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無関心の災厄  作者: 早村友裕
シラネアオイ
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07 : 真夜中のネコと水晶の爪

 冬は終わったとはいえ、スウェットにパーカーで出てきたのはちっとばかりまずかったか。冬と違って刺すような寒さはないが、春先の夜風はぶるりと震えるほどにひんやり冷たい。

 パーカーのポケットに手を突っ込むと、忘れていたしわくちゃの1000円札が出てきてラッキーな気分を味わえた。

 これだけでも、寒い中出てきたかいがあるってもんだ――オレってばなんて小市民。

 車も走らぬ午前、片側一車線の歩道もない道をLEDの街頭頼りに駆け足でコンビニへ向かう。

 人が少ないのは、桜崎高校で起きた事件がようやく街全体に浸透したせいだろう。

 高校の生徒が喉をかっ切られて殺された。

 それだけで、外出しない理由としては十分だ。

 夙夜が一発で見抜いた珪素生命体シリカがどうの、水晶の爪がどうのって事に、警察もそろそろ気づいているはずだが、いったいどういった対応をするのか、オレには見当もつかなかった。

 そして、明日からの自分がいったいどうしていくのかも、見当がつかなかった。

 まあ、当面の予定としちゃ、コンビニに到着してまず肉まんだな。

 それから、始業式と同時に発売だったはずの、読み損ねた雑誌にでも一通り目を通すか。

「あーさぶっ」

 順調な行程ならば、コンビニまで10分ほどだったはずだ。

 しかしながら、オレはどうしても不幸体質らしい。

「……不良少年か?」

 道の反対側、街灯の傍に、小さな人影を見つけてオレは思わず足を停めた。

 別に何を注意する気もないが、この寒い中あんな事件があったあと、こんな所に一人とは、怪しむ理由に事欠かない――まあ、それはオレにも言えることなのだが。

 が、次の瞬間、アカリを反射した銀色に、オレは愕然とした。


 銀色の毛並みの尻尾がゆあんと揺れる。そして銀色の髪から飛び出た銀色の耳。

 そこに立っていたのは、まぎれもない珪素生命体シリカだ。

 待て待て待て、今回の事件に珪素生命体シリカが関わってるかもしれないと言ったのは夙夜で、ソイツを探していたのは白根だ。関係ないオレの目の前にその張本人らしきイキモノがいるのはいったいどういう了見だ?

 と、いう言葉を飲み込んで、ついでに固唾も飲み込んで、オレは薄ぼんやりとした街灯の下に佇む人影を凝視した。

「……有機生命体タンソ

 ガラスを弾いた様な澄んだ声が珪素生命体シリカの喉から漏れた。

 見た目はフツウの少年、14・5歳といったところ。フツウじゃないのは、見事な銀色の髪と、その髪から覗く銀色の耳、そして古典的和服の尻のあたりから銀色の長い尾が生えているところ。

 あれは、ネコ少年だ。

 保護対象である珪素生命体シリカが愛玩用に捕獲されて問題になるのも納得、サファイアのように美しい蒼の瞳が、いぶかしむようにオレを貫いていた。

 ネコ少年に関しては特別な思い出があるのだが、思い出したい事ではない。

有機生命体タンソだ」

 笑わないのは彼らの標準装備なのだろうか――そう言う意味では、白根はニンゲンより彼らに近いのかもしれない。

「この時間なら、ダイジョウブだと思ったのに」

 逃げない。

 この珪素生命体シリカは、人間を恐れていない。

「しかも、キミはボクを見て逃げない」

 いや、こう見えてオレは、心の中で猛ダッシュしてここから逃げてるからね。

 夙夜ーっ、助けてくれーっ!

