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1章の4 「王の居室 妃の居室」

 ミルフォード城内にある特別医務室を出て、レオンは私がこれから暮らす部屋まで案内してくれていた。

 もうすっかり日が暮れていて、廊下に点々とあるロウソクと窓から差し込む月の光だけでは城内の雰囲気や外の景色を知る事はできなかった。

 長い廊下を何回も曲がり階段を昇り、それを幾度か繰り返し――おそらくこのお城の最上階だと思われる場所に辿り着く。その階は他の階のようにたくさんの部屋はなく、ただ真っ直ぐ進んだ先に一つ重たそうな扉があるだけだった。

 扉の前にはその部屋を守る衛兵が二人立っていた。

「クラウス王妃第一候補のリア様です。扉を開けなさい」

 レオンは二人にそう命じたが、衛兵は私の顔を見て固まってしまった。

「二人とも、リア様に失礼ですよ。早く扉を開けなさい」

 そう言われ衛兵二人ははっとしたように慌てて扉を開けた。



「リア様、ここは城内の最上階にある王の居室と妃の居室です」

 扉の先には今までの真っ直ぐな廊下とは異なり、左に扉が一つ、右に扉が一つ、奥には小さな扉が一つあった。廊下は無駄に広く真っ赤な絨毯が敷かれていて、天井にはシャンデリア――レオンの顔がはっきりと見えるくらい明るかった。

「左が王の居室で、右が妃の居室です。先にある小さな扉は侍女達が住む部屋です。この三つの部屋はすべて鍵が存在しないので自由に行き来する事ができます。リア様は右の妃の居室をお使いください」

 てっきり客室のような場所に案内されると思っていたので戸惑った。

「……どうして私が妃の住む部屋に?」

「通常ならば正式な妃ではなく、候補の段階でこの部屋に住むという事はありえない事ですが、クラウス王はあなたの体が妃に値すると判断しました。リア様の体は本物の女神リア姫なのです、このくらいの持て成しは当然だと私も思います」

 その言葉にああなるほど、と納得する。私の中身自身はまず置いておいて、この体はたった一つしか存在しない女神リア姫なのだ。代わりなんてないのだから、宝物のように扱うのは当然なのかもしれない。


「…………」

 恐る恐る左の王の居室を見る。

 王様はもうこの部屋に居るのだろうか? もしかして今すぐに会う事になるのだろうか? 私の気持ちを察したのかレオンは穏やかに言った。

「まだクラウス王は部屋にはおりませんのでご安心ください」

 ほっと一安心し緊張が解れる。

「今から緊張していては体が持ちませんよ。さぁお部屋へどうぞ」

 レオンはそう言いながら右の妃の居室の扉を開けた。

 廊下の明かりよりも更に明るい部屋だった。思わず見上げてしまうような天井の高さとその部屋の豪華さに目が眩む。真ん中には机とソファー、奥には天蓋付きのベッド、廊下のひんやりとした空気とは違った暖かな暖炉、月がどこにあっても見えそうな大きな窓。扉がいくつか見えるので、ここ以外にも部屋があるようだ。その一つ一つの作りが美しく豪華、壁の模様までも感心してしまうほどに良く出来ている。

「ちょっと豪華過ぎて……落ち着きませんね」

 そう正直な感想を言った私に、レオンはにこりと笑った。

「そうですね、私も自分の部屋の方が好きです。けどあなたにはこちらの部屋の方がお似合いですよ」



 部屋に入りまず最初にソファーに座った。

 足が痛く体が重いと感じたからだ。医務室からここに辿り着くまで時間にしてみれば十五分ほど――だが今感じる疲労感はまるで一日中城内を歩き回ったような感覚だ。

 恐らくこの体の影響なのだろう。

 女神リア姫の体は千年以上振りに歩いたのだから、体の筋肉が衰えているのは当たり前、むしろ最初から歩けた事の方が不思議な事なのだろう。

「お疲れの所申し訳ありませんが、何しろ時間があまりありませんので……先ほど私が教えた周囲に対するあなたの状況設定をちゃんと覚えてくれていますか?」

 私は頷いた。周囲に対する状況設定とは女神リア姫とは別の人間であり特別である――と周りに思わせるための仮の私の育ちの事である。

 レオンの考えた仮設定を順序よく頭に思い浮かべる。


 まず私は平民のごく普通の家庭に生まれ育ったという事。そして両親は娘の美しさ故に捕らわれてしまわないかと心配し外出を控えさせていた。しかし成長していくうちに女神リア姫にあまりにも似てきたため、彼女の生まれ変わりなのでは――と考えた。

