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1章の3 「女神になるための条件」

 私が女神リア姫の中に入る一番の適任者――レオンは確かにそう言った。

 じゃあ私は試験的に女神リア姫の中に入った訳でも、彼女の中に入った何人目かでもないという事?


 私は答えを求めるようにレオンを見た。


「クラウス王は、女神リア姫を自分の妃にしようとお考えです」

「女神リア姫を……妃に?」


 彼は頷き、ここからはあくまで事務的に――淡々とした口調で説明を始める。

「はい。ですから女神リア姫の中に入る魂はそれに相応しい人物でないといけません。平民ではなくもっと品性や学問を学んでいる貴族、しかしこのような人道に反した事を行う場合、なるべく誰にもこの事は知られたくはありません」

 レオンは青い品のある瞳で私をじっと見つめ、

「品性や学問をある程度備え持ち、これをすべて内密に行える人物を探し、私はリア様に辿り着きました」

「どういう事ですか?」

 その問いに、彼の表情に一瞬の迷いが見えたが彼は続けた。

「あなたはまだ自分の家族の事を思い出せていませんが、リア様は平民生まれであり貴族育ちという変わった環境で育ちました」

「?」

「あくまで情報という形で私も把握しているだけなので、詳しい状況までは解りませんが、あなたの御両親オリヴァー家には子が授かりませんでした。そのため、当時三歳だった平民であるあなたを養子として迎え入れあなたは貴族になりました。しかしその二年後に、オリヴァー家に正式な子が産まれてしまったのです」

「……!!」 


 レオンの言葉に強く胸が締め付けられるような衝撃を覚え、恐怖が一気に溢れ出す――やがて両手が震えだし、その震えは全身に感じる。


「しかし子ができたからと言ってあなたを放棄してしまえば、周囲はオリヴァー家を軽蔑するでしょう。ですから表面上ではあなたが長女、そして新しく生まれた子が妹になっていますが、平民生まれであり血の繋がりのないあなたはオリヴァー家にとってつまり……」

 そこまで言い、彼は言葉に詰まった。

「…………」

 ようやく……私が選ばれた理由が解った。彼が言いたい事も伝わった。

 記憶としてはまだ思い出せていないのに体がこんなにも震えているなんて――私はいったいその家でどんな生活をしていたのだろう?

 どんなに息苦しくて、辛くて、怖かったのだろう。

 私は彼が言えない言葉を代弁した。


「私はいらない子だったのですね」


 レオンは困った表情を見せた、だけど否定もしなかった。

「遠慮しなくていいんです。記憶はいずれ戻るんでしょう? 隠したってどうせ解ります。ああ、なるほど――やっと納得できました。いらない子が一人消えた所で、私の家族は安心するだけで探そうとはしませんよね」


 そう自分で言いながらも悲しさを感じる。

 そして、こうも思った。

 もしかしたら醜くなければ私は家族になれたのかもしれない……。

 血の繋がりもない醜く育った子など、どこに愛着など持てばいいものか。


 レオンはさっきよりも小さな声で言った。

「私が実際にあなたの家族に聞いた訳ではありませんが……すみません、私もそう判断しました。あなたの家族はリア様が突然消えてしまったとしても、恐らく表面上では探すふりをされるとは思いますが――実際には探さないと予測しました」

「…………」

 あまりにも申し訳なさそうな表情をするレオンを見て、私は首を横へ振る。

「いいんです。私がレオンと同じ立場だったなら、きっと私もそう判断していたと思います」

「……お心遣いありがとうございます」


 自分が選ばれた理由が解った。そしてそれは納得の行く答えであった。

 試験的に選ばれた訳でも、たくさんいた何人目という訳でもなかった。

 それだけでも良かった……。

 私は自分の心にそう強く言い聞かせ、話を進める事にした。


「それで私は、どうやってここに来たのですか?」


 その問いにレオンは気持ちを取り戻すように一度深呼吸をし、再び私に説明を始める。

「あなたは数年前からあまり外出をされなくなっていたようですが、月に一度だけ女神リア姫の教会に訪れていました。とても強引なやり方で申し訳ないのですが、その時にあなたを連れ去りました」

 教会で突然連れ去られた――そのような状況に遭遇したのならば何か少しでも思い出しても良さそうだが、何も思い浮かばない。

 もしかしたら不意をつかれて私はすぐに気絶したのかもしれない。

「本来ならばこのような事を行う前にあなたと交渉するべきなのですが、これは実際に女神リア姫の中に入って経験してもらわないと伝わらない事ですので、その後リア様と交渉しようと思っていました。記憶障害が出るという事は計算外でしたので……」

 確かに。レオンの言う通り、女神リア姫の中に実際に入ってみないと伝わらない事だ。入っている今の私でさえ未だに実感が湧かない。ただ鏡に写った自分の姿が女神リア姫という事だけが、実感を伝えてくれる……。


「交渉とはどのような事ですか?」


 そうあまりにも素直に聞いた私にレオンは驚きの表情を見せたが、彼はそれを問う事無く一礼する。

「ご説明させていただきます……」


 やがて彼は三つの事を言った。


「一つ目はリア様が女神リア姫の魂である限り、リア・オリヴァーである事を他人に知られてはいけません。

 先ほども申しましたようにこれは内密な事ですので、オリヴァー家にリア様の存在を気づかれてはいけません。つまり他人として振舞ってもらう事になります。それをあなた自身が望まない場合、すぐに元の体にあなたの魂を戻し元の家庭にもお返しします」


「二つ目はあなたが女神リア姫の魂であり続けると選択した場合、あなたはクラウス王の妃第一候補にならなければなりません。

 つまりあなたは未来の妃に相応しい人として振舞わなければなりません。あなたの姿は当然周囲の視線を浴び、クラウス王も注意深くあなたを探るでしょう。リア様は細心の注意を図って行動しないといけません。そのような事はしたくない、又は王の妻になる事をあなたが全く望んでいない場合、同様にすべてを元にお返しします」


