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無関心の災厄  作者: 早村友裕
シラネアオイ
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05 : 道化師と無関心のコラレーション

 会話の間もずっとパフェを頬張っていた夙夜は、全部食べ終えると、行儀よく手を合わせた。

「ごちそうさま……やっぱ季節限定は食べたくなるけど、実際食べるとあんまりよくないね」

 そんなこと聞いてねえよ。

 てかスプリングサクラパフェとかいうセンスゼロの名前を見た時点で分かるだろうが。

 まあ、ちなみにオススメの菜の花とボルチーニの柚子胡椒スパゲティはうまかった。やっぱり命名はストレートなのが一番だ。結局ボルチーニが何なのかは分からなかったがな。

「じゃあ、アオイさんって、マモルさんを探すのとは別にいくつもやんなきゃいけない事があるんだねえ」

「私に課せられた命題は現在、優先順位で以て分別されます。まず第一命題が、ある人物の捜索」

「うん、それがマモルさんに似てるんだよね」

「そうです。あなたたちの協力を要請したのは、第二命題です」

「それって、オレたちにも出来る事なのかな?」

「あなたたちだからこそ出来ます」

 断言した白根は、さらりと黒髪をかきあげた。

「あなたたちは一年前まで一つの珪素生命体シリカと行動を共にしていたとお聞きしましたが、それは事実ですか?」

「うん」

「正直に答えるんじゃねえ、このバカ」

 ああ、オレはこのまま何処へ行く。

「では、私の第二命題を告げます」

 アーモンドの瞳がオレを射抜いた。

「私の第二命題は、珪素生命体シリカを見つけ出す事です」

「……?!」

 思わぬその言葉に、オレは思わず声を失った。



 珪素生命体シリカ

 彼らが定義されたのは今から102年前。山奥で初めて発見された、銃もきかず、刃も通らないという不可思議な生命体だった。

 世紀の発見。

 調査に次ぐ調査。

 そして有機生命体タンソのニンゲンたちは、ようやく真実にたどりついた。

 それらは、自分たちと同じ有機生命体タンソの手によって創られたモノだった。千木良ちぎり晴良はるよし生物学博士――彼が、たった一人で数万体とも言われる珪素生命体シリカを創り上げたのだった。

 炭素ではなく珪素をベースとして組まれた分子で構成される珪素生命体シリカの毛は柔らかそうに見えても金属であり、爪は水晶、瞳は宝石とほぼ同一だ。

 生殖能力を持たない珪素生命体シリカは、しかし朽ちない。石と同じ素材でできているから。

 彼らが消えるのは、死のプログラム『マイクロヴァース』が発動した時だけ。マイクロヴァースは珪素生命体シリカカラダを分子レベルに分解し、無に帰す。

 死体は残らない。活動を停止した彼らに待つのは、本当の無だ。

 その存在に意味はなく、その活動に定義はなく、その生命に目的はない。

 ただ在るだけのイキモノ。ただ、淘汰の先に朽ちるのを待つだけのイキモノ。

 それが珪素生命体シリカ



 珪素生命体シリカという言葉が出てきたせいだろうか、夙夜はそこで口を開くのをやめ、少し困った顔をした。

 もちろんオレも混乱している。

 珪素生命体シリカを探す? 何のため?

 一般的に考えれば、愛玩動物として売り払うための捕獲。

 好意的に考えれば、山奥へ逃がすための保護。

 他の理由としては、先ほどの事件と関係してくる――クラスメイトの萩原は、珪素生命体シリカの爪で裂かれて殺された。夙夜の言う事だから、9割9分9厘間違いない。こいつは、分かってて口を閉ざす事はあるが、絶対に嘘はつかない。

「白根、オマエは何のために珪素生命体シリカを探しているんだ?」

「それが私の命題であるからです」

 ああ、ちくしょう、しまった。

「じゃあ質問を変える。オマエは、仮に珪素生命体シリカを見つけたらどうする気だ?」

「保護します」

「保護って、アイツら野生生物だぞ? そう簡単に捕まるわけ」

「抵抗した場合、戦闘を許可されています」

「……!」

 これは、妄想か?

 それとも、本気か?

 この無表情の奥に潜むのは、どういった種類の感情だ?

 夙夜は、ようやくここで口を開いた。

「じゃあ、抵抗しなかったら傷つけたりしないんだね」

「はい。もともと珪素生命体シリカを傷つける事は奨励されていません。そもそも、法に抵触する行為です」

「分かった」

 夙夜は、ただ頷いた。

「ありがとうございます。ご協力、感謝します」

 黒髪を流して深く礼をした白根の本意が見えない。

 本気? 虚言? 半分? すべて? どこまで? 全く?

 何を信じる……?

