして」


「……え、う、うん、いいよ」


 唐突なお願いに少し固まったが、私にそれを拒否する理由もない。

 私は彼の首に腕を回して、その唇に自分のものを押し当てる。

 暫くしてから一度離したが、彼は私の額に自分の額を当てて言った。


「…もう一度」


 その言葉に吸い込まれるように目を閉じて、また触れる。

 また離して、彼が「もう一度」と言うからまた触れる。

 また離して、彼の「もう一回」にまた触れた。

 そして離して、彼の「もっと」にまた触れた。

 それからはもう言葉はいらなかった。

 離しては触れて、離しては触れる。

 彼の気が済むまで。

 私の気が済むまで――。



 朝はいつも彼の方が早い。


「おはよう」


 その言葉に掠れた声で「おはよう」と返事をして、ゆっくりと起きる。

 彼の顔を見ようと横を向くと、何故だかおかしな感覚がした。


「どうしたの?」


 一瞬、彼が消えそうに見えた。


「ん…何でもないよ」


 笑って取り繕うが、先程感じた喪失感が忘れられない。

 唐突すぎたのか、彼も察することはできないのだろうか。

 珍しく何かを言ってくることはなかった。


「ほら、準備始めないと遅刻するよ」


 その言葉に時計を見れば、少し不安になる時間だった。


「急がなきゃ…顔洗ってくる」


 「ん」という声を背に、私は部屋を出た。



 履き慣れた靴を履いて、振り返る。


「さ、行ってらっしゃい」


 笑っている彼が、どうしてこんなにも悲しいのだろう。

 気のせいだと振り切って、私は笑った。


「行ってきます」


 背を向けたから、気付かない。

 彼は初めて、初めて泣いていたのに。



 (ごめんね)



 名前を呼ばれて、引き止められる。


「…また?声、上げるわよ」


 今日は様子がおかしかったから、心配させたくない。

 早く帰らせてもらおう。


「…チッ」


 首だけで振り返って確認すると、男は去ったようだった。

 私はそれを疑問に思うこともなく、ただそう様を想って帰り道を急いだ。

 だからこそ、わからないのだ。

 どうして私の家に、数十分前に去ったはずのあいつがいるのだろう。

 なんて、こいつのことを考えるよりも先に、そう様のことを考えるべきだと、心の何処かで私が囁く。

 けれど。


「これか?お前がよくそう様そう様言ってたやつは。よくもこんなにたくさんあるよ」


 そう様がどこにもいない代わりに、どうしてかそう様の絵がまとめて置かれていた。


「これ全部お前が描いたのか?すげーな」


 私の宝物に、気安く触るな!