 悩んだ末、両親は何の見返りも地位も求めず王様に娘を献上した。

 本来別名であったが、王様がリアという名称を与え、正式な女神リア姫の生まれ変わりとして認められ妃第一候補として選ばれた。


 と、実に都合の良い設定である。

 けどここまで似ていると周囲の者達は納得してしまうのだろう。

 似ているどころか実際は本人なのだから……。

 何よりも平民育ちという設定は今の私にとってとてもありがたい。解らない事やおかしな行動があったとしても、ある程度は平民生まれだからという理由で許されるかもしれない。もしかしたら、レオンが私の記憶障害を配慮した上で考えてくれたのかもしれない。

「そうですか、周囲の者には決して気づかれないように行動してくださいね。それとこれを……」

 そう言いながらレオンは片手に持っていた一冊の白い本を手渡した。それに目線を送ると題名は何も書かれておらず、本ではなくノートなのだろうかとも考えた。

「これは?」

「日記です。記憶を思い出すための一つの方法として、思い出した事やそのまま思った事を書いてみるといいでしょう。何か手がかりになるかもしれません」

 渡された分厚い日記をパラパラとめくると、罫線も引かれていない真っ白で洒落っ気も何もない物だった。

「解りました、やってみます」

 その答えにレオンは優しく微笑み、机の上に置かれていた金色のベルを手に持った。


「さて、次にこのベルの使い方を御説明します。王の居室と妃の居室の奥に小さい扉がありましたよね。あの部屋にはあなたに仕える侍女達が住んでおります。このベルを鳴らすとその侍女が参ります」

 そう言いながら彼はベルを鳴らした。

「今回侍女の選択は私がさせていただきました」

 そして苦笑いを浮かべる。


「ちょっと変わっている二人組みなのですが……あなたとは気が合うかな? と思いまして――もし何かあの子達が問題を起こすようでしたら、すぐに私に申し付けてください」


 そう意味ありげな言葉の後に、バタバタと走る足音が廊下のほうから聞こえた。

「失礼します!」

「入ります……」

 と声が聞こえ二人が部屋に入ってきた。

 美しいというよりはかわいらしい雰囲気を持った二人、髪色は茶色で肩ほどの長さ、目の色は赤茶、何よりも二人は見分けがつかないほどに全く同じ姿なのが驚きだった。

「まぁ! 美しい! 凄い、お姫様みたいですわ!」

「……怪しいと思ってたけど、これは本当に生まれ変わってるわね」

 私の姿を見るなり二人は大興奮。

「アミム! キーチェ! 落ち着きなさい、まずは挨拶からちゃんとしなさい!」

 まるで先生が子供達を注意するかのように怒られ、二人は慌ててお辞儀した。

「はい! 侍女のキーチェと申します! 今回このようなお役目を授かりとても光栄です!」

「侍女のアミムです……なんか私達には大役過ぎるような気はしますけども、努力はします」

 どうやらこの二人は見た目は同じだけど性格は正反対のようだ。私の事を目をきらきらさせて見るキーチェ、目を合わせようとはしないが時折チラチラと私を伺うアミム。

「すみません。この二人は双子で見ての通りの問題児。ですが人を見る事に優れていますので、きっとあなたを美しく着飾ってくれるでしょう」

 そしてレオンは、アミムとキーチェに声をかける。

「アミム、キーチェ、くれぐれも失礼のないように気をつけてくださいね。それとリア様は平民育ちですのでまだ城内の事やクラウス王の事、あとはマナーについてもよく知りません。リア様の解らない事をちゃんと教えてあげてくださいね」

「はい! 私なんかの浅い知識でしたら何でも聞いてください!」

「私達でいいのかしら……でも頑張ります」

「…………」

 思わず三人の会話を座ったまま見ていた私。

 そして返答を待つ双子の視線に気づきはっとした。


 ソファーから立ち上がり、彼女達にお辞儀をする。


「色々と迷惑をかけてしまうと思いますが、どうか宜しくお願いします」

「!!」

 そう言った私に、驚いたように侍女二人の動きがぴたりと止まった。

 何か変な事を言ってしまったのかな?

 と不安になってしまうくらい沈黙が続いた後、アミムとキーチェは言う。

「綺麗なのに、私達に優しくお声をかけてくださったわ!」

「綺麗なのに調子に乗ってないわ……」

 その後二人は驚くほどにきゃーきゃー大騒ぎ。

 ……どうすれば?

 私は助けを求めるようにレオンを見たが、彼はちょっと意地悪に笑った。

「それでは私は仕事がまだ残っていますので、あとは侍女達にお任せしますね。アミム、キーチェ、もうすぐクラウス王がお帰りになられますから、それまでに着替えの支度をきちんと終わらせておいてくださいね」

「はぃ!」

「……言われなくても」


 そしてレオンは私を見る。


「それでは、頑張ってくださいね」

 それだけ言い残しレオンは部屋を出ていってしまった。

 このなんとも言えない双子を残して……。

「さぁリア様! 時間がありませんよ! 頑張りましょう!」

「頑張るのは私達ですけどね……」

 何かとてつもなく不安を感じてしまった。

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