1章の5 「双子の着せ替え」
「お姫様はやっぱり清楚で可憐じゃないと! 白いドレスがお似合いだと思いますわ!」
「せっかく綺麗なんだから派手に際どく攻めてみるのも手かと……」
「リア様はそんな格好しないの! もっとこう、ティアラなんかつけてキラキラとさせます!」
「ティアラよりもカラフルな花をたくさん飾ったほうがいいんじゃない?」
「…………」
見た目は同じだけど性格が正反対な双子は、レオンが部屋を出てから私を挟んでずっとこんな言い争いを続けていた。性格が違うどころか好みも全く別なようだ。
「ダメダメ、踊り子じゃないんだからそんな派手な格好絶対駄目よ!」
「でもあんまり清楚すぎると花嫁衣装みたい」
清楚を押していて元気な子がキーチェ、派手を押していて冷静な口調の子がアミム。私は二人のやり取りを聞きながら双子の見分け方を探していた。髪型でもいいから若干の違いがあればいいのに、ここまで同じ姿をしていると口調で判断する事しかできない。
「もうアミムってばいつもそうなんだから! リア様はどう思いますか?」
「キーチェはお姫様への妄想が激しすぎるわ……リア様はどう思います?」
突然自分に話を振られ、なんて返事をすればいいのか悩んでしまった。
清楚と派手のどちらの意見も尊重する場合は、
「普通で、お願いします」
その答えを聞いたキーチェとアミムは素直な返事をくれた。
「普通ですね! お任せください」
「普通でも頑張ります」
それからの二人の働きは実にてきぱきとしていた。今までの言い合いが無かったかのように、とても意気の合った動きで私にドレスを着せ、髪をとかし、髪飾りをつける。こうなるともう双子の区別など途中から解らなくなっていた。
「とても美しいです!」
「まぁ綺麗だし……なんでも似合うと思いますけど」
そう言いながら双子は私の前に全身鏡を置いて見せ、思わずはっとした。
そういえば私はまだ自分の姿を手鏡でしか見ていなかった。
ふわりとした黄金色の長い髪、雪のように白い肌は指先まで繊細で美しく、澄んだ空のような青い瞳はまるで宝石のように惹きこまれる。
双子が選んでくれたドレスは、小さな青色の花が胸元に飾られた薄い水色のドレスだった。普通と言ったはずなのに私から見れば十分に豪華過ぎだが、私の姿は全く衣装負けしてはいなかった。
これが私……。
鏡に映る自分の姿は溜息がでるほどに美しかった。鏡を見るというより、女神リア姫の絵を見ている感覚のほうが近いのかもしれない。
絵と違うのは止まったままではなくちゃんと動いているという事。
私が右手を上げれば女神リア姫も右手を上げる――彼女は私の思い通りに動く。
確かに女神リア姫の中に私がいる……。
「リア様が感動していますわ!」
「自分に酔いしれている」
そう言われはっとした。
今は自分の姿を観察している場合ではなかった。
私が今やるべき事――それは王様が帰ってくるまでに、出来るだけの情報を双子から聞いておかなければならない、という事だ……いくら記憶喪失だからって最低限のマナーくらいは知っておくべきはずだろう。
私は双子の方へ向きを変え、お礼を交えながら話を切り出した。
「素敵なドレスを着せてくれてありがとうございます。それで、キーチェとアミムにいくつか聞きたい事があるのですが」
「はぃ! このキーチェに何でも聞いてください!」
「キーチェよりも私アミムのほうが正しく答えてみせます」
張り切った双子の返事に一瞬戸惑いながらも問う。
「えっと……まず王様の事は私は何て呼べばいいのですか?」
こんな根本的な事を聞いてよかったのだろうか? と思ってしまったが、双子はなるほどといった表情をする。
「平民の方は皆さん王様と呼んでらっしゃいますからねぇ」
「貴族や城内の者達はクラウス王で統一が基本ですね」
「ですから王様とは呼ばずに、クラウス王とお呼びくださいね!」
「クラウス、なんて間違って呼んだら打ち首にされます……」
その答えに私は頭の中でクラウス王と何度か呟き、頭に入れる。
「解りました。後は最低限に挨拶のマナーだけでも知りたいのですが、どうすればいいのですか?」
その問いに双子は同時にスカートの裾をつまみ、かわいらしく微笑みながらお辞儀をする。
「一番重要な所はにこって笑う所ですよ!」
「……いやそこ重要じゃないって」
ああ、今の動作なら知っている気がする。きっと以前の私が何気無く行っていた事なのだろう。わざわざ練習しなくても出来るような気がした。
と、頭の中で考えていると双子の視線に気づく。どうやら二人は次の質問を心待ちにしているようだ。
「えと……クラウス王はどんな方ですか?」
咄嗟に考えた次の問いに、キーチェとアミムは暗い表情になってしまった。
「そうですねぇ。えっと、素敵な方ですよ!」
「素敵かしら、私には氷の刃に見えるわ」
「冷静で物静かで優秀なお方で!」
「冷酷で無口で怖いくらいに優秀」
キーチェはアミムをきりっと睨む。
「せっかく私がリア様を驚かせないように頑張ってるんだから! アミムも少しはクラウス王のいい所考えてよ!」
「どうせ会うんだから、正直に言ったほうがいいじゃない……」
アミムはふんっと顔を背ける。
やはり王様は――クラウス王はレオンが言っていた通り気難しい人のようだ。
見た目は綺麗なドレスを着せてもらってはいるが中身は私なのだ。クラウス王は私の中身を判断するのだから、私自身が美しく振舞わなければならない。
――今の自分で果たして大丈夫なのだろうか?