 叫びそうな心を宥めて、努めて冷静に言う。


「不法侵入で訴えていいかしら。いいわよね?」


 冗談じゃないことくらいわかっただろうに、男は慌てることなく「おいおい」と声を張り上げる。


「そりゃあねーぜ。人生の大半を一緒に過ごしてきた幼馴染じゃねーか」


 だからどうしたと、私も声を張り上げて言ってしまいたいが、どうにか抑える。


「だったら出て行きなさいよ。親しき仲にも礼儀あり、という言葉を知らないのかしら」


 その言葉に男は笑う。


「知ってるに決まってるだろ。まあ、出て行ってやってもいいけど――」


 目を疑った。

 同時に、こいつを殴りたいとも思った。




「――この絵、全部燃やしてからな」




 ライターを起点として、次々に燃え移る火を消そうと飛び出る。

 火が燃え移った絵にも戸惑いなく触れる。

 手が熱い。

 それでも必死に火を消そうとするが、それに慌てたのは幼馴染の男の方だ。


「おいおい、火に触るかよ?あーあ、火傷しぃってぇっ!」


 後ろから拘束してきた男の腹に思いっきり肘鉄を食らわせ、拘束が緩んだ隙に抜け出すが、既に大半が燃えてしまっていた。

 こうなったらいっそのことと、鞄に入っていたミネラルウォーターを取り出して蓋を開け、逆さにして火を消していく。

 燃えかすは服の裾で叩いて何とか消しきった。

 だが、そこに残ったのは、一枚の紙切れの端だけで、もうどこにも、そう様の姿を描かれた紙は残っていない。

 そして、残っている紙切れの端っこに書かれているのは、『My Dear Sou』の文字だけだった。


「おーおー、残念だなぁ…もう一つとして無事な絵もねえ…って!?」


 肩に手を置かれ、思わず手に持った空のペットボトルを投げつける。

 そして台所へと走る。

 ああ、そう様、そう様、そう様そう様そう様そう様そう様そうさまそうさまそそう様そうそうさまそう様そうさそう様そう様あああああああああああああああああああああああっ!


 何故だか涙が止まらなかった。

 ただ、絵が焼かれただけで、そう様は無事ではないか。

 探さなければ。探さなければ。

 絵はそう様を見つけた後にでも、またそう様に手伝ってもらって、描いて…。

 ああ、でも――


「ったく、空だったからそんな痛くなかったものの…人に物を投げるなって子供の頃先生…っ!?」


 私が手に持った物を見て、男は目を見開く。


「お前…!?」


 ――先にこいつ、殺っとかないと…。


 火傷?手の痛み?

 そんなもの、とうに麻痺したわ。


「あは、あはっ、あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははっ」


 逃げようとしても無駄、私を殴ろうとしても無駄、私を私からわた私わわたしからうばおうとしたってむだむだむだなのうふうふふふふうふふふふふふふふふふふふふふふふふふふっ。


「っ、かっ、はぁっ…!」


 赤い、あかい、紅い、炎みたいな色をしてる。

 まるで彼を焼いた色をしている。

 つまり、彼はこのアカの中にいるの?アカは私にも流れてる?

 じゃあ、じゃあ、かれはわたしのなかにいるの?

 じゃあ私、彼とずっとイッショ?

 ああでも…彼に触れられない、なんて…そんなのは、耐えられないわ。


「ああ、ああ、そう様、そうさま…そうさま、どこ…?どこにいるの…そうさま…ぁ…ぐ…っ」


 どうやら刺したまま放置していた包丁を自ら抜いたようだ。

 いつの間にやら腹部に使い慣れた包丁の先が見える。


「ごふっ…ふはっ、ごれで、ごれで…ずっど…も、ばなざ…い…」


 力尽きたように包丁から手を離して倒れこんだ男を見る。

 どうしてか、満足げな顔をしていた。

 だが、それを見ていたのも一瞬のことで、すぐに興味なさげに視線を逸らした。


「…そ、ざま………ど…そう…ま、ぁ……こ…ど、ぉ……」


 真紅(かえりち)だらけになった部屋から出る。

 きっと幼馴染(あんなやつ)の血で汚れた部屋には来たくないのだろう。

 だったら大丈夫、それなら私が、私が行けばいい。

 ああ、そうさま、そう様…。

 脳裏に浮かんだ(そうさま)の笑顔が薄れていく。

 ああ、体から力が抜けていく。

 そう様…そうさ、ま…。

 わたしのいとおしい、そうさま――。



 (迎えに行くから)



