幕間1 『王様とレオンの会話』
リアが女神リア姫の生まれ変わりとして正式に発表された夜、ミルフォード城内特別医務室にてクラウス王とレオンの間で密かな話し合いが行われていた。最初こそ冷静な談義であったものの、レオンは次第に顔色を変えていく。
「おっしゃっている意味がわかりません!!」
普段は温和で決して声を荒げる事がないレオンは、この時ばかりは怒りをあらわにしていた。
一方クラウス王はそれに動じる事なく無表情のまま。
「聞こえなかったのか? あの女の体を捨てろ」
「捨てろだなんて! 彼女はまだ記憶も思い出せていないというのに! それはあまりにも非道過ぎます!!」
「非道だと? これは私が勝手に決めた事ではない、あの女がそう判断した事だ」
「そう判断するしかない状況に、あなたが追い込んだのではないですか?」
「追い込んだ? 私がなぜわざわざあの女にそんな面倒な事をするのだ、そのような事……」
「彼女を早々に縛りつけて!」
クラウス王の言葉を遮るようにレオンは強く言い放った。
怒りと疑問が混ざったような瞳でクラウス王は静かに返す。
「縛り付けただと?」
「ええそうです! あなたは自分と似ているリア様に逃げられたくないと思ったのでしょう? だから彼女を縛り付けて、後戻り出来ない状況まで追い詰めたのです!」
クラウス王はレオンの言っている事がまるで理解できなかった。
「私のどこがあれと似ている」
「すべてです! 彼女はあなた自身です! だから私はリア様を選んだ、彼女ならばあなたに選ばれるだろうと思って! 彼女ならばあなたを理解しあなたをいつか支えてくれると願って! しかしこのような事をしてしまったら取り返しのつかない事になってしまう! あなたは間違っています!」
レオンは彼がこの大地の王である事も忘れ、はっきりとそう否定する。
そして意味も解らず自分の忠実な部下であったはずのレオンに間違っていると言われ、クラウス王は激怒した。
「黙れ!!」
暗く冷たい闇の瞳で王は睨む。
「どこも似てなどいない、私は女神リア姫の体とそれに相応しい中身がほしいだけだ! 自分の体を捨てる覚悟がない者は私の妃になどなれるはずがない!」
「違います! クラウス王はまだ気づいてないのです、彼女の体をすぐに捨てようと思った本当の意味をどうか考えてみてください、あなたは女神リア姫ではなく、リア様自身を見ていたはずです。どうか……どうかお考え直しください」
怒りを通り越してレオンは懇願しだす。
そんな普段とは全く違ったレオンを見て、クラウス王は怒りよりも疑問が浮かんだ。
「なぜだ。いつものお前ならば異論は言うが結局私に従う、だがお前の今の姿はまるで命乞いでもしているような無様な男だ。何かあの女に特別な感情でもあるのか?」
そう問われたレオンは悔しそうに奥歯を噛み締め、クラウス王から目を逸らす。
「……そんな感情はありません」
「ではなぜそこまでしてあの女の体を救おうとする、私はいつだってこうしてきただろう? 今さら一人のためにお前はなぜそこまでする必要がある?」
「私はただ……クラウス王が彼女を捨てた事を後悔すると思って忠告しているだけです」
彼は明らかに何かを隠しているようだった。
先ほどよりは冷静を取り戻しているようだったが、まだレオンからは怒りが見え隠れしていた。
クラウス王はそんな彼を更に問いただそうとはしなかったが、だからといって王の意思が変わる事はなかった。
「後悔などしない」
レオンは悲痛な表情を浮かべた。
そしてこれ以上何を言ってもクラウス王の心が変わらない事も解った。
やがて彼はすべてを諦めたように脱力した……。
彼はいつだって最後には王様の命令に従う。
そして王様も決して彼が自分を裏切らないと知っていた。
親友でもない信頼でもない、ただそれが当たり前の関係だった……。
レオンはいつもの通りに従った。
いつもと同じような会話を繰り返して。
「解りました、クラウス王がそう命令するのならばそういたします」
「そうだ、これは私の命令だ。お前が罪悪感を感じる理由は一欠けらも存在しない。今までも、これからもな……」
レオンは知っていた、王様がそう返す事によって自分の罪はすべて彼の物になる。
二重に浴びた罪は王の瞳をやがて闇色にし、彼をより一層枯れさせる……。
だがもう戻る事は許されない、すべてはもう取り返しのつかない事なのだから。
今までも、これからも……。