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無関心の災厄  作者: 早村友裕
シラネアオイ
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01 : 新学期と災厄のハジマリ

 ああ、なんてこった。

 これは突っ込むべきか、突っ込まざるべきか。

 オレは背を丸めてじっと机の木目を見つめ、自問自答していた。

 そうだな、つい先日卒業してしまった『名付け親』篠森スミレより、『口先道化師』なるありがたくもありがたくない称号をいただいたオレとしては、一応突っ込んでおくべきだろう。

「ベタすぎる……」

 ああ、突っ込みにも力が入らない。

 その原因はオレの隣の席にある。

 今日は新学期最初の登校日、いわゆる始業式というヤツが終了した教室だ。高校3年ともなるとクラス替えで騒ぐのもアホらしい、それぞれに知人を見つけ、普段の昼休みと変わりない様相を呈していた。

 無論、ベタだ、というには全く別の理由がある。

 オレが言いたいのは、新学期の転校生が無口な美少女でなぜだかオレの隣の席に、そして、その転校生がひたすらオレに視線をくれているというこの状況だった。

 肩甲骨を隠すほどの艶やかな黒髪を臙脂色のバレッタで留め、深緑のブレザー制服をきっちりと着こなす和風美人、見られているのか睨まれているのか、オレには見当もつかないような無表情。

 助けてくれ。空気をくれ。息がつまりそうだ。

 誰でもいいから。この際、腹がたつほどマイペースな同級生でも、この間卒業した半端敬語の可愛い先輩でもいい。マイペースの方は何故か始業式が終わってなお一度も姿を見せていないのだが、オレが張り紙を見間違えていない限り同じクラスであり、アイツとオレの縁がそんな簡単に切れるものではない事も重々承知している。

 とりあえずホームルームが終了して、新年度最初の清掃が始まるまでの時間、オレの代わりにこの熱視線を受け止めてくれ!

 オレの焦燥に反して、周囲は気づいていながらこの状況に口を挟めないでいるようだ。個人携帯端末をいじったり、何となく遠巻きに見つめてみたり、完全に無視して集団で話し込んだり。

 気になっている事は確かだろうが。

 転校生が来たらとりあえず話しかける優等生はこのクラスに存在しないのか?!

 と、あきらめかけたその時。

「おはよう、マモルさん」

 おお、オレの名を呼ぶ救いの神の声!

 起き上ったオレの目には、声から予想した通りの間抜け面が飛び込んできた。香城夙夜(こうじょうしゅくや)、今この瞬間限定でオレの救世主にして、オレ以外では唯一の文芸部員。

「ああ、おはよう……ってお前、とっくのとうに始業式は終わってんだぞ?」

「うん、だから、そうじゃないかと思ってこの時間に来たんだ」

 確信犯かこんちくしょう。

 それでも始業式に出席しなくても掃除には来るのだから、ある意味真面目なのか?