 オレはどうすべきだ。考えろ、考えろ、思考を止めるな、最も妥当な答えを選びだせ。

「怖い顔しないで、マモルさん」

 夙夜の声ではっとした。

「大丈夫だから」

 なんて、ノーテンキな言葉。

 なんて、ノーテンキな声。

 なんて、ノーテンキな笑顔。

 それを聞いて、オレの中に余裕が戻ってくるのがわかる。さっきまでぎりぎり追い詰められ詰め込まれていた意識が、解き放たれる。

 ああもう、考えてるのもバカらしい。

 言葉は魔法――ほんとですね、先輩。

 だからオレは、コイツの傍を離れられないのかもしれない。

「さんきゅ、夙夜」

 ぽん、と隣のヤツの肩を叩いて。

「仕方がない、男に二言はないと昔から言うから、オレはオマエに力を貸す。が、勘違いするな、オレは積極的に関わる気はねえ……コイツはどうするのか知らねえが」

「俺はどうしようかな」

 いや、オマエが協力するって言ったんだからな。

「白根、だから今すぐオレたちがすべき活動内容を簡潔に述べろ……それなら得意だろ?」

「了解しました」

 オマエは機械か、聞いてみたい。

 まるで感情を持たない作業機械ロボットのような口調は、珪素生命体シリカよりずっと人間から遠い位置にあるようだ。

「あなたたちは、ただ、少し気を付けていただければいいのです。珪素生命体シリカの姿がないか、痕跡はないか、ほんの少し気を付けていてください。もし発見したなら、私に報告していただきたいのです」

「それだけでいいのか?」

「はい。あなたたちは以前、珪素生命体シリカと接触しています。先ほどあなたがおっしゃったように、彼らとの接触はそう容易ではありません。おそらく、あなたたちは適合者コンフィ

「コンフィ?」

珪素生命体シリカとのコミュニケーションを苦なく行う素質を持った者を私たちはそう呼んでいます」

「……」

 やべえ、やっぱ白根の相手するのはすっごく嫌かも。

 どこまでイってるんだ。この転校生。

「……まあ、いいだろう」

 いちいち突っ込んでたら始まらねえし、終わらねえ。

 深刻にとらえても仕方ねえし、考えたってワカラネエ。

「ご協力、感謝します」

 そう言った白根は唇の端をあげて――微笑した。

 コイツの笑顔なんて初めて見たんじゃねえの?

 笑顔ってほどのもんじゃないけど。

 なかなか笑わねえのはあの銀色の意地っ張りキツネと同じかよ、くだらねえ。ヤマザクラの花言葉が『あなたに微笑む』だと言ったのは、隣に座ったマイペース野郎だったか?

「じゃ、話はこれで終わりだな」

 ちくしょう、いろんなことを思い出しちまったじゃねえか。

 イライラする。

 目の前のコップの水を全部飲みほして、勘定をひったくろうとした瞬間、凄まじい速度で横から手が伸びてきた。

「ありがとうございます。コレ、は、私の話を聞いて下さったお礼です」

 勘定を奪い取った白根は、有無を言わさぬ口調で言い切った。


 憤然と煮え切らない感情を抱えて店を出た。

 昼、少し過ぎ。日が落ちるまではまだ間がある。平日にしては高校生の姿が多すぎるストリート。楽しそうに買い物をする同級生たち。

 この平和な光景は、萩原の死で与えられたモノ。

 ああ、イライラする。

「なあ、夙夜。本当に、この街に珪素生命体シリカがいるのか?」

「いるよ」

 一瞬の躊躇もなく即答した夙夜は、全く悪びれた様子がない。

 ああ、当たり前すぎてイライラする。

「いつから?」

「んー、半月前くらいかな?」

 半月前。

 卒業式。

 サクラの下の、銀色の毛並み。

――そうか、あれは見間違いじゃなかったのか。

 下る。

 永久に続くかのような騒がしい坂を、駅に向かって下って行く。

「夙夜、オマエはどう思うんだ?」

「何が?」

 何がだろうな。

 萩原の事? 珪素生命体シリカのこと? 事件の真相? それとも白根の事?

 分からない。何かが複雑に絡んでいる気がする。

 夙夜の言う事に嘘はない。きっと、萩原を殺したのは水晶の爪で、また、梨鈴以外の珪素生命体シリカがこの街にはいるのだろう。

 その因果関係を口に出す事などあり得ないし、梨鈴を知るオレはそうあるはずがないと思っている。

 では、白根は何のために探している? オレの話は置いておくとして、なぜ水晶の爪を持つモノを追う?

「じゃあ聞くが、白根の言う事は真実・・か?」

「うん、嘘は、言ってない」

「そうか」

 もしかするとオレは、いろいろな事を覚悟した方がいい。

 白根の言う事がマジですべて真実だった場合、たぶんオレみたいな平凡な高校生には対応もしきれないようなコトが待っている。


 もう、今日は帰って寝る事にしよう。

 オレは固く心に誓って、駅への道をさらに足を速めて下って行った。

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