「ほら、リア様が不安そうよ! どうしましょう!」
「どうしましょうって言っても、もうすぐ来るし……」
そう言われ私は双子を見た。
「もうすぐって、どのくらいですか?」
双子は同時に考えた表情を見せる。
「もうすぐってどのくらいだろう? 今すぐかしら、それとももうすぐかしら?」
「キーチェ、日本語が変だわ。でもどのくらいかしらね。私達もここに来たのは初めてだし……」
キーチェは何か思いついたように瞳を輝かせた。
「そうだわ! ベルが鳴ったらもうすぐだわ!」
「ああそうね、キーチェもたまには頭を使うのね」
「ベルとは何ですか?」
「えとですね、クラウス王は自分の部屋では出来るだけ人に会いたくないのです。だからクラウス王がこのお城の最上階に来たら衛兵の人がベルを鳴らしてくれます」
「つまりベルが鳴ったら私達侍女はクラウス王に見つかる前に部屋に戻ります。もし戻ってなかったらきっと打ち首にされます……だからリア様がたとえどんな状況であろうとも、放って部屋に戻ります」
そしてキーチェが胸を張る。
「だからクラウス王にばったり会って、ばったり死ぬなんて心配ないのです! だってベルがいつだって私達を」
チリリン……。
「あ……」
恐らく二人が今説明しているベルであろう音が部屋に響き渡り、双子は同時に青ざめた。
「大変! クラウス王のお帰りだわ! アミム急いで!」
「言われなくても……」
慌てて部屋を出ようとした双子はふと立ち止まり、私の方に振り返った。
「リア様、頑張ってくださいね!」
「ドレスは完璧だし、頑張らなくても大丈夫だと思います」
それだけ言い残し双子は小走りで部屋を出て行った。
「…………」
賑やかな子達が急にいなくなってしまい、暖炉の火の音だけが聞こえ寂しさが増す。やがて不安が心の中を支配し、同時に全身が緊張で強張るのを感じた。
「クラウス王、リア様がお部屋でお待ちです」
恐らく私が一番目に通った扉の開く音が聞こえ、その後衛兵が私の事を伝える声がした。
クラウス王が本当に帰ってきたんだ……。
衛兵の言葉に特に返事はなく、ただ足音がこちらに近づいてくる音が聞こえる。
あの足音の人物が――私を判断する王様。
緊張で頭の中が真っ白で倒れてしまいそうな気持ちを必死で動かす。
美しく振舞わなければ……クラウス王に気に入られなければ。
そうしなければ醜い体に戻され、辛い家族の元に帰らなければいけないのだから……。
やがて私の居る部屋の扉が開いた。男性がこの部屋に入って来たのは解ったが、怖いという気持ちが私を一度俯かせる。
美しく、誰よりも美しく……。
心の中でそう何度か念じ、勇気を持って顔を上げる。
「!!」
しかし、予想外の王様の姿に驚き思わず息を呑む。
この人が――クラウス王……?
美しい。
そう、彼は驚くほどの美貌の持ち主だった。
しかも女神リア姫とはあまりにも対照的な美しさを放つ。
例えるのならば女神リア姫が光ならば彼は闇。黒髪に切れ長の黒い瞳、黒い服にマントをはおり、彼の纏う闇はクラウス王の存在感を引き立たせている。
そして女神リア姫が温もりや優しさを象徴するのならば、彼は冷たさや悲しみを象徴しているようだった。
鋭く凍って見える氷――だけど彼は冷たいだけではないような気がした。
なぜそう思うのかは解らない、彼のどこを見てそう感じるのか解らない。
氷の中に薄っすらと見える悲しみ。
――闇を纏った泣いている氷。
可笑しな表現かもしれないけど、私はそう感じた。
美しい王様は私を鋭い目つきで見つめる。
「動くようになったと聞いていたが、お前はまだ人形なのか?」
そう低く冷たい声が聞こえた。
王様に思わず見とれてしまった私は、今自分が判断されているという状況を思い出し、慌ててドレスの裾をつまみ侍女が教えてくれたようにお辞儀をする。
出来る限りの笑顔を作って……。
「初めまして、リアと申します。この度はこのような大役に選ばれた事を光栄に思い、女神リア姫に相応しい中身になれるよう精一杯努めますので、どうか宜しくお願い致します」
自分の中で思い浮かぶ限りの敬語を使い、後はただクラウス王の返事を待った。
息苦しいと思うほどの間……。
やがて王様は私を見下すように冷たい表情を浮かべた。
そして一言静かに言う。
「笑顔が醜い」
口元が引きつる感覚がした、心が何かに抉られる感じがした。
そして……。
私はこれと同じ言葉を、他の誰かに何度も言われていたような気がした。