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無関心の災厄  作者: 早村友裕
シラネアオイ
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04 : 無表情と無関心のセッション

 仕方なく、オレたちは近くのレストランに腰を落ちつけた。フランチャイズの、学生に優しいお手ごろ価格。高校から近い事もあって、なかなか繁盛している。

 きっと今日、突如休校になった事も関係しているだろうが。

 向かいの席にはしっとりとした黒髪も美しい無表情美人。うーん、残念ながらオレの好みは美人系じゃなく可愛い系なのだ。

 お昼時だというのに、隣の激甘党は迷った挙句にパフェを3つも注文しやがった。

 オレは普通にパスタ喰うけどな。

 お勧めされていた菜の花とボルチーニの柚子胡椒スパゲティを注文し――ボルチーニってのがいったい何なのかは分からなかったが――お冷を含んで一息。

 さて、本題に入ろうか。

 こういった問題は、たいてい先送りにしていい事なんてあまりない。

 腹をくくったオレに、ようやくいつもの調子が戻ってきた。ビークール。夙夜のような特殊能力を持たないオレは、焦った時点でジ・エンド。

 状況を把握しろ。思考を止めるな。

 情報は財産、思考は凶器、言葉は魔法。それらは、マモルちゃんの唯一最強の武器なのです――そう言ったのは、あの可愛らしい先輩だったか。

「さて、オレとしてもいろいろと言いたい事がある訳なんだが、まずそちらの話を聞こうと思う。後手に回るのは卑怯だとか言うなよ? そっちが先に吹っかけてきたんだからな」

 少々喧嘩腰なのは、クールな相手に対抗するための一つの手段。

 それから、無表情美人の迫力にもう負けないようにするため、自分にかけた暗示。

 受験の年の新学期に、これ以上問題を残しておきたくない。面倒くさいで済むうちに、片づけておきたい。

 あ、オレ今年受験生か。自分で言って凹んだ……ではなく。

「まず、オレはオマエの事を白根と呼ぶが、それはいいか?」

「構いません」

「じゃあ、白根。とりあえず、オマエが誰かを探している事は分かった。オレは、その誰かに似ているのか?」

「似ています」

「その、オレに似たヤツってのは、いったいどこで、どういう状況で見たんだ?」

「それは言えません。秘則です」

 ヒソク? ――秘則。

 規則自体が秘密である、又は、何かを秘密にするという規則。

 ここでは後者。

 秘則。規則。法則。

 そこには、確実に『規則を定めるモノ』が必要なはずだ。

 しかし、最初に問題なのは、白根の言う事が『妄想』なのか『真実』なのか、だ。この手の話しぶりで、よく虚言を吐くヤツをオレはよく知っている。

 何しろ、もし本当ならば、コイツは個人でオレを、もしくはオレに似た誰かを探しているのではなく、誰かに命令されて捜索を行うという事を裏に秘めていると見て間違いないという事だ。

 まあでも、突然現れた転校生がオレを探していて、しかもそのバックには何らかの組織が……なんて、ベタにベタの上塗りだろう?

 話半分に聞いて、これからの対策を適当に立てておくのが正解だ。

 オレはただの平凡な男子高校生。『名前だけ主人公』と称されたからには、そんなドラマチックな展開が待っているとは思わない。

「質問の順番を間違えた。白根、オマエはなぜソイツを探しているんだ?」

「それが現在の私にとって至上命題だからです」

 何の答にもなっていないが……やはりそうだ。

 この転校生の上には、命令を下す何かが存在する事を示唆している。そしておそらく白根は、どう聞いてもこの上部組織については口を割らないだろう事は直感的に理解する。

 すべてが白根の虚言であるとしても。

 とりあえず、なぜバックによく分からない組織を持つ白根がオレを探しているのかという非日常的な事実はさておき、ここまでくると一番重要なのは、オレに対して害意があるかどうかだ。

「じゃあ、オレをその……探しているヤツだと断定するには、いったいどうするんだ?」

「不明です。捜索命令と共に私に与えられた情報は少なく、断定するには不十分です」

 どういう事だよ。

「いったいどうやってオレを判別するんだよ」

「監視します」

「……もし仮にその探してる相手がもしオレだった場合、オマエはどうするんだ?」

「監視します」

 白根、即答。

 監視とはまたよく分からない答えだ。

 ある意味で捕縛に近く、ある意味で放置に近い。

「オレを傷つける予定は?」

「ありません」

「オレの生活を邪魔する事は?」

「ないように配慮します」

 配慮、ねえ。

 ここまでの白根の話が本当だと仮定したとしても、上からの命令がない限りコイツがオレに牙をむく事はなさそうだ。

 虚言ならば、少々おっかない美人ストーカーだ。

「まさか、オマエが転校してきたのは、その誰かを探すためか?」

「そうとも言えますが、違うとも言えます」

 曖昧な答えだな。

「私は常に移動します。先ほど言った捜索対象を見つけるのが私の至上命題ですが、他にも多くの命題を持ち、様々な場所を訪れるのです」

「……」

 何者だ、コイツは。

 究極の妄想女か、本物のヤバイ世界の人間か、二つに一つ。

 隣に座っているマイペースには分かるかもしれないが、オレには判断できない。ちなみにそのマイペースはすでにチョコパフェを食べ終え、期間限定スプリングサクラパフェにスプーンを突っこんだところだった。