「三つ目はあなたが妃第一候補になると選択した場合でも、クラウス王がリア様を女神リア姫の魂として相応しくないと判断した場合、元の体に戻らなくてはいけません。

 私はあなたを女神リア姫の魂として一番相応しいと判断しました。しかしクラウス王が相応しくないと判断してしまった場合、二番目の適任者に女神リア姫の体を渡す事になります。つまりあなたがそのままでありたいと望んだとしても、王の判断次第では元の体と元の家庭に戻ってもらうという事になります」


 これは交渉というよりも、女神リア姫になるための条件のような気がした。

 彼の言った三つの条件を頭の中で整頓してみる。


 一つ目は私が家族と他人にならなければいけない事。この条件に関しては私の今の記憶の限りでは問題はないと判断できる。自分の家族の記憶は怖い、辛い、悲しい……そんな気持ちしか思い出す事ができない。きっとすべてを思い出したとしてもそれが増すだけなのだろうと思う。


 二つ目は王様の妃第一候補に相応しい振る舞いをしなければならない事。私にはこのお城に住む王様の記憶は全くない。きっと私にとって遠い存在で名前くらいしか知らない存在だったのだと思う。けど女神リア姫の姿をした私が表を歩けば周囲の注目を浴びる事くらいは予想する事ができる。当然美しい女神の姿をした妃候補は、誰よりも美しく振る舞う事ができると周りは思い込むだろう。私だって、自分の中で思い描く女神リア姫の振る舞いは誰よりも美しい……今の自分がそれだけの事をできるかは解らない。


 三つ目は王様が私を女神リア姫の魂に相応しくないと判断した場合、強制的に元の体に戻されるという事。これは二つ目と同じく、女神リア姫に相応しい美しい振る舞いが出来るかによって判断されるのだと思う。他の者のほうが優秀な振る舞いができるのなら、中身を入れ替えるだけでいい事なのだから王様はそっちを選ぶのだろう。私が王様に気に入られるかなんて解らない、どんな人なのかも解らないのだから考える事も難しい。


 けど三つの条件にはすべて共通点がある。

 それは、出来ないのならば元の体に戻り、元の家族の所へ帰らなければいけないという事である……。


 やっと美しくなれたというのに、私はまたあの醜い自分の体に帰らなければいけないの? やっと辛く怖い家族から離れる事ができるというのに、あそこへまた帰らなければいけないの?

 そう感じた。

 自分の事も家族の事もほとんど思い出せていないのに、それを考えるだけでぞっとする。


 そしてもう一つ思う事もある。


 それは女神リア姫の事だ。

 私は女神リア姫にずっと願い続けてきた。

 どうかどうか――醜い私を美しくしてくださいと……これは確かな私の記憶だ。

 もしかしたら女神リア姫が、私の願いを叶えてくれたのかもしれない。

 私の心の声を聞き届けてくれたのかもしれない。

 彼女が私に与えてくれた最後のチャンスなのかもしれない……。


 悩む私の顔を覗きこむようにレオンは謝った。

「記憶がまだ戻っていないのに、このような事を押し付けるような形になってしまい申し訳ございません」

 そしてこう続けた。

「ですが今のあなたに判断してもらわなければならないのです。クラウス王は今夜にもあなたに会う事を望むでしょう――もちろん記憶障害の事はお伝えします。しかし、だからと言ってあなたに考える時間を与えるような人ではありません。あなたを驚かせたくはないのですが、クラウス王はとても難しいお方です。恐らくあなたが今悩んでいる事を伝えれば、彼は自分の事を否定している者だと判断してしまうでしょう」


 レオンのその言葉に王様がせっかちで怖い人なのは伝わった。

 そんな王様に私は気に入られる事なんて出来るのだろうか?

 すぐに他の者に変えられたりしないのだろうか?


「あの……それを受け入れたとして、今の記憶のない私が王様に会っても上手に振舞える自信がありません。その王様はすぐに他の者に変えろと命令してしまうのではないでしょうか?」

 私の問いに彼はすぐに答える。

「クラウス王があなたと対面し例え否定的な感情を抱いたとしても、すぐにあなたを他の者に変えろとは命令しません。なぜならそれが不可能だからです……。魂を女神リア姫に入れるための行いには膨大なエネルギーを必要とします。最低でもそれを用意するためには一ヶ月時間がかかります。クラウス王は一ヶ月を無駄に女神リア姫を死体のままにさせようとは思わないでしょう」

「…………」


 彼の言葉に私は再び考える。つまり私は少なくとも一ヶ月間は女神リア姫でいられるという事になる、そして一ヶ月の間に王様に判断されるという事になるのだろう……。


 一ヶ月あれば私はすべてを思い出す事ができるだろうか?

 一ヶ月あれば私は王様の気に入る振る舞いを出来るようになれるだろうか?


 不思議な感じだ。


 普通ならばこういう場合このままでいようか、元の体に戻ろうかと悩むべきなのに、私は王様に気に入られるだろうか? 元の体に戻されないだろうか? と考えている。

 戻りたくないという気持ち、このままでありたいという気持ち。

 私はそれだけを考えていた。

「…………」

 醜い自分を捨てて、美しい女神リア姫のままでいる方法。

 それは王様に気に入られる事だけしかない。

 王様の妃になる事だけが、私がこのままの姿でいられる唯一の道。

 女神リア姫が与えてくれた最後のチャンス……。


「レオン……」

「はい、何でしょう?」


 やがて私の気持ちは決意へと繋がった。


「三つの条件に従います……。

 私は王様の妃第一候補になります」

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