「…うだな、彼女が起きたら聞かせてもらわなければ。だが、肝心の彼女はいつ目覚めるか…もう二日近く起きないんだろう?」

「何か精神的にショックを受けて、そのショックで目覚めないのではないでしょうか。私にはまだそうとしか言えませんね」

「ふむ…すみませんが、また来させてもらいます」

「ええ、いつでもお越しください」



「…い、起きて…おーい!起きてって、起きてよ」


 耳元に息がかかる。

 聞き慣れた声に瞼が震えて、意図せず目を開けた。

 だが、自分を呼びかけていた人を認識する前に、腹部の強い痛みに一度呻く。


「大丈夫?痛いの?ああ、ひどいことをするよね…」


 聞き慣れた声と言葉の癖。

 まさかと思いながらも痛みを我慢して瞑っていた目を開ける。


「…っ、そっぅっ!?」


 見慣れた姿を目にして思わず大声を上げかけたが、彼の手が私の口元を覆い、それを止めた。


「ああ、ダメだよ、騒がせちゃうでしょ」


 困ったように彼は笑う。


「そうさま…そうさまぁ…!」


 もう大丈夫だと思ったのか、口元から彼の手が離れる。

 小声で彼の名前を呼び、涙目になりながらも彼に抱きつく。

 腹部の痛みは感じなかった。


「…ああ、会いたかった…」


 私も、と言いかけたが、彼に名前を呼ばれ遮られる。


「迎えに来たんだ。着いてきてくれる?」


 彼は不安げな表情を隠すためにか、笑って問いかけるが、失敗している。

 そんな彼を愛おしく思いながら、私は一度大きく頷いて、「もちろん」と笑う。

 彼は安心したように破顔して、私の手を引く。


「こっちへおいで」


 私はその手に引かれるまま、とても高いところへ連れて行かれた。

 道中、彼の絵が全て燃えてしまったことを話して謝ったが、彼は「気にしなくていいよ」と頭を撫でてくれた。

 そうして最後のドアを開ける。

 久しぶりに見た気がする空は、彼を燃やした炎のような色をしていて、一瞬私から表情が消えた。


「ああ、思い出さなくていいんだよ。もう気にしなくていいんだ」


 ああやっぱり、彼は私をわかってくれている。

 そう思って頬を緩ませたが、言葉には続きがあったようだ。


「これからはずっと一緒なんだから」


 その言葉に私は笑いながら首を傾げる。


「どうしたの、そう様。これまでもずっと一緒だったじゃない。これからも一緒に決まってるわ」


 彼は何も言わない。

 ただ、返事の代わりにか、私の手を離す。

 驚いて「えっ…?」と声を漏らした私に背を向けて、フェンスの向こうへと立った。

 その姿に、一瞬グラリと世界が揺れたような気がした。



「僕はね、」


 まるで、


「もう、」


 燃え上がった空に、


「ここには、」


 引火して、


「いられないんだ」


 消え去る直前のような――。



「そ、れは……どういう…」


 呼吸が乱れて、世界が揺れているような。


「だから、迎えに来たんだ」


 彼は笑っていた。


「でもね、直前になって迷っちゃったみたい」


 グラグラと揺れて、今立っている場所が、今にも崩れてしまいそうで。


「君は“生きて”いるでしょう」


 彼は笑って問う。


「選択は君に任せるよ。僕と来るか…僕と」


 彼は口だけを動かして、無音の言葉を吐いた。

 その言葉を理解して、彼の表情を認識して、揺れが酷くなった気がした。

 ――けれど、私の答えはとうに決まっているのだ。


「…答えなんて、決まっているじゃない。どうしてわざわざ聞くの?私の答えは変わらないわ」


 その答えを聞いて、彼はまた、悲しげに笑う。


「そう答えると思っていたよ。ごめんね、そんな君が愛おしいんだ」


 彼は手を伸ばして「おいで」と言う。


「…うん」


 そうして私はフェンスの向こう側に降り立ち、彼の手を取った。


「本当は、君の――のままでいられたら良かったのだけど」


 彼が私の目をじっと見つめてそう言ったが、言葉の途中が何故か聞こえなかった。


「ごめん、よく聞こえなかったわ」


 彼は誤魔化すように首を振った。


「なんでもないよ。さあ、行こうか。これでもう二度と、離れることはないんだ」


 先程までの悲しげな笑顔とは一転して、満たされたように笑う彼に私も笑い返して、手を引かれるままに風を切る。

 ああ――






 これからもずっと、あなたとともに。

 ――私の愛おしいそう様。

 本編はこれで完結となりますが、後日談という名の解説とおまけがあります。

 解説なんていらない!という方はおまけだけどうぞ。

 解説ないかな?わけわからん…という方は後日談へどうぞ。


 それでは、読了有難うございました。

 また、いつかどこかでノシ

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