 それにしてもちくしょう、全部オレの問題とはいえ、ちょっとは参加しやがれ。

 泣きごとを言っても仕方がない。オレは再び白根の方に視線を戻した。一つ、ため息。

「一応聞くが、オマエ……何者だ?」

「私は白根葵です。以前にも申し上げた筈ですが?」

「名前を聞いてんじゃねえ。親は? 兄弟は? 今はどこに住んでいる?」

「親は、生物学的な意味での親は、現在の居場所は不明です。兄弟はいるかもしれませんが私にはわかりません。現在は、桜崎駅付近のマンションで一人暮らしです」

 すらすらと答える白根だが、もう怪しさ全開だ。

 よし、決めた!

 オレは金輪際コイツと関わらねえ!

「一人暮しなんだ、俺と一緒だね」

 二つ向こうの駅近くのマンションで絶賛一人暮らし中の夙夜がなぜかここで参加。

 もう夙夜の興味の方向が分かんねえ。もう3年目の付き合いだというのに、コイツの趣味嗜好も考え方も生き様も、何も見えてこねぇ。

「そうですか。ところで、私はあなたたちのお名前が知りたいのですが」

「……は?」

 やっべ、白根も夙夜に負けず劣らずの天然じゃないのか。

 今更オレたちの名前とか、完全にタイミング間違ってねえ?

 待て待て待て、『口先道化師』レベル1のオレごときで、この天然爆弾を二人も養えるのか?

「俺は香城夙夜こうじょうしゅくや。こっちはマモルさん」

柊護ひいらぎまもる、だ」

 不本意だ。

 多少なりともこの無表情美人と関わってしまった事が非常に不本意だ。

「では、改めてよろしくお願いします」

「よろしくね、アオイさん」

 無表情に向けられた邪気のない笑顔。

 『無関心』の気まぐれな興味は、たまたまオレに寄って来た、転校生に向けられた。

 夙夜は笑う。怒りはしないが困った顔もするし、表情豊かだ。問答無用の天然素材、クラスメイトの受けもいい。運動部でもないくせに運動神経はよくて、さらに言うと成績もそこそこ。

 でも、違う。

 とんでもなく目がよくて、とんでもなく耳がいいコイツは、オレたちからは想像もつかないような情報の渦中で生きている。

 今だって、この店の中にいる人間と、前を通る人間の会話をすべて耳に挟み、さっき先輩の店に並んでいた花の種類から数まですべてを記憶してしまっていることだろう。もちろん、隣の席に座るオレの一瞬一瞬の表情すらコイツの脳内に刻まれているはずだ。

 その中で生きるコイツには、特別なモノが出来ない。とんでもなく目のいいコイツにとっては、目の前のクラスメイトも地面を歩く虫も、同じように見えてしまうから。

 だから、特別なモノを意識的に作る。

 人間から逸脱しないように。周囲の人間を観察して、真似をする事で人間であろうとする。

 自分から興味を持つ対象が例えば、時に甘い物だったり、プリンだったり、意地っ張りなキツネだったりする。今回の場合は、たまたま面白そうな転校生。

 隣にいるオレへの興味は本当に存在するのかと尋ねてみたいが、その答えは恐ろしくて聞けない。

 会話の間もずっとパフェを頬張っていた夙夜は、全部食べ終えると、行儀よく手を合わせた。

「ごちそうさま……やっぱ季節限定は食べたくなるけど、実際食べるとあんまりよくないね」

 そんなこと聞いてねえよ。

 てかスプリングサクラパフェとかいうセンスゼロの名前を見た時点で分かるだろうが。

 まあ、ちなみにオススメの菜の花とボルチーニの柚子胡椒スパゲティはうまかった。やっぱり命名はストレートなのが一番だ。結局ボルチーニが何なのかは分からなかったがな。

「納得していただけたところで、私からの要望を述べてもいいですか?」

 転校生のアーモンド型の瞳がオレを射抜く。

 一応言っておくが、オレは何一つ納得してねえよ?

「……内容によってはな」

「感謝します」

 白根は、深々と礼をした後、まっすぐにオレを見て言った。

「私が持つもう一つの命題の為に、あなたたちの協力を要請します」

「いいよ」

 って、即答すんな、このマイペース野郎!

 いまオレはこの転校生と関わるのはよそうと、心の底から決意したところなんだよ!

「感謝します」

 白根は艶やかな黒髪を揺らし、軽く会釈した。

 ねえ、まさか、ほんとにオレって不幸体質?

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