 超絶マイペースなオレの同級生は、先輩が卒業してからはオレとたった二人の文芸部員となる。ソイツは、いつも通りのへらへらとした笑顔でオレを見下ろしていた。

「香城くん、おはよう。遅かったね」

「おはよう」

 クラスメイトにひらひらと手を振って、マイペース男はオレの前の席に座った。

 始業式当日にネクタイをしてこないのもそうだが――とりあえず夙夜、そこはお前の席じゃねえ。

 声も出ないオレの代わりに、クラスメイトの『才女』萩原加奈子(はぎわらかなこ)が困ったように夙夜に告げる。

「香城くん、君の席は向こうの端っこの一番後ろ。そこは原田くんの席だから移動してくれる?」

「んー、それじゃ、そのハラダくんと席を代わってもらうことにするよ」

 どさりと鞄を机に置いて、夙夜は席を占領した……すまん、原田。窓側の最後尾という最高の立地条件の席を提供するから許してくれ。

 席に戻ってきた原田は、多少文句は言ったものの、萩原の説得に応じてしぶしぶ席を移動した。

 ほんとにすまん、原田。

 それに免じて、今の一連のやり取りで分かってしまった、オマエが萩原に好意を寄せているという事実は隠蔽してやるから。

「ところでさ、さっきから聞きたかったんだけど」

 夙夜はさっきからオレが見ないようにしていた方向を向いた。

 ああ、前言撤回。コイツは救いの神でもなんでもねえ。

「何でこの子、マモルさんのことずっと睨んでるの?」

 そしてオレは柊護(ひいらぎまもる)17歳男、文芸部所属、このマイペース男に振り回される苦労人(自称)。

 頼むからこれ以上オレの周囲をかき回さないでくれ。

 思わず顔を手で覆ってしまったオレに周囲の状況は分からないが、どうやら才女である萩原を持ってさえ触れられなかった話題にあっさりと切り込んだことで、教室全体の空気が氷点下まで冷えこんだのは確かだ。

 ちくしょう、これはオレのせいじゃないぞ! 全くタイミングを考えないこのマイペース野郎のせいだからな!

「それに、君はもしかして……あー、やっぱりこれはいいや」

 途中まで言いかけた言葉を飲み込んだ夙夜は、何の話だっけ、と首をかしげてしまったようだ。

 このマイペース男が勝手に脳内処理して片付ける問題の多いこと多いこと――ただし、脳内処理だけで片付いていった問題をすべて口にすれば、人間から逸脱するほどのモノになることも知っているがな。

 だからといって途中でやめんな、バカ野郎。この凍りついた空気をどうしてくれる……!

 仕方ないのだ、巻き込まれるのがオレの性分なのだから。

 涙目でおそるおそる顔をあげると、隣の席の転校生がすっきりとしたアーモンド型の目でオレを睨みつけていた。

 ひぃ! やっぱ無理! 口先だけのオレには無理!

 彼女は先ほどの自己紹介と同じ、淡々とした口調と消えそうな声で最初の質問に答えた。

「……知人に似ていたので、少し気になりました」

 それ睨む理由じゃないんですけどー?!

「あなたが」

 和風美人はオレを指差した。

 ヒトを指さしちゃいけませんって小学校で習いませんでしたかー?!

「私の知っている人にとてもよく似ています」

 これ、アレですか? 新手のナンパですか? 教室で? 何狙いですか? 自分で言うのもなんだがマイペースな夙夜と違って普通の高校生だから、残念だけど金なんてないからな?!

 ってまあ、相手が無表情美人じゃなければ得意の『口先道化師』が炸裂するんだが、今のオレは完全に委縮している。

 ヘビに睨まれたカエル、マングースとハブ、ネコとネズミ、無表情美人と口先道化師。

「そうなの? よかったじゃない、柊くん」

 いや、それ、ちょっとチガウヨ、才女萩原。何もよくないよ。

 見つめているわけじゃないからね、この美人。睨んでるからね、確実に。

「うん……そか、そうだね。そうなんだね」

 ところが夙夜は一人、うんうんと頷いてにこりと笑った。

 さっきは何か言いかけてやめるし、今度は一人で納得……あとでとっちめる必要がありそうだな、こりゃ。

「お名前を聞いてもいいかな?」

 夙夜がにこにこと転校生に尋ねた。

 おお、スゲエぞ夙夜。その図太さを今だけは称賛してやろう……今だけは。

 だが、オマエが遅刻したさっきのホームルームで自己紹介は終わってるからな。一応忠告しておくが。

 ああ、今日は調子が出ない。声も出ない。何もかもこの転校生のせいだ!

白根葵(しらねあおい)です」

 その美少女転校生が、ぽつりと名を呟いた瞬間が、きっとその始まり。

 オレの受難の始まり。

「シラネアオイ……『完全な美』だね」

 またも意味不明な言葉で笑ったコイツはオレを災厄に放り込む天才だ。

 見ろ、転校生の表情を! って、さっきから表情が微塵も動いてねえよぉ!

「よろしく、アオイさん」

 笑顔で握手を求めるコイツの神経だけは信じられない。

 ああ、最悪のハジマリだ。

 まだ始まりだってのに、もうバッドエンドまで見通せそうじゃね?


 そんな事を考えていたからだろうか。

 人生最悪のイベントってのが早速やってきやがった。

 次の日、つまり始業式の次の日、オレたちを待っていた現実は、警察に占領され、閉ざされる桜崎高校の門扉だったのだから。

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