 が、銀の毛並みの彼らを扱う事に長けたアイツは、この場にいない。

 オレしかいない。

 ちくしょう、どうしたらいいんだ――と、足りない頭をフル回転させた挙句、オレはこの珪素生命体シリカとの繋がりを保つことにした。

 切れてしまった縁は戻らなくなる可能性が高いので、オレが頑張るしかないだろう。

「やあ、こんにちは、珪素生命体シリカの少年」

 まるでそのへんの野良猫にするように、手を差し伸べてみる。

 デジャ・ヴ。

 唐突な既視感に襲われたオレは、記憶の底を探り、その答えを手に入れた。

――ああ、そうか。

 これは2年前、オレたちが最初に邂逅した珪素生命体シリカ、キツネ少女との出逢いと同じ。彼女の時、夙夜はこうやって最初に手を差し伸べたのだ。まるで、敵意がないことを示すかのように。

 自然と同じ行動をしている自分を不思議に思いながらも、ネコ少年の耳がぴくんと動いたのを見逃さなかった。

 オレに興味が向いた。

「こんにちは、有機生命体タンソのお兄さん」

 尻尾がゆらゆらと左右に揺れている。

 酔いそうなリズムが、街灯を反射した。

「オマエ、逃げないのか?」

「それはこっちの台詞だよ、お兄さん」

 生意気そうな口調も彼らの標準装備か?

 オレは一歩ずつ、ネコ少年に近づいていった。

 足が少し震える――もし萩原のように一瞬で喉を裂かれて死ぬのなら、それもいい。

以前マエにオマエと似たような知り合いがいてな、馴れてんだ」

 そう言うと、ネコ少年は首を傾げた。

「それって、ボクの『異属』?」

「ああ、そうだ。もういないけどな。一年前に別の『異属』と闘って、消えた(・・・)」

「ふぅん、そう。でも、もう一人いるよね、ここ、『異属』。昨日、会ったし」

「?!」

 もう一人?!

 このネコ少年以外にも、この街にまだ珪素生命体シリカがいるのか?!

「へんな場所だね。あんまり有機生命体タンソの近くにくる予定はなかったんだけど、気がついたらここに来ちゃってた。まるで、何かが呼んでたみたいだ」

「そうだな、オレもそれは不思議だと思うぜ」

「本当だよね。ボクもそれが不思議なんだよ」

 何の変哲もないこの街に、この短期間で珪素生命体シリカが3体、もしかすると4体。

 これが異常事態だってことは、警察でも探偵でも研究者でも何でもないオレにだって分かる。

「なあ、オマエ……名前はあるか?」

「名前?」

 やっぱりか。

 このまま別れてしまえば、オレとコイツのつながりが切れる。

 白根に知らせるかどうかはまた別問題として、手札はすべて手中に残しておくもんだ。

 だから、次に会う約束を取り付ける。

「名前、つけてやるよ」

「ホント?」

 ぴん、としっぽが立つ。

 やっぱり、分かりやすい。

 梨鈴も名前を喜び、はしゃいだのを覚えている。

「ただ、オレは名前を付けるのに向いてないからな。名前を付けるのが得意なオレの友達と会わせてやるよ」

「やった!」

 尻尾と耳が感情を表す。顔は笑っていなくても、コイツらの感情はすぐ分かる。

「ボク、山にいるから。あんまり明るい所に降りるのは危ないから、待ってる」

「ああ、じゃあ、ヤマザクラ、分かるか?」

「うん、わかるよ」

「そこで待ってろ」

「わかった!」

 ぴょん、と飛び上がったネコ少年は、すぐそこのブロック塀に飛び乗った。

 一跳びでこれだ、珪素生命体シリカの運動能力は言わずとも理解できよう。

「待ってるよ!」

 四足で塀に登り、尻尾を振って。

 ほら、きっとコイツは人間を傷つけたりなんかしやしない。

 心の片隅に安堵を覚え、オレも塀に向かってひらひらと手を振った時だった。

 尻尾を振りながら塀の上を歩いていたネコ少年が、ふいにこちらを睨みつけた。

「?!」

 えっ、何、ここで突然の攻撃スイッチオン?!

「――『異属』」

 そう呟いたネコは、暗闇にその身を躍らせた。

 動けないでいるオレを軽々飛び越え、その後ろの影に飛びかかっていったのだ。

 きぃん、と背後で金属音。

 ヤバい。

 振り向けばきっと珪素生命体シリカ同士の戦いが勃発しているところだろう。

 銀色の毛並みが二つ、ぶつかっては離れ、互いを互いで傷つけていく一年前の光景がありありと蘇って、オレは総毛だった。

「やめ――」

 やめろ、と言おうとしたオレの言葉は、最後まで続かなかった。

 何しろ、振り向いたオレの目に飛び込んできたのは――水晶の爪を振りかざして闘うネコ少年と、転校してきた黒髪の美女だったのだから。

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